秘密を知ったら?
その後、ハイデルトが風呂に入り、ミセス達と食事を取った後の話だ。ソファーに集まったミセス達は、ジャンヌを中心に話し始めた。
「んじゃ、取り敢えず、こいつの世話役決めるぞ!つーことで、セイジ、お前どう?」
「ふざけんな、世話役にしねぇっつったから引き受けたんだよ。始めから俺は除外に決まってんだろ。」
「残念だな。仲良さそうだったんだろ?カズ。」
「とにかく、飢える心配と汚れる心配はしなくていい。俺に着いてくればな。とか言ってたぜー。」
「言ってねぇよ!!つーか聞き耳立ててんじゃねえ!!」
「じゃあ、マルクどうだ?最近暇だろ?」
「クラブジャンヌのママが暇なわけないだろ?無理だよ。引き受けたいのは山々だけど、ごめんな。」
「そっか。じゃあ、レズは?」
「あたし?別に構わないけど、この子、あたしの好きなようにしていいのよね?もう可愛くて食べちゃいたいわ。」
「お前は仕事所じゃなくなりそうだな。カズ、どうだよ?」
「勘弁してよ、ジャンヌちゃん。俺、セイジのいじりで忙しいんだよねぇ。」
「はいはい、分かったよ。キョウ。」
「そんなもん無理に決まっとるやん。最近売り上げ伸びてきてあとちょっとでヨミノに追い付くんやで。お断りやねん。」
「つーことだけど?ヨミノ。」
「は?何で僕がおじさんに売り上げ譲ってあげないといけないのかな?170字以内で説明しなよ。」
「口論なら今度相手するよ。んじゃ、
ペティーは?」
「ごめんなさあい。僕は、マウちゃんの世話役だからあ。」
「マウがうちに来てもう一年だよ・・・・。オフィーリア、やれよ。」
「無理っすよ。面倒くさいし、仕事で開けること多いっすから。」
「割りと忙しいもんなあ、お前。ジュディーなんかは?」
「こいつ食ってもいいわん?肥えさせたらきっと旨いにゃあ。」
「はい次。マウ。」
「あの、えっと、・・・・その、マウは、!・・・・はうわ、」
「無理だな。メイ、はお前、常連重視だからなあ。」
「すいません、でも僕、店の売り上げ、頑張って伸ばしますから!!」
「おう、頼んだぞ。フォーク、お前、手伝い欲しくないか?」
「は?冗談止めてよ。ふざけないでよ、うちの料理は一流なの。台所にゴキブリ置けって言うの?」
「分かった分かった。スウ、出来るか?」
「その子、僕が貰っていいの?じゃあ、今日から僕の物何だね?うふふ、部屋で大事にしないとね。いい?君は僕の物何だからね?これからは他の人と話しちゃダメだよ?出来るよね?出来ないの?もし、破ったら僕、君のこと、」
「はい、ご足労お掛けしました。ネリーユリー。お前ら二人組はどう?」
「どうする?ユリー。」
「そうだね、ネリー。僕達は赤い糸だからね。」
「お前らがその台詞を言うって事は嫌なんだな。マリアは最近売り上げ右肩上がりだしなあ。」
「お役に立てず申し訳ありません。でも店長。自分、店のために頑張りますんで!!」
「期待してるぜ。コラルは?」
「勿論!!喜んで受けさせて頂くよ!!いやあ、生きた人間をバラすのなんて久々だからねえ!!本当に有難いよ!!店長!!」
「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ。ノーウェ。」
「素直過ぎるよ。人は良いけど騙されやすい性格だ。嫌だ。」
「相変わらずの心理学者だな。クララ、お前どう?」
「パスパース。ダメダメ、今新しい爆だ・・・・、」
「黙ろうか。キームンは?」
「嫌ですよお。面倒ですし、それに一兵卒なら未だしも、ただの元奴隷なんてお断りですよお。」
「あーそう。ミラ。」
「ちょっと。何で僕がこいつの後釜なのかな?意味がわからないよ。受けてやっても良いと思ってたけど、もう絶対やらない!!」
「お前に先に言やあ、良かったよ・・・・。クイーン、頼むよ。」
「ごめん、店長。あんまり長い時間、誰かと一緒にいたくない。こんな理由でごめんなさい・・・・。でも、他の事なら何でも!!」
「まあ、仕方ないけどさ。あー!!もう!!面倒くせー!!セシル!!お前がこいつの世話役やれ!!」
「は?」
「今までやったことなかっただろ?それに内でNo.1のお前なら少しくらい売り上げ落ちてもレズには追い付かれないって。な?」
「ふざけるな。何で俺なんだよ。レズにやらせれば良いだろ?」
「レズじゃ仕事所じゃなくなるんだよ!!もう文句はなしだ!おい!ワンコ!!」
「は、はい!!」
「お前名前はあるか?」
「ハイデルトです。・・・・多分。」
「じゃあ今日からお前はハイジだ。」
「ハイジ・・・・。分かりました。えっと、ジャ、ジャンヌさん!」
「よし!!じゃあ、各自解散!!今日も頼んだぞ!!お前はこいつに服貸してやれ。それからここでの生き方も教えてやるように。部屋はキームン達の所が空いてるから、そこで。じゃ、頑張れよ。」
「ちょっ、待っ、」
セシルは言いかけたが、ジャンヌは手を振りながらその場を立ち去った。それに続くように辺りのミセス達も同情の言葉を延べたり、クスクスと笑ったりしながら散らばっていく。
残されたセシルは項垂れ、深く溜め息をついた。
「はあ・・・・。」
ジャンヌの気まぐれにはいつも頭が痛くなる。だが、悩んでいても仕方がない。
セシルは勢い良く振り返り、その長い髪を靡かせながら、力強く立ち尽くしたハイジに人差し指を向けた。
「いいか。今日から俺がお前にここでの生き方を教えてやる。イエス意外の返事はなしだ!俺の言うことには絶対服従。分かったな?」
「・・・・、はい!!」
突きつけられた人差し指を見たとき、ハイジは思った。
(生きるために最大限の努力を。)
セシルの鋭い目にハイジの決意が写る。この返事が彼にとって、すべての始まりとなるのだ。
腕組みをしたセシルはハイジの返事を聞くと、奥の廊下へと足を進めた。
それを追いかけるようにハイジも歩く。
「お前には今日から働いて貰う。今回服は俺のを貸してやる。だが今回だけだ。あとはセイジにでも借りろ。店でやることは一度しか教えないからその度に頭に叩き込め。部屋はあとでキームン達に案内して貰うこと。まずは化粧だ。お前、幾つだ?」
「17だと思います。」
「酒は飲めるか?」
「大量には無理ですけど、少しなら。」
「内で未成年者はルーク、セイジ、ジャンヌ、ヨミノ、フォーク、スウ、ネリーユリー、ノーウェ、ミラ、あとは年齢不明が何人か。ペティーは煙草も吸うがお前は?」
「む、無理です。」
そんな話をしながら二人は二階へと上がっていった。
クラブジャンヌは小さな店たが、奥行きが深く、二階建てに天井裏もあるため、彼らには十分な広さだ。表立った店とは違い、彼らの生活スペースである奥と二階は木面だけという実にシンプルな作りをしている。二階の廊下には両脇に幾つかの部屋が並んでいた。
すると、一番奥の部屋に入っていく、ジャンヌとフォークの姿がハイジの目に写る。
(フォーク、さんは女なのにジャンヌさんと同室なんだ。あの二人ってそう言う関係なのか?)
思っていた時だ。
「おやあ、セシルさん。さっきは災難でしたねぇ。お気の毒様です。」
不意にハイジ達の耳に声が降ってきた。驚いたハイジはすぐに声の主に目をやる。
「キームン。丁度良い。今日から同室だ。」
「知ってますよお。店長が言ってましたから。初めまして、キームンと申します。どうぞ宜しく、ハイジ。」
キームンは自分が立った奥から三番目の部屋の前から動くこともせずに手を差し出してきた。その手を取ることに、始めは躊躇したハイジだったが、彼の手を握り返すために前へと進んだ。
(変わった奴だ。)
そして、キームンの前までたどり着き、手を握り返そうとしたその時だ。
「止めておくべきだと僕は思うけど?」
またしても飛び込んできた声に進んでいたハイジの手はぴたりととまった。
「おやあ、ミラ。」
「そいつはとんでもないペテン師だ。関わらない方が身のためさ、新人。」
「私はただ挨拶をしていただけですよお。」
「黙れ、傭兵ごときが!忌々しい。貴様のような下道と利く口などないわ!!しかし、本当に運の悪い新人だな。こいつと同室など、憐れにも程がある。何なら、特別に僕の部屋に入れてやっても良いよ?」
「それは店長の命令に背くと言うことですか?そんなことは許されませんよお?」
「その汚い口を閉じろ。空気が汚れる。」
「何を理屈の通らぬことを。馬鹿なことを言うなと、前にも教えたでしょお?」
「黙れ!!貴様調子に、」
「喧しい!!」
中々に終わりを告げない二人の口論に勢い良く割って入ったのはジャンヌだった。さっきとは違う仕事用のスーツに着替えた彼はその低い背にも関わらず、二人の首根っこを掴んだ。
「準備がないなら外で客引きして来い!!」
そう言って、ずるずると二人を引きずりながら、ジャンヌはハイジ達の横を通って階段を降りていった。
「あの二人っていつもあんな感じ、なんですか?」
「ここでは日常茶飯事だ、慣れろ。そんなことは今どうでもいい。俺の部屋はジャンヌ達の隣だ。何かあったら来い。」
早足に廊下を抜けたセシルは部屋の扉を開けると、そのまま中へ入っていった。ハイジは様子を伺うように中を除く。
部屋の中には二段ベッドが二つあった。それに、化粧台が二つと机が一つ。衣装ダンスがあり、壁からはハンモックがぶら下がっていた。
すると、化粧台に向かっていたキョウが入り口からそっと中に入ったハイジを見て声を上げた。
「さっきのお犬はんやないのお。どないしはったん?」
面白そうに京言葉で話しかけてくるキョウにハンモックで寝転がっているオフィーリアがニタニタと笑いながら言った。
「どうせ俺達にもこいつの面倒見させようって魂胆なんしょ?セシル。」
「キョウ、こいつに化粧してやれ。」
「はあ!?マジで言っとるんか?何でわいらまで手伝わなあかんねん。そりゃ、さっきのは災難やったっち思うけどなあ。」
「それに関してはもう開き直った。」
「開き直っとるんかい!!なら尚更嫌やねん。なあ?オフィーリア?」
「俺は旦那の言うことしか聞きませんぜ。旦那の願いなら別っすけど。」
「あいつが言った。」
「嘘っすよね・・・・?」
「とにかく早くしてくれ。急がないと店開くぞ。服は俺のを貸すから。」
「はあ、もう仕方ないなあ。セシル、これは貸しにしとくからな?お犬はん、やなかったな、確かあ、ハイジっちゅうたか?こっちきいや。化粧したるけん。」
「あ、有り難うございます。キョウさん。」
「ええねん、ええねん。わいのことは姐さんとでも呼びい。」
「キョウ姐さん。」
差し出された化粧代用の椅子にハイジは大人しく座った。キョウが彼の前にしゃがみこみ、女らしい笑顔で微笑んだ。
「目え、瞑っときなはれ。中入ったら大変やからなあ。大丈夫やあ、化粧なんてすぐ覚えられる。」
そう言って、キョウの手がハイジの頬を優しく包むと、彼はそっと目を閉じた。
キョウの大きく、柔らかい手が彼の体温と繋がる。ひんやりとした冷たい刷毛はハイジの頬をゆっくりと撫でた。口紅はベッタリとした、今までに経験のない感覚で何だか気持ちが悪い。瞼にはアイシャドウ。これは少しくすぐったかった。こんな風に化粧などしたことがないハイジは所々で小さく身震いした。その度にキョウは「もうすぐ終わるけん、も少しお待ちやす。」と言って、彼を慰めるのだ。
「はい、終わりどすえ。妬けるわあ、うちより綺麗やないのん。目え開けておくれやす。」
辺りからは満足気な声が聞こえてくる。
「よし、服はこれを着ろ。」
「良いじゃないっすか。じゃあ、髪は俺がいじりますよ。セシルに貸し作っておきたいですしね。」
そして、ハイジはそっとその目を開いた。
バーテンダー用の服に着替えたフォークが部屋から出てきた所だった。丁度、階段を降りていくハイジを見て、彼女は自分の赤紫色の前髪を上げた。
「へえ、可愛いじゃん・・・・。」
そう小さく呟いていた。
一方で、ハイジが降りていった下の階では、段々集まりつつあるミセス達とジャンヌが驚きの声を上げていた。
「「「「おぉ!!」」」」
その声に、ハイジは恥ずかしそうに下を向く。彼の頬は、チークとは関係なく、少し赤くなっていた。
薄いピンクの布地が幾つかかさなり、きらきらとした膝まであるふんわりとしたドレスに、腰までの波打つ金色の髪。スパンコールの付いた髪飾りが、頭を彩っていた。靴は踵の低い白色のハイヒール、腕には花柄の拵えられた長い白の手袋とパールの腕輪。
すると、ミセス達の中で、満足そうに笑っているジャンヌはハイジの頭を軽く撫でた。
「似合うじゃねぇか。こりゃ、うちでNo.1になる日も遠くないぜ。なあ?セシル?」
「馬鹿言え。」
「服はセシルが若いときのだな。化粧はキョウだろ?」
「流石は店長はん。分かってはるわあ。」
「髪はフィーだな。」
「そうっすよ。」
頭を撫でられ更に赤くなっているハイジはふと辺りを見回した。
ここにいる全員が誰も気づけぬほどの見事な女装姿だ。
(何で俺だけ恥ずかしがってるんだろう・・・・。)
そう思った瞬間、ハイジの羞恥心はしゅるしゅると音を立てて縮んでいった。
するとその時、店のドアが勢い良く開いた。ドアに取り付けられているベルが音をたて、外からは郵便屋姿の少女が飛び込んでくる。
「たっだいまー!!」
「おう、お帰り、ルーク。」
「疲っかれたー!!聞いてよ店長、もう今日は隣街まで行かされてさあ、最悪。クタクタだよ。」
「お疲れさん。」
「あれ?なんか新しいのいるじゃん。新人?」
「そ。今日からやっとお前もせんぱいだぞ。」
「やったね!宜しく、新人。俺ルーク。知ってると思うけど男。」
「ハイジ、です。」
「ハイジかあ。何歳?」
「17」
「何だまた年上かあ、ちぇ。それより腹へったあ。フォーク何か作ってよ。」
「今から開店。あんたも手伝いな。」
「ケチ!ベーだ!!店長、フォーク酷くない?」
「俺の部屋にパンあるから、今はそれ食っとけ。フォークはちゃんとお前の分も取ってくれてるよ。ほら、着替えてこい。」
「はーい。」
つまらなそうに返事をしたルークはそのまま二階へと上がっていった。
(幾つ何だろ?)
「13歳。うちで最年少なんだよ。まあ、弟みたいな感じだな。」
「へえ。」
「よし、あいつも帰ってきたし、店開けるぞ!!今日も頼むぜ!!」
「「「「はーい、店長。」」」」
女達の声が店に響く。こうして今宵も、美しき花たちによる儚い夢のような夜がクラブジャンヌによって開かれるのだ。