第17話 バランス
「テンカ様、この先に三匹います。テラーバットです」
ヨミの声がした。が、姿は見えない。《闇潜み》で姿を消しているのだ。《夜目》、《闇潜み》、そして行動の際の音を消す、《無音》。三つのスキルを兼ね備えたヨミは、水を得た魚のように偵察をこなす。
「それも変異体なの?」
「申し訳ありません。そこまでは」
《闇潜み》を生かすため、ヨミは光源を持たずに偵察に出ている。《夜目》のスキルがあると言っても、色を判別するのは難しいだろう。変異体を見分けるには色しかないのだ。
「いいよ。仕方がない。大きさは?」
「通常のテラーバットよりも大きいです」
「なら、変異体だ。違ってたら違ってたでいいし」
テンカは仲間を見渡し、一人一人指示を出す。
「ヨミ。《バックスタブ》で先制。倒そうとしなくてもいい。確実に羽を落とせ。一撃入れたらその場にランタンを置いて離脱。ボクの護衛に回れ」
「ハッ」
「ヘルゲ。ランタンの明かりを目印に《サイレンスフィールド》。テラーバットは《恐怖の叫び》が厄介だ。これにやられると《恐慌》に陥る。見境なく襲うようになる。敵味方関係なくね。ボクに仲間を撃たせるな。バカはいいけど、ヨミは撃ちたくない」
「バカって誰のことだよ」
「反応したお前のことに決まってるだろ」
テンカは狂戦士を嘲笑する。
「……まだ昨日のこと根に持ってるのかよ」
「持つよ。当たり前でしょ。代わりの七大神の恩寵を持ってきて、罪が帳消しになったと思ってた? お生憎様。オウリが宝箱から手に入れたのを見てた。宝箱を開けたのはボク。ボクの物を返してもらっただけ。バカへの指示は一つだけ。ヘルゲの魔法が発動したら突っ込め。《サイレンスフィールド》は掛けた一帯に《サイレンス》の効果を与える。味方も魔法が使えなくなるけど、バカは魔法使えないから関係ない」
「ひでぇ。俺にはそれだけ」
「沢山指示しても憶えられないでしょ」
憮然とする狂戦士の肩をロイが叩く。
「臨機応変に戦えと言っているのさ、我らがリーダーは。それで、俺は?」
「ロイは好きにして」
「ならば、見学させてもらおう。いいんだな?」
「いいんじゃないの」
「くくく、な? 聞いたか。お前一人で前線を支えられると信じているのさ、テンカは」
「バカなら死んでも惜しくないだけ」
「テンカは素直じゃないな」
「ボクの言葉を恣意的に解釈するロイの方こそ捻くれると思うけど」
如何にも心外だと言う顔をするテンカを、《ドラゴンホーン》の面々は生暖かい目で見ていた。
テンカはぶっきら棒に「指示は出した。ヨミ、早く行け」と言う。
ヘルゲが慌てて《サイレンスフィールド》の詠唱を始める。
不意に迷宮が明るくなる。ヨミがランタンに明かりを点けたのだ。
明かりにより《闇潜み》の効果が薄れ、暫く見なかったヨミの姿が浮かび上がる。その足元には一匹のテラーバット。飛べずにもがいている。ヨミは指示通りテラーバットの羽を落としたようだ。暗殺者は《不意打ち》のスキルで、認識外からの攻撃に補正がかかる。また、背後からの攻撃をクリティカルさせる《バックスタブ》のアーツもある。暗がりで暗殺者に目を付けられた時点で、このテラーバットの命運は決まっていた。
ヨミは飛びずさりながらナイフを天井に張り付くテラーバットに投擲。ナイフはテラーバットの羽を穿ち、これで二匹の飛行能力が奪われた。見事である。暗殺者は不意打ちに滅法強い。アドバンテージを最大限に生かし、仲間のために場を整えたのだ。
主戦場にランタンを残し、ヨミは再び闇に消えた。
時を同じくしてヘルゲが《サイレンスフィールド》を発動させた。ランタンを中心として淡い光の輪が生まれる。輪の範囲内では魔法が発動できなくなる。これでテラーバットは《恐怖の叫び》を使えない。いや、使っても発動しないと言うのが正確か。恐怖を奪われたテラーバットはただの巨大な蝙蝠だ。
無傷なテラーバットが飛翔する。巨体に見合わぬ素早さである。
このままだと《サイレンスフィールド》の領域を抜けてしまう。
しかし、そうはさせじと飛び込む少年がいた。
「うおおおおおおお!」
狂戦士である。
「五月蠅いな」
テンカはボヤきながら矢を放つ。
地に落ちたテラーバットを始末しているのだ。一発も外していない。かなり腕がいい。
「《鼓舞》だと思ってやれ」
《ブレイブ》の効果を持つ騎士のスキルである。《精神》への補正に加え、精神的な状態異常に掛かりにくくなる。当然、今のは《鼓舞》ではない。しかし、ロイの言うことにも一理あった。《精神》がどれだけ高くても、状態異常にかかるときはかかる。格上に《威圧》が利くこともある。その逆もまた然りである。叫んでテンションを高めるのは《鼓舞》と似た効果がある。
だが、テンカはすげない。
「萎えたね。《精神》下がった。テラーバット、叫んでくれないかな。そしたらあのバカに矢を撃ち込んでやるのに」
「《恐慌》に陥ったフリをしてか」
「そう」
「お前には無理だ」
「できるよ」
「お前も見たことあるだろう。《恐慌》に陥ったやつは、無様に、みっともなく、武器を振り回す。あれと同じ真似がお前にできるのか?」
「無理だね。ボクの美意識の問題で」
「だろう?」
「だから、これも美意識の問題。援護じゃないから」
そう言ってテンカは矢を放つ。
狂戦士を翻弄するテラーバットに突き刺さる。
あっ、と間抜けな声を上げながら、狂戦士はテラーバットを両断する。
「……俺の見せ場を取るなよ、テンカ」
「ボクのパーティーがこの程度に手こずると思われたら癪だし?」
「……俺に当たるかも知れなかっただろ」
「一度でも当たってから言うんだね」
狂戦士が押し黙ったところを見るに、誤射を受けたことはないのだろう。手こずっていたのは事実で、文句を言うわけにもいかず、狂戦士はドシドシと歩き回る。一撃に賭ける狂戦士のクラスと、素早い動きのテラーバットは相性が悪い。仕留められなくても恥ではないのだが。
「……これがバランスのいいパーティーか」
ナジェンダの瞳には賞賛の色があった。テンカはふん、と鼻を鳴らす。
「パーティーのバランスが良くても、リーダーの指示が悪かったら台無し。ここまでスムーズに敵を排除できたのはボクの指示が良かったおかげ。分かる? 難しい言葉で言えばいいってわけじゃない。相手に理解できるようにかみ砕くのも大事なの。バカに突っ込めしかいわなかったのもそういうこと。それが分かれば少しはいいリーダーになれるかもね」
今回、《ドラゴンホーン》が斥候を務めたのはテンカの要望である。バランスのいいパーティーとはどういうものか、《獣王の花冠》に見せたかったのだろう。狂戦士が言っていた通り、案外、面倒見がいい。ゴルドバの鍛冶場での一幕から、亜人に偏見を抱いているのかと思っていたが、あれは俺様な性格が出ていただけらしい。
「テンカ様、偵察して参りました。何かが居ます」
ヨミである。姿が見えないと思ったら、偵察に行っていたのか。テラーバットを二匹無力化した時点で、行動に移していたのだろう。テンカはそこまで命令していなかった。テンカの命令以外聞かない印象があったが、自分の意思で判断することもできるらしい。ゴルドバのところでもテンカの命令無視していたか。
「ケガは?」
「ありません。何かがいるような気がして引き返してきました。確認した方が良かったですか?」
「しないで正解。してたらお仕置きだったね、ヨミ。さて、オウリ。何がいる?」
「ん、俺にそれを聞くのか?」
俺は魔法使いだ。斥候に向いたスキルはない。
「キミは定期的に風を放つ。ソナーに似た魔法なんだろ」
「へぇ、よく見てる」
「地球の技術を再現しようとする魔法使いはキミだけじゃないってだけだよ。難航しているみたいだけどね」
「ハイドスネークがいる。二匹。ヨミが分からなかったってことは変異体だろうな」
「鉱石喰らい、テラーバットに続いてハイドスネークか。全部、ソシエの奈落の魔物だよ。本当に迷宮の魔物が変異したのかもね。これ、七大神が絡んでるんじゃない?」
「かもな」
「ハッ、軽い返事。分かってる? 七大神が絡んでるなら、ボク達の手に負えないかも知れない。危機感足りないんじゃない? リーダー任せていいのか不安になる」
……ああ、確かに。今のは俺が不用意だった。釈明がいるか。
「俺が変異体を危険視しない理由は二つ。一つ、ジャーナルになんのクエストも来てない。一つ、ノェンデッドが関与しているとは思えない。前者の理由は分かりやすいな。七大神が何か大事を起こす時は、決まってジャーナルにクエストが来る。わざわざ頑張れよって激励するまでもない事態だってことだ。後者の理由はクエストの傾向からだな。ノェンデッドが噛んだと思われるクエストは大体、難易度がおかしい。魔王を倒せ、とか。変異体の目は赤くない。魔族じゃない。だから、ノェンデッドは無関係だと思う」
「ノェンデッドが必ず魔族を使うと決まってるわけじゃないでしょ」
「ま、そうなんだが。ノェンデッドの仕業にしちゃ悪意が足りない」
「ノェンデッドを知っているかのような言い草だね」
「会って話したって人物なら知ってる」
「ふ~ん。ま、いいや。キミが考えなしじゃないのは分かった」
少しでも甘い判断をすれば、即座にリーダーから引きずり落とすぞ、とテンカの目が語っていた。
「それでハイドスネーク。オウリなら倒せるの?」
「位置は把握済み。余裕だな」
ハイドスネークは《穏形》を使う。しかし、《風王領土》には関係ない。べたべたと風で触るのからである。いると分かれば《穏形》の効果は薄れる。
「ボク達は働いたし。後はオウリに任せるよ」
「はいはい」
俺は呪文の詠唱を開始した。
数秒後、ハイドスネークは姿を見ることなく散った。




