ここはどこでしょう?
目を開けるとそこは見たことのない場所だった。体に異変は無く、服装も執事服のままだ。ここには、だだっ広い空間に足元には魔法陣、周りには人が数十人ほどいて、数人を除いてみんなが肩で息をしている。あたりは困惑した面持ちで固まっている。足元の魔法陣を解読し理解した。
(召喚魔法...それも、高レベルのですね。だとしたら、異世界召喚あたりでしょうか?周囲の魔力の密度からしてもかなりの大魔法でしょうね)
顎に手をやりながら考え込む。だとしたら...
「ここはどこでしょう?」
独り言のつもりだったが静かな空間では予想以上に響いた。独り言に反応してか周りがざわめき始めた。
「おい、どういうことだ?」
「なんで人間が...」
「悪魔はどうした」
「魔法陣の組み方を失敗したか?」
どうやら、低レベルの悪魔召喚と高レベルの異世界召喚の組み方を間違えたようだ。高レベルと低レベルの複雑さは天と地ほどの差がある。本当に間違いならばよほどの馬鹿か、一周して天才だろう。
(なんにしても、周りの人達がどうするか決めていただけない限りどうしようもないですね...)
そう思い少しの間、立ったまま目をつむり待つことにした。それから数分後、奥にいたやけに物々しい雰囲気の人が近づいて来た。目をあけその人物を直視する。白髪を短くまとめ顔に大きな十字傷のある真っ赤な瞳のご老人だ。身長がゆうに2m近くあり、年季の入った鎧を着ている。
「わしの名はクルス=バンケット。異世界人よいくつか質問をいいかな」
「はい、よろしいですよ」
「ではまず、そなたは人の子か?」
「えぇ、生まれた時から純血の人族でございます」
周囲からの物音が強くなる。人族というところに反応しているようだ。
「そうか...では次に、なぜそんなに平然としていられる?」
「祖父に(いかなる時も平静を保て)と教えられ育てられたからです」
「ふむ...よほどの鍛錬を積んできたと見える」
確かに、子供にやらせるような鍛錬ではなかったな。
「恐縮です」
「それでは最後に名は何と言う?」
そういえば名乗り忘れていた。こんなことがじいちゃんにバレたら森にでも埋められそうだ。
「失礼しましたバンケット殿。私の名前はククル=リリアスと申します。以後お見知りおきを」
「気にしなくて良い、随分と礼儀正しいがその服を見るからに執事か?」
「いえ、まだ見習いで主もおりませんでした」
本当は数日後に仕える家が決まるはずだったのだか、わざわざいう必要もないだろう。
「今回の件はどうやらこっちの不手際のようだ。すまないが判断を仰ぐために我王の元まで来てもらえるか?」
「はい、構いません」
「では、善は急げだ」
クルスは後方にあった扉へ向かい、ククルは周囲の人へと一礼をしてから後へと続いた。廊下に出て移動しているとクルスが口を開いた。
「リリアス殿...すまなかったな」
「いえお気になさらずに、私のことはククルとお呼びください」
「本当にすまなかった。なにせああいう形の魔法はあまり使わないものでな」
召喚魔法はあまり一般的には使われない。だが、そこまで難しい魔法でもない。なのに失敗をしたということは魔法があまり進んでないのか、普段から魔法を使わないかだな。
「あまり使わない...というのは?」
「あぁ、ヴァンパイア...吸血族と言われているが、我々は身体強化の魔法に特化しているのだよ。おかげで放出系の魔法は皆からっきしでな」
「吸血族...そうでしたか。それであんな魔法陣に」
吸血族...吸血鬼は人族と容姿による違いがあまりない。強いて言うなら肌の白さと赤目ぐらいだ。吸血鬼は陽の光を浴びていると魔力量が極端に落ちる。なので、朝のうちはあまり家からは出ないそうだ。
「あんな...とは?」
「いえ、魔法陣の組み方が悪魔召喚にしては大掛かりすぎな規模だったので」
「そうだったのか...難しいものだな。...さぁこの先に吸血族の王がいる。くれぐれも失礼の...そんな心配はいらなそうだな」
「いえいえ、ご心配いただきありがとうございます」
「ふふ、じゃあ行くぞ」
コンコン
「クルス=バンケット入ります!」
3・4メートルはあるであろう扉を開き中へと入る。ククルもあとに続き、レッドカーペットを踏んでいく。クルスがある程度進むと玉座に座る人影が見えてきた。クルスとククルは相手を直視しないように床に跪く。
「バンキッシュ陛下、此度の召喚によって転移した者を連れてまいりました」
「よい、楽にしろ」
「ハッ!」
クルスが立ち上がったのを見てからククルも立ち上がった。玉座に座っていたのは豪奢な服に身を包みエメラルドのような色をした髪を短く切り赤い目が輝いている。まだ、20代後半ぐらいだろうが、クルスに負けない威圧を放つ一人の男性がいた。
「ふむ、クルスよ。悪魔を召喚するのではなかったのか?」
「それが、魔法陣の編み方を失敗してしまい悪魔ではなく人を召喚してしまったようで...」
「そうか...それで、人の子よ。名は何と言う?」
王様が話を振ってくる。
「お初にお目にかかります、私はククル=リリアスと申します」
「此度はすまなかったなククルとやら...俺の名前はカイト=バンキッシュだ。お前の処置だが、できれば返してやりたいのだがな...」
「バンキッシュ陛下、ご心配には及びません」
「...どういうことだ?」
「帰るのは容易いなことなので」
「なに?」
カイトがククルを値踏みするように視線を向ける。それを気にした様子もなくククルは続ける。
「陛下は召喚魔法についてどれほど知っておられますか」
「そうだな...生物を呼び出すとしか分からんな」
苦笑いをしながら答える。
「一般的にはそれで十分でしょう。では、召喚魔法に魔法陣を用いる必要性はご存知ですか?」
「...莫大な魔力を必要とするから、その補助ではないのか?」
確かに召喚魔法には多くの魔力を必要とする。しかし、使い魔の召喚などにはそこまで魔力を使わない。
「はい、それもあります。ですが最もの理由は召喚した生物を返すために必要なのです」
「まてまて、召喚した生物は手元に置いておくのが当たり前だろう」
そう、それが普通だ。しかし、使い魔にできなかった生物は何処へ行く?答えは簡単だ元いた場所へと帰るのだ...魔法陣を使って。
「はい、それが普通でごさいます。呼び出す際の魔力消費を抑えるためにもそうするのがよろしいでしょう。しかし、陛下は反転魔法はご存知でしょうか?」
「あぁ、だがあんな代物使える奴がいるのか?」
反転魔法というのは、どんな魔法にもあるもので、例を挙げるなら、炎の魔法を反転魔法を用いて使った場合性質が逆転する。本来、こういった魔法の行使は世界の理を崩すために体にかかる負担、脳内での処理も並ではないから人によっては廃人になる場合もある。しかし、召喚魔法の場合は別だ。
「たしかに反転魔法は危険な手法です。しかし、召喚魔法に反転をかける場合はそうでもないのです。召喚魔法はこっちへと呼び寄せる魔法、それを反転した場合は転移魔法になるのです」
「...転移魔法だと...そんなのを操れるのか?」
「普通では無理でしょうね。...しかし、魔法陣を使うことでそれは解決します」
「魔法陣をか?」
「そうです、召喚された時の魔法陣をそのまま反転できれば元いた所に転移できます」
「...そんなことが」
カイトが呆れた顔でククルを見る。
「お前の世界ではそれが常識だったのか?」
「いえ、知っているのは高位の精霊や魔物、研究者ぐらいでした。たぶん、こちらの世界とあまり変わらない水準かと」
「そうか、クルス!」
「ハッ!」
「魔法陣を消さないように伝えてきてくれ。急ぎでな!」
「お任せを」
クルスがそう言い残して、扉から出て行った。カイトはそれを見届け再度こちらを見る。
「それではククルよ。そちらから質問はないか?」
「では二つほど」
「申してみよ」
「悪魔を召喚して何をするおつもりでしたか?」
「あぁ、それはな俺の娘の血吸いをやってもらおうとしてたのだ」
「血吸いですか...悪魔が了承しますかね」
悪魔は契約を遵守する。それ故に自分に害ある契約内容での成立は望めない。ちなみに、血を吸われたところで吸血鬼になるわけではなく。吸血鬼の血を混ぜられることと混ぜられた者の承諾が必要だ。
「まぁ、してくれなければ困るんだがな」
「それでは最後の質問...いえ、お願いがございます」
「ふむ... なんだ?」
「私を執事としてここで雇っていただけませんか」
「...本気か?」
「はい」
「ここに人はいないぞ?」
「それでもです」
カイトが腕を組み考え込む。
「いくつか確認をしていいか?」
「なんなりと」
「元の世界はいいのか?」
「はい、祖父は他界しましたし両親もいません。友と呼べる人もおりませんでした」
「...すまん。不躾なことを聞いたな」
「お気になさらずに、もう割りきったことですので」
じいさんは数年前に他界した、齢50数年...短い人生だった。当時のククルは12歳だった。現在は17歳、もう5年も経っている。
「それでは次に、今この世界では戦争が起こっている。ぞくに言う勇者の召喚にともなった魔族への進行だ。お前は人を殺せるか?」
「それが、主のためならば」
「...ふふ、よかろう。しかし、条件がある」
「条件ですか」
「あぁ、一つ目はお前は娘の血吸いとして執事をこなしてもらう。つまり、お前の所有権は娘にあることになる」
「承知しました」
「二つ目に娘に気に入ってもらうことだ」
血吸いになる上での信頼関係は大事だ。それに主の信頼なくして執事は務まらない。
「娘は...その...引きこもりがちでな難しいかもしれんが頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
「あぁ。そして次が最後だ」
カイトの威圧が一層増した。これから言うことはそれほどに大事なことなのだろう。ククルは体に力を入れ直し傾聴した。
「お前はこれから俺達の家族だ」
「...え?」
「ふふ、何を驚いているんだ」
「...いえ、一介の使用人にそんな...」
「この家に住むものは皆が家族だ...もちろんお前も例外ではないぞ...ククル」
「!?」
カイトの思わぬ言葉に面食らうククル。だが、ポーカーフェイスは崩さずに、笑顔で答えた。
「ありがとうございます。旦那様」
「ふふふ、旦那様はよせカイトでいい」
「それはできません。ではカイト様と」
「むぅ、強情なやつだな」
「これが最大限の譲歩ですので」
「はぁ、まぁ少しずつでも慣れていけばいいさ」
「頑張らせていただきます」
「はぁ、いつか敬語も崩させてやりたいな」
そのあとに気がついたが少し前に入ってきたクルスがニヤニヤしながら後ろに立っていた。
プロフィール
ククル=リリアス (17)
身長 176cm
体重 53kg
黒髪黒目で腰まである髪を一本にまとめている。執事服に白い手袋をつけている。
クルス=バンケット (47)
身長 197cm
体重 89kg
白髪に赤い目の吸血鬼。カイトが生まれる前からに屋敷に仕える騎士で周りをまとめられるほどの実力者。
カイト=バンキッシュ (29)
身長 180cm
体重 76kg
翡翠色の髪に赤い目の吸血鬼。一児の父で意外と戦闘狂。