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Mrs.ジャンヌの闇クラブ  作者: 日常
3/7

店に来た客人

開店から15分も経たずに、店は満席になっていた。あまりの勢いに棒立ちになっているハイジを他所に、ミセス達は次々と客席に着いていく。

「流石はクラブジャンヌ・・・・。」

小さくつぶやいていると、先程までジャンヌと何かを話していたセシルが背筋を伸ばした女らしい歩幅で歩いてきた。

「今から客席に着く。お前は、俺が紹介したら名前を言え。」

「はい。」

「いいか?例え腸が煮え返るような話になっても、どんなときでも、笑顔のままでいろ。少しも口角を下げるな。何があってもだ。」

「はい。」

セシルの言葉の意味がハイジにはしっかりと分かっていた。

何故ならそこは夜の世界。立ち入るのは何時だって、巨万の富を持った貴族や成金達。そして、金のある商人。

そんな中での会話にはどれだけ足掻いても、金や女や奴隷の話が出てくる。

ついさっきまで奴隷であったハイジにとって、まさに腸が煮えくり返るような話になるかもしれない。だが、それを無視して笑えと、セシルは言うのだ。

(それでも・・・・、)

構わないとハイジは思った。だってここには、普通の食事があった。普通の部屋があって、普通の風呂があって、普通の会話があった。今まで奴隷として生きてきたハイジにとって、こんなに贅沢な暮らしはない。そんな場所が目の前にあるのだ。

(だったら、奴隷商の相手くらい喜んでしてやる。)

そして、彼は自分に言い聞かせるように、決意するように小さく言った。

「これが俺の生きるための努力。」

小さく目を細め、開くハイジをセシルは横目で見ていた。理解できているのならば手っ取り早い。そう思ったのだ。

「今から相手するのはあの二人組の男だ。いくぞ。俺があいつらの間に座るから、お前は左端の男の隣に座れ。」

「はい。」

そして、ハイジが花やかな笑みを顔に作り出したとき、貴族らしき身なりの二人の男にセシルが声をかけた。

「また二人でいらしたのね。」

「やぁ、セシル。今日も美しいね。」

そう言って、男はセシルの手をとると、その手に小さく口づけをした。

「あら、相変わらずお上手なのね?ムートランド公爵?」

「僕は君に社交辞令を使っているつもりはないよ。何時だって本心だけを述べている。なあ?アバンダイド。」

「えぇ。そうですとも。貴方は何時だってセシルの前では正直者だ。この美貌の前では、誰も抗うことは出来ない。」

「ふふ。」

彼が口元に手を当てて、小さく笑った。

隣でハイジは口角をあげている。だが、内心では男の手に口付けたムートランドを心の底から気持ち悪いと感じていた。

(バカな奴だな。)

男に男が媚びる事ほど、哀れな姿が他にあるだろうか、そう考えれば考えるほどにハイジの中で彼の印象は惨めな物になっていく。

すると、くすくすと笑っていたセシルが不意にハイジを示した。

「紹介するわね、お二人様。この子、新人のハイジよ。」

そう言って、セシルはハイジの背中に手を回し、軽く押した。

女らしく笑っていたハイジもそれに合わせるように前に出た。

「今日から働くことになりました。ハイジです。宜しくお願いします。」

「宜しく。」

「これはまた美人だなあ~。流石はクラブジャンヌ、いつも上玉ばかりだ。一体何処から仕入れてるのか知りたくなりますね。ねぇ、マルクママ!!」

アバンダイドが声をあげると、カウンター近くにいたマルクが眉を潜めて笑った。

「何をバカなことを言ってんだい。内はあんたの店とは違うんだよ。」

マルクが言うと、隣のムートランドがアバンダイドの頬をつねった。

「君は紳士としての弁えを知らないな。女性に対して何処までも不躾だ。そんなことでは、この間の商談はなしになりそうだ。」

「それは困りますね、公爵。」

「じゃあ口を慎め。ああ、これは失礼、レディー方。どうぞお掛けに。」

ムートランドが席を進めると、セシルは男二人の間に座り、ハイジはアバンダイドの隣に腰を下ろした。

そして、グラスを渡され、酒を注がれると、お返しにと言わんばかりにハイジはアバンダイドにお酌をしたのだ。その行動を見たセシルはやけに慣れたその手つきに、少しばかり、知りたくもない彼の人生を目にしたような気がした。

(元奴隷っつても、愛玩用だったわけだから当たり前だな。さて、さっさと済ませるか。)

セシルは手早く二人にハイジを紹介すると、世間話をした。そして、大量の酒を彼らのグラスにつぎ込むと、厨房にいたフォークがいつも通りに持ってきた注文にもないドンペリをムートランドのウイスキーに混ぜ込む。これがミセス達の手際だ。

やがて、ムートランドが酒に酔いしれ、自我を不安定にしたとき、セシルは舌が耳に入り込むのではないかと言うほどの距離で、しなだれるように、みだらに、色気深く、彼に耳打ちをした。

「ムートランド公爵、今日このあと御用事あるかしら?」

彼の甘い大人の声が耳に入り込む。

ムートランドはその刺激的な声に身震いして、背筋に走るゾクゾクとした感覚に、強い興奮を覚えた。だが、彼は残った自我で最後の足掻きをするように、しなだれかかるセシルが当てた手をそっとどける。もう彼らが店に入ってから二時間が過ぎた。辺りはすっかり夜に染まっている。セシルがムートランドを相手している間に、ハイジはアバンダイドとの会話に花を咲かせていた。セシルを少し見ただけで、これ程に仕事のできる彼はまさに、この仕事に向いている。

その時、理性を保つムートランドがセシルに言った。

「すまないが、このあとは用事がある。君には付き合えないよ。」

「どうしてかしら?こんな遅くに用事なんてあるの?他にお気に入りがいらっしゃる?」

「そんなことはない。君以上なんて居やしないよ。」

「じゃあ何故?」

「君はまるで悪魔のようだ。そうやって今までも、幾度となく男を手にして来たんだろう?」

「私、娼婦じゃないの。貴方が良いって言ってるじゃない。」

そうしてセシルはするするとムートランドの体に手を滑り込ませていく。何処までも続く彼の誘惑はどんな男だって欲情させてしまうものだ。

そして、最後に、

「ねぇ、私をここから連れ出して。」

彼がそう放った瞬間、ムートランドがセシルに手を回し込んだ。

「もう一生、籠の中に閉じ込められても、どれだけ泣いても、逃がしはしないよ?後悔しても遅い、取り消しは許さない。」

「ふふ、いけない人。」

「ああ、君を今すぐ無茶苦茶に壊してしまいたい。」

「早く外に連れ出して。ジャンヌに見つからないように。」

セシルは一言一言、言葉を重ねていく。そして最後、彼に溺れた哀れな男は彼の手を引き、席をたつのだ。

(よし。)

心の中では哀れな男に何の好意も抱かぬセシルは席を立つ前、ハイジにアイコンタクテをする。

(あとは適当にやっとけ。)

(はい。)

ハイジが小さく頷くと、彼は手を引かれるままに、店を後にした。


残されたハイジはかなり溺酔したアバンダイドを起こしながら、彼は酒のボトルに蓋をした。

まだ対してハイジと年の変わらないアバンダイドはその若き容姿にしても、一人の奴隷商だ。ハイジの膝の上で爆睡しているにもかかわらず、その美しい男は奴隷のことばきりを口にしていた。

「それでそのやろーが全く言うこと聞かなくて、俺思わず、」

「・・・・。」

「ころしちゃって、」

「・・・・。」

そこまで聞いて、ハイジは無意識にテーブルの上にあったナイフに手をやっていた。別にこいつの話に腹が立った訳ではない。ただ、気分の良いものではなかったと言うだけの話だ。しかし、元奴隷のハイジにはそれだけでも十分に彼をころす理由にはなり得た。確かに、ハイジの中で、しんだ奴などただのバカでしかない。だが、何年も奴隷でいるうちに、少なからず話をした人間はいた。今、その連中がどうしているかなど、ハイジには知る余地もないが、もししんでいるのなら、さぞかし奴隷商を恨んでいることだろう。

(こいつは今まで、散々奴隷をころしてる。ここでころされても、文句は言えない。)

そう思った。

手にしたナイフを持ったまま、ハイジはしばらく固まっていた。セシルの言いつけが、頭を過るからだ。

そして、そのまま五分くらいすると、アバンダイドが目を覚まし、体をゆっくりとハイジの膝から起こした。

すると、

(!!)

あまりにいきなりのことだ。ボーッとしていたハイジは驚いて、思わずナイフを振り上げてしまった。ハイジの金の髪が勢いよく靡き、寝ぼけたアバンダイドの頭上に降り下ろされたナイフの刃先が襲いかかる。

(しまった!!)

気がついたハイジも今更ナイフの軌道は変えられない。庇いたくもないアバンダイドの頭をかばうため、ハイジのもう片方の手が、ナイフの前に出た。

だがその時、不意にハイジの手が動きを止めた。掴まれた手首に目をやる。

(誰だ?)

振り向いた先には、セイジが立っていた。

機嫌の悪そうな顔をして、後ろに立っていたフォークのトレーにハイジの持っていたナイフを置いた。

彼女が小さく頷くと、入り口付近で客と話していたジャンヌを睨み付け、睨まれたジャンヌは笑いながら右手を縦にして謝罪を表した。

そして、小声でハイジの耳元に呟いた。

「何やってんだバカ。」

「す、すいませ、」

「お客様、お客様?」

「ん?」

「お連れ様、もうお帰りになりましたよ。」

「んあ!?へ、本当だ、もうこんな時間になってる。置いていくなんて酷いなー。お金、これでいい?」

「はい。」

「じゃあ今日はこれで。話を聞いてくれてどうも。ハイジ、だったかな。また来るよ、これはチップだ。久々に楽しい夜だった。」

そう言って、アバンダイドはハイジに金貨の大量に入った袋を渡し、フラフラと不規則に揺れながら店を出ていった。




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