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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第27話 パーティー

 ――― ラウニレーヤ ―――


 ――死んだわね。


 鉱石喰らいがいた。その数、十以上。全て成体だ。幼体と戦い、手強さを肌で感じているだけに、死神の軍勢のように映った。わたしはオウリを見て海の広さを知り、自身が井の中の蛙に過ぎないと自嘲した。だが、井戸の中で満足していた蛙が、正しく大海を認識できるのであろうか。できない。茫漠たる広さを見て、知った気になっただけ。

 本物の死神と言うのは、


「肩慣らしには丁度いいか」


 何食わぬ顔で傍らに佇んでいるのだ。

 鉱石喰らいが密集する只中にオウリが飛び込む。複眼が獲物を捕捉。無数の脚が振り下ろされる。さながら槍の雨であった。だが、それは驟雨に過ぎなかった。降り注ぐ血の雨こそ豪雨。オウリの刀が閃く度に、複眼から光が消えていく。


「…………最大限、見積もったつもりだったけれど、まだ過小評価だったとは恐れ入るわね」


 声は擦れていたが、笑う人はいなかった。


「……オウリは魔法使いではなかったのですか、テンカ様」

「正真正銘魔法使いだよ。クラスはね。魔法使いだって口だけじゃない。手があるんだから武器も使えるさ。エルフの魔法剣士みたいなものかな。まぁ、向こうはクラスの補正があるし、全く同じってわけでもないけれど。ヒューマンでも魔法剣士になれる、とは昔から言われていた。誰もやろうとしないだけで」

「なぜですか」

「ヨミは弓を扱えるかい?」

「矢を撃つことはできますが、テンカ様のようには」

「逆に。ボクが暗殺者のスキルを習得しても、ヨミのようにはなれないだろう。才能がないからだ。生まれ持った才能でクラスは決まる。逆説的に魔法使いは近接戦闘の才能がない。才能もないのに敵に突っ込んだらどうなるか。分かるだろ。死ぬんだよ。ヘルゲはこれを見なくてよかったかもね。あれに憧れたら育つ前に死ぬだろうし」

「……オウリは……魔法の才も……剣の才もあったと言うことですか」

「どうだろうね。オウリのクラスが魔法使いである以上、剣の才が魔法の才に勝っていると言うことはないよ。あれだけできるのに才能がないってのも妙な話だけど」


 魔法の才が飛び抜けているだけで、剣も天才なのかも知れないね、とテンカは結んだ。

 オウリが白と黒の円を描く。白は光る刀。黒は翻る外套。《サークルスラッシュ》だ。


「……鉱石喰らいの真ん中で……死ぬのが怖くないの?」


 アーツはキャンセルできない。下手をすれば袋叩きの目に遭う。


「そう? 当たらないんだから怖くないと思うけど?」

「蒼穹の魔女……いえ、セティ。どういうことかしら? 当たらないと言うのは」

「え、そのままだけど」

「師匠、そうではなく。なぜ、見切れたのか、ということです」


 わたしが思っていたことをアリシアが代弁してくれた。


「兄さんだよ? あれぐらい目を瞑っていても見切れるよ」

「オウリには《制空圏》がありますからね」

「《制空圏》も使ってる、なのかな。殺気とか。風の流れとか。そういうのも読んでると思う。アリシア、もしかして兄さんが《制空圏》だけに頼ってると思ってた?」

「……はい」

「あのね。拳闘士は背中に目が付いてるって言われる。でも、その目って物凄い近眼なんだよ。そんな不確かなものを兄さんが頼りきりにするはずがないでしょ」

 

 仰る通りです、と小さくなるアリシアに、セティは分かればよろしい、と微笑む。


「こんなもんでいいか」


 オウリが言った。剣戟の最中なのに、ハッキリ聞こえた。


「セティ、ラウニレーヤを連れて来てくれ」

「…………え?」


 わたしの動揺をよそに事態が進行する。セティはわたしを小脇に抱え、オウリに向かって歩き出す。シュシュは沈痛な面持ちで運ばれるわたしを見送る。


「妾も通った道。分かる、分かるぞ。恐ろしいよな。だが、これもお主のため。肩車されないだけ運が良かったと思うしかあるまい。あれは……うぅ、思い出すだけで気分が悪くなるわ」


 ……シュシュ、不安を煽る物言いは止めて欲しい。

 

「はい、兄さん。お姫様を連れてきたよ」

「……わたしに何をする気かしら」


 こうしている間にもオウリは戦い続けている。鉱石喰らいの死体がそこここに散乱し、足の踏み場もない。しかし、オウリは鉱石喰らいを踏み台にして、避ける。斬る。

 オウリは苦笑するとインベントリから斧を取り出す。

 

「するのは俺じゃなくて、ラウニレーヤな――っと」


 斧で地面を叩く。《地裂斬》である。衝撃波が鉱石喰らいを吹き飛ばす。

 何をしているのかと訝しんでいると、オウリは「足場を作った」と言った。


「ラウニレーヤにはレベルを上げてもらう。使え」


 オウリから斧を手渡される。ずっしりとした重み。


「この斧は? 貰った斧があるけれど?」


 オウリから貰った武具により、わたしとテンカ、ヨミの装備は一新されていた。

 装備が弱いと守るのも大変だ、と言われれば受け取るしかない。防具はいい。弱かった。だが、地に縫い付けられし斧は国宝だ。それを弱いと言われるのは納得がいかない――が、渡された武器は実際、強かった。後、九十八本あるぜ、と言われた時は、耳を疑った。


「あれを装備するには要求ステータスが足りてないだろ」

「ほんの少しだけよ。レベルが上がれば使えるようになるわ」

「そこでこの斧の出番ってワケだ」


 この斧ならまだ地に縫い付けられし斧の方が強い。

 訝しがっているとオウリが言った。


「斧の銘は救済の斧。救済武器の一つ。斧自体は弱い。その代り、付与されている効果が凄い。その斧を使って敵を倒すと、もらえる経験値が増えるのさ」

「……これで戦えっていうの」

「俺は帰っていいって言ったぜ。ついてきたのはラウニレーヤだ」

「……それはそうだけれど」


 正直、自信がない。オウリの戦いぶりを見たから尚更だ。言わないが。

 

「いきなり戦えとは言わない。見ろ。鉱石喰らいはまだ生きてる。瀕死の敵にトドメを刺すぐらいできるだろ」

「……生かしてあるの間違いでしょ」


 気が動転していたのだろう。こんなことに気付かないとは。

 鉱石喰らいは死んだふりをしているだけだ。

 ご丁寧にも八本の脚が落とされている。

 ここまでお膳立てをされて、できないとは言えない。


「……やってやるわよ」


 鉱石喰らいの頭を潰して回る。

 オウリに勝つイメージが湧かないわけだわ。

 凄まじい戦いだと思っていたのに、餌を用意しているに過ぎなかったのだ。大海は広いだけではなく、深かった。底が見えない。わたしは過信していたのだろう。自分の力を。

 今からでも遅くはない。

 足手纏いになるくらいなら、戻った方がいいのでは――


「気を抜くな、バカ!」


 ハッとした。眼前には牙。鉱石喰らいは脚を失っているが、攻撃手段がなくなったわけではない。牙がある。糸が吐ける。どう足掻いてもオウリには勝てない。それを理解したから死んだふりをしていただけで……相手がわたしに変われば抗うのは当然だった。


 ――死。


「世話の焼けるッ!」


 鉱石喰らいの頭が吹き飛んだ。爆発する直前、矢が刺さっていた。

 テンカが助けてくれたらしい。


「セティ! なんで見逃した! 気付いていただろ! オウリもだ!」

「そういわれてもね。セティに任せてたし」


 オウリは肩を竦めながら、鉱石喰らいを倒すと言う、器用な芸当をやってのける。

 ……気付いていたと言うところは否定しないのね。

 セティはなぜ怒鳴られたのか分からないと言う風情だ。


「危なかったら手を出すつもりだったよ? でも、テンカがやったほうがいいと思ったから」

「ああ、そうかもな」

「兄さんもそう思う?」

「すぐに分かるのもどうかとは思うが。ぼっちだったっていう証明だしさ」

「二人で分かりあうな! 説明しろ!」


 テンカの怒鳴り声に反応したのはシュシュだった。


「むっ、それは聞き捨てならんな。妾も分かったぞ。三人で分かりあっていた」

「妙なトコで張り合うなよ、シュシュ。ま、いいや。じゃ、説明頼む」


 任せよ、とシュシュがオウリに胸を張る。

 ……彼女は魔王だと思っていたけれど違ったのかしら。背伸びする子供にしか見えない。


「鉱石喰らいの群れを見て、ラウニレーヤ、お主は死を覚悟したな。その時、お主の頭からは妾達のことが消えていた。違うか?」

「……そうかも知れないわね」

「それが間違いなのよ。妾達は暫定的だがパーティーだ。なぜ、一人で戦おうとする。一人で戦うことに慣れ過ぎて、人に頼ることを知らないのだろう。並び立つ者がいないと、頼ることもできぬからな。妾もそうだった。あの二人はぼっちだったからだが」


 さりげなく貶すな、というオウリを無視してシュシュは続ける。


「問おう。妾達を仲間と呼ぶに不足はあるか?」

「ないわ。むしろ……」

「そうだな。《ネームレス》とお主達が釣り合っておらん。だが、足手纏いだとも思ってはおらん。先程の鉱石喰らいの群れ。お主達だけで倒せたはずだ」

「回復魔法くらいは欲しいけど、ボク達だけで処理できただろうね」


 驚く。テンカが同意したからだ。


「ボクの弓、見たでしょ。オウリが瀕死まで追い込んでたから分かりづらいけど、アーツを頭に当てれば鉱石喰らいだって一撃で倒せる。ラウニレーヤはボクが落ち着いて矢を放てるようにしてくれるだけでいいの」

「…………」


 目から鱗が落ちるとはこのことだ。

 いつの頃からだろうか。衛兵と迷宮に潜っても、守られなくなったのは。わたしが彼らを守るのだと思い込んでいた。だから、一人で戦うクセがついていたのだ。

 冒険者は徒党を組んで迷宮に挑む。

 毎日のようにその姿を見ていたはずなのに、わたしは当たり前のことを忘れていた。

 

「テンカ、わたしとパーティーを組んでくれる?」

「服を売ってる場所、紹介してくれるなら」

「あら、一人で行くのかしら?」

「いいよ。一緒に行こう」


 テンカが笑う。


「噂は当てにならないわね。《ドラゴンホーン》のリーダーは気難しいと聞いていたわ」

「あー、そうだね。ホラ、若くしてSランクになったし、余裕がなかったのかも」

「どうしてそんなに他人事なの?」

「……戻ったらボクの黒歴史を話してあげるよ。キミとは仲良くできそうだし」


 いつか、この迷宮での日々はかけがえのない宝物になる。

 そんな予感があった。

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