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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第16話 《獣王の花冠》

 熱の冷めやらない穴を抜け、階下へ身を躍らせると、今までとは違う感覚があった。いる。変異体が。まず先に確信があり、理屈はそれに続く。殺気の質が変わったのだ。纏わりつく、粘着質なそれ。気の弱い人であれば、殺気は本物の粘液の如く、身体を絡め取るだろう。迷宮の魔物の殺気はもっと素直だ。肌を刺すような感じと言うか。これは私見でしかないが、欲望が殺気に粘度を与えるのだと思う。


「……変異体の欲望。食欲か」


 迷宮の魔物は食事を必要としない。迷宮に漂う《魔力》が主食らしい。人を襲うのも種としての本能だからに過ぎない。しかし、変異体は違う。食事が必要だ。


「……俺を餌だと思っているのか」


 迷宮の魔物は倒しても死骸を残さない。肉をドロップすることもあるが、狩れば必ず得られるというものではない。変異体は腹ペコなのだろう。


「……何かいるな。変異体か?」


 抜刀しようとするアリシアの手を押さえる。


「いい機会だ。仲間の実力を確認しておきたい」

「……分かったから手を放せ。師匠が見ている」


 意図せず手が触れ合い、顔を赤らめさせる。ありがちなシチュエーションだ。しかし、アリシアの顔は真っ青であった。失礼な。


「私が見ているからなに?」


 にこやかにセティが問う。アリシアは益々顔色を失う。


「…………い、いえ、なんでもありません」

「……雉も鳴かねば撃たれまい」

 

 シュシュが呆れたように言った。

 セティは……シュシュもだが……ヤキモチ焼きだ。しかし、アリシアは俺に興味がない。興味があるのはインベントリの中身だ。と、こういうとアリシアが悪女のようだが、要はアリシアはライバルにならないと思われている。だから、セティもヤキモチを焼いていなかったのだが……そう思われたこと自体に立腹したようだ。

 迷宮から出たら特訓だね、と言うセティに、アリシアは「が、頑張ります」と顔を強張らせていた。

 だが、俺は止めない。

 脳筋師弟を心配しても無駄なのだ。

 どうせ、いざ始まればアリシアも喜々として戦い出す。

 

「何かいますね。殺気を感じます」


 《殺気感知》が働いたのだろう。ヨミがテンカに警戒を促す。


「深部まで潜ってた冒険者かな?」


 一口に殺気と言っても色々あり、《殺気感知》は人の殺気は感知しやすく、魔物の殺気は感知し辛くなっている。テンカの発言はそれを踏まえてのものだった。一応、迷宮に俺達以外の冒険者はいないと言われている。が、テンカは冒険者ギルドを信じていないのだろう。


「いえ、魔物のようです。変異体でしょう」

「ようやくお出ましってワケ。ヨミ、倒してきて」


 ハッ、と駆け出そうとするヨミを降りてきたナジェンダが引き止める。


「変異体なんだろう。アタシ達に任せてくれよ」


 どうします、とヨミがテンカを見る。


「好きにすれば? ボクは変異体に興味ないし。倒してくれるのなら誰でも」

「アタシ達、セリアンスロープの力を見せてやろう」

「そう願うよ。ボクの手を煩わせないでよね」


 ナジェンダは苦笑し、《獣王の花冠》の仲間を集める。セリアンスロープの鋭敏な嗅覚が、暗闇の奥の変異体を捉えているのだろう。変異体の方を見ながら作戦会議が行われていた。耳を澄ませると聞こえてきたのは、誰が一番に殴るかという話だった。脳筋め。

 そんなことより、話し合うことがあるだろ。

 

「明かりはいるか、ナジェンダ?」

「セリアンスロープは夜目が利くが、あれば助かるな」

「そういうことだ。シュシュ、明かりを」

「ふむ。赤い光が良いか、白い光が良いか?」


 俺は呆れながら言う。


「白で」

「つまらん。赤ならば一撃で終わらせてやったのに」


 白い光は《ライト》、赤い光は火魔法。火魔法を使えば瞬殺だぞ、と言っているのだ。

 ここまで歯ごたえのある魔物はいなかった。

 力が有り余っているのはセリアンスロープだけではないらしい。

 《ライト》による光源が生まれ、通路の奥が明るく照らされる。

 白い蜘蛛が浮かび上がる。俺が倒した変異体より、若干大きい。


「孵化して数日と言ったところだろう。まだ子供だな。だが、それで鉱石喰らいと遜色のない大きさ。噛まれれば大怪我は免れん。口の動きに注意して戦え」


 ロイの言葉にナジェンダは頷くが、実際のところ助言に見せかけた苦言だ。まだ子供だ。これに勝っても増長するなよ、と。セリアンスロープの気性を考えると、釘を刺しておきたくなる気持ちは分かる。変異体など物の数ではない! と言い張り、変異体の成体に突っ込んで行き、散るセリアンスロープの姿を幻視する。


「行くぞ」


 ナジェンダの号令で《獣王の花冠》が動き出す。

 先手はナジェンダだ。スキルで伸ばした爪が、白い蜘蛛の複眼を切り裂く。キシャァ、と悲鳴を上げる白い蜘蛛を、セリアンスロープが取り囲む。白い蜘蛛は八本の脚を出鱈目に振り回す。《獣王の花冠》は白い蜘蛛に密着し、爪を、槌を振るう。懐に入られてしまうと、足の攻撃も有効だとなり得ない。獣神官は一応回復職のはずなんだけどな……と槌を振り回すセリアンスロープを見て、俺は遠い目になる。


「《足砕き》!」


 しゃらくさい、と振るわれた槌により、白い蜘蛛の脚が一本折られた。

 

「……マジで脚を砕きやがった」


 俺が思わず呟くと、セティが「本当は砕けないの?」と不思議そうにする。

 まぁね。そう思うだろう。《足砕き》って言いながら、砕かないんだから詐欺だ。

 

「足を痺れさせるアーツなんですよ、師匠」

「そうなんだ」

「もっと言えば《腕砕き》も腕を砕きませんし、《頭砕き》だって頭を砕きません。力量に差があれば名前の通りの効果を発揮するようですけれどね」

「アリシアは物知りだね」

「護衛の依頼で他の冒険者のスキルを見る機会が多かったんです。まぁ、神官のアーツを目にしたのは、片手で数えられるぐらいですけど。王国には神殿がありますから、冒険者になる神官は少ないんです。その中で前衛もこなす神官となれば更に少なくなります」

「神殿ってアリシアががめつい、っていってたところ?」

「そこですね。《ハイヒール》でさえ大金を取られます。市中の回復薬の流通に口を出して、冒険者に神殿の利用を強いている、なんて話も聞いたことがあります」


 アリシアの話に気になった部分があり、肩車しているシュシュに尋ねる。


「シュシュも前に同じこと言ってたよな。《ハイヒール》は、なのか? 《ヒール》は?」

「《ヒール》は比較的安価だのう。神殿を最も利用するのは冒険者だ。《ヒール》が安価なのは先行投資なのだろう。駆け出しの冒険者は金の卵を産む鶏なのよ。《ヒール》で満足できるのは駆け出しぐらいのものだからのう。レベルが上がれば自然と《ハイヒール》、《エクストラヒール》の治療を求めるようになり、神殿は潤う」

「パーティーに神官を入れりゃいいだろ」

「オウリは高ランクのパーティーしか見たことがないからそう思うのだろうな。パーティーに神官がいると大成することが多い。生存に直結する魔法が使えるのだからな。当然だ。神官がいないパーティーは珍しくないのだぞ。妾に不埒な真似をした《大鷲の斧》を思い出せ。あのランクのパーティーでも神官はいなかったであろう? 神殿に入れば一生安泰だ。評判の悪い神殿だが、身内には非常に甘い。神官で冒険者になるのは神官は物好きだけよ。オウリは妾に感謝してもいいのだぞ?」

「そうか。感謝してる。だから、《ヒール》かけてくれねぇか。見上げながら喋ってたから首が痛てぇ」


 妾の偉大さが分かっておらぬ、と憤慨しつつも《ヒール》をかけてくれた。律儀だ。

 と、雑談している間に《獣王の花冠》と白い蜘蛛の戦いは佳境を迎えていた。

 アルビノの蜘蛛は全身から血を流し、真っ赤な蜘蛛と化している。

 息絶えるのも時間の問題だろう。

 せめて、一矢報いようというのか。白い蜘蛛は執拗にナジェンダを狙う。


「悪あがきをッ」


 白い蜘蛛が糸を口から吐いたのだ。

 通常、蜘蛛が糸を出すのは尻からだが、そこは魔物ということなのだろう。

 投網のように広がる糸をかわしきれないと判断したのか。ナジェンダは爪で糸を防ぐ。糸は白い蜘蛛の口から切り離されていない。捉えたと思ったのだろう。蜘蛛が牙をかみ合わせ、キチキチと音を鳴らす。しかし、ナジェンダは爪を切断。飛び退る。ナジェンダは片手で糸を受け、残った手で爪を切ったのである。


「トドメだ」


 ナジェンダは爪を再び伸ばし、白い蜘蛛の脳天を突く。

 白い蜘蛛は文句を言いたげにナジェンダを見ていたが、やがて、力尽きた。

 俺も切ったばかりの爪が伸びたので驚かされた。爪の手入れ要らずだな。

 

「……あのね、時間かけ過ぎ。ボクは早く先に進みたいんだよ。ドタバタするだけで全然、ダメージ与えられてないし。こんなことならボクが倒すんだったよ」


 戻ってくるナジェンダにテンカが減らず口を叩く。

 面白くないのは《獣王の花冠》だ。代表してナジェンダが言い返す。


「アタシ達は精一杯やった」

「そんなの見てたんだから知ってる。《獣王の花冠》ね。仲間と仲良し小好しでやって来たんだろうけど、リーダーがそんなだとそのうちポックリ死ぬよ。魔法が得意なエルフでも仲間にしたら? 魔法使いがいればキミ達のドタバタにも意味が出たはずだよ」

「……そういうテンカの仲間もヒューマンだけだろ」

「種族批判だと思ってるの? 耳が悪いの? それとも頭? ボクが言ってるのは多様性。前衛、中衛、後衛。ボクのパーティーは揃ってる。特化って言えば聞こえはいいけど、尖った物ほどは簡単に折れたりするんだよ。セリアンスロープに魔法使いのクラスがないんだから、他の種族から引っ張ってくるしかないでしょ」

「……すまない。忠告だったのか」

「いいよ。誤解されるのには慣れてる」

 

 いやいや、誤解じゃないと思うんだけどな。面の皮が厚いっていうのはこういうことか。

 《ドラゴンホーン》は荒事は回避できたとホッと胸を撫で下ろしていた。《獣王の花冠》が一戦交えるのも辞さない、一種即発の雰囲気を醸し出していたのだ。

 しかし、不満は完全に鎮静化していないと見たか。ロイが助け船を出す。


「ウチのリーダーは口が悪くてな。許してくれ。これでアドバイスをしてるつもりなんだから嫌になる。だが、テンカの言い分にも一理ある。それだけは理解しておいてくれ。かわしながら攻撃するのと、かわすだけ。どちらが簡単かは言うまでもない。魔法使いが居れば無理に攻撃しなくてもよくなる。より安全に狩れるようになるだろう。時間をかけた分だけ新たな魔物が現れる可能性が上がる。一気に片付けるに越したことはない。テンカが言いたかったのはそういうことだ。と、メリットだけ上げたが、デメリットも勿論ある。魔法使いは《魔力》が切れると足手纏いになる。よく考えて決断してくれ」

「……考えておく」

「それで変異体はどうだった?」


 話がまとまったところでロイは話題を変えた。

 ナジェンダは仲間に目配せする。話せ、ということだろう。


「見掛け倒し」

「歯応えがなかった」

「ザコだな」


 と、《獣王の花冠》は口では勇ましいことを言うが、骨が喉に刺さったような顔をしている。ナジェンダも首を捻りながら言う。


「あー、弱かった。それは本当だ。でも、何か妙だった。死にかけだったんじゃないのか」

「くくく、死にかけか。どう思う、オウリ?」

「……空腹で行き倒れていた、に一票」


 俺の返答にロイは笑みを深める。

 気付かれている。俺が殺気を当て過ぎ、弱らせてしまったことに。全員揃うまで待っててくれないかと言い、分かったと頷いてくれる魔物はいない。変異体に殺気を当てて動きを封じていたのだが……殺気だけで死にかけるとは思わなかったのだ。

 それに気づいている人は少ない。

 しかし、仲間は当然気付いており、


「呆れたぞ。実力を確認したいと言った当人が舞台を壊したんだからな」

「これなら妾が仕留めても変わらなかったな」

「兄さんは自重を知らないなあ」


 すいません。

 俺の呟きは誰にも届かず、消えた。

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