運悪い日の知りたくない事実
ジャンヌはハイジの頭にそっと手をおいた。少し戸惑いながらも、真っ直ぐにハイジを見つめている彼は迷うことなくハイジに真実を打ち明けようとしていた。すると、後ろに立っていたセシルがいつものように腕組みをしたままハイジを抱え起こした。
「お前、人の服を、」
「え?・・・・あっ!す、すいません!!セシルさん、俺、弁償します。」
「・・・・はあ、いい。どうせもう小さいからお前にやる。洗ってしばらく使え。」
「ありがとう、ございます。」
呆然としていた。が、部屋の中ではもうペティーがムートランドの拷問を始めている。中からは凄まじい叫び声が聞こえてきて、会話が聞こえるような状況ではない。後ろを振り向き、ため息をついたジャンヌは声が聞こえないため、指で天井を示した。
(上に上がる、か。)
示されるがままにハイジは一階へと上がった。だが、彼はまだ怯えている。あんな光景を見たのだから当然だ。しかし、逃げる気力も彼には残っていなかった。
一階へつくと、ジャンヌはセシル、キョウを連れて、ハイジを廊下奥にある書斎へと招き入れた。彼が自分の椅子に腰かけると、ハイジは置かれていた長椅子に座り、二人はその前に座った。
「よし、話すぞ。心の準備は?」
「もう、何が何やら。」
「ははっ、そうだよな。だから単刀直入に言うよ。」
言われてハイジは行きを飲んだ。同時に深く腰かけていたジャンヌは机に乗り出さんばかりに前のめりになり、言った。
「俺達は、極悪貴族や悪徳商人をころすさつ人鬼、いわゆる、ころし屋だ。」
「ころし屋?」
「そう。つまり、この店そのものがそれらを潰すための巨大な巣。意味は分かるな?」
「はい。」
「そして、店に出てるミセスのほとんどが腕利きのころし屋、俺はそのボス。セシルがやったように目当ての相手を捕まえては、ああやって情報を吐かせてる。そんで、ある決まったときになると一気に奴等をころすんだ。」
「何故、そんなことを?」
「ここにいる奴らはみんな、何かしらの問題を抱えてる。そんな中で必死になって逃れそてきたやつらも多い。毎晩うなされる奴もいるくらいだ。だからころす。あいつらが苦しんでるとき、その元凶がのうのう生きてるなんて、俺は許せない。これからそんなやつをさらに増やすこともな。他に質問は?」
その問いかけに、ハイジは思わず口を開いた。きっとこの人は、俺の復讐相手もころしてくれるだろう。
だったら自分でやりたい、そう言おうとした。だが、口から出たのはそれより先に別の言葉だった。
「俺は、何を・・・・何か、出来ることはありますか?」
「?」
「俺も、何か手伝います!何でもいい、手伝わせて下さい!」
「おいおい、いきなりだな。どうした?」
「貴方には、助けてもらった恩がある。出来ることなら、なんでも!」
言うと、ジャンヌは口を曲げた。そして、席をたち、歩み寄ってくると、ハイジの額を思いっきりでこぴんした。
「いだっ!」
「何でもするなんて軽々しく口走るんじゃねえよ。馬鹿!」
赤くなった額をハイジは押さえた。そんな彼にジャンヌは身を乗り出して、顔を近づける。
「でも、お前の気持ちは分かった。ありがとよ。」
「じゃあ、」
「だが、まだお前にころしはやらせられない。」
「!!どうして!?」
「別の道だって歩けるからだ。これからここで生きていくなかで、やりたいこととか、なりたいものとか、色々見つかるかもしれないだろ?だから今はだめ。内でころしをやってるのだって、本当に腹くくった連中だけだ。分かるな?」
「・・・・。」
「不服なのは分かる。でもお前は買い回された人数が多すぎて、ころしたい相手も絞れてない。つまり、本気で恨める相手が分かってないんだ。まあ、そんなもんは分からん方がいいけどな。とにかくしばらくは普通に過ごしてみろ。何事も経験だ。」
「・・・・。」
「返事。」
「はい。」
「あんま拗ねんなよ。ははっ、分かりやすい奴だな。昔のセシルみたいだ。」
「言われていればよーにとる気もするなあ。顔に出やすいとことか。」
「黙ってろ。キョウ。ジャンヌも余計なこと言うな。」
「ははっ。さて、話もすんだし戻るぞ。ああ、分かってると思うけど外では」
「言いません。絶対。」
「よし。」
そして、彼らは書斎を後にした。
(ここは闇クラブ。Mrs.ジャンヌの営む、本当の闇。)
夜の闇のそのまた闇に潜むこの場所は、居場所のないはぐれ者達の根城。今宵もまた、Mrs.ジャンヌの闇クラブが閉店を迎える。
しばらくの間、ハイジは店の椅子に腰かけたまま膨れていた。他のミセス達は皆風呂に入り、遅れた彼は時間を潰している。先程、ペティーも下から上がってきた。それはもう血だらけの服で、いつも通りにこにこと笑いながら。
「はあ。」
深くため息をついた彼はスカート姿で足を開いたまま、項垂れた。
(やりたいこと何て、)
「そう簡単には見つからないっすかね?」
背後からの声にハイジは驚き、振り向いた。すると、そこにはヒラヒラと手を降るオフィーリアが立っている。結い上げられた綺麗な赤髪を靡かせながら、嫌みのように笑う。
頭を抱えていたハイジは思わず言った。
「オフィーリアさん。」
「びっくりしました?いやね、やけに考え込んでるみたいだったもんでちょっと遊んでやろうと思ったんすよ。」
「・・・・。風呂、行かなくていいんですか?」
「どうせこのあと汚れるからいいんすよ。で?そう言うハイジ君は何かお悩みで?」
「さっき貴方が言った通りです。」
「へえ。」
(興味なさそうだ。)
ならば聞かなければいいのにとハイジは思った。
「オフィーリアさんはどうしてここに?」
「ん?まあ、俺はちょっとした仕事でね。旦那とは昔からの付き合いなんすよ。」
「そうなんですか。」
「それはそうと、ここの連中にあんま昔のこと聞かない方がいいっすよ。ヤバイことになるんで。」
「気を付けます。」
「・・・・あんたバカっすね。」
「は?」
「いやいや、こっちの話っすよ。あーほら、そろそろ風呂、空いたんじゃないですか?早くしないとまた取られますよ。」
「は、はい。ありがとうございます。」
そう言って、走り去るハイジを見送るオフィーリアは彼の姿が消えたあと、上げていた口角をゆっくりと下ろした。
(あれはまた、やけに可笑しなのを拾ってきたっすねぇ、旦那も。いい加減懲りてほしいっすわ、本当。死に急ぎたいんだか、何なんだか。)
ため息混じりに息を吐く。そして、二階に上がると、ミセス達の溜まり場、いわゆる、リビング用の部屋に入った。ここは誰でも出入り自由の共同スペースだ。
中ではミセス達が仕事後に男姿でだらける。風呂上がりの奴もいれば、夜の狩りのため私服に着替えた奴もいた。そんな中でオフィーリアはソファーで伸びていたマルクに聞いた。
「お疲れ。」
「おー、お疲れさん。」
「あの新入りすげぇっすねぇ。馬鹿みたいに素直。」
「いい子だよなあ、ハイジ。もう少し暇があれば俺が世話役でもよかったのに。」
「逆に怪しいんすよ。素直すぎて。本当に奴隷商からかったんすよね?セシル。」
「当たり前だ。何のために俺とキョウがついていったと思ってる。またどっかから拾ってこないためだよ。」
「でもセシルは旦那に甘いっすからねえ。まったく、あんたらがそんなだから旦那が好き放題なんすよ。自覚あります?」
「「「「ない。」」」」
「声揃えて・・・・。はあ。それより旦那知りません?さっきから探してんすけど見当たらないっすよね。」
「あー、ジャンヌならさっき風呂入るって下りていったぞ。ペティーの返り血が付いたらしい。」
「あー風呂っすか・・・・。は!?風呂!?」
「なんだよ?いきなり大声出して。」
「さっきハイジも風呂行くって、」
「は!?」
その場にいたミセス達は皆目を向いて驚き、唖然とするなかで部屋を飛び出した。セシルとマルク、オフィーリアが走り出すとそれに続くように何人かのミセスが後を追った。廊下を渡り、階段を降り、店の裏手にある大衆浴場専用である場所のドアを開いた。一番にセシルが飛び込む。
「ジャンヌ!!」
中には湯気が立ち込めていた。すると、そのすぐ奥では裸のハイジが尻餅をつき、言葉を失っている。そして、巨大な浴場の中で裸のまま立っていたのは、一人の
「お、女?」
膨らんだ胸に細い腰、下にはなにもついてない華奢な体にハイジは愕然とした。
何故ならそこに立っていたのは、間違えるはずなどない、迷うことなきジャンヌだったからだ。