第19話 魔物退治(裏)
――― ヨミ ―――
「本物の化け物はランクに頓着しない。価値がないと理解しているからさ。凡人が定義する物差しで、一体何が測れるっていうんだ?」
***
その日、《ドラゴンホーン》は酒場を貸し切り、飲めや歌えやの大騒ぎであった。かねてよりの宿願だった、Sランクへの昇格を果たし、祝杯をあげていたのである。
「ガハハハ。お前らはSランクになる器だと思ってたぜ」
「痛い! 痛いわよ!」
バシバシと遠慮なく叩かれ、ヘルゲが抗議の声を上げる。
呵々大笑する大男を、ギルドの受付嬢が胡乱な目で見る。
「これだから冒険者は風見鶏なんだから。私は忘れてないわよ。貴方、テンカに喧嘩を売って、ヨミにボコボコにされていたでしょ。私は思ってたわ。あ、この子達、Sランクになるな、って」
「ちぇ、俺だってな。ロイさんのレベルを知ってりゃ、同じことを言ってたさ」
「墓穴を掘ったわね。ワイバーンの討伐。ロイは参加していません」
「マジか!?」
「おい、声を荒げるな。酒が不味くなる」
ロイに睨まれ、大男が小さくなる。《ドラゴンホーン》はランクが上がるにつれ、敬意を払われるようになっていったが、ロイは最初から大男に一目置かれていた。何事にも動じることのない、ロイの佇まいがそうさせたのだろう。
「俺はワイバーンに集中できるよう、露払いをしていただけだ。ワイバーンを倒せたのは、こいつらの実力だな」
言って、ロイは煙草を取り出す。それを見た大男は、
「ヘルゲ! 煙草。火! 火ぃ点けろ!」
「ちょっ、ああっ、引っ張らないで! 私の魔法はライターじゃない!」
「くくく、やめてやれ。折角、ワイバーンを倒したのに、宴会で《魔力》切れじゃ締まらん」
「ロイ! 火を出すぐらいで《魔力》切れにならないから!」
「なら、火を頼もうか」
「あ~も~、のせられた!」
Sランクに昇格するには実力だけでは駄目だ。人格や、実績。様々な要素が絡むと言われている。Sランクは言わば冒険者ギルドの顔である。簡単にSランクは与えられないのだ。
《ドラゴンホーン》は依頼人から高い評価を受けている。実力もある。足りないのは実績だった。ワイバーンの群れは、実績を積むのに最適だった。
ワイバーンは竜種であり、ただでさえ手ごわいのに、加えて空を飛ぶのだ。だが、《ドラゴンホーン》には遠距離攻撃ができる人物が二人いた。テンカ様とヘルゲだ。二人の手にかかればワイバーンも翼をもがれたトカゲ。特にテンカ様の働きが素晴らしかった。矢が放たれる度に、ワイバーンが降ってくるのだ。私はもだえるトカゲにトドメを刺すだけだった。
勝利の立役者はテンカ様とヘルゲだ。
活躍した実感があるのだろう。ヘルゲもいつになく上機嫌だ。
もう一人の立役者は――いない。焦る気持ちを押し殺し、席を立つ。
「……テンカ様。どこへ……」
私は奴隷だった。
父親がちゃちな盗賊団の首領だったのだ。私が六歳か、七歳の頃。父親が大金を手にして帰ってきた。貴族の荷を奪ったのだ。父親は貴族の横暴で町を追われ、盗賊に身をやつしたのだと言う。復讐のつもりだったのだろうが、浅はかとしかいいようがない。
貴族訴えで騎士団が動いた。
盗賊団は壊滅した。
まだ幼かった私は盗賊として活動したことはなかった。しかし、同罪であるとして奴隷にされた。一ヶ月ほど経ち、私の買い手が現れた。それがファナ家の御館様だった。私は彼の息子と瓜二つであり、影武者として育てると言うのだ。影武者がみすぼらしくては意味がないとして、貴族の子弟と同等の生活を送ることとなった。同時に教育も受けた。一年後、私は子息と引き合わされた。
それがテンカ様だった。
「影武者ね。ヨミは来世があると思ってるの?」
「いえ、私のような奴隷が転生できるとは」
「だったら、命は一つだ。なんで大事にしない!」
なぜ、怒られたのか。奴隷の命は主人のモノ。そう刷り込まれていた。だが、テンカ様は私のために怒っている。それだけはひしひしと伝わってきた。
御館様は言った。
テンカ様の代わりに死ね。
だが、いつからかこう思うようになった。
テンカ様のために死のう。
「英雄に! 乾杯!」
「乾杯!」
喧騒を背に受けながら、酒場を出る。テンカ様に何かあれば、私は私を許せない。他人はテンカ様を理不尽な主人だと言う。だが、彼らは誤解している。何度も奴隷からの開放を打診されている。奴隷でいさせて欲しいと懇願したのは私の方だ。
テンカ様は石垣に腰掛け、空をぼんやり見上げていた。
「こんなところで何をしているのですか。お一人で」
「ヨミか。お前は来ると思っていたよ。喜ぶフリをするのに疲れてね。仏頂面のボクがいたんじゃ、折角の宴に水を差してしまうだろう?」
「テンカ様に文句を言う者は私が許しません」
「……お前がそんなだからボクは狭量な主人だと思われるんだけどね。いいけどさ。他人の評価なんて。お前さえいてくれたら、それで。もう少しでボクはお前に……」
テンカ様は私を真剣な眼差しで見ていた。だが、不意に皮肉気な笑みを浮かべ、足元に目を落とした。テンカ様が殊更人の顔を真っ直ぐ見詰めるのは、《アース》にいた頃から使えると言う異能を使う合図だ。
「《魅了の魔眼》を使ってくださっても、構いませんが」
とうの昔にテンカ様に魅了されている。たとえ使われたとしても、変わらない自信があった。
「ハッ。そんな手段で人の心を手に入れてなんの価値があるのさ。それに《魅了の魔眼》は見つめ続けないと効果がなくなる。魔物に同士討ちさせるのが関の山の異能だよ」
違ったか。
では、なんだろう。
「Sランクに昇格できたのに嬉しくないのですか?」
「実家と縁を切れるのは喜ばしい。それだけだね。ランクに価値はない」
そして、テンカ様は私の顔を見ながら、しみじみと言ったのである。
「本物の化け物はランクに頓着しない。価値がないと理解しているからさ。凡人が定義する物差しで、一体何が測れるっていうんだ?」
***
ああ、私はあの日の言葉を誤解していた。
化け物とは自身を指した言葉で、だから、ランクに頓着しないのだと、そう言っているのだと思っていた。テンカ様はプレイヤー。生まれながらに数多のスキルを習得した転生者だ。道理をわきまえない愚か者には、化け物と畏怖されることもある。言葉こそ悪いものの、常人を超越していると言う意味では、テンカ様は紛れもなく化け物だ。
だが、本物の化け物ではなかった。
「……あれは本当に人なのか」
オウリが変異体の群れを相手に無双していた。無双なんて調子のいい言葉でまとめたくない。しかし、そうとしか言いようがなかった。オウリが何をしているのか、微塵も理解できなかったのだ。していることは単純だ。インベントリから黒い刀を取り出し、それで変異体を斬捨てているだけ。だが、頭を捻ってもなぜ、実現できるかが分からない。
狂戦士のテオドールがポツリと言った。
「俺にもできるんじゃねぇか」
「真似しないでくださいよ。助けませんから」
警告する。だが、テオドールは釈然としない様子で、斧の素振りを始めてしまった。ワイルドウルフに殺されかけたことを忘れたのか。テンカ様はテオドールをバカだ、バカだとからかうが、あれは純然たる事実を述べていただけらしい。彼はこんな調子で闇雲に戦いたがるから、《ドラゴンホーン》以外に行き場がなかったのだ。
テオドールを睨んでいると、柔和な声が耳朶を打った。
「まぁまぁ。テオドールも私達を危険に晒したりしませんよ。ね?」
《魔力》切れは治ったようだが、まだ青い顔のニスタフに諭されては、テオドールも素振りを止めるしかなかった。ニスタフは物腰こそ柔らかいが、頑固一徹な性格をしている。機嫌を損ねるとネチネチと嫌味を言い続ける。彼女は神殿に逆らって格安で治療していた剛の者だ。謝るまで決して許してくれない。
「ヨミも。仲直り」
「喧嘩はしていませんよ、ニスタフ。癪ですがテオドールの言うことも分かりますから」
「だよな! やれそうだろ!?」
我が意を得たりとテオドールが喜ぶ。呆れてしまう。
「できませんよ」
「俺が刀を持ってないからか」
「……いえ、そういう問題ではなく」
何といえば分かるのか、と考えていると、ヘルゲが癇癪を起した。
「あ~~~~~! あんた達、全ッ然ッ、分かってない! テオドールが真似できるわけないでしょ。だって、あんた、魔法使えないじゃん。うぅ~、この感動を分かち合いたいけど、《魔力感知》ないと分からないか。いい? オウリは魔法を使ってるのよ。風の魔法で変異体の動きをコントロールしてる。物凄い技術よ。私には無理。ううん、オウリ以外、誰もできないと思う。それぐらい凄いんだけど……分からないわよね」
ヘルゲのテンションの乱高下が凄い。
オウリは神業に近いことをやっているらしい。しかし、《魔力感知》持ちはヘルゲだけ。共感を得られないのが悔しくて仕方がないようだ。
「本当に魔法使ってるのかよ。とてもそうは見えないぜ」
テオドールは疑わし気だ。ヘルゲがハッと嘲笑う。
「テンカみたいで嫌だから言いたくないけど、あんた馬鹿なの? わざわざ斬られにくる魔物がいる? しかも、行列に並ぶみたいにして」
「チッ。ヘルゲにもできないんだろ。偉そうに言ってるんじゃねぇよ」
「はぁ……まだ分かってない。オウリは魔法使いなのよ?」
「そんなん知ってるし」
「あんたこそ、偉そうに言うな! 接近戦で魔法使いに負けてる、って言ってるの!」
「……うっ。で、でも、ヨミも接近戦でオウリにやられてたぜ」
負けているのは俺だけじゃない、とテオドールは言いたいのだろうが、嫌なことを思い出させないで欲しい。テンカ様を傷付けられたと言うのに、一太刀浴びせることもできなかったのだから。テンカ様の言葉を思い出し、煮えくり返る思いを鎮める。
――オウリ達にやり返すのは禁止ね。ボクはキミを失いたくないんだ。
過分な言葉を頂いてしまった。
オウリへの蟠りは飲み込むしかないだろう。
ワイルドウルフを皮切りに、鉱石喰らい、テラーバット、チェスアントと、様々な変異体が現れていた。《ドラゴンホーン》だけなら、間違いなく全滅していた。命の恩人に向ける刃は持っていない。オウリの戦いぶりを見て、反感が失せたのも確かだが。
「ロイとオウリ。どっちが強いんだろうな」
「テオドールより強いのは間違いないわ」
「うるせぇ、ヘルゲ。茶化すなよ。気になるだろ」
言い争うヘルゲとテオドールにテンカ様が冷たい眼差しを送る。
「オウリだよ」
ピタリ、と言い争いが収まった。
「バカにも分かりやすく説明すると、プレイヤーを二十以上集めても、殺すことができなかったのが、オウリっていうプレイヤーだよ。ボクは直接見たことがあったワケじゃないし、大げさに言ってるんだとばかり思ってたけど……まだ、ウワサの方が大人しかったかも知れない」
「……それは本当ですか、テンカ様」
「冗談だったらよかったんだけどね」
と、テンカ様は肩を竦めて言った。
「…………」
「…………」
誰も口を開かない。プレイヤーにもピンからキリまでいる。だが、テンカ様とロイを見ていても、決して弱いと言うことはない。それを理解しているからこそ、言葉を失ってしまったのである。
「つまりさ、オウリはプレイヤー、二ダース分の働きができる」
テンカ様はオウリを指差す。戦いは終わっていた。オウリは変異体の死骸の上で、ぼんやりとしていた。考え事をしているのか。戦いが終わったことにも気づいていない様子だ。
「……ボク達、要らないんじゃない?」




