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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第14話 会議

 迷宮の一日目が終了した。

 地下二十階へ到達した。想定以上に進捗は悪い。無人の野を行くが如しでも、警戒を怠るわけにもいかず、速度が出せなかったのだ。変異体の群れは最深部にいるらしいが、変異体発見から丸一日経過している。どこまで階を移動しているか分からない。また、何より緩い団体行動が鎖となり、最低速度に合わせざるを得ない実情があった。

 ここは転移門のある部屋である。

 手前の部屋にはボスがいた。が、テンカの矢で一撃だった。低階層のボスなんてそんなものだ。

 

「状況は芳しくない」


 ロイが重苦しい口調で言った。だが、返ってきたのは「何を大げさな」と言いたげな、胡乱な目だった。ロイは何か言いかけ、苦い顔で口を閉ざす。

 会議である。

 参加者は各パーティーの代表者。《ドラゴンホーン》からはテンカとロイ。《獣王の花冠》からはナジェンダ。そして、《ネームレス》は全員参加である。俺とアリシアだけで良かったのだが、セティとシュシュが離れたがらなかった。彼女達はモンスターハウスで実力を見せている。参加に関しては何も言われなかった。ただ、シュシュは俺の肩の上、セティは俺の膝の上におり、「……何やってんだ?」という目で見られたが。

 参加していない人達は野営の準備をしている。

 テンカが髪の毛を弄びながら言う。


「まァ、攻略は早いとは言えない。でも、遅いかっていうとねぇ?」

「……時間は変異体に味方するぞ」

「ああ、変異体が増えるって話? それ、本当のことだと思う? 迷宮の閉鎖は鋼国にとって大打撃だ。冒険者で成り立ってる国……町だし?  迷宮の閉鎖が長引けば冒険者は鋼国を出ていくだろうね。早く解決させたいからそういったんじゃないの?」

「姫が倒した変異体は死骸を残したと言う。尋常な迷宮の魔物でないのは明らかだ」

「だ~か~ら~、そこだよ、ロイ。そこが胡散臭い、って言ってるの。迷宮の魔物は死骸を残さない。死骸が残ったっていうんなら、フツーの魔物と一緒で繁殖するんだろう。時間をかければその分、変異体は増えるんだろうね。でもさ、迷宮にフツーの魔物がいるってあり得る? どこから入り込んだっていうの? 入口は地上にしかないっていうのに。何かあったら町は大騒ぎになってる。平和そのものだったよ。仮に魔物の侵入を許していて、冒険者ギルドがそれを隠しているとする。それなら変異体は低い階層にいるはずだし、最深部にいたって話と矛盾する」

「……迷宮の魔物が突如、変異したとも考えられる」

「ロイ。ギルドの言い分が間違ってたことなんて今まで何度もあったよ。なのに今回はギルドの言い分を鵜呑みにしてる。何焦ってるのさ?」

「俺は最悪を想定しているだけだ」

「キミの想定する最悪と、ボクの想定する最悪。違うみたいだね。ボクは冒険者ギルドがボクらをハメるために、依頼を仕立てたんじゃないかって疑ってる」

「ギルドが俺達をハメてなんの得がある?」

「さぁ? ヒューマンが憎いんじゃないの」

「そこは雑だな」

「ボクはこんな依頼どうでもいいし。ソシエの奈落に用があっただけ。でも、ボクのワガママにパーティーを巻き込む気はない。迷宮の魔物が突然、変異した? なにそれ。聞いたことがない。誰かがパッチでも当てたの? 運営はもういないんだよ?」

「…………」


 ……テンカを見くびってたな。ちゃんとリーダーをしてる。

 《ネームレス》を集め、こそこそと話をする。二名はスタンバイ済みなので、アリシアが近寄って来ただけだが。

 

「テンカの話をどう思う?」

「う~ん。白いのがいるって信じてないって話でしょ。兄さんが蜘蛛倒した話をしてあげればいいんじゃないの?」

「ああ、それは後でいうつもり。知りたいのは一般常識として、テンカの話に信憑性があるかどうか。ご存知の通り俺は常識に疎いところがあるんでね」

「……私は迷宮には詳しくないが、テンカの意見が正しいと思う。だが……」


 歯切れの悪いアリシア。彼女の言葉を引き取ったのはシュシュだ。


「だが、オウリがいるからのう」

「……俺がいるからなんだよ」

「やれやれ、もう忘れたか。神国で誰が出てきたのか」

「……ああ」


 久我巌。七大神である。七大神の顕現は滅多にあることではない。

 あれを経験したら何が異常か、判断もつかなくなるか。

 だが、そうだな。

 この世界には運営はいないが七大神はいる。

 七大神であれば異変を起こせるだろう。

 俺は計画を潰したと言うことで、闘争の神ノェンデッドに怨まれている。

 ノェンデッドが迷宮に手を入れた可能性もなくはないか。


「いや、ノェンデッドは関与しておらぬだろう」


 小声でシュシュが言った。


「……俺の考えを読んだのか」

「妾もその可能性を検討しておったからな。オウリを狙ったとすれば確実性に欠ける。討伐隊に参加しないと言う選択肢があったのだからな。無論、鋼国を巻き込んだ策略という可能性は残る。だが、そうするとエンドレットが消滅していないのが奇妙よ」

「……一日にして故郷を滅ぼされたシュシュが言うと説得力があるな」


 シュシュは寂しげに微笑むと、話を戻すぞ、と言った。


「迷宮の常識において、変異体はあり得ん」

「信じられないのが普通か」

「七大神と(ゆかり)のある者でなければな」

 

 すると、冒険者ギルドとしても半信半疑だったのだろう。ラウニレーヤからの報告でなければ、一笑に付されていたに違いない。

 アリシアに水を向けると実際、そういう状態だったと言う。

 自分が信じていないことを相手に信じさせられるはずがない。

 やはり、ロイの態度は妙だ。

 変異体はいると信じて疑っていないように映る。

 揺さぶってみるか。


「ロイは義理堅いんだな」


 俺が言うとロイは怪訝そうな顔になる。

 

「ラウニレーヤと約束したんだろ? 事態の収束に協力するってさ」

「なんのことだ?」


 まだ惚けるか、と思いつつ、俺は切り込む。


「ラウニレーヤが変異体を討伐した現場には宰相ともう一人いた。口髭を生やした冒険者だそうだ。なあ、ロイ。さっきから口元を撫でてるが、なくなった髭が恋しいのか?」

「…………」


 無意識の癖だったのだろう。指摘するとロイの手が止まる。

 確定だな。

 メリオは協力すると言いながら逃げたと怒っていたが、約束通り討伐隊に参加していたのである。髭を剃り落とし、一介の冒険者として。ロイが髭の冒険者なのではと疑ったのは、変異体の実在を信じさせようとしていたからだ。疑念が生まれたら、芋づる式に思い出した。テンカがロイに髭を剃ったのか、と言ったことを。あの時、酔っぱらっていなかったら、とっくに思い出していただろう。俺が変異体と戦ったことを言わないのは、ロイに口を割らせるためだ。変異体を信じさせたければ、ロイ()白状するしかない。


「……ロイ、説明しろ。キミは数日、別行動していた。その間、何をしていた? 髭を剃ったこと以外をだ」


 テンカが目を吊り上げ、言う。

 観念したのか。ロイが髪を掻く。


「……変異体はいる。俺が言えるのはそれだけだ」

「ボクを馬鹿にしてるの? 納得できるはずないだろ」

「お前のためだ、テンカ」

「キミは強い。ボクとヨミ、二人がかりでも勝てない。そのキミが逃げ帰ってきたんだ。情報を寄越せ。命に係わる。ボクはこんなところで仲間を失う気はない。キミもだ」


 《ドラゴンホーン》の面々は、誇らしげにテンカを見ていた。ヨミに至っては「……テンカ様」と感涙にむせび泣いている。ロイはふっ、と唇の端を持ち上げた。


「……洟垂れ小僧が立派になった」

「小僧っていうな……最深部まで行ってきたんだろ。どうだった?」


 何を恐れているのか。テンカの声が震える。


「自分の目で確かめるのだな、テンカ」

「……キミが黙ってた時点で……いや、自分の目で確かめる」

「それがいい」


 話が終わった雰囲気が流れる。

 だが、通じ合っているのは二人だけで後は蚊帳の外だ。《ドラゴンホーン》のメンバーさえ、よく分かっていない様子である。当然、納得できない人は出てくる。

 ナジェンダだ。


「変異体と戦ったことをなんで言わなかった」

「俺が迷宮に入ったことをテンカに知られたくなかった」

「へー、悪巧みしてたのか。ヒューマンは得意だからな」

「テンカの個人的な事情だ。変異体の一件とは無関係だ」

「嘘吐きの言うことは信じない」

「俺がいつ嘘を吐いた?」

「……だ、黙ってた!」

「ふむ、テンカに責められるなら分かる。俺は《ドラゴンホーン》の一員だからな。だが、ナジェンダ。なぜ、他のパーティーに責められないといけない?」

「……ひ、開き直るな!」

「俺を信用できるようになったのは、俺が実力を示したからだろう? 俺は徒労が嫌いでな。二度も三度も同じことを言いたくない。言うタイミングを窺っていたに過ぎん」

「……そ、そうか。それなら……許してやる」


 あ~あ、綺麗に丸め込まれたな、ナジェンダ。

 俺がロイを問い詰めた時、一度は白を切ったのである。タイミングを窺っていたと言うのは詭弁だ。ただ、それを問い詰めたとしても時間の無駄だろう。何を言おうとしていたのか。ロイはそれを明言していない。のらりくらりとかわされるはずだ。

 取り敢えず、ロイは口を割ったし、俺もあれを言うか。

 

「実を言うと俺達も変異体を見たことがある」

「ハッ。プレイヤーは隠し事が好きだね。で、今、暴露した理由はなんなのさ?」

「人のこといえねぇだろ、テンカ」

「ボクも含めて隠し事が多いっていったつもりだけどね」

「そうかよ。俺のは隠し事じゃないけどな。テンカが変異体の実在を疑ってるなんて、考えもしなかったってのが正直なトコでね。全員、変異体の実在を前提に行動していると思ってた。だから、言う必要があるとは思ってなかったんだよ」

「そ。どこで変異体を見たの? ボクは見てないんだけどな」

「迷宮に入ってからじゃない。王族の屋敷に招待されて。そこでだ」

「馬鹿なッ!?」


 突如叫んだロイに視線が集中する。ロイは咳払いをして言う。


「……そんな話、俺は聞いてないぞ。テンカは聞いていたのか」

「ボクが知るはずないだろ。全部、ロイに任せてたんだから。昨日の夜、ギルドの人間が宿屋に来たのは? あれが今の話じゃなかったワケ?」

「変異体は地上の魔物と同じ生態の可能性が高いと言う話だった」

「ナジェンダは……聞いてなさそうだね。それ、本当なの、オウリ」

「ああ。メリオ。宰相は冒険者ギルドに報告したらしいが」


 それを聞いたテンカは吐き捨てるように言う。


「これだから冒険者ギルドは信用ならない。都合のいいこと言うクセに、都合が悪くなるとすぐ隠す。町に変異体が現れたとなれば、間違いなくパニックになる。知ってる人は少ない方がいいって考えたんだろうね。ボク達には教えとかなきゃいけないのに」


 悪意があったとは限らないんじゃないのか、とナジェンダが言う。


「変異体が迷宮から出てきたなら、大騒ぎになってなきゃおかしい。でも、なってない。宰相の言うことを信じられなかったから、アタシ達に言わなかっただけじゃないのか」

「そういう甘い考えは身を滅ぼすよ。特に王国ではね」


 テンカの発言には酸いも甘いも噛み分けた者にしか出せない重みがあった。

 

「どうも一旦、情報を共有した方がよさそうだな」


 伝言ゲームで情報が正しく伝わっていない。俺は変異体について知る限りの情報を話す。

 話し終えるとテンカは難しい顔になった。


「衣服に卵が付着していて、それが屋敷で孵ったか。矛盾はないね。少なくともボクもこれ以上、説得力のある説明は思いつかない。なるほど、それなら地上の魔物と生態が一緒だって裏付けになるかも知れない。変異体は最深部にいるっていうのに、続報が飛び込んで来たんだから、おかしいと思うべきだったかもね」

「なんにせよ、変異体はいる。それは確実だ。最悪を想定しておくべきだろう」

「オウリは変異体と戦ったんでしょ。変異体は強いの?」

「そこなんだよな。イマイチ分からん。と、言うのもだ。戦ったのは鉱石喰らいの変異体。それの幼生でね。成体がどの程度強いのか、知ってるのはロイだけだ」

「ロイか……」


 テンカは転移門を見る。ロイは話の途中で中座して、「少し一人で考えたい」と、転移門の裏側へ消えた。転移門は石造りの巨大な門だ。裏側に行かれると姿が見えない。

 ロイが戻ってきた。疲れた顔だった。

 

「ボク達は変異体に勝てるの?」


 テンカが問うと、ロイは俺達の顔を見回す。


「この面子ならば問題あるまい。俺が撤退したのも回復薬が切れたからだからな。難易度は《世界槍ホルン》と《神の階》の中間といったところか」

「……それ、全然安心できないぜ。《世界槍ホルン》って」


 俺は思わず言っていた。

 全盛期のプレイヤーがレイドパーティーで挑み、全滅することもある難易度の迷宮なのだ。


「《神の階》よりやや上、といったところだ。《世界槍ホルン》と比べると数段落ちる」


 《神の階》か。シュシュが踏破した経験があるはずだ。話を聞こうと見上げ……おい、寝てるじゃねぇか。《ウィンドウ》を開き、時間を確認すれば十二時。おねむになるはずだな。迷宮内部は薄暗く、時間の感覚が狂う。しかし、そこでよく寝れるな……

 まぁ、いいか。

 《神の階》はシュシュが単独で踏破できた。新たな輪廻の神を迎えるための試練の迷宮だ。ソロ向けだったらしい。レベル200が複数人いれば余裕の難易度だろう。

 そう考えるとロイの判断も納得だ。

 後はロイが信じられるかどうかだが……変異体に関しては信用していいだろう。

 髭の冒険者だと尻尾を出したのも、熱心に変異体の危険を説いたからである。

 迷宮に入ったとバレるより、変異体の討伐を重要視していた。

 仲間を危険に晒せないと熱弁を振るったテンカも、ロイが黙って迷宮に入った事情は問い詰めなかった。本当にテンカの個人的な事情なのだろう。推測つくが。テンカは願いの泉を使いたい様子だ。願いの泉が機能しているのか、ロイは確かめに行ったのだろう。だが、機能していなかったため、言うことができなかったのだ。

 

「認識の共有はできた。後は時間との勝負だな」

「そう、それが問題だ。よく理解しているな」


 ロイは頷くと煙草に火を点けた。仕事は終わったと言わんばかりだ。

 睨み付けるが、ロイは美味そうに紫煙を吐き出すだけ。この野郎。


「で、どうするんだ、オウリ」


 そういうナジェンダには嫌悪の色はもうない。鮮やかな掌の返しだ。これだから脳筋は。

 迷宮に入る前、顔合わせはしたが、会議はしなかった。悲しいかな、船頭多くして船山登るで、話し合いにならなかったのだ。では、なぜ、今会議をしているかと言えば、討伐隊のリーダーが決まったからに他ならない。俺だ。俺がリーダーになった。

 モンスターハウスで啖呵を切ったのが感銘を与えたらしい。

 ……こんな大人数を率いた経験はないんだけどな。ま、任せられた以上は最善を尽くすさ。

 

「試したいことがある」

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