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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第26話 今後

 ――― オウリ ―――


 俺達は焚火を囲んでいた。閉鎖空間で焚火をしたら、一酸化炭素中毒になる。そう思い避けていたのだが、ラウニレーヤが言うには、換気されているため平気らしい。そういや、地下に鍛冶場があったか。しかし、火を眺めていると不思議と心が落ち着く。昨日の会議でも焚火を焚いておけば、ギスギスした雰囲気もマシになったのかね。


「さて、テンカさんよ、身体は温まったか」


 テンカの服はシュシュが《生活魔法》の《乾燥》で乾かした。しかし、願いの泉に浸かって、奪われた体温までは戻ってこない。だから、焚火を焚いたのである。

 だが、テンカがそれを喜んだかと言えば否だ。


「身体の芯が凍るように寒いよ」


 そう言ってテンカはヨミの腕を強く抱く。胸をぐいぐい押し付けられ、ヨミはアウアウとテンパっている。羨ましく……はないな。あれ、テンカだし。俺は眉間を揉む。


「……あのなァ。今の状況を見りゃ、お前の気持ちは分かる。どれだけ我慢してきたのかも。だから、見て見ぬふりしてきたが、そろそろ我慢の限界なんだよ」

「無粋な男は嫌われるよ」

「無理強いする女もな」

「ふふっ。死ぬ?」

「まだ寒いって言うんなら、《フレイムピラー》で温めてやるよ」

「……と言うか、オウリにだけは言われたくないんだけどなぁ」

「……ぐっ」


 シュシュは俺の足の上で丸くなって眠り、セティは俺にしな垂れかかっている。

 

「五十歩百歩ね。文句を言えるのはわたしだけだと思うけれど」


 ラウニレーヤが半眼で言った。

 文句を言えるもう一人、アリシアはここにいない。

 エルダースケルトンが持っていた剣。病垂れと言う《病気5》の付与された剣だった。《病気》はステータスを低下させる状態異常だ。暗殺者のアーツが使えるアリシアには、大して有用な武器ではないのだが、新しい武器というだけで嬉しいらしく、喜々として試し斬りに行ってしまった。

 せめて、見張りと言えば格好付くのに。

 残念美人のアリシアらしいが。


「《ドラゴンホーン》のリーダーは男性だと思っていたのだけれど違ったのかしら?」


 ラウニレーヤがテンカの胸を食い入るように見ていた。男物の格好をしているため、胸が強調されて大きく見える。

 テンカに渡す女物の装備を検討しながら、ラウニレーヤに返事をする。


「女になったんだと」

「はい?」

「願いの泉ってのがあってな――」


 説明するとラウニレーヤは感嘆の息を吐いた。


「ソシエの奈落にそんな泉があったなんて知らなかったわね。でも、テンカだったかしら。どうして女性になったの?」

「ボクは元々、女だったんだよ。だけどなんの因果か、今生では男に生まれてね」

「そんなことがあるの?」

「神だって無謬じゃない。ましてや、輪廻の神アイラは元プレイヤーだ。間違えることだってあるさ。結果論になるけど、これでよかったよ。ファナ家。ボクの生家だけど、ボクはそこの始祖でね。小さい頃、軽い気持ちで始祖だって言っちゃったんだよ。でも、伝え聞く始祖と性別が違ったから誰も信じなかった。おかげでこうして実家と縁を切れたワケだし、悪いことばかりじゃなかったと思うよ。まー、本当に結果論でしかないけど」

「すんなり始祖と認められた方が好き勝手できたのではないかしら」

「権力には義務が伴う。それはキミがよく知っているだろう」

「そうね。でも、わたしはそれを義務だと思ったことはないわ。鋼国を愛しているから」

「ボクもそう思えたらね。違う手を取っていたかも。ファナ家は典型的な貴族でね。王国に流れる雰囲気がそうさせるのもあるんだろうけど、あそこまで傲慢になれるんだから素地はあったんだろう。滅びるのは自業自得だし、勝手にすればいいと思うけど、ボクは巻き込まれたくない」

「王国は王国で苦労があるのね」

「亜人の国ほどではないにしてもね」

「話を戻すけれど、女性になったのは彼がいるから?」

「そう。ヨミ、ジッとしてて」


 ヨミの首から隷属の首輪が外れた。主人は簡単に外すことができるようだ。

 え、と狼狽えるヨミに、テンカは微笑みかける。


「これでヨミはボクの奴隷じゃなくなった。これからどうしたい?」

「……テンカ様は私が不要になったのですか」

「これからも一緒にいて(・・・・・)欲しい(・・・)と思っているよ」


 プロポーズじゃねぇか、これ。

 セティもそう思ったのか、羨ましそうにヨミを見ていた。

 ……はい。そのウチ俺もすると思うので待っててください。

 あれだけ抱き着かれていたのだから、ヨミもテンカの気持ちには気付いているはずだ。しかし、いきなり性別が変わったと言われても飲み込めるものではない。だから、テンカはヨミを奴隷から解放することで、主人と奴隷の関係を前面に押し出したのだろう。

 男と女の関係ではなく。

 主人と奴隷の関係で問われたら、ヨミの返す言葉は決まっている。


「今後もお傍にいさせてください」


 これしかない。

 

「ありがとう、ヨミ。ボクは嬉しいよ」

 

 女になり、テンカは鷹揚になった。余裕を取り戻したというべきか。

 ロイは前世のテンカはおおらかな人柄だと言っていた。これが本来のテンカなのだろう。今はまだ刺々しい部分が残っているが、これからどんどん丸くなっていくはずだ。

 しかし、奴隷ではなくなったのに、二人の関係性は変わっていない。ヨミは分かる。融通が利かなそうだ。テンカの態度が変わらないように映るのは……元々、ヨミのことを奴隷として見ていなかったのかも知れない。周囲から主人と奴隷の関係に見えていたのは、テンカの独占欲が強かったからだろう。ヨミも厄介な女に惚れられたものである。

 隷属の首輪が外され、すーすーするのか、ヨミは首を確かめている。

 俺には見えるよ。

 目に見えない首輪がな。


「ヨミはテンカから逃げ出す最後のチャンスを棒に振ったのかもな」

「ハッ。逃がすと思っているの? ボクのクラスは狩人だよ」


 ……左様で。イイ笑顔で言ってくれる。

 二人の結婚式が目に浮かぶ。なぜか、テンカが男装していて、ドレス姿のヨミの手を引いていた。あれ、男だった時の方がテンカは女らしかったような……


「なぁ、いいか。冒険者になったのは手段で、目的は女になることだった……最終目標はまだみたいだけどな。ただ、冒険者を続ける理由はもうないだろ。《ドラゴンホーン》はどうするんだ?」

「何も考えてないっていうのが正直なところかな。女になれなかったら死んでもいいや、って思ってたし。女になったボクを受け入れてくれるのなら続けるかな。バカばっかりだけど、気のいいバカだからね」

「あの連中ならすんなり受け入れそうだよな」

「ニスタフは素直に喜んでくれそう。テオドールはバカだから、女になったことにも気付かないかもね。ヘルゲはボクの前世が女だって気付いているっぽいし、口ではうだうだ言うだろうけど受け入れてくれるはず。ロイは……戻ってくるかが怪しい」

「テンカはロイが……あー、その……知ってたのか?」

 

 ヨミはロイの正体を知らない。曖昧な言い方になった。

 《ドラゴンホーン》の活動を続けるのであれば、ロイが空間の神だと知らない方がいい。しかし、誰も知らないというのもマズい。だから、テンカには一通り説明していた。

 テンカはふっと笑うと、ヨミの頭を胸に抱いた。ヨミは再びのフリーズだ。話を聞かせたくないのなら、他に方法もあるだろうに……いいけど。


「知ってたら吊し上げてでも転移門を使わせていたよ。エンドレットに来る前、ロイと別行動したんだけど。ロイが用事があるって言って。その間、ロイが何をしていたかと言えば、ソシエの奈落の最深部に行ってたワケ。でも、二日で戻ってきたんだよ。よく考えるとあまりにも早すぎる。転移門を使って80階まで飛んだんだろうね」

「だから、ロイの正体を知っても驚かなかったのか」

「それは違う。女に戻れたことが嬉し過ぎて、どうでもよくなってただけ」

「……あ、そう」


 と、肩が重たくなった。セティが眠っていた。雑談が長かったか。

 懐かしい。昔のセティはよくこうして、電池が切れるようにして寝ていた。頑張り過ぎて、体力が尽きるのだ。セティの頭を撫でる。サラサラとした髪だ。

 ゴホン、と咳払い。

 ラウニレーヤがジト目で俺とテンカを見ていた。


「で、これからだが」


 セティを撫でる手を止めずに言う。ラウニレーヤが物言いたげだが無視だ。セティを猫可愛がりできるチャンスは逃せない。セティが起きていたら、絶対にカウンターを食らう。狸寝入り……じゃないよな。最近のセティは策士だからな。いや、でも、セティが嫌いなわけじゃないし、別に罠に嵌ったとしても――

 

「オウリ!」


 ヤバい。ラウニレーヤが怒っている。

 えーっと、何の話をしていたんだっけ?

 ああ、今後の話か。


「最深部――100階に行く。付いてきてくれるか?」

「それは逆にボクが聞きたいね。ついていってもいいのかな?」

「テンカには悪いが付き合ってもらえるとありがたい」

「ラウニレーヤを守ればいいのかな」

「俺達もできる限り協力する気だが――」

「守ってもらわなくても大丈夫だわ」

「――と、本人がこの調子なんでね。アリシア達を付けるつもりだが、戦いたがる警護対象者は初めてだっていうし、不測の事態に対応できる人材が欲しい」


 俺とセティは遊撃に回るつもりである。それが一番真価を発揮できるからだ。

 そうなるとラウニレーヤの護衛はシュシュとアリシアになる。どんな変異体が来たとしても、二人だけなら逃げられると思うが、ラウニレーヤが足を引っ張ると厳しい。

 話をしていて気づいたのだが、ラウニレーヤには弱点があった。

 それが解消されるまで彼女を戦力には数えられない。

 かといって、ラウニレーヤが戦うのを禁じるつもりもない。自分で戦った方がレベルも上がりやすいからだ。何しろ、彼女には空間の神の血が流れている。育てば王国への抑止力となり得る可能性は高かった。個人が国に喧嘩を売って、勝利できる世界なのだ。

 

「ボクは構わないよ。護衛した経験もそれなりにあるし。ま、護衛と言っても最初だけで、途中からは戦力と看做させてもらうけど。ヨミもそれでいいね?」

「…………」


 返事はない。

 俺が言えた義理じゃないが、いい加減ヨミを放してやれ。

 

「すんなり引き受けてくれたな。交渉は難航すると思ってたぜ」

「ボクだって行きたくはないさ。だけど、仲間の不始末だからね」


 仲間、ね。

 ロイの正体を聞いて驚かなかった本当の理由はそれか。ロイは仲間であり、それ以上でもそれ以下でもない。もし、ロイが戻ってきたとしたら、テンカは何も言わずに受け入れるのだろう。そんな気がした。


「報酬は俺が持ってる武具でいいか」

「要らない。と、いいたいところだけど。生きるのが楽しくなってきたところだし、お言葉に甘えさせてもらうとするよ。厚かましいお願いだけど、《ドラゴンホーン》の分も欲しいけどいいかな?」

「ああ。最終装備じゃなけりゃ、腐るほど余ってるし、《獣王の花冠》にもやるさ」

「《獣王の花冠》にも? こういっちゃなんだけど、それはどうかと思うよ?」

「テンカの懸念も分からないわけじゃないが。俺はそれで一度失敗してるし。《獣王の花冠》なら強力な武具を得たとしても、驕ることはないだろ」

「それもあるけど、施しは彼女達が嫌がるんじゃないかな。彼女達は何もしてないワケだし、報酬を受け取る理由がない」

「鋼国の後、セリアンスロープの国に行こうと思ってるからさ。よろしく、って意味もある」

「下心があるなら彼女達も受け取りやすいかもね」


 ケモ耳が映える装備を用意してやろうと思う。

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