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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第30話 迷宮喰らい

 螺旋を描く階段。壁を走り、駆け下りる。何も格好つけよう、というのではない。階段は鉱石喰らいに占拠され、足の踏み場もない状況なのだ。


「うおっ」


 大きな窪みに足を取られた。すかさず、襲い来る脚。脚を掴む。拮抗は一瞬。俺を攻撃した鉱石喰らいは、セティに叩き潰されていた。

 鉱石喰らいがセティに群がる。セティはそれを一瞥し、


「邪魔」


 《砲天響》を放つ。

 強力な前蹴りは尖兵を返し矢に変えた。仲間を巻き込み、鉱石喰らいが吹き飛ぶ。


「セティ、跳べ」


 手招き。セティの足元に火の粉が生まれていた。彼女が跳躍した直後だ。通ってきた場所から、次々と火柱が上がった。セティを抱き留め、《瞬動》で壁を蹴る。間一髪、火柱から逃れられた。


「ごめんね、兄さん」

「気にするな。足を踏み外した俺が悪い」


 あの火柱は俺の《フレイムピラー》だ。発動までに時間差があるのを利用して、駆けながら敷設していたのである。


「……でも。兄さんがなにかしているのは《魔力感知》で気づいていたのに」

「俺も《詠唱破棄》するべきだったよ。一朝一夕で連携が取れるはずないさ」

 

 俺もセティも長らくソロで活動していた。切羽詰まると微妙な齟齬が出るらしい。この溝は訓練で埋められるものではない。共に死線を潜ってようやく埋まるのだ。だが、俺達が身の危険を感じる敵は滅多にいない。

 

「後ろはどうだ」

「生きてるみたいだね」


 抱き合うような恰好である。セティは後ろが見えている。鉱石喰らいは重傷を負っていたが、死ぬには至っていないらしい。ここまでお膳立てしたのだから、後はテンカ達が上手くやるだろう。俺達が今、やらななければならないのは、セティが十全に力を発揮できるよう、開けた場所へ急ぐことである。


「しかし、多いな」


 鉱石喰らいが新たな餌場を求め、散策にきたのだと思っていた。だが、整然とし過ぎている。俺達の命を狙いに来たとしか思えない。


「……ノェンデッドが入れ知恵したのか。ロクなことしねぇ神様だな、マジで」

「いつか殴ってあげないと。シュシュのためにも」

「シュシュの復讐は差し置いても、決着をつけるべきなんだろう。行く先々でノェンデッドの影が見え隠れしてやがる。一発ぶん殴るためにも生きて帰らねぇとな」

「そうだね。やる気出た」

「突っ切るぞ!」


 出口で詰まっている連中に《ファイアボール》を叩き込む。更に《エアハンマー》で爆風を押し広げる。出来た隙間に着地。《雷脚》。地を走る雷撃が、鉱石喰らいを止める。火の粉を残し、俺は大空洞へ跳び出す。《スタン》から立ち直り、動き出した鉱石喰らいが、火柱に包まれる。


「飛ばすぞ。アイテムばら撒け。ノェンデッドの度肝を抜いてやれ」


 セティを軽く放り投げ、足裏を彼女に向ける。足裏にセティが着地したのを見計らい、

 

「《砲天響》」


 セティを上空へ飛ばす。

 

「うじゃうじゃいるよ。狙いをつける必要ないね」


 そんな声を聞きながら、俺は《エアライド》で上空へ。俺はセティを信頼している。彼女もまた俺を信頼している。だからこそ、手を抜かない……げ。もう、アイテム投げた。

 急げ、急げ!

 あぁッ、蜘蛛の巣が邪魔くせぇ。《フレイムウィップ》を振り回す。

 くる!


 ――ゴゥッ。

 

 炎が髪を焦がす。


 ――パリィィ。


 氷が裂傷を作る。


 ――ズザァ。


 土砂が頬を叩く。


 ――ヒュンッ。


 風が外套をはためかせる。

 蜘蛛の巣にぶつかるアイテムもあり、空中に逃れたといっても気が抜けない。

 セティの元へ辿り着くと、思わず大きく息を吐き出す。


「……ソシエの奈落で一番死を身近に感じたぜ」


 恐る恐る下を見ると、地獄絵図だった。焼かれ、凍らされ、貫かれ、刻まれていた。階段付近の鉱石喰らいは、全て息の根を断たれている。僅かな時間で百体は始末されていた。凄まじい。ノェンデッドの度肝を抜いてやれと発破をかけたが、セティは本当に火力だけなら七大神に匹敵しているかも知れない。

 錬金術師はレアクラスではない。似た芸当をできる人はいるだろう。しかし、ここまで戦果を挙げられるのはセティ以外にはいまい。拳闘士として土台ができているから、アイテムを生かすことができるのだ。たゆまない鍛練の果て。できあがった個の極致。

 それが――


「災厄の魔女か。蒼穹の魔女とは呼べないな。虐殺だ」


 セティはゴクゴクと魔力回復薬を両手で持って飲んでいた。

 アイテムの威力、範囲の拡大には《魔力》を使う。さしものエルフの《魔力》も尽きてしまったらしい。しかし、裏を返せば《魔力》が回復すれば、また地獄が再演されるということだ。ツボにはまったセティは圧巻だ。俺が足手纏いにしかならない。

 セティを抱き留めると、《エアライド》に降ろす。


「魔法の鞄を貸してくれ。補充する」


 セティが使うアイテムを、インベントリから取り出し、魔法の鞄に流し込む。誰が使っても一定の効果を発揮するアイテムだが、やはり錬金術師のスキル持ちが使った方がいい。やがて、入らなくなった。インベントリもそうだが、魔法の鞄も容量に上限がある。


「ぜんぜん減ったように見えないね。アイテム、足りるかな?」


 アイテムを撒きながらセティが言った。豆撒きかよ。


「俺のインベントリの中身も大分寂しくなった」

「もっとたくさん持ってきておけばよかったかな」

「たら、れば、を言っても仕方ねぇが。誰が予想できるかよ。こんな大量の敵と戦うことになるって。道中で使った分をなかったことにして欲しいね。でも、そんなことやってると貴重なアイテムを抱えたまま、エンディングを迎えることになるだろうな」


 出し惜しみは危険だ。

 アイテムを使うことに慣れていないと、いざという時に使えなくなるのだ。


「あ、蜘蛛が柱を登ってきた。柱、壊したほうがいいね」

「壊せるか? あれ、一応迷宮の壁の成れの果て……おぅ、壊れたし。ぽいぽいしてるアイテム、俺の《ドラグレイ》並みの威力かよ。あ~あ、巣も燃えてら。頑張って作ったんだろうに。哀れ」

「魔物に容赦はいらないよ」

「それもそうですけどね」

「どうして敬語なの?」

「セティが怖かったので」

「兄さんのバカ。朝、起こしてあげないんだから」

「そんなこと言って起こしてくれるんだろ。セティは。俺に甘いからな。日々、駄目人間になっていくのを実感する昨今です。ま、冗談はともあれ――」


 インベントリからショートソードを取り出す。飛来した糸を打ち払う。ネバネバした糸だ。取れない。ショートソードから伸びる糸を辿れば、遠く離れたダンジョンイーターに繋がっている。


「焦れた女王から招待状がきた。淑女をお待たせするのも悪いか」


 遠距離から攻撃される分には捌き続けられる自信がある。

 しかし、鉱石喰らいを交えての乱戦になると、俺は良くてもセティは厳しいだろう。鉱石喰らいの排除に専念できるよう、俺がダンジョンイーターを抑えるしかなさそうだ。


「俺は行ってくる。ここを頼めるか」

「任せて。片付けたら私も行くよ」


 ぐい、と糸が引っ張られた。俺の身体が引きずられる。

 セティは時に壁を蹴って足場を作り、時に鉱石喰らいを踏み台にして、場所を転々としながらアイテムをばら撒いていた。ファンタジー世界でロッククライミングをするとこうなる、という感じだった。空中というアドバンテージを失い、苦戦するかも知れないと思ったが、階段へ向かう鉱石喰らいを牽制する余裕もある。

 セティは平気そうだな。

 臨時パーティーも大丈夫だろ。

 問題は俺か。

 視線をダンジョンイーターに戻す。

 ギシギシ、と牙を鳴らしていた。


「一本釣りした獲物をアレで頂くつもりか。だが、そんな手に引っかかりは――ん?」


 なんだ?

 ダンジョンイーターの姿が霞んで見え……霧か! 水魔法の《ポイズンミスト》か、《パラライズミスト》だろう。地上であれば色で判別できるのだが。《ポイズンミスト》だと思いたいが……恐らくは《パラライズミスト》。一本釣りした獲物を《麻痺》させ、パクリといく計画だったらしい。


「チッ。魔法を使うのかよ」


 ショートソードを手放し、《エアライド》で急制動をかける。

 不意に気温が下がる。座標指定の魔法。その予兆の一つ。咄嗟に飛び退く。

 一見、何も起こらなかった。だからこそ血の気が引いた。


「……おいおい、第八階梯を《無詠唱》かよ。五色竜が魔物の頂点じゃなかったのか。間違いなく魃水竜ラドアンクよりも強いぞ。くそったれ」


 水魔法、第八階梯《フリージングフィールド》。

 空間を凍結させる。その空間にいた者は、《氷結》の状態異常を受ける。この状態異常がヤバい。状態異常を解除する方法が、外部から熱を与えるしかないのだ。セティの援護は見込めない。《氷結》したが最後、死だ。あの手この手で俺に死ね、死ね、死ね、と。本当にいつも通り過ぎてウンザリする。しかも、急場を凌いでもまた新たな危機が待っている。

 

「……巣にかかった」


 《ファイアボール》を自分に当て、巣を焼き切って脱出を図る。頭上を水のレーザーが通過した。ギリギリだった。《ファイアボール》を乱打しつつ、在庫大放出だとイフリートの息吹も投げる。大空洞が明るくなる。方々で巣が燃えているのだ。


「こんなもんか」


 巣を粗方燃やした。

 足で攪乱する俺としては、巣は邪魔だったのである。ついでに卵まで燃え、ダンジョンイーターが怒り狂っていた。

 ダンジョンイーターは怒りで我を忘れ、後先考えず切り札を切ってきた。

 《アブソリュートゼロ》。水魔法の奥義である。

 どんな魔法かと言うと、時計を例にとると分かりやすい。時計の数字が刻まれる場所に、一秒毎に氷柱が立っていくのだ。十二本の氷柱が立つと、時計の内円は絶対零度と化す。中にいると即死する。凶悪な効果だが、十二秒も猶予がある。氷柱の出現に肝を冷やしたが、悠々と脱出することができた。とはいえ、水魔法には《麻痺》や《鈍足》を与える魔法が多い。組み合わせ次第では危険な状況に追い込まれる可能性もあった。ダンジョンイーターが逸ってクールタイムの長い奥義を早々にぶっ放してくれたのは幸運と言える。ちなみに《アブソリュートゼロ》はボスには効かない。当然と言えば当然の仕様だが。

 鉱石喰らいの氷像ができていた。《アブソリュートゼロ》に巻き込まれたのだ。母親を守れ、と出張ってきたのだろうが、俺達の戦いにくちばしを入れるには力不足だったようだ。ダンジョンイーターから指示があったのか。周辺の鉱石喰らいは全て、セティの方へ向かった。ダンジョンイーターの魔法を誘導して、鉱石喰らいを排除するのはできないらしい。同士討ちさせればアイテムが温存できるかと思ったのだが。

 ここまでで得た情報を整理する。

 ダンジョンイーターは少なくとも第十階梯まで《無詠唱》可能。

 水魔法の第七階梯には魔法を反射させる《プリズムリフレクション》がある。

 放出系の魔法は十中八九反射される。

 かといって座標指定系は発動までに間がある。かわされる。

 低い階梯の座標指定であれば、ノータイムで発動できるが、嫌がらせにしかならない。

 七大神や四大精霊ではあるまいし、扱える《魔力》には上限があるだろう。魔法の撃ちあいになれば、魔力回復薬のある俺が有利なはず。しかし、ダンジョンイーターが《魔力》切れを起こすとは思えなかった。魔法陣の真ん中に転移門と似た造りの門がある。ロイの言っていた境界門だろう。その境界門からダンジョンイーターに《魔力》が流れているように見えた。

 つまり、


「近接戦闘しかないってワケか」


 出番だぞ、と相棒を撫でた。

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