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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第25話 願いの泉

 ――― シュシュ ―――


 ふむ。変哲のない泉だのう。

 浅瀬に杯を持った女性像があるが、それ以外に特徴らしい特徴がない。七大神の恩寵を願いの泉で使うことで、容姿を自由に変えられると言うが、一体どのようにして使うと言うのか。オウリは容姿を弄ることに消極的で、使い方を教えてくれなかったのだ。

 テンカとヨミは女性像の前で突っ立っている。

 無防備な背中に呆れつつ、妾はセティに目配せする。


「生きている変異体はいないよ」

「そうか」


 セティに断言され、妾は肩の力を抜く。

 気配を探知する能力はセティ、アリシア、妾の順で落ちる。中でもオウリといい、セティといい、この兄妹は獣染みた嗅覚を持っている。セティの鼻を誤魔化せるとしたら、高レベルの《穏形》持ちくらいだろう。

 「生きている変異体は」と言っていたのは、変異体の一部が散乱していたからだ。変異体同士の激しい戦いがあったのだろう。死骸の一部から察するに、数種類の変異体が戦っていたのは間違いない。敗者は胃袋に収まり、勝者はいずこへか消えた。


「兄さんは平気かな」


 ポツリ、とセティが言った。相変わらず妙なところで鋭い。オウリはロイと話をすると言っていたはずなのに、事の次第によっては一戦交える覚悟であることを見抜いている。

 内心で貸し一つだぞ、と思いながら誤魔化す。


「心配あるまい。変異体が現れたとしても、オウリ一人でなんとかなる。それより、妾達はテンカ達を頼まれたのだ。テンカ達に何かあればオウリは悲しむぞ」

「それもそうだね」


 恐らくロイは空間の神パストロイだ。オウリもそれを見抜いたから、二人きりで話したがったのだろう。十中八九、平和裏に進むと思うが……戦うとなった場合、妾達がいると邪魔になる。妾とアリシアは力不足で、セティは戦闘スタイルがかみ合わない。オウリが居ては彼女の真骨頂たるアイテムは使えないし、拳闘士としてのセティはトッププレイヤーと同じ程度の力量しかない。いや、十分凄いのだが……オウリが異常なだけで。

 状況次第ではセティはオウリと肩を並べて戦える。

 純粋な足手纏いは妾とアリシアだ。


「……レベルが足りぬな」

「そうだな。私達はレベルが低い。低くはないのだが……」


 レベルが低い、か。

 アリシアは……いい機会だ。聞いておこう。


「妾達の目的は亜人の地位向上だ。妾もセティも当事者だが、アリシアはヒューマンだ。付いて来る必要はないのだぞ?」

「言われてみればそうだな。考えたこともなかったが」

「アリシアは元々、セティの危機に駆け付けただけだ。その危機も去っている。オウリがこれを言い出さなかったのは、王国の動向が読めなかったからだろう。神罰騎士団と矛を交えたのだ。神敵とは言わないまでも、罪に問われる可能性があった。だが、黒衣の死神の出現に泡を食ったのか。アリシアの造反は見逃されたようだ。その気になればアリシアは一人で生きていける。そろそろ今後を考えてもいいのではないのか?」

「シュシュは私が邪魔なのか」

「まさか」

「それなら一緒に行くさ」

「良いのか?」

「冒険者になって分かった。私は生粋の騎士らしい。何かを守るためににしか、生き甲斐を感じられない。だったら価値のあるものを守りたい」

「…………アリシアがそれでいいのなら妾は何も言うまい」


 嬉しかった。

 アリシアと道を分かつ覚悟で言ったが、本音を言えば付いてきて欲しかった。

 妾はニッと笑いかける。


「ならば、強くなるしかないな。互いに。この騒動は好機と言える」

「オウリが言っていた変異体の経験値の話か」

「そうだ。やけに経験値が高いらしい」


 あたかも違う法則が働いているかのように。

 ここまで倒して来た変異体はトトウェル大森林の魔物と大差なかった。レベルが上がったとして、精々1のはず。しかし、妾はもう2レベル上がっていた。尋常でないレベルアップの速度に、オウリはバグってるんじゃねーの、と呆れていた。

 強くなるとしたら今しかない。

 アリシアと拳をぶつける。


「願いは叶えられたのか?」


 声を掛けるとテンカが背を震わす。ハッとヨミがテンカの肩を抱く。


「その様子だと上手くいかなかったようだのう。オウリが懸念していた通り、願いの泉が機能を停止していたのか?」


 心配げに顔を覗き込むヨミを、テンカは勢いよく突き飛ばす。ヨミは戸惑いの表情を浮かべていたが……テンカが頷くと諦めたように首を振った。


「シュシュは願いの泉の使い方を知ってる?」


 テンカが振り返らずに言う。


「像が持つ杯に七大神の恩寵を入れるだけ。その位置からだと見えないかな。杯に液体が入っているの。杯に入った七大神の恩寵は溶ける。杯は固定されていない。重みでだんだん傾いて行く。やがて、液状化した七大神の恩寵が泉に注がれる」


 確かに中身が零れそうだな――と杯に目をやった瞬間である。

 羽交い絞めにされていた。ヨミに。

 テンカがゆっくりと振り返る。目がギラギラと光っていた。

 

「動くな。動けばシュシュを殺す。ヨミ、これも命令だからね」

「……すまない、シュシュ。ヨミに殺気がなかったから油断した」


 アリシアは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 肩越しに振り返ると、ヨミもアリシアと同じ顔だ。なるほど。これなら殺気がないのも頷ける。テンカに命令され、嫌々やっているのだろう。命令に違反すれば隷属の首輪から痛みを受け、気絶してしまう。そうなればテンカを守れないとヨミは踏んだのだ。

 さて、どうしたものか。

 打つ手を誤るとテンカと(・・・・)ヨミが死ぬ(・・・・・)

 ヨミに妾を即死させられるだけの力はない。如何せん、武器が弱い。二手か、三手必要だ。その間、セティが黙って見ているはずがない。詰んでいるのはテンカ達なのだ。


「キミ達が集めた七大神の恩寵を寄越せ」

「……バカなことをしたね、テンカ」


 セティは眉間に皺を寄せ、魔法の鞄を漁りだす。その様子をハラハラした気持ちで見守る。取り出されたのは巾着袋。ふぅ。良かったな、テンカ。攻撃アイテムではないぞ。


「この中に石が入ってる」


 はい、とセティが巾着袋をヨミに投げる。

 だが、ヨミは巾着袋を取ることはできなかった。セティに押さえつけられていたからだ。


「…………何が……起きた……?」

「《瞬動》でとんできただけ」


 呆気ない。

 だが、これがレベルの差なのだ。

 レベルを上げなければな、と誓いを新たにする。

 自分が放った巾着袋をキャッチし、セティはテンカを静かに見る。


「まだ、続ける?」

「……ヨミはボクの命令に従っただけだ。だから、ヨミは助けてやって欲しい」

「悪いことをしたらごめんなさい、だよ」

「……ゴメンナサイ」


 ……謝意は伝わってくるが……態度がな。オウリならやり直しだ。間違いなく。

 分かればいいんだよ、とヨミを開放すると、セティは巾着袋をテンカに渡す。これにはテンカも開いた口が塞がらない。事態についていけず、ヨミは目を白黒させていた。


「…………いいのかい?」

「いってくれればあげたんだよ」

「……だったら、ボクのしたことは……」

「うん、バカなことをしたね。ヨミを殺すところだった」


 ほら、シュシュも出して、とセティが手招きする。ぐぬぬぬ。裏切者め。妾の胸が。胸がァ……ハァ。諦めるか。どのみち、妾達が手にした分では、願いの泉を起動できない。


「……ありがとう」


 テンカは七大神を受け取ると、プイッと顔を背けて言った。ツンデレめ。

 妾はすす、とセティに忍び寄る。


「正味な話、オウリの趣味はどっちだと思う?」


 胸があった方がいいのか。ない方がいいのか。


「う~ん。あったほうが異性としては好みなのかな、って気はする。でも、あってもなくても兄さんは私たちを受け入れてくれると思うんだ。そのうちね。だったら、胸はぺったんこなほうがひっついても文句いわれなさそう」

「確かに。オウリは異性を感じると距離を取ろうとする。へたれだからのう」

「それにね。テンカはなんだか願いの泉を使えなかったら、死んでもいいって思いつめていたみたいだし。そうじゃなかったらヨミの命まで賭けてなかったと思う」

「妾達は今でなくても構わないわけだしな」


 どうしても願いの泉を使いたいのなら、またくればいいだけの話なのである。

 ガタ。杯が倒れた。七色の液体が零れだす。泉が不思議な光彩を放つ。


「…………やっと。やっとだ」


 テンカが肩を震わせ泣いていた。涙を誤魔化すように、願いの泉に飛び込む。

 

「テンカ様!」

「待たぬか!」


 追い掛けようとするヨミを《影縛り》で捕まえる。

 

「はなせ! テンカ様をお救いしなければ!」

「泉に入るのが願いの泉の使い方ではないのか?」

「……願いの泉?」

「は? テンカから聞いておらんのか?」


 そういえばソシエの奈落に来た理由を、テンカは話したくない様子だった。事情を知らなければ、入水自殺に見えるか。とはいえ、妾もこれが願いの泉の使い方だと自信を持って言えない。早く出て来てくれ、と祈りつつ、泉の説明でヨミの気を引く。

 と、水面が盛り上がった。泉からは輝きが消え、透明度が戻っていた。

 水を大量に滴らせ、テンカが歩いて来る。前髪が顔に張り付いている。それでも彼の顔が変わっていないのは分かった。水は首筋、鎖骨を通り……豊満な胸(・・・・)へ。

 ……胸?

 

「…………女?」


 テンカを除く、全員の声が重なった。

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