第28話 魔王
――― オウリ ―――
「シュシュ、バフが切れる! 寄越せ」
そうテンカが言ったのは《ブレッシング》が切れる三十秒前。
《ウィンドウ》で時間を見た様子もない。三十秒前に言ったのも詠唱の時間を見込んでだろう。完璧な体内時計だ。ステータスを上げる薬を使うと、一分単位であれが切れ、これが切れ、と忙しなくなるのだが、職人の質の低下は錬金術師にも及び、そう言った薬は廃れているらしい。《ブレッシング》の有効時間、十分を計るのに特化しているのか。
「暫し待て! 獲物が!」
シュシュの前には羽を落とされたテラーバットがいた。
テンカは呆れ顔で顎をしゃくる。
「未練を断ってあげな、ラウニレーヤ!」
「そういうことだから。悪く思わないで欲しいわね」
「誰のせいでこんなに忙しいと思っておる! 《ヒール》をかける妾の身にもなってみよ! お主は打たれ過ぎなのだ! あぁぁぁッ! 妾の獲物がぁぁッ!」
テラーバットを潰され、シュシュが頭を抱える。
テンカがシュシュを見る目は冷たく、最早、冷気を感じるほどになっていた。
「喚いている暇があるなら詠唱! 《ブレッシング》、早く!」
「ぐぬぬ。威光は地を遍く照らし、我は天に祈りを捧ぐ。彼の者に祝福を与えたまえ!」
「わたしにも」
「妾が攻撃できないではないか!?」
「仕方がないんじゃないか。魔法を使えるのはシュシュだけなんだから」
「アリシアまで!? 共に強くなろうと誓った仲ではないか!」
シュシュが嘆く。一緒に戦っているだけで、ある程度経験値は取得できる。しかし、一番多く取得できるのは、トドメを刺した人になる。
シュシュは《神聖魔法》だけではなく《属性魔法》も使える。だが、ラウニレーヤは瀕死になっても攻撃の手を緩めない。結果、シュシュはヒーラーに専念せざるを得ず、攻撃魔法をぶっ放すチャンスを奪われているのだ。鬱憤が溜まるのもむべなるかな。
鉱石喰らいにビビッていたラウニレーヤはもういない。ラウニレーヤの《生命力》をゲージで見ることができたのなら、激しく上下しているのが分かることだろう。狂戦士のクラスには《生命力》の減少に比例して、ステータスが上がる《ブラッディロウ》のスキルがある。脳筋だったらしい彼女にとって自身が瀕死なのはピンチではない。大ダメージを叩き込むチャンスなのである。吹っ切れすぎじゃね、と思わないでもない。
「……テンカ様、シュシュを黙らせてもいいですか」
「《黙牙》は魔法が使えなくなるだけで、喋れなくなるわけじゃないよ」
「…………」
「ヨミぃぃ! 黙って後ろに立つな。怖いではないか!」
「……五月蠅いですね」
「喋ればいいってものでもないわ!」
「ラウニレーヤ、ここを頼めるか」
「アリシアはどうするつもり?」
「向こうの道の魔物を押し込んでくる」
「……一人で支え切れるかしら」
「ヨミがいる。仲間を信じろ。行ってくる」
「勝手に動くんじゃないアリシア! ボクの指示を……もう、いないし!」
「うむうむ、アリシアも着々とオウリに毒されてきたのう」
臨時パーティーの戦いを見て俺は感想を一言。
「……賑やかだなぁ」
在りし日を思い出す。こうしてぎゃーぎゃー騒ぎながら戦っていたものだ。
しかし、思いの外安定しているな。俺は基本、ソロプレイヤーだったから、パーティーの力量を見極めるのは下手なんだよ。バランスのいいパーティーは強いわ。
「うへぇ。シュシュのレベルがまた上がった」
「……ズルいな。私は1レベル上げるのに何年もかかったのに」
セティが頬を膨らませていた。
取得経験値、熟練度に倍率がかかる《天賦》。これを才能と言うのなら、セティに才能はない。自分は一段一段階段を上ったのに、シュシュ達は何段も飛ばして駆け上がる。
そりゃ、心穏やかでいられるはずがない。
「安心しろ。俺も同じ気持ちだ。ないわ。これ、ないわ」
「兄さんでもそう思うの?」
「俺もレベル上げは死にもの狂いだったぜ。《天賦》持ちの俺から見ても異常なレベルアップだ。変異体は異世界の魔物らしいし、経験値がバグってるのかも知れねぇな。普通の魔物の数倍、下手すりゃ数十倍の経験値を持ってるんじゃねぇか」
「まじめにレベル上げをしている人が聞いたら絶対に怒るね」
「だな。ロイはこのことを知ってたんだろ。だから、ラウニレーヤを送り込んで来た」
「たくさんレベルが上がるといいね。みんな。こんな機会、たぶん、もうないし。特にアリシアとシュシュ。自分たちが足手まといだって気にしてたみたいなんだ」
「だから、あんなにやる気だったのか」
「うん、だからね。二人がもう無理っていうまで任せてあげて欲しいんだ」
ガツン、と頭を殴られた気分だった。気付くとセティの頭を撫でていた。
「なに、兄さん。嬉しいけど」
「ウチの妹はいい子に育ったな、って思って」
嫉妬していないはずがないのに。
俺がセティの立場なら、同じことを言えるか。言えない。少なくとも笑顔では。
「さてはて、臨時パーティーで何階まで行けるかね」
徐々に変異体は強くなっている。だが、その分、臨時パーティーもレベルが上がるのだ。正直読めない。現在、84階。できれば最深部まで行って欲しいところだ。
いずれ、俺はノェンデッドと雌雄を決することになる。
聖戦を回避させたことで、フラグを立ててしまった。
七大神はそう簡単に顕現できないはずだ。
しかし、時間の神に引き続き、空間の神とまみえてしまった。
ノェンデッドは現れないと最早言いきれない。
俺一人でノェンデッドに挑むのであればいい。
だが、セティも、シュシュも、アリシアも。
全員、俺と共に行こうとするだろう。
この機会にシュシュとアリシアにはレベルを上げて欲しかった。
「変異体かな? 気配がする」
臨時パーティーが戦っているのはY字の通路である。アリシアとラウニレーヤで一つずつ通路を抑えている状態だ。セティが察した気配は、残った後方の通路かららしい。
「流石に三面から襲い掛かられたら耐えられないだろう」
「分かった。倒してくる」
走り去るセティの背中を見送り、臨時パーティーに視線を戻す。
丁度、アリシアがまろび出てくるところだった。
「……すまない。しくじった」
何があった、とテンカが問い質す。アリシアがすっと目を逸らした。
「…………奥義を習得して……その……試したくなって……」
「奥義? 剣士の奥義って……《龍勢添翼》撃ったワケ!?」
「……そうだ」
「単体攻撃だって知らなかったの!?」
「…………」
「知ってて! どうして!」
「……浮かれていたのだろうな」
アリシアはキリッとした顔で言うが、理由が酷い。新しい玩具を手に入れたので、使ってみたくなったということだ。しかも、変異体の攻撃でアーツは中断され、不完全燃焼だったと不満げなのだから救えない。単体攻撃のアーツを敵のど真ん中で発動すれば、邪魔されるに決まっている。
レベル160で習得するアーツを奥義と言う。
奥義を使えるゼノス人は数えられるぐらいしかいないだろう。
アリシアが浮かれるのも仕方がないのかな、と思う。
しかし、それは俺が傍観者だから言えることだ。
しわ寄せを食らったテンカはたまったものではないようで、
「あああァァッ! 前衛ってどーしてこー脳筋ばっかりかなッ!」
八つ当たりの《バーストアロー》がテラーバットを爆散させた。
「殴れば大抵のことを解決できるからじゃねぇか」
「五月蠅い、オウリ! 茶々を入れるな!」
「テンカって案外真面目だよな。それじゃ、疲れるだけだろ」
「そう思うなら代わってくれても構わないんだよ」
「臨時パーティーのリーダーはテンカだ。それに、本当に無理だと思ったら、何も言わずに代わってるさ。なんとかできると思うから、俺は高みの見物をしてるんだぜ」
「煽ててるつもり?」
「いんや、素直な評価」
《ドラゴンホーン》で飛び抜けて強いのはロイだけだ。しかし、いざ戦えば、身体能力に優れた《獣王の花冠》より、《ドラゴンホーン》は高い戦果を上げる。ひとえにテンカの指揮がいいからだろう。シュシュが魔法使いと神官を兼ねている違いはあれど、臨時パーティーは《ドラゴンホーン》とクラス構成が同じだ。何ができて、何ができないか。テンカは分かっている。気付かないとは思えない。
「チッ。いいよ。ノせられてあげるよ。一本道まで引け!」
阿吽の呼吸でヨミが動き出す。《闇潜み》からの《バックスタブ》。ラウニレーヤに襲い掛かろうとしていた鉱石喰らいが足を止める。《出血》、《麻痺》、《睡眠》。状態異常をばら撒きながら、ラウニレーヤの脇を抜ける。引け、とヨミに顎で示され、ラウニレーヤは眉根を寄せた。深々と息を吐き出すと、ラウニレーヤは斧で地面を叩く。《地裂斬》だ。
状態異常にかかり、動きが鈍った鉱石喰らい。
団子になって転がり、後続を阻む壁となった。
「ヨミ。一人でも退却できたわ」
「そうか」
戻ってきた二人にテンカは後ろへ行けと示す。
「テンカ様は?」
「すぐ行く。《ボゥトラップ》」
テンカの宣言で弓が空中に固定される。《ボゥトラップ》は弓を迎撃装置へと変える。射程に入った敵を自動的に攻撃するのだ。便利なアーツに聞こえるかも知れないが、このアーツは《耐久度》がゼロになるまで止まらない。発動したが最後、必ず弓が壊れる。だから、テンカが用意した《ボゥトラップ》は、元々テンカが使っていた弓だ。時間の経過、矢を放つ毎、《耐久度》が減る。だが、大抵は魔物の攻撃で破壊される。
「《ゲイルセイル》!」
アリシアが突きを放つ。剣先から突風が吹き荒れる。
変異体の足が鈍る。アリシアはシュシュを抱え、虎口を脱する。シュシュは逃げながら、《ファイアボール》を連発する。爆風で足止めだ。アリシアも負けじと、《ムーンライト》の光刃を飛ばし、《アトモスフィアカーテン》で、大気の壁を生み出す。
テンカは横目でシュシュを見ると番えた矢を光らせた。
「《魔力》は?」
シュシュは無言で魔力回復薬を飲む。テンカは頷くと、矢を放つ。
「《アローレイン》!」
矢は中空で分裂。地上へと降り注ぐ。
「おまけだよ」
矢の雨が降る只中にテンカがイフリートの息吹を投げ込む。俺が渡していた物だ。炎が踊る。しかし、その規模はセティと比べると、いささか見劣りするものだった。如何にセティのスキルがアイテムを強化させるのかが分かる。
「くくく。ようやく妾の出番のようだな。真打は遅れて登場するものよ」
シュシュが不敵に笑う。しかし、まだ、アリシアに抱えられており、ラウニレーヤから胡乱な目が返ってきた。コホン、と咳払いし、アリシアの腕をタップ。地面に降りるとシュシュは手を突き出す。シュシュは杖を使いたがらない。なぜかしっくりこない、と首を傾げていた。理由が分かった気がした。魔王もかつて、ああして杖を持たず、プレイヤーを蹂躙していた。
「開け、災厄の釜」
奈落の底が開いた。
そう見えた。
円状になったシュシュの影が、その濃さを増したのである。シュシュの影は異空間に繋がっている。要はシュシュにしか使えないインベントリだ。影が武器を吐き出す。万剣と言いつつ、剣だけではない。槍もあれば斧もある。どれもが壊れる寸前だ。神罰騎士団が遺した武器である。百本はあるだろう。影から伸びた黒い糸が繋がっている。あの糸を通じて武器を操ることができるらしい。だが、自在に操るとなると、数本が限度という話だった。これだけ出したと言うことは、シュシュの狙いは――
「《万剣の奏者》――ゆけ」
ガガガガガガ。
さながら重火器。
変異体に穴が開く。
一発は耐えられても、二発、三発と喰らえば、目から光が消える。
久しぶりに見たが……これは凄いな。
《万剣の奏者》は俺の《九十九噛み》の元になった魔法だ。だからこそ、凄さが分かる。《九十九噛み》はインベントリから取り出した武器を《エアシュート》で飛ばしているだけ。攻撃力は武器に依存する。だが、《万剣の奏者》はゴミのような武器でも、それなりに威力が出ているようなのだ。あの黒い糸には武器を操るだけでなく、強化する能力もあるのかも知れない。しかも、徐々に威力が強くなっているのは気のせいではない。すし詰めになった変異体を倒し、急激にレベルが上がっているのだ。
「飛んで火にいる夏の虫よな」
笑わずにはいられない、とシュシュは言いたげだ。
変異体の持つ莫大な経験値を独占しているようなものだからだ。
「くくく、哭け、哭け。悲鳴を奏でよ」
驚いてシュシュを見る。魔族化の兆候かと思った。だが、目は赤くなっていない。
……良かった。ただの中二病だ。シュシュって格好つけるの好きだからな。わざわざ《無詠唱》してるってのに、それっぽいセリフを突っ込んだりするし。意味がないとは言わないが。ノリノリで魔法を使えば、威力が上がることもあるし。《無詠唱》の利点殺してねぇか、と思うだけで。だったら、詠唱すりゃ、いいんじゃね、と思うだけで。
シュシュの指が軽やかに舞う。
変異体を楽器として、悲鳴を奏でさせる、正しく奏者の姿だった。
ああして魔王シュラム・スクラントは町を廃墟に変えていた。
「…………あ~あ、高笑いして。魔王だね」
額から汗を流し、テンカが言う。ゲーム時代、《万剣の奏者》に串刺しにされた経験があるのかも知れない。
「……オウリ達にやりかえすな。そう仰った理由が分かりました」
ヨミは慄きながら、横目でアリシアを見る。ガラクタが量産され、「ああ、勿体ない!」と嘆いている。命の危機にあったと言うのに、武器の損壊を嘆くアリシアは、凄い胆力の持ち主に見えなくもない。
「……これからは背中に気を付けないといけないわね」
ぶる、とラウニレーヤが身体を奮わせた。




