talk0 世界線の延長線
時間は無限にある。
でも人間の時間は有限だ。
だから伝えようと思った。
季節は春。
淡いピンクが絨毯を引くように降る季節。
彼女と出逢った。
静かに彼女は空を見上げて。
小さく息を吐いた。
綺麗な声で。
優しい音色で。
なにかの歌を歌っていたのを覚えている。
その時に不意に、声をかけたくなった。
「何を歌ってるの?」
「大切な人に教わった歌。」
最初の会話はこんな感じだったと思う。
聞けば彼女は隣のクラスの女子らしい。
あまり見かけないなとも思いつつ彼女を見つめた。
容姿端麗…とはいえないが可愛らしい雰囲気で。
横顔はそれでも惹きつける何かがあった。
多分この時に好きにはなっていたんだろう。
でも言えなかった。
それは、それが、恋なのかわからなかったから。
季節は変わって梅雨。
雨降りが続き気持ちも憂鬱で。
春のあの日以来隣のクラスを覗き見て彼女を確認する毎日が続いていた。
登校している日と、していない日があるようで。
たまたま彼女と食堂で食事を一緒にしたことがあった。
小さなお弁当箱に詰められたお弁当は女性らしく可愛らしかった。
「随分と少食なんだね。」
「あまり食べられないの。だからこれで充分よ。」
小さく微笑んで彼女は言った。
「たまに学校に来てないね。大丈夫?」
「大丈夫よ。たまに調子が悪いだけだから。」
会話こそ少なかったけれど、彼女を好きだと感じるようになった。
この頃から一緒に食事をしたり、登下校を一緒にするようになった。
季節は夏になった。
彼女は夏休み前から調子が悪くなってテストも、保健室で受けたらしい。
LINEの通知音がなる。
夏休みも中盤に差し掛かった頃だった。
『逢いたいな。』
『どうしたの?急に。』
『うん。なんとなく。』
『なんとなくって。(苦笑)』
『あなただから逢いたいの。ダメかな。』
『んー。どこで?』
『学校の近くの喫茶店。』
『あぁ。あの黒猫の居る?』
『そうそう。あの喫茶店の紅茶。すごく美味しいの。後珈琲とか。ダメかな。』
『いいよ。じゃあ待ち合わせは何時にしようか。』
『ありがと。二時くらいかな。』
『OK。じゃああとで。』
こんなやりとりをして慌てて準備を始めた。
バタバタとした準備を終えて家を飛び出す。
夏の匂いがまだする道を自転車ではしりぬける。
カランとドアを開けると。
黒猫が甘ったるい声でにゃあと一鳴きする。
赤いリボンが可愛らしいこの猫はきららというらしい。
この店のバイトのお姉さんが拾ってきたとか。
クーラーがよく利いた店で猫と戯れつつ彼女を待つ。
少し遅れて彼女はきた。
白いワンピースに黒の上着。
可愛らしい。
うっすら化粧もしているらしい。
姿を見つけて彼女は正面に座る。
「ごめんね?急に逢いたいなんて言って。」
「いや、いいよ。どうしたの?」
「あの…あのね?私…もう逢えないかもしれないから。それを伝えたくて。」
思考が固まって。
何を話したか正直覚えてない。
ただ、彼女は入院するとだけ伝えて帰っていった。
それからしばらくしてLINEの通知音がなった。
あの日から彼女のことを考えない日はなかった。
だから通知音がなって慌てて画面を見た。
『あの日から結構時間経っちゃってごめんね?
なんだかんだあってなかなか話せなくて。
たぶん私もう本当にあなたに逢えないかも。
がんばってみたけれど。
好きな事もっとしたかったな。
きっと、楽しかったんだろうな。
でも今できることやらないと。
すごくあなたと話せて嬉しかった。』
『へ?!』
『また。ね?』
一方的に、彼女から来たメッセージはそれだった。
それ以降彼女から連絡はなかった。
季節は移り変わって秋。
文化祭だの体育祭だの終わって一息ついた頃。
彼女の訃報を聞いた。
それは突然に、訪れた。
ずっと言わなかった言葉を飲み込んだまま。
落ち葉が舞い散る季節に、微かな声で呟いた。
「理由なんてあれこれ考えてはみたけれど、やっぱり俺は…あの春から君が好きだった。
理由なんて無かった。
俺も……君が好きだった。」
季節はまた巡って。
君と出会った春になった。
隣には君は居ない。
風に舞い散る桜色が掌に落ちてきた。
また、きっと逢えると信じて俺は。
異空間へと続く道に足を踏み入れた。