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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第9話 鋼国の語らい

 ――― ラウニレーヤ ―――


 オウリ達が部屋を出て行く。宿がないと言うことだったので、客室に案内するようメイドに命じてある。足音が遠ざかると、緊張の糸が切れ、長椅子に沈み込む。


「……井の中の蛙大海を知らず、ね。ふっ、ふふふ。誰一人勝てる気がしないって、どういうことなのかしら。腹立つ。メリオに八つ当たりするしかないわね。ゴルドバでもいいか」


 ゴルドバがビクッと震えた。いいわね。からかい甲斐がある。それに対してメリオは可愛げがない。本気でないことが見抜かれている。


「……やはり、強いですか、彼らは」

「メリオも見たでしょう。変異体を苦もなく一蹴したのを」


 オウリが。シュシュが。アリシアが。彼らが冷静に行動したから、メリオは命を落とさずに済んだ。しかし、わたしは泡を食っていただけ。ドレスが心許なかった? 事実だが……言い訳でしかない。しかし、わたしを本当に打ちのめしたのはセティだ。彼女は長椅子から立ち上がろうともしなかった。


「……申し訳ありません、姫様。よく覚えていないのです」

「……責めているわけじゃないわ。死にかけたのだもの。無理もないわね。何に襲われたのか、覚えているかしら?」

「それも」

「そう。わたしが倒した変異体。あれよ」

「鉱石喰らいの変異体ですか」

「ええ。それを彼らは赤子の手を捻るように倒したの」

「…………」


 メリオが口をパクパクとさせた。魚みたい。からかう好機だが……わたしも疲れている。このネタは後日に取って置くとして……ゴルドバが何か言いたげにしていた。


「言いたいことがあったら言っていいのよ。見ての通り、これがわたしの素なの。かしこまられても肩が凝るだけ。忌憚のない意見を聞かせて欲しいわね」

「……あのぅ、白い蜘蛛はそんなに強いのですかね」


 ……言い辛そうにしているから何かと思えば……そんなこと。

 だが、舌の根が乾かぬうちに、くだらないこと聞かないで、とも言えない。


「Sランクの冒険者でも戦うとしたら命がけになるでしょうね」

「……へっ、へっ? そ、そんなに……?」

「しかも、あれ一体じゃない。もっと沢山いるらしいの」

「……え、えええええぇッ。た、大変ではないですかッ」


 鈍い、とイラッとするが、間抜けな声で相殺だ。まぁ、仕方がないか。オウリは変異体を瞬殺した。戦いにもなっていなかった。危機感を抱けというのは無体な話。わたしも自分で戦った経験がなかったら、「変異体ってこんなものなの」と思っていたはずだ。

 

「神罰騎士団を潰したのはオウリだって話、信憑性を帯びてきたわね」

「神罰騎士団ですか? 剣の騎士団ではなく?」


 ゴルドバが首を傾げる。神国で脱獄する際、オウリは剣の騎士団と戦ったと言う。それと混同しているのだろう。ゴルドバは商会に属さない鍛冶師だ。噂に疎いのか。


「四ヶ月くらい前かしら。神罰騎士団が災厄の魔女の討伐に向かったの。結果、神罰騎士団は壊滅。災厄の魔女に敗れたことになっているけれど、本当はオウリというプレイヤーに敗れたのだと言う噂があるらしいわ。もう一つ、オウリは黒衣の死神だって噂もあるけれど、これは眉唾でしょうね。伝承にある黒衣の死神と特徴が一致しないし」


 ゴルドバはきょとん、とした後、ぽん、と手を打った。


「オウリがその黒衣の死神だと思いますぞ。オウリはああ見えて見事な刀の使い手です」

「……待って、彼は魔法使いよ」

「ん? 前に報告しませんでしたかな。オウリは普段剣士の格好をしております。魔法使いの格好をしているのは変装で。ああ、姫様の耳に入っておると思いますが、ヤーズヴァルから人が飛び降りた、という話。あれがオウリ達だそうです」

「……待って。待って。次から次へなに。ヤーズヴァルってあの王騎竜?」

「オウリはペットだと言っておりましたが」

「…………なにそれ」


 王騎竜は至高の玉座。その背に乗ることが許されているのであれば、どこへ行ったとしても一国の王と変わらぬ待遇を受けるはずだ。それなのに言うに事欠いてペットとは……オウリはヤーズヴァルの価値が分かっていない。

 

「……はぁ。頭が痛くなるわね。なんなの、あのパーティー。セティは蒼穹の魔女?」

「はい、そう言っておりました」

「……ねぇ、ゴルドバ。わたしもネチネチ言いたくない。でも、言わせてもらうわね。どうしてそれを先に報告しないの」

「……わ、ワシも知ったのはついさっきで……」

「……門番に伝えるなり、方法はあったでしょう……」

 

 心構えもなくセティを《鑑定》し、心臓が止まるかと思ったのだ。王族として培ったポーカーフェイスで誤魔化していたが、内心、不興を買わないか気が気でなかった。

 最初からセティが蒼穹の魔女だと確信していたわけではない。

 だが、黒衣の死神は蒼穹の魔女に加勢し、神罰騎士団を破ったらしい。その黒衣の死神に同道する、リオンセティという名の、レベル200のエルフである。

 最早、疑いようはなかった。

 

「それでシュシュは――」


 いや、と首を振る。追及すべきではない。

 《鑑定》すると彼女の名はシュラム・スクラント。幾度も世界に混乱を齎した魔王と同じ名前である。彼女一人だけだったのなら、エルフは不吉な名をつけるのだな、と笑い飛ばせた。しかし、彼女の仲間は黒衣の死神、蒼穹の魔女、姫騎士である。シュシュが魔王だったとしても驚かない。


「頼もしい戦力を得たことを喜びましょう」

「背に腹は代えられませんな」


 メリオが力なく笑う。

 わたしが迷宮に潜るのは伊達や酔狂ではない。趣味が多分に含まれていることも否定しないが。強くなるためである。迷宮で冒険者を誘致している。いざという時に冒険者を取り押さえられるだけの力が要る。その役目を王族が受け持つのは間違っているのだろう。しかし、ハイヒューマンの血が入っているからか。王族は非常に成長が早いのだ。

 メイドに扮してオウリ達を出迎えたのは、鋼国にとって害悪となる人物であったら、あの場で始末するつもりだったのだ。だが、一目見て勝てないと分かった。

 あれだけのレベルを誇っておきながら……オウリからは弱者の強かさを感じた。

 それが恐ろしい。

 

「メリオはオウリの話をどう思ったかしら?」

「神国と戦争をしたと聞いても、正直なところ半信半疑でした。しかし、オウリはヤーズヴァルも従えている様子。あながち嘘だとも思えなくなりましたな」

「それもそうだけれど、亜人の地位向上の話よ」


 オウリはセティとシュシュを示し、二人が過ごしやすい世界を作りたい――そう語っていた。そのための手伝いを鋼国にもして欲しいと。


「少なくとも王国よりは、手を結ぶに相応しい相手かと」

「言いたいことはなんとなく分かるけれど、王国を引き合いに出すのはどうかと思うわ。あれと比較したらいけ好かないエルフだって天使に見えるもの」


 王国の商人や冒険者は節度を保っている。面倒なのは貴族だ。こちらを亜人と見下し、無理難題を平気で言う。戦争を匂わされたら、武具を用意するしかない。依頼を達成しても感謝は一切ない。むしろ、遅い、高い、と難癖を付けられる。原価を割ってしまい、王家が補填するのも再三。迷宮を擁していながら鋼国が貧乏なのはこのためだ。


「そのいけ好かないエルフと組むことになるやも知れませんが。グレイグ、と。オウリは神国の王の名を呼んでいました。もう、神国には話が通っているのでしょう。最終的に王の決断次第ですが、儂は悪い話ではないと思います」

「メリオは随分渋っていたと思うけれど?」

「儂まで好意的だったら、王が提案を蹴った場合、掌を返されたように映ります。保険を掛けたまで。ですが、王は断らないのでしょうね。姫様と王は非常に気性が似ていらっしゃる。姫様もそう思ったからこそ、前向きに話していらっしゃったのでしょう」

「そうね。いずれにせよ、討伐の結果次第」


 オウリに協力するにしても命あっての物種だ。

 国の命運が尽きてしまえば約束に価値はない。


「では、救国の英雄をソシエの奈落に入れるようにしないとなりませんな。儂は冒険者ギルドへ行って参ります。オウリのパーティーを申請しに」

「レベル上げのための抜け道が、こんなところで役に立つとはね」


 冒険者カードには個人とパーティーの二種類ある。ソシエの奈落の入場許可は、暗黙の了解で個人の冒険者カードに与えられる。しかし、実は規則には個人ともパーティーとも記載されていない。鋼国では十二歳になると、大人とパーティーを組み、レベル上げをするのが習わし。ソシエの奈落をレベル上げに利用するため、敢えて明記しなかったのだと思われる。今回、その抜け道を使ってオウリ達にはソシエの奈落に入ってもらう。


「わたしも行くわ。わたしが行った方が話も通りやすいでしょう」

「儂にお任せください。いえ、ハッキリいいましょう。姫様は来ないでください」

「どうして」

「姫様に任せたら自分をパーティーに入れかねませんから」

「……しないわよ」


 本音を言えば討伐隊に参加したい。だが、何が起こるか分からないのに、わたしが出向くわけには行かない。それぐらいの分別はつく。


「オウリ達は連れて行くつもり?」

「いえ、冒険者カードを預かって、儂一人で行こうかと思います。彼らには万全の体調でソシエの奈落に挑んでもらわないといけません」

「そう、それならいいわ。メリオには言っておこうかしら。オウリのレベルは201よ」

「……聞き間違いですかな? 201と聞こえた気が」

「そう言ったのよ。前人未到のレベル200越え。公になれば間違いなく大騒ぎになるでしょうね。オウリは神国で死んだことになっている。名前が挙がるのは避けたいと考えているはずよ」

「オウリのカードを更新したら、レベルがバレてしまいますか」

「パーティーの申請で個人カードの更新は必要ないのだけれどね」

「冒険者ギルドは何かと理由を付けて更新させようとするでしょうな」


 冒険者が身の丈に合わない依頼を受けようとした時、レベルを知らなければ止めることもできない。恐らく今回も良かれと思って、レベルを把握しようとするだろう。だが、本人が居なければカードの更新はできない。オウリを連れて行くなというのはこのためだ。

 メリオが立ち上がると、ゴルドバが「わ、ワシも」と追随する。

 部屋を出て行く二人を見るともなしに見ながら考えていた。

 

「……変異体はどこから来たのか」


 衛兵に町の様子を探らせた。しかし、魔物が現れたと言う話は一切なかったと言う。あたかもこの屋敷にポップしたかのようである。


「……卵を持ち帰ってしまった?」


 迷宮の魔物は疑似生命体だ。ポップする魔物に幼体がいないのも、一定時間経つと死骸が消え去るのも、迷宮の《魔力》で生み出されたから。だが、思い返してみれば、わたしが倒したあの変異体。死骸が残っていた。変異体は地上の魔物と同じ生態なのかも知れない。鉱石喰らいの変異体をわたしは叩き潰した。もし、あの個体が卵を持っていて、わたしに付着していたとしたら。そして、屋敷で孵ったのだとしたら――

 

「……時間との勝負になるわね」


 こうしている間にも変異体は増え続けているのかも知れなかった。

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