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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第13話 ドロップアイテム

「……七大神の恩寵か」


 青い石を拾い上げる。そういう名のアイテムなのだ。

 シュシュは興味深げに俺の手の中の石を眺めていた。


「大層な名が付いておるのう。価値のある石なのか?」

「確か70階か、80階に……ああ、転移門があったから、80階か。80階に願いの泉って場所があってね。そこにこの石を入れると願いが叶う……と言われている」

「石を入れるだけで? ふん、お手軽過ぎる。迷信だろう?」

「一つや二つじゃダメだ。かなりの量が要る」

「……本当に願いが叶うのか?」

「そのはずだな。ただ、願いは限定的だぜ」

「して、その願いとは?」

「外見を望む姿に変えられる。ただ、さっきも言ったが――」


 俺が言い終えるより早く、地を這う獣が二匹生まれた。


「セティ! それは妾が見付けたのだぞ!」

「早い者勝ちだよ!」

「ああ! また! 《瞬動》まで使って! 大人げないぞ!」

「大人だからだよ! シュシュは成長するでしょ!」

「そっ、それはそうだが……ああ、妾の胸を取るな!」

「取れないよ! ないもん!」

「妾はこの石で胸を大きくするのだ!」


 赤裸々に罵り合う二人に、俺は顔を手で覆う。


「……人の話を最後まで聞けよ」


 願いの泉を使うには、七大神の恩寵が百個必要だ。しかし、七大神の恩寵はレアアイテムで、百個も集めるのには時間がかかる。大量のチェスアントを倒したが、七大神の恩寵は十個もないだろう。80階に到達するまでに百個集まるとは思えなかった。第一、願いの泉が機能しているかも怪しい。転移門のように使えなくなっている可能性がある。


「……後でぬか喜びさせたって怒られなきゃいいが」


 ソシエの奈落は初心者の育成のために導入された迷宮だ。

 そして、願いの泉もある意味では初心者のために用意されたギミックである。

 モチベーションを保つのは、強くなっていると言う実感だ。

 それを得るには二つの要素がある。レベルと装備だ。

 しかし、当時の初心者はこのうち装備を整える楽しみを奪われていた。

 初心者が一日がかりで稼いだ金も、トッププレイヤーは数分で稼ぐ。市場の価格はトッププレイヤーの懐具合に合わせられる。初心者の稼ぐはした金では大した物は買えなかった。見かねたプレイヤーが安価で装備を売ることもあったが、それはそれで施されているようで面白くなかったようである。初心者が自力で大金を獲得する方法が必要だった。

 そこで運営が考え出したのが願いの泉だ。

 願いの泉を起動させるための七大神の恩寵は、ソシエの奈落の魔物が等しくドロップする。ドロップ率は魔物の強さで変わらない。稼げる七大神の恩寵は初心者でもトッププレイヤーでも大差ない。トッププレイヤーは長く《XFO》をプレイしており、自身の仮想体(アバター)に飽きていた。トッププレイヤーはこぞって初心者から七大神の恩寵を買い求めた。トッププレイヤーはアバターを変更でき、初心者は大金を得ることができた。


「よう。物好きだよな。お前んトコのお嬢さん方も」


 肩を叩かれた。振り向くと少年の笑顔があった。《ドラゴンホーン》の狂戦士だ。小柄な体格でぶんぶん斧を振り回していた。

 

「物好きって言うのは?」

「なんだ、知らないのか。クズアイテムなんだよ。まぁ、見てな」



 狂戦士は俺の手から七大神の恩寵を取ると、徐に砕いた。


「かすり傷を直すのがせいぜいだぜ」


 光に包まれた狂戦士が、ほれ、と手を見せる。傷が治って行く。七大神の恩寵は砕くことで、《ヒール》が発動する。だが、緊急時に七大神の恩寵を使っても、より効果の高い《ヒール》系で上書きされるだろう。クズアイテムだという彼の言い分は正しい。

 やはり、願いの泉は機能を停止しているらしい。

 七大神の恩寵は回復薬代わりとしか考えられていない。

 ……はぁ。憂鬱だな。絶対、セティとシュシュに怒られる。

 

「情報の礼だ。取っときな」


 俺は手の中の物を狂戦士に渡す。


「こんなんで礼は……は? 矢?」

 

 狂戦士は矢と俺を交互に見る。


「向こうから飛んできた」


 俺は指でテンカを示す。テンカは矢を放った態勢で、顔を真っ赤にさせていた。

 

「何勝手に使ってるの!? 勿体ない!」

「はぁ!? 何キレてんだよ!? てか、文句があるなら口で言えよ! オウリが助けてくれなかったら、矢が刺さってたじゃねぇか!」

「五月蠅い! 黙れ! 黙って石を探せ! リーダー命令だ!」

「ハッ。ヨミと仲良く探してな! 俺の相手してる暇あるのかよ!」


 テンカは舌打ちして、捜索を再開する。ライバルの存在を思い出したのだろう。セティは魔法の鞄に、シュシュは影に、手あたり次第、石を突っ込んでいる。チェスアントは大量の魔石をドロップしていた。七大神の恩寵と魔石は形状が似ている。とりあえず、ドロップアイテムの回収を優先し、後で判別するつもりなのだろう。

 まだまだ時間はかかりそうだった。


「よく分からないパーティーだよな、《ドラゴンホーン》は。なんだかんだ言いながら、テンカの指示に従ってるし」

「あー、ケンカはしょっちゅうだが、仲が悪いワケじゃないんだぜ。《ドラゴンホーン》は溢れ者の集まりでさ。一癖ある連中が揃ってるんだよ。なんつーのかな、仲間っていうより、群れ。そんな感じで」

「なんでテンカがリーダーなんだ」

「それな。よく言われる。あれで面倒見いいんだぜ、テンカ。すっげぇ分かりづらいけど」

「居丈高なトコしか見たことないけどな」

「命令口調だからなァ。まー、そう見えるか。でも、俺、石拾ってないけど、何も言われてないだろ。口調は物凄く偉そうだけど、本当のトコはお願いなんだよ」

「矢、射られただろ」

「そりゃ、俺が石を壊したからだ。テンカにとっちゃ、大事な石だったみたいだな。後はヨミか。あいつが大体、ややこしくする。ヨミは骨の髄までテンカの奴隷なんだよ。奴隷らしい扱いしてやらんと、どうしたらいいのか分からなくなるらしい。で、それを見た人はヨミはなんて可哀想なんだ、テンカは酷い主人だっていうワケだ。逆なんだけどな」

「ヨミね。忠犬かと思ったら、とんだ狂犬じゃねぇか」


 自分の名が出たからか。ヨミがこちらを見ていた。殺気の籠った視線で。テンカが手出しを禁止していなかったら、間違いなく襲い掛かられていただろう。


「ヨミを殴るのも躾の一環か?」


 ゴルドバの鍛冶場での一件を思い出しながら言う。

 狂戦士があちゃ、という顔になった。


「……何かテンカが命令をして、ヨミが逆らったんだろ?」

「見ていたようにいうな。よくあることなのか?」

「俺達ははいはい、って流せるんだけどな。ヨミはテンカの奴隷で、隷属の首輪が嵌ってる。命令に逆らうとすげぇ激痛が走るらしい。そこで今のなしって言えりゃいいんだが、言えないのがテンカって野郎なんだよ。だから、いつも殴って命令を解除してる」

「……難儀なことで」


 言われてみれば命令を渋るヨミに対し、テンカは苛立ちよりも焦りが勝っていた。かつて、隷属の首輪はシュシュを気絶させた。挨拶と言わんばかりに俺を刺したあの時だ。魔王も昏倒させる痛みに耐えつつ、苦言を呈していたのだと思うと、ヨミの忠誠心の深さに驚愕を覚えた。


「……テンカはなんのために七大神の恩寵を集めてるんだろうな」


 願いの泉が使えないと分かっているはずだ。

 独り言だったのだが狂戦士に「七大神の恩寵?」と聞き返された。


「さっき、お前が使った石だよ」

「ああ、あれ。何に使うんだろうな。テンカは教えてくれなくて。町でも買い集めてたんだが、足りないって愚痴ってた。あいつ、常にグチグチいってるから、どこまでマジか分からねぇんだよな。本当に大事だっていってくれれば、俺だって壊さなかったのにさ……」

「……キングを倒すなって命令はそういうことか」


 テンカはエンドレットで七大神の恩寵を百個集めることができなかったのだろう。七大神の恩寵は品質の悪い回復薬と同じ扱いだ。価値がないからこそ、安価で手に入るが、逆に誰も持ち帰らない。そこで魔物からのドロップで不足分を補おうとしていたのだ。


「お。あった。って、違げぇ」


 俺が考え事をしている間に狂戦士は七大神の恩寵を探し始めていた。結局、探すのを手伝うらしい。一つ、壊してしまった罪滅ぼしだろう。

 

「そういえば宝箱には何が入ってたんだ?」


 俺が訊ねると狂戦士は顔も上げず、さぁ、と言った。


「なんかグダグダになったからな。誰も中見てないんじゃねぇか」


 それなら、と俺は宝箱を見に行く。果たして中身は入っていた。

 

「……また、タイムリーな」


 七大神の恩寵だった。しかも、五つもである。

 これだけあればテンカの機嫌も直るか。狂戦士に渡してやろうと俺は歩き出した。

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