第10話 変異体討伐隊
ソシエの奈落。
奈落の名が示す通り地下へ伸び、その階層は実に百階である。
メインクエストをクリアするとレベルキャップが解放される。カンスト勢は諸手を挙げて喜ぶレベルキャップの開放だが、初心者からすれば必死に課題をこなしているところへ、更に課題を積みあげられたように思えるらしい。フロンティアを自力で切り開くから面白いのである。《XFO》だけに限らずMMOはレベルがカンストして一人前だ。だから、初心者はレベルキャップの開放を、ゴールが遠ざかったと受け取るのだ。
運営は様々な手段を講じて、初心者を逃すまいとする。
ぶっ壊れた性能の救済武器や、効率のいい狩場を用意して、初心者のレベルアップを図るのだ。ソシエの奈落はそういう経緯から、チャプター4で導入された迷宮である。
初心者からトッププレイヤーまで幅広くソシエの奈落に挑んだ。
迷宮の入口は魔物もザコだ。しかし、階を降りるにつれ、魔物が強くなっていく。毎回一階から挑むのは手間であり、二十階層毎に転移門が用意されている。一度利用した転移門は以降転移が可能となる。
「あ~、俺は何階まで行ったんだったっけ。六十か、八十か。転移に相乗りして、深くまで行った気もするし。よく覚えてねぇな」
当時はセティとのんびり暮らしており、レベル上げはサボりがちであった。ソシエの奈落に潜ったのも、セティの育成に使えるかな、という考えからだった。しかし、ソシエの奈落は魔物の数が多く、魔法使いの俺とは相性が悪かった。雲霞の如く襲い掛かられると、何割かは倒し損ねてしまうのだ。引率の俺がその体たらくでは、セティの安全を確保できない。
何より、PKが。
プレイヤーが一定数集まると、必ず起こる問題であるが、特にソシエの奈落は酷かった。
迷宮内部の転移門へ転移したはずが、デスペナを受けて復活地点にいるのだ。最初は素でバグかな、と思った。種が割れたのは二回目である。簡単な話だった。PK集団が転移先で張っていたのだ。厄介な事に回避する手段がなかった。大抵、時間経過で解決する。有志のパーティーがPK集団を倒すからだ。しかし、いたちごっこであり、転移の安全は運任せであった。
一種のイベントのようにとらえていたのか。運営はPKに対して何の対処もしなかった。
そんな迷宮にセティを連れていけるだろうか。
復活できるプレイヤーと違って、ゼノス人は死んだらそれまでだったのだから。
と、こんなことをつらつらと考えられるのも暇だからだ。
「圧倒的じゃないか、我が軍は」
エンディングを迎えた勇者達が、隠しダンジョンを訪れるつもりで、誤って最初の迷宮に入ってしまった。そんな無双が繰り広げられている。悲鳴を上げる魔物を千切っては投げ、どちらが魔物か分からない有様だ。低階層の通常個体では相手にならない。俺達が狙うのは変異体だ。だが、髭の冒険者の証言によれば、変異体の群れは最深部にいる。暫くこの快進撃は止まりそうにない。
「まだ十一階だからな」
ここまで二時間で到達した。明らかに町中の移動より早い。立ち塞がる町民を殴れば犯罪だが、魔物なら問題ない。むしろ、推奨される。その違い。迷宮は封鎖され、冒険者は追い出されている。何か現れればそれは敵である。ただ突き進めばいいのだから楽だ。
五階で二時間か。
最深部に辿り着くのに何日かかるやら。
最大の敵は退屈だな。
「……はぁ。転移門が使えたら」
空間の神パストロイが仕事を放り出したため、転移門は機能を停止している。
変異体討伐隊に参加したパーティーは三つ。
まず、テンカ達の《ドラゴンホーン》。
六名からなるパーティーで、全員クラスが違う。拳闘士と騎士以外の基本クラスが揃っている。テンカがリーダーらしいが、戦闘の要はロイだろう。レベルで見ると分かりやすい。ロイは200、テンカとヨミが140台、残る三人が120台となっている。
どういう戦い方をするのかは未知数だ。
何しろ、魔法使いが……ヘルゲと言ったか。
「テンカは行く先々で問題を起こして! どうして大人しくしてられないの!」
このように、杖で魔物を撲殺しているのだから。
ヘルゲの魂の叫びに、テンカは顔をしかめる。
「耳が痛い。人の迷惑を考えてくれない?」
「正論だけども!」
「ヘルゲ、また」
「あぁぁッ、なんなのッ! テンカ、何様なのッ!」
「俺様だよ」
「知ってる!」
「キミの頭はスカスカなの。次、叫んだら身体に分からせる。撃つよ」
「…………」
次に《ネームレス》だ。聞きなれないパーティー名だろう。俺も聞いたことがなかった。しかし、俺達のパーティーのことである。ラウニレーヤの「パーティー名は何?」という問いに「無い」と答えたらこうなっていた。いいんだけどな。自分で名前を付けろ、と言われたら困ったと思うし。
「フハハハハ、相手にならんわ」
「数だけおおくて面倒だね。あ、シュシュ、飴舐める?」
「舐める!」
「そういうと思ってたくさん用意したからね」
「かたじけない、セティ。妾は今月の小遣いが……もう……」
「買い食いしすぎだよ」
そして最後に《獣王の花冠》だ。
セリアンスロープの女性だけで構成されたパーティー。レベルは130台。獣拳士が二人に、騎士と獣神官が一人ずつ。猫耳、犬耳。多様な耳が揃う。
獣拳士と獣神官はセリアンスロープの種族固有クラスだ。
獣拳士は自身の爪で戦う。基本的な攻撃力は拳闘士に勝る。反面を練るのが下手であり、瞬間火力は拳闘士の後塵を拝している。
獣神官は殴れる神官だと思えばいい。神官はほとんど使うことのない、槌のアーツを使いこなす。
「小さい子に戦わせて自分は高みの見物かよ?」
険のある声は《獣王の花冠》のリーダー、ナジェンダだ。ウェーブしたオレンジの髪は薄暗い迷宮だと燃え盛る炎に見える。シュシュ達には気のいい姉御の顔を見せるが、俺は般若のような顔しか見せてもらっていない。
「……言っただろ。シュシュには実力を示してもらう必要があったんだよ」
シュシュはその幼さから参加を疑問視された。だから、達者なのは口先だけではないと、デモンストレーションを行っているのだ。それを幼児虐待のように言われては俺の立つ瀬がない。
「シュシュは強い。それは分かった」
「……それはそれは……理解してくれたようで何より」
「お前は? なぜ、戦わない」
「危険がないよう見守っているんだよ」
「チッ、ヒューマンの舌はよく回る。二枚舌だ」
「お褒め頂き光栄だ。魔法使いは舌が回ってナンボだからな」
俺は魔法使いとして討伐隊に参加していた。黒衣の死神とバレないようにするためだ。テンカとロイはプレイヤーらしい。黒衣の死神に怨みを抱いているかも知れない。魔法使いとして振る舞ったほうが、二人に対する欺瞞になると思ったのである。
《鑑定》で俺のクラスは魔法使いだと知られているはずだ。
刀を使えば確実に怪しまれるだろう。
それに参加するメンバーを聞いて、魔法使いの装備が妥当だと思った。斥候がいないのだ。適性があるのは狩人と暗殺者のクラスだが……テンカとヨミなのだ。初対面の印象が悪すぎて、彼らに大事な斥候を任せる気にはなれない。普通の魔法使いでは斥候は務まらないが、俺には風で周囲を触診する《風王領土》がある。竜牙杖フェルニゲシュがあるため、普段より格段に風が操りやすくなっている。
本当に見守っているのだが……釈明する気にはなれなかった。
ナジェンダはさ……完全に脳筋なんだよ。
サポートの重要性を説いても理解されまい。
「……シュシュ達に何かあればその舌を切り取ってやる。覚えておけ」
ナジェンダの爪がぬっと伸びる。獣拳士はスキルで爪を伸縮できるのだ。
「……やれやれ。嫌われたもんだな」
立ち去るナジェンダの背中を見ながら嘆息する。
セリアンスロープは強さを貴ぶ。一度戦えば反感を抑えられるだろう。
だが、それはしてはならないと厳命されている。
ちら、と元凶に目をやる。
「……兄さんのこと知りもしないくせに好き放題いってくれたよね」
「よくぞ耐えた、セティ! いつ殴りかかるかと妾は気が気でなかったぞ!」
「殴らないよ。死んじゃう」
「そう、死んでしまうな! セティの忍耐に乾杯だ!」
物騒なことを口走るのはセティとシュシュだ。
ナジェンダ達は二人に好意的だが、二人は《獣王の花冠》を敵視している。いや、警戒していると言った方が正しいのか。理由は……しょうもない。本当に。俺の実力を知られたら《獣王の花冠》に言い寄られるから、だ。セリアンスロープが強者に惹かれるのは事実だ。だが、好みだってあるだろう。しかし、二人のお花畑な瞳には、その未来が見えているらしい。親父との一戦以降、開眼する気配もない《未来視》が、二人の目に宿ったとでもいうのだろうか。俺からすると妄言の類だが、現に二人は危機感から結託している。
……テンカもロイもヨミだっているのに、なんでそこまで警戒できるのかね。
目が曇っているとしか思えない。曇った目には虚像が映るのだ。
色眼鏡ともいうが。
「兄さんは戦ったらだめだからね」
「うむ、妾達が魔物を蹴散らして見せよう」
そういって二人はポップした魔物へ駆け出す。二人の装備はいつもの物へ戻している。
儚く散る魔物を見ながら、「ウチのパーティーだけ、違う何かと戦ってる」と思った。




