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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第19話 魔物退治(裏)

 ――― ヨミ ―――


「本物の化け物はランクに頓着しない。価値がないと理解しているからさ。凡人が定義する物差しで、一体何が測れるっていうんだ?」


 ***

 

 その日、《ドラゴンホーン》は酒場を貸し切り、飲めや歌えやの大騒ぎであった。かねてよりの宿願だった、Sランクへの昇格を果たし、祝杯をあげていたのである。


「ガハハハ。お前らはSランクになる器だと思ってたぜ」

「痛い! 痛いわよ!」


 バシバシと遠慮なく叩かれ、ヘルゲが抗議の声を上げる。

 呵々大笑する大男を、ギルドの受付嬢が胡乱な目で見る。


「これだから冒険者は風見鶏なんだから。私は忘れてないわよ。貴方、テンカに喧嘩を売って、ヨミにボコボコにされていたでしょ。私は思ってたわ。あ、この子達、Sランクになるな、って」

「ちぇ、俺だってな。ロイさんのレベルを知ってりゃ、同じことを言ってたさ」

「墓穴を掘ったわね。ワイバーンの討伐。ロイは参加していません」

「マジか!?」

「おい、声を荒げるな。酒が不味くなる」


 ロイに睨まれ、大男が小さくなる。《ドラゴンホーン》はランクが上がるにつれ、敬意を払われるようになっていったが、ロイは最初から大男に一目置かれていた。何事にも動じることのない、ロイの佇まいがそうさせたのだろう。

 

「俺はワイバーンに集中できるよう、露払いをしていただけだ。ワイバーンを倒せたのは、こいつらの実力だな」


 言って、ロイは煙草を取り出す。それを見た大男は、


「ヘルゲ! 煙草。火! 火ぃ点けろ!」

「ちょっ、ああっ、引っ張らないで! 私の魔法はライターじゃない!」

「くくく、やめてやれ。折角、ワイバーンを倒したのに、宴会で《魔力》切れじゃ締まらん」

「ロイ! 火を出すぐらいで《魔力》切れにならないから!」

「なら、火を頼もうか」

「あ~も~、のせられた!」


 Sランクに昇格するには実力だけでは駄目だ。人格や、実績。様々な要素が絡むと言われている。Sランクは言わば冒険者ギルドの顔である。簡単にSランクは与えられないのだ。

 《ドラゴンホーン》は依頼人から高い評価を受けている。実力もある。足りないのは実績だった。ワイバーンの群れは、実績を積むのに最適だった。

 ワイバーンは竜種であり、ただでさえ手ごわいのに、加えて空を飛ぶのだ。だが、《ドラゴンホーン》には遠距離攻撃ができる人物が二人いた。テンカ様とヘルゲだ。二人の手にかかればワイバーンも翼をもがれたトカゲ。特にテンカ様の働きが素晴らしかった。矢が放たれる度に、ワイバーンが降ってくるのだ。私はもだえるトカゲにトドメを刺すだけだった。

 勝利の立役者はテンカ様とヘルゲだ。

 活躍した実感があるのだろう。ヘルゲもいつになく上機嫌だ。

 もう一人の立役者は――いない。焦る気持ちを押し殺し、席を立つ。


「……テンカ様。どこへ……」


 私は奴隷だった。

 父親がちゃちな盗賊団の首領だったのだ。私が六歳か、七歳の頃。父親が大金を手にして帰ってきた。貴族の荷を奪ったのだ。父親は貴族の横暴で町を追われ、盗賊に身をやつしたのだと言う。復讐のつもりだったのだろうが、浅はかとしかいいようがない。

 貴族訴えで騎士団が動いた。

 盗賊団は壊滅した。

 まだ幼かった私は盗賊として活動したことはなかった。しかし、同罪であるとして奴隷にされた。一ヶ月ほど経ち、私の買い手が現れた。それがファナ家の御館様だった。私は彼の息子と瓜二つであり、影武者として育てると言うのだ。影武者がみすぼらしくては意味がないとして、貴族の子弟と同等の生活を送ることとなった。同時に教育も受けた。一年後、私は子息と引き合わされた。

 それがテンカ様だった。


「影武者ね。ヨミは来世があると思ってるの?」

「いえ、私のような奴隷が転生できるとは」

「だったら、命は一つだ。なんで大事にしない!」


 なぜ、怒られたのか。奴隷の命は主人のモノ。そう刷り込まれていた。だが、テンカ様は私のために怒っている。それだけはひしひしと伝わってきた。

 御館様は言った。

 テンカ様の代わりに死ね。

 だが、いつからかこう思うようになった。

 テンカ様のために死のう。


「英雄に! 乾杯!」

「乾杯!」


 喧騒を背に受けながら、酒場を出る。テンカ様に何かあれば、私は私を許せない。他人はテンカ様を理不尽な主人だと言う。だが、彼らは誤解している。何度も奴隷からの開放を打診されている。奴隷でいさせて欲しいと懇願したのは私の方だ。

 テンカ様は石垣に腰掛け、空をぼんやり見上げていた。


「こんなところで何をしているのですか。お一人で」

「ヨミか。お前は来ると思っていたよ。喜ぶフリをするのに疲れてね。仏頂面のボクがいたんじゃ、折角の宴に水を差してしまうだろう?」

「テンカ様に文句を言う者は私が許しません」

「……お前がそんなだからボクは狭量な主人だと思われるんだけどね。いいけどさ。他人の評価なんて。お前さえいてくれたら、それで。もう少しでボクはお前に……」


 テンカ様は私を真剣な眼差しで見ていた。だが、不意に皮肉気な笑みを浮かべ、足元に目を落とした。テンカ様が殊更人の顔を真っ直ぐ見詰めるのは、《アース》にいた頃から使えると言う異能を使う合図だ。


「《魅了の魔眼》を使ってくださっても、構いませんが」


 とうの昔にテンカ様に魅了されている。たとえ使われたとしても、変わらない自信があった。


「ハッ。そんな手段で人の心を手に入れてなんの価値があるのさ。それに《魅了の魔眼》は見つめ続けないと効果がなくなる。魔物に同士討ちさせるのが関の山の異能だよ」


 違ったか。

 では、なんだろう。


「Sランクに昇格できたのに嬉しくないのですか?」

「実家と縁を切れるのは喜ばしい。それだけだね。ランクに価値はない」


 そして、テンカ様は私の顔を見ながら、しみじみと言ったのである。


本物の化け物(・・・・・・)はランクに頓着しない。価値がないと理解しているからさ。凡人が定義する物差しで、一体何が測れるっていうんだ?」


 ***


 ああ、私はあの日の言葉を誤解していた。

 化け物とは自身を指した言葉で、だから、ランクに頓着しないのだと、そう言っているのだと思っていた。テンカ様はプレイヤー。生まれながらに数多のスキルを習得した転生者だ。道理をわきまえない愚か者には、化け物と畏怖されることもある。言葉こそ悪いものの、常人を超越していると言う意味では、テンカ様は紛れもなく化け物だ。

 だが、本物の化け物ではなかった。

 

「……あれは本当に人なのか」


 オウリが変異体の群れを相手に無双していた。無双なんて調子のいい言葉でまとめたくない。しかし、そうとしか言いようがなかった。オウリが何をしているのか、微塵も理解できなかったのだ。していることは単純だ。インベントリから黒い刀を取り出し、それで変異体を斬捨てているだけ。だが、頭を捻ってもなぜ、実現できるかが分からない。

 狂戦士のテオドールがポツリと言った。


「俺にもできるんじゃねぇか」

「真似しないでくださいよ。助けませんから」


 警告する。だが、テオドールは釈然としない様子で、斧の素振りを始めてしまった。ワイルドウルフに殺されかけたことを忘れたのか。テンカ様はテオドールをバカだ、バカだとからかうが、あれは純然たる事実を述べていただけらしい。彼はこんな調子で闇雲に戦いたがるから、《ドラゴンホーン》以外に行き場がなかったのだ。

 テオドールを睨んでいると、柔和な声が耳朶を打った。

 

「まぁまぁ。テオドールも私達を危険に晒したりしませんよ。ね?」


 《魔力》切れは治ったようだが、まだ青い顔のニスタフに諭されては、テオドールも素振りを止めるしかなかった。ニスタフは物腰こそ柔らかいが、頑固一徹な性格をしている。機嫌を損ねるとネチネチと嫌味を言い続ける。彼女は神殿に逆らって格安で治療していた剛の者だ。謝るまで決して許してくれない。

 

「ヨミも。仲直り」

「喧嘩はしていませんよ、ニスタフ。癪ですがテオドールの言うことも分かりますから」

「だよな! やれそうだろ!?」


 我が意を得たりとテオドールが喜ぶ。呆れてしまう。


「できませんよ」

「俺が刀を持ってないからか」

「……いえ、そういう問題ではなく」


 何といえば分かるのか、と考えていると、ヘルゲが癇癪を起した。


「あ~~~~~! あんた達、全ッ然ッ、分かってない! テオドールが真似できるわけないでしょ。だって、あんた、魔法使えないじゃん。うぅ~、この感動を分かち合いたいけど、《魔力感知》ないと分からないか。いい? オウリは魔法を使ってるのよ。風の魔法で変異体の動きをコントロールしてる。物凄い技術よ。私には無理。ううん、オウリ以外、誰もできないと思う。それぐらい凄いんだけど……分からないわよね」


 ヘルゲのテンションの乱高下が凄い。

 オウリは神業に近いことをやっているらしい。しかし、《魔力感知》持ちはヘルゲだけ。共感を得られないのが悔しくて仕方がないようだ。


「本当に魔法使ってるのかよ。とてもそうは見えないぜ」


 テオドールは疑わし気だ。ヘルゲがハッと嘲笑う。


「テンカみたいで嫌だから言いたくないけど、あんた馬鹿なの? わざわざ斬られにくる魔物がいる? しかも、行列に並ぶみたいにして」

「チッ。ヘルゲにもできないんだろ。偉そうに言ってるんじゃねぇよ」

「はぁ……まだ分かってない。オウリは魔法使いなのよ?」

「そんなん知ってるし」

「あんたこそ、偉そうに言うな! 接近戦で魔法使いに負けてる、って言ってるの!」

「……うっ。で、でも、ヨミも接近戦でオウリにやられてたぜ」


 負けているのは俺だけじゃない、とテオドールは言いたいのだろうが、嫌なことを思い出させないで欲しい。テンカ様を傷付けられたと言うのに、一太刀浴びせることもできなかったのだから。テンカ様の言葉を思い出し、煮えくり返る思いを鎮める。


 ――オウリ達にやり返すのは禁止ね。ボクはキミを失いたくないんだ。


 過分な言葉を頂いてしまった。

 オウリへの蟠りは飲み込むしかないだろう。

 ワイルドウルフを皮切りに、鉱石喰らい、テラーバット、チェスアントと、様々な変異体が現れていた。《ドラゴンホーン》だけなら、間違いなく全滅していた。命の恩人に向ける刃は持っていない。オウリの戦いぶりを見て、反感が失せたのも確かだが。

 

「ロイとオウリ。どっちが強いんだろうな」

「テオドールより強いのは間違いないわ」

「うるせぇ、ヘルゲ。茶化すなよ。気になるだろ」


 言い争うヘルゲとテオドールにテンカ様が冷たい眼差しを送る。


「オウリだよ」


 ピタリ、と言い争いが収まった。

 

「バカにも分かりやすく説明すると、プレイヤーを二十以上集めても、殺すことができなかったのが、オウリっていうプレイヤーだよ。ボクは直接見たことがあったワケじゃないし、大げさに言ってるんだとばかり思ってたけど……まだ、ウワサの方が大人しかったかも知れない」

「……それは本当ですか、テンカ様」

「冗談だったらよかったんだけどね」


 と、テンカ様は肩を竦めて言った。


「…………」

「…………」


 誰も口を開かない。プレイヤーにもピンからキリまでいる。だが、テンカ様とロイを見ていても、決して弱いと言うことはない。それを理解しているからこそ、言葉を失ってしまったのである。


「つまりさ、オウリはプレイヤー、二ダース分の働きができる」


 テンカ様はオウリを指差す。戦いは終わっていた。オウリは変異体の死骸の上で、ぼんやりとしていた。考え事をしているのか。戦いが終わったことにも気づいていない様子だ。

 

「……ボク達、要らないんじゃない?」

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