第7話 冒険者
視点が変わります。
視点が変わる際には――― アリシア ―――という形で表記します。
――― アリシア ―――
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【依頼】災厄の魔女討伐
【ランク】不問
【報酬】1,200,000ルピ ※討伐報酬は別途支給。
【詳細】災厄の魔女リオンセティ。最古の神敵である。その名が俎上に載る時、王国は災厄に見舞われてきた。その彼女がトトウェル大森林で確認された。第三神罰騎士団からの要請を受け、サラスナの冒険者ギルドでも討伐隊を差し向ける事となった。災厄の芽を未然に摘むため、愛国心ある冒険者の参加を求む。
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お題目は立派だが、と内心で嘆息する。
災厄の魔女は温厚な人物である。手を出さなければ無害なのだ。だというのに王国は一方的に危険視し、手を出しては返り討ちにあい、それを災厄だと吹聴しているだけ。
神の敵を滅ぼすのは国民の義務だ。
しかし、義務に命を賭けるのは騎士だけで十分である。
では、何故、依頼が発行されているのかと言えば……政治である。
冒険者ギルドは国から独立した組織だと謳っているが、完全に国の意向を無視する事は難しい。討伐隊を出せ、国民の義務だろう、と言われれば、嫌々でも従うしかない。
逆らえば神の意思に背いたと町ごと滅ぼされるかも知れないのだ。
「君が引き受けてくれて助かりましたよ、アリシア」
「ギルドマスターには世話になったからな。私の名が役に立つなら喜んで手を貸すよ。ただ、まだ二十歳の若輩者だからな。私を快く思わない者もいるだろう」
「顔合わせは済ませたのでしょう? 彼らの様子はどうでした?」
「不満に思っている者はいたぞ」
「《大鷲の斧》のゴートですか。彼はハイヒューマンですからね。でも、表だっては何も言わなかったでしょう?」
「表だってはな。だが、態度で分かる」
「その割には静かでしたが」
「一緒に戦う仲間だ。私も自重したさ」
討伐隊を編成するに当たり、ギルドマスターを悩ませたのは、リーダーを誰にするか、という事だった。討伐隊に参加するのは《極北の風》、《大鷲の斧》、《千の道》の三つのパーティー。リーダーを任ずるならAランクの《極北の風》か《大鷲の斧》だ。しかし、この二つのパーティーは仲が悪く、反目し合うのは目に見えている。かといってBランクの《千の道》に任せるのは論外。
と、そこへ現れたのがSランクの姫騎士アリシア。
つまり、私である。
「大人になりましたね。と、言っても数年前ですか。懐かしいですねぇ」
「……やめてくれ。ほんとうに」
過去の自分を思い出すと汗顔の至りだ。何故、ああも尖っていたのだろうか。
姫騎士という大仰な二つ名から分かるように私は騎士の出だ。没落したので冒険者になるしかなかったのである。しかし、身分は冒険者でも心は騎士のままだったのだ。
当然、自由を尊ぶ冒険者と諍いになる。
その度に仲裁をしてくれたのがギルドマスターである。
だから、彼には頭が上がらない。
「ははは。昔を懐かしむのは年寄りの悪い癖ですね。これだから若い人が寄り付かなくなってしまう。貴方がSランクになったと風の噂に聞きました。十代でSランクになったのですから、驕っているのではないかと恐れていましたが杞憂だったようですね」
「凄い人を知っているからな。驕れるものか。師匠と比べたら私など」
「貴方を変えた人ですか。興味がありますね。誰ですか?」
「それは言えない。約束したんだ」
「名のある方ですか」
「ああ。師匠は平穏な日々を望んでいる」
「それなら仕方ありませんね」
「すまない」
さて、とギルドマスターが顔を引き締める。
「貴方にお願いしたいのは一点。冒険者を無事、返してくれる事」
「災厄の魔女と戦うな、という事だな」
私はサラスナで冒険者になった。騎士らしさが鼻についたか。ギルドマスター自ら登録を行った。諸々の説明と一緒に一つ忠告を受けた。決して災厄の魔女には手を出すな、と。
そのサラスナの冒険者ギルドが災厄の魔女討伐を行うと言うのだ。
おかしいと思っていた。
「災厄の魔女は五百年間、騎士団の討伐を退けてきた人物。多少腕が立つ程度では返り討ちに合うのがオチでしょう。二週間程森に籠って貰い、折りを見て戻って来てください。騎士団からは色々言われる事になるでしょうが、貴方達には迷惑がかからないようにします。騎士団の要請に応えた実績があれば、私が解任される程度で済むでしょう」
「……いいのか、ギルドマスター」
「少し早い隠居だと思って諦めましたよ。貴方も無理はしないで結構ですからね」
ギルドマスターは力なく笑う。その笑みを見て老けたな、と思った。
当初、騎士団は周辺の町へ呼びかけ、大規模な討伐隊を組む予定だった。
しかし、高ランクの冒険者の不在は防衛力の低下を意味する。
辺境では魔物を倒すのは騎士ではなくもっぱら冒険者なのだ。
冒険者ギルドと騎士団の間で合議が持たれ、一つの町から冒険者を出す事で合意した。
サラスナの冒険者ギルドに白羽の矢がたったのは、トトウェル大森林から最も近い町だからだ。
「騎士団とも出会わないように。彼らは悪い意味で純真で……厄介な事に権力を持っています。義務だと言って冒険者を騎士団に組み込もうとするかも知れません」
「ああ、神敵を滅ぼすためなら彼らは喜んで命を投げ出すよ。そして、誰しもそう考えるだろうと信じて疑わない」
今回、出動している神罰騎士団は、神敵の討伐を行う精鋭中の精鋭だ。没落した騎士の娘でさえ、神敵を討つべし、と育てられたのである。精鋭がどれだけ凝り固まった考え方を持っているかは言うまでもない。
「純粋なのは現場の騎士だけですけれどね。上層部は金や権力にご執心のようです。最初から冒険者に期待していないのですよ。冒険者ギルドへの要請は金を集める為の方便で。冒険者を出さずに済んだ町も、なんだかんだ理由をつけて、金を絞り取られたそうですよ」
成程、だからか。
同じ討伐隊なのに協力して事に当たらないのを不思議に思っていたのだ。
騎士団はすでにトトウェル大森林へ向け出発しているらしい。
冒険者を戦力に数えていないのだろう。
「お前らの為に戦って来るんだからせめて金を出せ、という事らしいです」
「それだけでは悪と言えないと思うが。冒険者と同じ事を言っているだけだろう」
「冒険者ギルドに例えると私達が依頼人で騎士団が冒険者になります。ですが、私達は一言も災厄の魔女を倒して欲しいなんて言った覚えはないんですよ? 貴女も政治を理解できるようになったようですし正直に打ち明けましょう。私はトトウェル大森林に災厄の魔女の住処がある事を知っていました」
「助けられた冒険者がいたか」
「おや。鋭いですね。その通りです。颯爽と魔物を倒し、安全な場所まで送ってくれるそうです。名乗ったという話は聞きませんが、特徴が一致していますし、あんな魔窟に住める人物は限られますから。十年に一人ぐらいですか。助けられる冒険者が出るのは。サラスナとしては災厄の魔女に感謝こそすれ、怨みなどありはしないと言うのに」
「ふむ。恩を仇で返した相手がいたのかも知れないな」
「どういう事ですか?」
「いや、な。災厄の魔女の住処が割れた事が不思議だったんだ」
「ああ……誰かが密告したのかも知れませんね。亜人、神敵。良心を誤魔化す材料は揃っています。命の恩人である事には変わりはないのに。嘆かわしい限りですね」
ギルドマスターが力なく首を振る。
愚痴をこぼしてしまいましたね、と苦笑すると手を差し出して来た。
「では、アリシア。無事を祈っています」
「ギルドマスターも暇になったからといってボケるなよ」
握手を交わす。皺だらけの手だが、暖かい。
執務室を辞すと、喧噪が耳に入った。
階下に行くとカウンターで何やら揉めていた。
「何事だ?」
《極北の風》のリーダーに声をかける。
頬に傷がある三十代の剣士である。内心で彼の事は頬傷と呼んでいる。
「ああ、アンタか。討伐隊に参加したいってガキが来てな。んで、《大鷲の斧》とモメてるんだが……見た方が早い。アレはバカが絡まなくても俺が絡んでた」
ふむ、と件の人物に目を向け――
「は?」
と、間抜けな声を漏らす。
少年だ。十七か、十八か。まだ若い。端正な顔立ちを皮肉げに歪めている。
巨漢に囲まれているのに余裕の態度だ。余程腕に自信があるのだろうか。
いや、それよりも彼は……なぜ、少女を肩車している?
人形のような愛らしい亜人の少女が、少年の上で偉そうに腕を組んでいる。
「……なんだ、あれは」
「あの嬢ちゃんも参加希望だそうだ。よく分からん。金に困っているようには見えんし」
討伐隊は狙いを知っていれば美味しい依頼に見える。ランクが不問なのをいい事に、駆け出しが大挙して押し寄せたらしい。大金と経験値が手に入るチャンスだからだ。トトウェル大森林は危険な場所だが、道中はAランクパーティーが守ってくれる。
受付が辟易していたとギルドマスターが言っていた。
何故、ランクが不問かと言えば、騎士団から横やりが入ったからだ。
神敵を討伐せんとする崇高な意思を、ランクという枠組みで弾くのは論外――ということらしい。
馬鹿馬鹿しい限りである。
「なるほど。いい装備だ。私よりも上だ」
「……ほぉ。そこまでか。俺にゃいい装備そうだ、って事しか分からん」
「少年が着ているのは黒狼の外套だ。私は武具の収集が趣味でな。一度、オークションで見た事がある。断絶した貴族の家の家宝だった。迷宮品で一千万ルピはしたな」
「…………」
迷宮品とは迷宮からしか手に入らないアイテムの事を指す。大鎖界の時代は素材から作れたらしいが、職人のレベルが下がった昨今では、迷宮の宝箱からしか手に入れる事が出来なくなった。希少価値が高く値が張る……だけでなく、購入には権威が必要となる。
だから、私も結構な財産を持っているが、迷宮品と言えるのは自分で手に入れた剣と貰い物のケープだけ。Sランクの権威を活かせば購入出来るのだろうが、根回しをしなければ確実に貴族を敵に回す。私はそう言う事は苦手だ。
そんな稀少な装備を平然と着れると言う事は、貴族かそれに準じた人物という事になる。
「そう固くなるな。ハイヒューマンかも知れないが貴族には見えない」
「…………そっ、そうか。そうだよな」
貴族はおおむねハイヒューマンだが、貴族でないハイヒューマンもいる。
《大鷲の斧》のリーダーもハイヒューマンだ。
少年は私の知る貴族ではないハイヒューマンにどこか似ていた。
嫌になるくらい自信満々なトコとかな。
だが、貴族のような嫌味は無く、どこか稚気を感じさせる。
人によってはそれをナメてると取るのだろうが。
《大鷲の斧》のリーダーはそう取ったようだ。ああも顔を真っ赤にして、血管は平気だろうか。鷲鼻のリーダーは巨体を、ずい、と少年に近づける。
「おい、ガキ。何度いやァ分かる。この依頼受けられんのは、俺様みてぇな腕の立つ冒険者だけなんだよ。Fランクはお呼びじゃねぇんだ。ガキは草ムシってんのがお似合いだ。分かったか、ああ?」
「ん、俺がいつFランクだって言ったよ?」
鷲鼻が煽るも少年はひょうひょうと返す。
「ギルドカード発行してたじゃねぇか! 誰でもFランクから始まんだよ!」
「カードを失くした……使えそうになかったから再発行を頼んだだけだぜ。ランクは12だ」
「テメェ、フザけてんのか。数字のランクなんてねぇよ。んなこたァ、ガキでも知ってんぜ」
「シュシュ?」
「それが常識だのう。今は、な」
少女の言い回しが引っ掛かった。
……今は?
まるで昔は違ったような……ああ、そうだ。師匠は言っていた……
「……あの二人、転生者か」
「なんでそう思う、姫騎士」
私の独り言を聞き、頬傷が言った。
「大鎖界の時代、ランクは数字で表したそうだ。後、私を姫騎士と呼ぶな」
「物知りだな。12ってぇと?」
「最高ランクだな。今で言えばSか」
「……うへぇ。マジかよ」
大鎖界は人が神を討っていた時代だ。今とは比べ物にならない程、冒険者は強かったという。その中で最高ランクと言えば、どれ程強いのか想像する事も出来ない。
「五百年も生きるのはエルフだけだ。少なくとも一度は転生している」
「つまり、ハッタリか」
「どうだろうな」
私が過去のランクを知っていたのはたまたまだ。
ハッタリを言うならSランクといった方が通りがいい。
それに……少年はただ事実を述べたように見えた。
転生してレベルが1になっても、スキルはある程度引き継ぐらしい。低レベルであっても目を見張る動きをするという。大鎖界から転生を繰り返して来た者を始祖――プレイヤーといい、プレイヤーが円熟した暁にはただの一人が騎士団と匹敵する。
「あの、ギルドカード出来ました」
いつ終わるとも知れない、不毛なやり取りに口を挟んだのは、ギルドの受付嬢だった。
「ああ、ありがとう」
少年が受け取ったギルドカードに目を落とす。少年がボソりと零した、「デザインが変わってるな」という一言が、彼が転生者である事を裏付けているように思えた。
「ギルドとしてもオウリ様の参加を認めるわけにはいきません」
「理由は?」
「レベルが低いからです。レベルを申し上げても?」
「ああ、構わない」
「オウリ様のレベルは87。これはBランクのレベルです。ギルドが斡旋するのは仕事であり、自殺の手伝いではありません」
討伐隊の参加メンバーのレベルは、平均すると120というところだろう。確かに低いというのも頷ける。だが、低すぎるかと言えばそれは微妙なところだ。
何故なら彼は――
「俺がハイヒューマンでも?」
そう、ハイヒューマンなのだとしたら、レベルは低くてもステータスは高いはず。
「あ、ハイヒューマンって言っても俺は貴族じゃないぜ。だから、不敬罪に問われる事はない。安心して答えてくれ。俺がハイヒューマンでも答えは変わらないか?」
「…………はい。承服出来ません。貴方には実績がない」
「そうか。いや悪いな、心配してくれて」
受付嬢がホッとするのも束の間、
「まァ、参加するんだが」
と、少年は受付嬢の好意をうっちゃる。
ああ、この強引さ。正しくハイヒューマン。
「止めなくていいのか。このままじゃ戦いになるぜ」
どこか焦った様子で頬傷が言う。
「討伐隊に参加するなら実力を知っておくべきだろう?」
「バカを褒めるようでいいたかないが……アイツあれでも実力はあるんだぜ。実力があるからアレっていうかよ」
「うん? 実力があるから討伐隊に参加する。何も間違ってないと思うが?」
「あのガキはいいんだよ。自業自得だしな。亜人が可哀そうだろ」
「……何を言ってるんだ?」
頭は平気だろうか、と頬傷を見ていると、何故か彼は憤慨してしまった。
「俺からすりゃ、アンタが何を言ってるんだ、ってハナシだ! あのバカ見りゃ分かるだろ。ありゃァ獲物を狙う目だ。ガキから亜人を奪うつもりなんだよ!」
亜人の少女には隷属の首輪が嵌っていない。
亜人は物と同等の扱いを受ける。勝手に動く物、というわけだ。拾った物に所有権がある。鷲鼻が隷属の首輪を嵌めれば、少年が何と言おうと少女は鷲鼻の物になる。
腐っていると思うがこれが王国の現状だ。
それは理解できる。理解出来ないのは――
「……まさか、少年が負けると思ってるのか?」
え、と頬傷が驚いていたが、彼に構う余裕はなかった。
事態が動き始めたからである。
「……おうおう、俺様をムシするたァ、とことんコケにしてくれるじゃねぇか。ブチ切れたぜ。クソ生意気なガキはいっぺん痛い目みねぇと分かんねぇようだな!」
その瞬間の少年の顔は傑作だった。「えぇ、なにいきなりキレちゃってんの」とヒイていた。本気で鷲鼻が眼中に入っていなかったらしい。
が、不意ににやにやと、受付嬢に話しかける。
「なあ、アレ、討伐隊に参加するんだよな」
「……あ、はい。パーティーでの参加になっています」
「だからムシするんじゃ――」
鷲鼻のセリフは途中で遮られた。
他でもない少年の手によって。いや、足か。鷲鼻を蹴り飛ばしたのだ。片足が上がっているからそうと分かるが、一体、どれだけの人が蹴りを目で追えただろうか。
「交渉中だから静かに。アレに勝てたら参加を認めてくれ――って、おお? なんで飛んでんだ。そんな強く蹴ってないぞ。あ~参ったな。俺の強さが分からないじゃねぇか」
受付嬢はポカンと呆けていた。ギルドでは私闘は禁止。忠告すら出て来ないようだ。
居合わせた冒険者達も声を失っている。サラスナの町でAランクと言えば最強だ。それをいとも容易く。しかも、鷲鼻は戦闘態勢に入っていたのだ。
私でも出来るかどうか。
「ハッ。口程にもねぇ」
倒れている鷲鼻を頬傷がせせら笑う。
「なら、お前は避けられたのか、アレック」
「…………」
私が言ってやると頬傷が押し黙った。《極北の風》と《大鷲の斧》は不仲と聞いた。私が鷲鼻を庇ったのが不服なのだろう。やれやれ、彼らをまとめるのは大変そうだ。
「…………俺の名はアレスだ」
「…………アレックは商人だった。サラスナまで護衛をして来たのだが、道中何度も値切り交渉をされて辟易したものだ。商人とはああもがめつくないとやっていけないのだと……アレスだな。覚える。アレス、アレス」
……前途多難だ。ああ、全員の名前覚えられるのか。武具の名前は覚えられるのだが……
「……ぶっ殺す」
鷲鼻が唾を飛ばして吠える。
来い、と少年が手招きする。鷲鼻が猛然と襲いかかる。
「ハハッ! どうした! 手が出ねぇか!?」
鷲鼻は頭に血が昇って少年しか目に入っていないに違いない。確かに少年は防戦一方であるが……大事な一点を見落として吠えるのは滑稽としか言いようがない。
「……俺、あのバカの事嫌いだけどよ。見てられねぇ」
アレ……アレク? は手で顔を覆ってしまう。
彼が見たくない気持ちはよく分かる。反目しあっても同じ町のトップ同士。それがよりにもよって少女を肩車したままの少年にあしらわれているのだから。
だが、悲しいかな、塞ぐのは目だけでは足りなかったようだ。
「……まいったな。マジでどうすっか。欠伸が出るんだが」
「五百年前と比べるでない。この程度で強者を名乗れるのが今よ」
「そういや、軒並み弱かったな」
「大鎖界で高名な職人がみないなくなったそうだ」
「なるほどねぇ。装備がなきゃ厳しいわな。レベルが低いのはそう言う」
別段、少年は鷲鼻を煽っているつもりはないのだろう。だが、時としてそれが効果的な挑発となる。強さに絶対的な自信を持っている相手などにとっては。
「ぶっ殺す!!!」
鷲鼻が斧を構えた。
「おいおい、抜くのかよ。ギルド内で。これ、いいのか?」
少年が肩をすくめ、受付嬢に問う。
「……もちろんダメに……って、私闘もダメですよ!」
鷲鼻が斧を頭上に掲げる。受付嬢が悲鳴を上げてカウンターに隠れる。振り下ろされた斧は光っていた。《ファイナルクラッシュ》のアーツだ。
少年は眉根を寄せ、迫り来る斧を見ていた。
「ハハハ! 潰れやがれェェ!」
事ここに至ると外野は何もできない。息を飲んで行く末を見守るだけ。静まり返ったギルドにゴトン、と重たい音が響いた。だが、アーツが炸裂したには小さな音。
鷲鼻は目を見開き、手に持つ斧を見ていた。持ち手から先が無くなっていた。
音は斧の破片が落ちた時のものだった。斧は粉々になって散らばっていた。
「ハッ。一撃かよ。安物だな」
嘲笑する少年の手にはメイス。
斧を破壊したものの正体が分かった。神官スキルの《ウェポンブレイク》だ。
「シュシュに当たんだろうが」
少年は道化じみた笑みを消し、無表情でアーツを鷲鼻に放つ。
《足砕き》。
悲鳴を上げる鷲鼻の顔面へ少年は容赦なく前蹴り。
折れたな。
足も、鼻も。
仲間なのだろう。男が三人、鷲鼻へ駆けつける。口ぐちに神官はいるかと叫ぶ。おずおずと挙がった手。仲間が気絶した鷲鼻を持ち上げ、神官のところへ運んで行く。
死んでいないなら神官の神聖魔法で治るだろう。
「少年の実力は分かった。ぜひ、討伐隊に参加して欲しい」
少年が値踏みするように私を見ていた。
眼鏡に適ったのか、少年がふぅと息を吐く。
「最初からそう言って欲しかったぜ。あれも討伐隊に参加すんだろ。不和の芽を撒くのは俺も本意じゃないんでね」
「ただし、参加を認めるのは少年だけだ」
「シュシュ、こう言ってるけどどうする。確かにお前のレベルだとキツいかも知れない。ここまで案内してくれれば十分だ。後は好きにしてくれてもいいんだぜ」
「ついて行くに決まっておるではないか。なに、死んだとしてもお主を怨まぬよ」
「えぇと……アリシア、か。そう言う事らしい」
少年の目が不自然に宙を泳いだ。恐らく《鑑定》されたのだろう。
《鑑定》まで使えるとは……ますますプレイヤーの可能性が高い。
プレイヤーは全員《鑑定》を習得していたらしい。
「そういう事といわれてもな。彼女はレベルが低いのだろう?」
「俺は肩車していないと実力がでなくてね。それも十歳から十二歳のエルフじゃないと」
「……ふぅ。そう言う事なら仕方がないな。認めよう」
言い訳にしてもふざけた言い分だが。
肩車をした状態で鷲鼻を圧倒したのだ。
少女に覚悟があるなら文句は言えない。
「話が分かる人でよかったぜ。俺はオウリだ」
「もう知っていると思うがアリシアだ」
握手を交わす。
ゴツゴツした手だった。とても神官とは思えなかった。
だが、前衛をこなせる神官がいないわけではない。
少年は是が非でも討伐隊に参加する気でいる。もし、ここで断っても黙ってついてきそうだ。だったら監視の意味合いも込めて一緒に行動した方がいい。
本当に前途多難だと思った。




