第11話 宝箱
「お、宝箱があるな」
「あるの? 宝箱」
俺の呟きをテンカが耳聡く拾う。あ、はい、とヨミが地図を取り出す。
「ありますね。この先に」
そう言ってヨミは本道から逸れる道を指差した。
「いいね。行こう」
「本当に宝箱があるかは分かりませんが?」
「ボクらしかいないのに誰が取ったっていうのさ」
基本的に宝箱はランダムで配置されるが、中には固定で出現する場所もある。前者をランダム宝箱、後者を固定宝箱と呼ぶ。鋼国はソシエの奈落を何百年と管理してきた。固定宝箱の場所は余すことなく地図に記されている。宝箱は一度開けられても、時間で再出現するのだ。普段であれば争奪戦となるところだが、テンカの言う通り迷宮は封鎖されている。宝箱が手つかずで残っている可能性は高かった。
というか、実際にあるしな。固定宝箱だったのか。
俺は地図を見て言ったのではなく、《風王領土》で探知したのである。
地図は数えるのも億劫になる枚数があり、パラパラ捲ってインベントリに仕舞ってある。ソシエの奈落は本道を進んでいければ、階段に辿り着けるようになっている。左右の壁に光苔が植えられているのが本道で、片方しか植えられていないのが枝道である。
枝道に逸れなければ地図は不要なのだ。
「ボクらは宝箱を取ってくる」
テンカの発言にナジェンダが顔をしかめる。
「……自分達だけで行く気か?」
「むしろ、ゾロゾロ行く必要がある? 来ても分け前はあげないよ」
宝箱の所有権は開けた者にある。宝箱には罠が仕掛けられていることがあり、開けるのには魔物退治と同等のリスクを伴うからだ。だから、「分け前はあげない」発言もルールに則ったものなのだが……テンカが言うとケチ臭いだけに聞こえる。人柄か。
「……ギルドからは一緒に行動するように言われている」
「セリアンスロープがそんなこと言うんだ。意外。これ幸いと先に進むと思ってた」
ナジェンダには失礼かも知れないが、これは俺もテンカに同意である。
セリアンスロープは “俺より強いやつに会いに行く”を地で行く戦闘狂なのだ。ゲーム時代、ゼノス人の冒険者の大半が冒険を止めた。プレイヤーの強さを目の当たりにし、心が折れてしまったのである。だが、セリアンスロープだけは冒険を止めなかったと言えば、その脳筋ぶりが分かるだろう。
「……アタシはアンタ達を認めている」
ちら、とナジェンダが俺を見る。俺だけは例外と言いたいらしい。騙しているようで気が引けて、顔を逸らすとテンカと目が合った。テンカは興味深そうに俺を見ていた。
「ナメられてるみたいだけど言いたいことないの?」
「別に」
「それ、本心?」
「本心だよ」
「またまた意外だ。へぇ、本心なのか」
テンカが面白がると、ナジェンダが猫耳をピクピクさせる。
「それは臆病者だぞ、テンカ」
「馬鹿。オウリが手を出すまでもないってだけ。変異体が現れたら勝手に戦うでしょ」
「いいかい、テンカ。アタシだってね、弱いとは思ってない。弱いならギルドが同行させない。それなりにレベルは高いんだろう。レベルは。軟弱な姿勢が気に食わないんだよ」
「それなりっていうか、バグってるんだけどね」
「その男を叩きのめせばテンカの目は覚めるか」
「時間の無駄だよ。どうせカスりもしないさ」
会話を打ち切り、テンカは枝道に逸れる。着いて来るなら勝手にすれば、と背中が語っていた。ヨミが慌てた様子でテンカの前に出る。暗がりにヨミが溶け、気配が希薄になる。《闇潜み》のスキルである。狩人の《穏形》と同じく、気配を殺すスキルだ。明るさで効果が上下する。勿論、暗い方が効果は高い。やれやれ、リーダーは仕方がないな、と言うように、《ドラゴンホーン》が続く。
「行くよ」
ナジェンダの号令で《獣王の花冠》もテンカを追う。
俺達も行こうと歩き出すが、シュシュだけがついてこない。
「どうした、シュシュ?」
「……何か妙ではなかったか、テンカの会話」
「俺のレベルに突っ込んでこないのは不気味だと思ったが」
親父に勝利し、レベルキャップが解放された。だが、これは俺だけか……俺達だけだろう。レベルキャップが解放されたと言う話は聞いていない。五百年間、レベルは200でカンストだった。レベルキャップが解放されていたら、それが噂にならないはずがないのだ。
バグっているといっていたことから、テンカは俺を《鑑定》しているはず。
だが、テンカは何も言わなかった。
なぜだったのかと首をひねっていると、アリシアが当たり前のように言った。
「オウリが怖かったのだろう。貴族の秘密は危険に満ちている。貴族が秘匿するクラス外スキルの習得方法。それを知ろうとして殺された、という話を聞いたことがある。オウリは貴族ではないが、知らなければ分からない。聞けるか?」
「そりゃ、聞けないな」
俺は納得したが、シュシュは考え込んだままだ。
「シュシュは何が引っ掛かってるんだ?」
「むー、もやもやしててのう。考えがまとまらんのだ」
「取っ掛かりもないんじゃ、どうしようもねぇな。セティは?」
「兄さんさえよければ、私が猫耳さん躾けるよ」
「……セティはたまに過激になるよな。止めてくれ。俺の罪悪感がストップ高になる」
ナジェンダが俺に反感を抱いているのは、セティ達が下らない画策をしたからだ。それなのに態度がなっていない、とシメられるのでは可哀想過ぎる。
また、セティが微笑みながら言うのが怖いのだ。
俺がここでうん、と言えば……借りてきた猫のできあがりだ。
想像を振り払い、テンカ達を負う。
《風王領土》で把握していたが、だだっ広い部屋の中央にぽつねんと宝箱があった。
テンカは真剣な表情でピンを宝箱の鍵穴に差し込んでいる。難航しているようだが、誰も代わるとは言い出さない。《罠解除》のスキルを習得するのは狩人で、狩人はテンカしないないためだ。低階層の罠だ。レベルに物を言わせ、強引に開ける手もある。だが、それは最後の手段だろう。
罠の一種で転移がある。
最悪、一人で最深部に転移させられる。
慎重に慎重を重ねるくらいでちょうどいいのだ。
開錠を見守る人垣から離れ、煙草を吹かすロイに話しかける。
「難しい罠なのか?」
「久しぶりで勘が戻っていないのだろう」
「よくそれであんな自信満々だったな」
「問題ないと知っていても崖を跳ぶには勇気がいるさ」
開錠を待つ間、ロイが煙草を片手に語る。
王国の貴族にとって始祖は特別な存在だ。だが、始祖を戴く貴族は少ないと言う。始祖が家に寄り付かない理由は色々だ。生き神扱いされることに辟易したとか。始祖が現れると当主との間に不和を招くからとか。一番の理由は始祖の転生する先は、血族ではない家が多いためらしい。始祖はプレイヤーだ。強い力を持っている。生家は手放したがらない。また、始祖の側としても五百年が経ち、知らない顔ぶれが並ぶ自家より、生家に愛着を感じている。
その点、テンカ・ファナは待ちに待ったファナ家の始祖であった。
だが、テンカはある理由から始祖だと信じられず、腫れ物に触れるように飼い殺しにされていた。冒険者となったのも家から出るためだった。Sランクの冒険者を輩出すれば、ファナ家の威光を高められると考えたらしい。
そこからはテンカ少年の大冒険だった。奴隷のヨミを連れ、数々の依頼をこなし、ランクを上げていく。その過程で仲間もできた。狂戦士、神官、魔法使い、そしてロイである。
……暇だったので黙って聞いていたが、この話はどこに着地するというのか。
そう思っているとロイが苦笑しながら言った。
「つまり、テンカは今生では《罠解除》を使う機会はなかったと言うことだ」
「いや、つまり、って言われてもな。どう繋がってるのかイマイチだ。レベルを上げるなら、迷宮品は欲しいだろう?」
「転生するとスキルの熟練度が減る。デスペナのようなものだな。テンカの《罠解除》はレベル7だ。この階層の宝箱なら九分九厘失敗はない。だが、見方を変えれば失敗する確率が一厘もある。大した確率だろう?」
宝箱の罠は非常に致死性が高い。数をこなせば死ぬ確率も上がる。敬遠するのも当たり前か。一か八かで宝箱を開けても、望みのアイテムが手に入ることはまずない。レベルが上がり、罠に引っかかっても死ぬことはない。そう考えられるようになったから、《罠解除》に挑む踏ん切りがついたのか。
「で、テンカが始祖と認められなかった理由ってなんなんだ?」
テンカに興味があるわけではないが、そこだけぼかされたので気になる。
「それは言えんな」
「あれだけ意味深に言っておいてそれはないだろ」
「未来への布石といったところか。テンカはああいう性格だからな。誤解されやすい」
「……誤解なのか?」
「少なくとも前世のテンカはおおらかな人柄だった」
「転生して人が変わったんだろ」
「その通りだろう」
「……誤解じゃないじゃねぇか」
「時が来れば分かる。テンカはひるむまい」
ひるむって何にだよ。
謎解きを要求したのに謎を盛られるとはね。
その時だ。悲鳴のような声が響いた。
「馬鹿! 寄るな!」
テンカが心配だったのだろう。ヨミが身を乗り出してテンカの作業を見詰めていたのだ。テンカはヨミを追い払おうとする。それがテンカの手元を狂わせた。
――カチ。




