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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第15話 ショートカット

 インベントリから大理石の如き杖を取り出す。白亜の艶を放つこの杖は、竜牙杖フェルニゲシュ。風属性の竜の牙を鍛えし杖である。これから行うことを思えば、フェルニゲシュは相応しくない。風魔法への補正が異常に高い反面、《知力》への補正は大したことがないのだ。だが、使い慣れているからか、一番しっくりくるのである。手に馴染むと言っても、杖で殴るわけではなし、単なる気分の問題なのだが。

 

「出発しないのか。急ぐんだろう?」


 ナジェンダの全身が早く行こうぜ、と言っていた。早く変異体と戦いたいのだろう。ラウニレーヤが変異体と遭遇したのは四十階付近。今日あたり変異体にまみえる可能性が高い。気が逸りつつも俺の号令を待つあたり、野良猫に懐かれたような感慨を覚えた。


「試したいことがあるって言っただろ」

「ん? やるなら早くしてくれ。何をするか知らないが」

「ナジェンダに同感。ふぁ。眠い。時間かかるなら、ボク寝てていい?」

「テンカ様、今、テントの用意を致します」

「あ~、今度はどんな魔法を見せてくれるのかな。きっと私じゃ真似できないような凄い魔法なんだろうね」

「くくく、落ち着け、ヘルゲ。オウリのお手並み拝見といこうじゃないか」


 ……自由過ぎじゃねぇか、《ドラゴンホーン》は。

 一応、昨日はSランクパーティーの筆頭として、討伐隊を導こうという意識があったらしい。俺がリーダーに収まった途端、他人事のような態度が多くなった。難癖付けられるよりはマシ。そう諦めるしかないのだろうか。元々、期待していないテンカは兎も角、煙草をふかすロイにはイラッとくる。


「シュシュ、頼む」


 うむ、とシュシュは頷くと詠唱を始める。


「威光は地を遍く照らし、我は天に祈りを捧ぐ。彼の者に祝福を与えたまえ」


 俺の身体が光に包まれ、力が溢れてくる。神聖魔法、第八階梯《ブレッシング》だ。対象のステータスを一時的に上げる。近接戦闘では歯車を狂わしかねないが、これから行うのは魔法をぶっ放すだけの作業である。バフは有用だ。

 

「ふふん、どうだ?」

「ああ、いいな」

  

 胸を張るシュシュの頭を撫でる。

 ステータスが一割増しになっていた。たかが一割、されども一割。

 もっと撫でろ、と目で訴えるシュシュを無視し、俺はフェルニゲシュを両手で握る。


「死脈の如き顎門。知恵持たり、等し並みなり――」


 詠唱しながら脳裏に過るのは白い光の柱だ。岩盤をぶち破ったヤーズヴァルのブレス。


「――我は鱗を持たぬ竜。灼熱の息吹を写さん」


 杖先から赤い閃光が走り、地面に突き刺さる。大地を穿ったブレスと遜色のない輝きだ。こんな輝きを放つ《ドラグレイ》は初めてかも知れない。基本的に《知力》に補正のある装備をしないからだ。うん、いいな。魔法使いっぽい。

 自画自賛していると、閃光が収まった。


「上手くいったな」


 地面に穴が開いていた。

 竜のブレスを模した魔法は、あの時の結果も再現した。


「熱っ、熱ぅ! いきなり何してんの!」

「ケホッ、ケホッ。砂埃が酷いな」


 テンカとロイが文句を言う。

 

「目ぇ覚めたか」


 俺が笑いながら言うと、テンカのこめかみがピク、と動く。俺が敢えて警告しなかったことに気付いたのだろう。だが、その程度の不満は飲み込んで欲しいものだ。採掘距離を短くするため、ほぼ垂直に《ドラグレイ》を放った。俺の方が熱かった。


「おい、俺は? 目は覚めていたぞ」

「ロイはお手並み拝見って言ってただろ。折角なんで特等席で見てもらった」

「そう切り返してくるか。くくく、俺の分が悪いか」

「ま、なんにせよ。ホッとしてる。嫌がらせで終わらなくて」


 正直、ショートカット作りより、嫌がらせの気持ちの方が強かった。


「……こんなことができるなら、なんで昨日のうちにやらない」


 態度が悪い自覚はあったのか。テンカが遠回しな苦情を言った。

 

「上手くいく確証がなかった。失敗したら恥ずかしいだろ」

「……ふん、白々しいね」

「お前もな」


 文句を言いたいだけのテンカに言われたくない。

 成功するかは五分五分だと思っていた。迷宮は破壊できないはずだからだ。エンドレットは迷宮を削り、居住空間を拡張していた。あれを前例と看做せば成功する可能性はあった。しかし、エンドレットは厳密な迷宮なのか怪しい。魔物がポップしないのだ。転移門が地上にあったと言うことは、少なくとも昔は迷宮だったはずなのだが。


「……な、なんだこれ……」


 ナジェンダの猫耳がぺたん、と垂れていた。

 見れば《獣王の花冠》は似たような反応だった。

 

「見ての通り穴だな」


 バッとナジェンダが振り向く。


「どうしたらこんなことできるんだよ!?」

「魔法で?」


 ナジェンダの剣幕に押され、端的に答えてしまったが、不思議を起こすのが魔法である。

 なかなか諧謔に満ちた返答だったな、と面白がっていると胸倉を掴まれた。

 

「なに笑ってる! 嘘ついたのか!」

「俺が魔法を撃つのを見てたじゃねぇか」

「……そうだった」


 ナジェンダが呆然としていると、セティが俺達の間に割って入る。てっきりナジェンダに威嚇するかと思いきや、セティは顔を伏せて何も言おうとしない。おや、と思う。セティの耳が赤い。恥ずかしいのか。ははは。微笑ましい、可愛い嫉妬だな。

 昔のセティはよくこうして耳を赤くさせていたものだ。

 俺達と一緒に生活するようになり、昔の彼女が戻ってきているのか。

 

「むぅ、妾も!」


 シュシュの動きを擬音で表すなら、タタタ、シュッ、シュタ、である。邪魔になってはいけないと離れていたが、虎視眈々と肩に乗る隙を伺っていたらしい。

 

「オウリ……お前、凄い魔法使いだったんだな!」


 ナジェンダは興奮していた。

 だが、俺は今回、奇を衒ったことはしていない。例えば《マッドプール》で地面を泥濘にし、その上で《ドラグレイ》で穴を開けたなら、工夫したぜと胸を張ることもできる。しかし、ステータスの高さでごり押ししただけ。褒められると微妙な気分になってしまう。

 いや、嬉しいのは嬉しいんだけどさ。


「宙に浮いて見せただろ」

「……あれか。よく分からなかった」


 ヘルゲを窺いながら小声でナジェンダが言う。そのヘルゲは凄い、凄いと飛び跳ねている。魔法のこととなると熱くなる人だ。


「降りてきても平気だぞ」


 アリシアの声が穴からした。

 先に階下へ降り、安全を確保していてくれたらしい。

 セティを引っ付けたまま俺は穴に飛び込む。暗い。光苔が生えていないのだ。本道から外れた場所なのか。アリシアはランタンを付けていた。

 しゃがみ込み、地面に手を当てる。暖かい。ここに《ドラグレイ》が当たったのだろう。気を付けないと見逃してしまう程度の窪みしかない。岩盤を複数ぶち抜くのは虫のいい話だったらしい。

 だが、ショートカットできると実証されたのだ。

 魔力回復薬を飲みつつ、繰り返せばいいだけか。

 と、その前に。

 《風王領土》で周囲を探知する。

 

「……変異体はいないか」


 変異体が通った形跡もない。ロイが言うには変異種と通常の魔物は共生できない。出会えば戦いになる。勝つのは変異種のはずだ。変異種の琴線に触れない限り、魔物のドロップはそのまま。ドロップアイテムが残されていれば、変異種が通ったと推測できるのだ。

 ソシエの奈落は迷路のような作りだ。変異体を虱潰しにするのは不可能だ。

 多少、行き違いになってしまうのは避けられない。

 エンドレットへ辿り着く、変異体もいるかも知れない。

 一匹や二匹ならラウニレーヤが排除するだろう。

 だが、群れで襲われては危険だ。

 ショートカットできるのは変異体の群れを見つけるまでだろうな。

 そう考えながら次の穴を開けるべくフェルニゲシュを構えた。

次回更新は1/12(火)8:00です。

11は祝日なのでお休みします。

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