番外編 バレンタイン
バレンタイン
これはまだハイジがクラブジャンヌに来る五ヶ月前のことだ。
店の支度をするため目を覚ましたフォークはいつもよりキッチンが騒がしいことに気がついた。鼻唄と共に聞こえてくる食器の音に彼女は首を傾げる。
(こんな時間から誰?)
そっと覗き込むようになかを見る。するとそこにはレズが立っていた。
「レズ。」
「ん?あら、おはようフォーク。気分はどーお?」
「何してるの?」
「何ってチョコレート作りよ?あらやだ、知らないの?」
「?」
「今日は2月の14日、つまりバレンタインじゃないのん。」
「バレンタイン・・・・。」
「そうよお。かの有名なバレンタイン騎士団長が処刑された日、そして異性にチョコレートを渡す日じゃない。」
「ふーん。」
「あっ、そうだ。フォークも作らない?みんな喜ぶわよお!」
「は?何で私が、」
「ルークもきっと配達で聞いて帰ってくるわね。その時何もなかったらあの子なんて思うかしら?」
「・・・・。」
それから数分後のことだ。レズが去ったあと、キッチンのテーブルにはチョコレートがずらりと並んでいた。やけに可愛らしい装飾の物が二つとあとは袋詰めされたものが二十数個。無言のままの捲っていた袖を下ろしたフォークはそれらを籠に入れて店を歩いた。
「マルク。」
「ん?あーおはようフォーク。いつもご苦労様。そう言えばさっきレズが、」
「ん。」
「ん?何だ?くれるのか?・・・・もしかして、チョコレート。」
「・・・・。」
「そっか、ありがとう。フォークのところでもそんな習慣があったんな?」
このように彼女は片っ端からミセス達にチョコレートを配って回ったのだ。そして、とうとうルークが帰ってくる時間になった。
「たっだいまー!!」
「ほら。」
「うわ、何?・・・・甘い匂い。」
「チョコレート。」
「え?」
「チョコレート。」
「わあ!!やったあ!!ありがとう!!わーいフォーク大好き!!」
そう言って、跳ね回るルークをフォークが満足そうに見ていると、二階からセイジが下りてきた。またカズにやられたのであろう見事なドレスは綺麗なマゼンダカラーだ。桂を脱ぎ捨て、不服そうに呻くセイジにフォークは袋を投げ渡す。
「うわ!?」
「うるさい。」
「何だよいきなり!!って、チョコレート?」
「何で知ってんの?」
「さっきレズが渡しに来たんだよ。」
バレンタイン2
「そう。」
「それにしてもお前がこんな洒落たことするなんて、明日は雪が降るな。」
「うるさい。変態。」
「んなっ、誰が変態だてめえ!!これはカズが勝手に、」
「ふん。」
「・・・・。」
鼻をならしたフォークが最後の一袋を渡すために二階へ上がろうとした。だが、その時、後ろで眉をつり上げていたセイジが彼女を引き留めた。まるで不本意だと言わんばかりにそっぽを向く。
「おい。」
「・・・・。」
「その、あんがとさん。」
言ったセイジが片目を階段の方へやったがそこにはもうフォークはいない。
「っていねぇし!!」
「あはははは!!ばーかばーか!!」
「うるせぇ!!」
ルークとセイジが絡み合っている一方で二階に上がったフォークはいつもの無表情のまま
(口下手。何あれ・・・・。可愛い。)
そんなことを思い、一番奥の部屋へと入っていく。中では長椅子に寝そべり、顔に給料帳をのせたジャンヌがいた。
「店長。」
「ん?あーフォークか。どうした?」
「これ。」
「お。チョコレートか。でも何で俺?」
「義理」
「あっそ。」
「バレンタイン」
「・・・・ああ、そうだな。レズには今後余りはしゃがないよう言っとく。すまん。」
「別に言わなくていい。」
「だが、」
「いい。」
「お前がそう言うなら構わん。」
「・・・・楽しかった。みんなの顔がいつもとちがって。」
「珍しいこと言うな。こりゃ親父さんに感謝か。」
ジャンヌが笑って言うと、フォークはいつもの無表情のまま、それでもいつもよりかは柔らかい表情で部屋を出た。
そして、ドアの前にもたれ掛かる。誰もいない廊下でフォークは一人。呟いた。
「バレンタイン・・・・。」
頭の中には声が響く。
『バレンタイン様!!』
『ーーー!!』
『ーー!!』
『ー』
「ふふっ、」
彼女は口角を歪め、黒く笑った。