お嬢様は引きこもり
あの後カイトが勝者を宣言し、試合が終わっても周りが祭騒ぎの状態になっているところへカイトが大声を上げる。
「皆のもの!勝負は決した!皆は勝者を称え持ち場へと戻るがよい!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉっ!クルス様!」」」」
賞賛の声が湧き上がる中クルスは納得のいかない顔で佇んでいた。
みんなが解散した頃にカイトが言ってくる。
「ククル、怪我はしていないのか?」
もっともな疑問だった。音速にも匹敵する速度で吹き飛ばされ、あげくに壁へと激突したのだ。無事なほうがおかしい。
「そんなことはないですよ。普通、あんな衝撃で激突したらあっちこっちガタガタになりますよ」
ククルおどけたように肩をすくませ言う。
「恐ろしく説得力のない言葉だな」
「ふふ、どうでしょうね 」
クルスは顔をしかめながら言う。カイトはまだ疑問に思っていたことを口にした。
「ところでクルスの腕を切ったあの技はなんなのだ?」
「そうだな、それくらいは説明してくれるよな」
「それくらいって、聞かれれば答えますよ」
クルスがまるで親の敵のように睨んでくるのでククルは少したじろいでしまった。
「あれはですね、仕組みは至って簡単です。あれは魔力で構成された刃物で切っただけです」
「魔力の刃物だぁ?」
「そうですねぇ...言うなれば体に魔力を纏わせる魔法を単に延長したものです」
「ふぅむ...なんとなくではわかるんだがなぁ」
「では、実際にやってみましょう」
そう言うと、少し二人から離れ手に魔力を通わせると。手が赤黒い魔力で包まれる。
「これが身体強化の状態です」
「...お前の魔力は...なんかこう...」
「ふふ、不気味だとでも言いたいのでしょう?気になさらずともいいですよ」
魔力の色は人それぞれだ赤もいれば青もいる、白もいれば黒もいる。この色の違いは主に人の内面に関わっていると言われているが、よくはわかっていない。
「そして、この魔力を伸ばすようにイメージしていき刀身を作ると」
ククルの指先から一本ずつ15cmの刃物を作り出す。試合の時のように見えないものではなく赤黒い刀身が出来上がっている。
「ほう、これがそうか...どれやってみるか!」
「わしもやってみるかのう」
クルスはさっきまでの怒りはどこへ行ったのかと言いたいほど純粋な好奇心で実践している。
「こうかな?」
「...むむ?」
カイトは黄金色の魔力を、クルスは真っ赤な魔力を纏い手へと集中させる。手に纏った魔力の形状を変化させ一本の刀身を作り出そうとしているが、イメージが難しいのか歪み霧散する。
「...難しいね」
「...むぅ」
「ふむ、一度コツを覚えれば簡単にできるのですが...」
「まぁ、当面はいいかな」
カイトは諦め半分、悔しさ半分と言った表情で言う。対してクルスは諦めがつかないのかまだ練習していた。
「あぁ...これはダメだな」
「なにがですか?」
「クルスはこうなると周りの音が聞こえなくなるんだよ」
「はぁ...凄まじい集中力ですね」
「それがクルスの長所であり欠点なんだけどな」
頬を指で掻きながらやれやれと言ったふうに表情でクルスを見ている。
「さぁ、待ってても仕方ないし行こうか?」
「...どこへでしょうか?」
「そりゃあ、君のご主人のところにさ」
カイトは悪戯げに笑う。
ククルとカイトは今、廊下を歩いている。中庭にクルスを置いていきそのまま移動したのだ。
「カイト様、お嬢様のお名前は何と言うのですか?」
「マリー...マリー=バンキッシュ。今年で13になる」
「引き込もられているとお聞きしましたが...」
「あぁ、ここ数年部屋から出てこなくてな。朝食なども部屋まで持ってきている始末だ...ククルがいい発火剤になってくれると良いのだがな」
「善処はします」
「ふふ、これからが楽しみだ」
カイトはそういい扉の前で止まる。
「さぁ、ここの部屋だよ。あんまり気負わずに頑張ってくれ」
「はい」
ククルは扉へ近づきノックをする。
コンッコンッ
「お嬢様、失礼いたします」
「...誰?」
返ってきた声は予想以上に幼く、弱々しいものだった。
「執事のククル=リリアスです。お嬢様の専属の執事としてこの度雇われました」
「...そう」
「できれば一度お会いしたいのですが...」
「今、合ってる」
「そう言う事ではなく...いえ、また参ります」
「...」
今度の返事は返ってこなかった。ククルは自分の主を見れなかったことに肩を落としている。
「そんなにがっかりするな..時間を掛けていけばいいさ」
「...はい」
「さぁ!そうと決まればメシだメシだ!ちゃんとマリーのところに届けてくれよ」
「はい!...いえ、カイト様。少しお願いをしてもよろしいですか?」
少し考え直し主に信頼してもらうために必要なことを考える。
「なんだ?」
「お嬢様の料理を私に任せて頂きたいのです」
「料理をか?」
「はい、お邪魔になることは致しませんので」
「いや、屋敷に住む人数は少ないし厨房も無駄に広いしな...よし、許可しよう!」
「ありがとうごさいます」
「そうと決まれば厨房まで行くぞ!」
「はい」
足を止めて目的地を変えて厨房へと向かう。
厨房には元いた世界の調理器具と遜色ないものが並んでいた。だが、調理師が一人しかいないことには驚いた。なぜ聞いてみると。
「屋敷に人が多いのは嫌じゃないか」
なんでも、中庭にいた人達も外の警邏中の騎士を引っ張ってきたそうだ。厨房に着いたカイトは中にいた人に声をかけどこかへと行ってしまう。とりあえず調理師の人に挨拶をしに行く。
「はじめまして、新しく雇われました執事のククル=リリアスと申します」
「よろしく、俺はレイモンだ」
レイモンは青い髪をまとめ後ろで小さくまとめている。真っ白なコックの服を着ていて身長はククルより少し高いぐらいだ。
「レイモンさん、初対面で不躾とは思いますがひとつお願いがございまして...厨房を少し貸していただきたいのです」
「ん?カイト様には許可はもらってるんだろ?」
「ですが、ここはレイモンさんの職場ですので」
「あっはっは!若いのにしっかりしてんなぁ。人族なのにこんなところで働くなんてどんなやつかと思ってたが案外ちゃんとしたやつで良かったよ」
「...はぁ」
笑いながら背中を叩き続けるレイモンにククルは苦手意識を覚えつつも、吸血族は似たような性格が多いんだなぁと思っていた。
「まぁ、厨房は広いし材料も大量にある。好きにしていいぜ」
「ありがとうございます。...ところでお嬢様の好きなものをご存知ですか?」
「うぅん...すまんな。わからん」
「いえ、お気になさらず」
ククルはレイモンに一礼して食材を保存しているところまで行く。保存されている食材を端から端まで見ていく。
(元いた世界の食材と変わりはないかな)
ククルは元の世界との食材の違いを見ていたのだ。名前の違いまでは分からないが見た目は一緒のようだった。
(さて、作るなら何がいいかな?と言うか、こっちの人は何を食べているんだ?)
ククルは頭の中でメニューを組み立てながら食材を選ぶ。
(う〜ん...貴族っぽくはないけど唐揚げとかか?グラタン?スパゲッティ?...う〜ん、まぁなんとかなるか?)
結果的にミートソーススパゲッティに決定した。いろいろと揃って入るが、やはり麺を一から作るのは面倒な作業だった。ミートソースは楽に出来上がるので少しあとに作ることにする。麺作りを集中して作っていると、後方から視線を感じる。
「えっと...レイモンさん?なにか...」
「...それはなんだ?」
「パスタですが?」
「パスタ?初めて聞くな...」
やはり、食文化はかなり違っているようだ。
「こちらにはないのですか?」
「そうだな、それを使ったことすらないぞ?」
「それって...小麦粉ですか?」
「あぁ、俺たちの場合は切ったり、焼いたり、煮込んだり、盛り付けたりって感じだからな」
「まぁ、料理の基本ですからね。というか、なぜ使わないものがあるのですか?」
「それはな、旦那様がいろいろあった方がいいだろうと、いろんなところからかき集めてきたんだよ」
「そうですか...」
これほどにカイトに感謝したことはなかっただろう。
「ふむ...」
レイモンがじっとククルの手元...パスタを凝視している。ぶっちゃけかなり邪魔くさい。
「あの、気になるのであればひと皿分作っておきますので、後で試食してください」
「おぉ、それはありがたいな!...っと、そろそろ夕食を作らないとな」
レイモンが急いで離れていき、調理に戻る。
(やっと集中できる...)
ククルは少し急ぎめに調理を再開した。