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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第8話 交渉

 小さな屋敷だった。

 周りの家と比べると、かなり大きいのだが……王族は王城に住む、そんな先入観があり、拍子抜けした。門番がいなければ「こんなところに王族が?」と、失礼なことを言っていた。ドワーフの門番は石像のように佇み、油断なく俺達の様子を窺っている。

 ゴルドバが一歩進み出る。

 

「ラウニレーヤ様にお会いしたい」

「来客があるとは聞いていない。出直せ」


 けんもほろろに突き放される。だが、ゴルドバは門番に食い下がる。


「神国で世話になった者を連れてきた。そうラウニレーヤ様に伝えてくれ」

「……間違いないのか?」

「竜殺しを鍛えしゴルドバの名に誓って」

「樽買いのゴルドバではなくてか」

「ああ、竜殺しを鍛えしゴルドバの名に誓う」

「……分かった。伝えるだけ伝えよう。おい、行ってきてくれ」


 二人いる門番の片方が屋敷に駆けて行く。それを見送ると残った門番が不意に破顔する。

 

「ゴルドバを助けてくれたんだってな。礼を言う。こいつとは酒飲み友達でな」

「随分と態度が砕けたな」


 俺が目を丸くしていると、くくっ、と門番が笑う。

 

「案外、普通だな。ゴルドバの話聞いてたら、物凄い化け物だと思ってたぜ」

「オウリとは酒を酌み交わしたぞ。なかなかイケるクチだった」

「ん、ゴルドバ、昨日俺と飲んでたよな。いつだ」

「さっきだ」

「……それにしては酒の匂いがしないな」

「おお! 聞いてくれるか。抜いたのよ」

「……《アンチドーテ》を使ったのか」

「夢から覚めた心地だったわ。二度とやりたくない。だが、迷宮の異変を聞いてはな。戦力は多い方がいいだろう?」

「……ゴルドバ……お前、すげぇよ……感動した。飲もう。どうだ、今夜?」

「ワシはオウリを案内したらお役御免だろう」

「飲むのか、飲まないのか」

「酒に誘われて断るドワーフがおるのか?」

「いないな。オウリか。お前は? 奢るぜ」

「待て待て。ラウニレーヤ様が手放さん」


 とんとん拍子に酒盛りの予定が決まっていくのを俺は眺めていた。口を挟む隙がない。

 

「こんなにお酒が好きなら神国でお酒買ってきてあげればよかったね」

「……そうだな、セティ」


 恩を売るために討伐隊に参加する! と意気込んでいたことが恥ずかしい。

 珍しい酒を持っていけば一発で協力を取り付けられるような気がした。

 

「ラウニレーヤ様がお会いになるそうです!」


 戻って来た門番がキリッとした態度で言った。

 凄まじい落差に俺達は顔を見合わせて笑った。

 笑われた門番が戸惑った顔をしていた。

 

***


 玄関ではメイドが待っていた。

 薄い水色の髪の女性で、歳の頃は十代後半だろう。美男美女はエルフで見慣れたが、負けず劣らない美少女だ。特筆すべきはメイド服。身体に合っていないのか。豊満な胸が溢れそうになっている。丈も短い。彼女がドワーフ然とした容姿なら、まだ流すこともできた。しかし、ヒューマンと変わらない容姿。眼福である。

 と、思っていると……痛みを覚えた。

 腕を抓られ、髪を引っ張られた。セティとシュシュの仕業だ。

 上にはプリプリするシュシュ、右にはふくれっ面のセティ、下にはメイドの太ももと……目のやり場は左しかなかった。ゴルドバが口を開け、メイドを凝視していた。

 ……なんだ?


「ご案内させて頂きます。では、こちらへどうぞ」


 メイドが踵を返す。ふわ、と裾が翻る。思わず目が吸い込まれてしまう。


「……むぅ」


 セティがぎゅぅと俺の腕を抱き締める。この程度のスキンシップ、日常茶飯事である。しかし、メイドで異性を意識してしまったせいか、非常に気恥かしい。胸の当たる感触が、俺の脳を蕩かして……あれ? ない、ないな。胸の感触なんてなかったわ。

 

「行くぞ」


 晴れやかな気分で俺が言うと、セティが益々腕に力を込めた。

 ……痛たたた! お、折れ、折れる! 腕折れるって!

 やせ我慢していると、くすくす、と笑い声。

 先を行くメイドの背中が震えていた。

 「胸? 胸なの?」と呟くセティを引きずり、メイドに並ぶ。


「仲がよろしいのですね」


 メイドは慈愛に満ちた声で言った。だが、目元に浮かぶ涙が、彼女の本音だろう。


「……案外、イイ性格してるな。お淑やかそうな顔してるのに」

「あら、それはわたしにとって褒め言葉ですわ」

「……誰のせいで痛い目見たと思ってるんだよ」

「自業自得でしょう? こんな可愛らしい彼女がいながら、わたしに見惚れて」

「セティは……」


 妹だ。

 そう言おうとして言葉を飲み込む。

 彼女発言でセティの力が弱まっていた。

 わざわざ地雷を踏みに行くこともないか。

 それに……妹なのか、彼女なのか。俺にも良く分からないしな。

 

「……あんたが身の丈に合わない(・・・・・・・・)服を着てこなけりゃ何も起こらなかった」


 誰が悪いかと言えば俺が悪い。分かっている。女性の胸をマジマジと見るのはマナー違反だ。だが、不満を呑み込めないのは、メイドにも落ち度があるからだ。


「身の丈に合わない、ですか。上手いことを仰いますね」


 感心したようにメイドが言うが、感心したのは俺も一緒である。

 なかなか聡明だ。

 身の丈に合わない。

 俺は二つの意味を込めて言った。

 身体に合っていないという意味。

 そして、身分に合っていないという意味だ。

 メイドの名はラウニレーヤ。鋼国の姫だ。恐らく屋敷に努める本物のメイドは、普通のドワーフらしい体形をしているのだろう。そのメイド服を借りたものだから、服がパツパツになっているのだ。


「驚かせられなくて残念か」

「ええ、とても」

「一矢報いれて嬉しいよ。ゴルドバのお手柄だ」

「ワシか!?」


 突如話を振られてゴルドバが慌てる。

 

「ゴルドバがあそこまで驚いてなかったら、俺も《鑑定》してみなかっただろうよ」


 俺が意地悪く笑うと、ラウニレーヤはそれを受け、「お礼をしなければなりませんね」と微笑む。ワザとらしく何にしようかしら、と呟くのだから彼女はタチが悪い。


「あんたとは仲良くやれそうだ」

「わたしもそう思っていました。では、中に宰相のメリオがおります」


 扉の前で一礼すると、ラウニレーヤは踵を返す。角を曲がる際、彼女が俺を見た。ギラギラとした視線だった。やれやれ。美人の熱視線でも、これは嬉しくないな。

 ノックして扉を開ける。中は広々とした部屋だった。テーブルを挟み、長椅子が並んでいる。奥の長椅子に老齢のドワーフが座っている。頭を抱えて。彼はハッと顔を上げると、青ざめたゴルドバを見て……血相を変えた。


「……ゴルドバ、何があった」

「……ワシはもう終わりかも知れん。姫様の不興を買ってしまった」

「ええい、お前のことなどどうでもよいわ!」

「……どうでもいい? どうでもいいだと! メリオ! お前さんが止めていれば!」

 

 俺は激昂するゴルドバを押しのけ、言った。


「メイドは着替えに行ったぜ」


 予想が違っていても問題ない。メリオが気にしているのは、ラウニレーヤが無事かどうかだ。案の定、メリオは「……そうか」と呟くと、長椅子に深々と身体を預ける。


「……ん? ああ、立たせたままですまんな。座ってくれ」


 俺が長椅子に座ると、当然のように左右をセティとシュシュに占められた。


「ゴルドバ、お前も座れ」

「……帰って酒を飲み直したいんだが」

「お前の意見を聞くことがあるかも知れん」


 メリオに言われ、ゴルドバが渋々座る。

 それきり、誰も口を開かない。案内して来たゴルドバが口火を切るべきなのだろうが、ゴルドバはラウニレーヤの“お礼”で頭が一杯のようだ。メリオは精根尽き果てた様子で、俺達を気遣う余裕がないらしい。とはいえ、都合がいいと言えば都合がいい。

 ほとんど休みなく歩き続けていたのだ。

 腰を落ちつけられるのはありがたかった。

 

「すまなかったな。驚いただろう。姫様は人を驚かせるのが好きなのだ」


 暫くして宰相が言った。


「からかうのが、の間違いだろう。あんたも大変だな」


 俺が同情を示すとメリオは苦笑した。

 

「毎度、毎度後始末に奔走するのは私でね。年頃になれば落ち着くと思えば、むしろお転婆になる始末だ。ゴルドバから聞いているだろうが、現在、国王も王妃も不在だ。姫様の身に何かあれば……だと言うのに……変異体を見つけたのも姫様なのだよ。おかげで素早い対応ができたとも言えるが……」

「ラウニレーヤが? 冒険者が見付けたんじゃないのか」

「うむ、厳密には髭の冒険者が……待て、あれは冒険者なのか。いい。忘れてくれ。第一発見者は髭を生やした冒険者だ。迷宮の最深部で変異体の群れに襲われ、逃げてきたという話だった。髭の冒険者を追って来たのだろう。変異体が現れてな。姫様が変異体と戦っている間にその男は姿を消した。姫様に変異体討伐の協力を約束しておきながらだ」

「その髭の冒険者の名前は?」

「分からん。分かれば草の根を分けてでも探し出し、扱き使ってやるものを」

「ラウニレーヤは《鑑定》しなかったのか?」

「したようなのだがな。レベルに気を取られて、名前を見ていなかったらしい。分かっているのはレベル200の剣士と言うことだけだ」

「そこまで分かってるなら、探せるんじゃないのか。レベル200なんてそういるもんじゃない」

「生憎と時間がない。討伐隊には明日出てもらう。一日でも迷宮の閉鎖が長引けば、その分、冒険者の足は遠のくだろう。何も王が不在の時に変事が起こらなくても……」


 レベル200の髭を生やした冒険者ね。どこかで聞いたような……いや、話が逸れているな。最初に気にかかったのはそこではない。

 

「まぁ、少しだけど話をして、お転婆だってのは分かった。でも、一国の姫だろ。責任ある立場だ。しかも、変異体と戦ったってことは、最深部の近くまでいったってことで……言ってて尚更分からなくなったんだが、ラウニレーヤは迷宮で何してたんだ?」


 あぁ、とメリオが眼鏡を外し、眉間を揉む。


「君はハイヒューマンだろう。姫様を《鑑定》したかね」

「ああ」

「あのはしたないメイドが姫様と気付いている様子だった。そうだとは思ったが。では、姫様のレベルも見ただろう。ソシエの奈落は姫様の遊び場なのだよ」

「そりゃぁ……また、姫の遊び場にしちゃ、殺伐とし過ぎてるな。止めなかったのか。王族を失うかも知れないんだぜ」

「止めたとも。だが、姫様は聞く耳を持たんし、力尽くで止めることもできない。止められるとしたら王くらいのものだろう。しかし、その王は今、エンドレットにいない。鬼の居ぬ間になんとやらだ。姫様はヒューマンに近い容姿。君も不思議に思ったはずだ。王族にはハイヒューマンの血が流れているのだよ。王族は《天賦》とやらを、高いレベルで保持している。成長速度が我らと違うのだ」

「おいおい、そんなこと俺に言っていいのかよ」


 積極的に言い触らす話でもないが、と前置きをしてからメリオが語る。

 王族にハイヒューマンの血が入っているのは秘密ではないらしい。王家に生まれる子は皆、ヒューマンに似ている。隠し通すことは不可能だったと言う。


「……よく問題になってねぇな。《鑑定》じゃラウニレーヤの種族はドワーフだ。でも、誰もが《鑑定》を使えるわけじゃない。多くの人にとって種族を決定づけるのは外見だ。王族が他種族……それもヒューマンにしか見えない。反感を抱く人もいただろ」

「今でこそエンドレットは鋼国の首都だが、女王ハーチェの時代はそういう意識はなかった。あくまでエンドレットは女王の国でしかなかった。紛れもなく女王の子供ならば戴くのに申し分なかったのだろう」

「ん、女王ハーチェの時代ってことは…… “影の伴侶”がハイヒューマンか?」

「そう目されている。プレイヤーだったのでは――」

「話は変わるが、メリオ宰相――」


 彼の頭上を見る。


「天井裏で何を飼ってるんだ?」

「…………なに?」


 ふむ。メリオに白を切っている様子はないか。ラウニレーヤかと思ったんだけどな。

 左右を見る。顔を引き締め、シュシュが頷く。アリシアは腰を浮かせている。セティは……やる気なし、と。セティは最初から気付いてたな。で、無視してた。

 背後で扉が開く音。肩越しに振り返ると、ラウニレーヤがいた。水色のドレスに着換えている。姫としての正装だろう。そう来たか。補正のないドレスを着ることで、信頼していますよ、と暗にアピールしているのだ。と、言うことは俺の邪推だったか。


「そこに居たのか、ラウニレーヤ」


 ラウニレーヤが首を傾げながら部屋に入ってくる。


「そこ? わたしの話をしていたのかしら?」

「いや、天井裏のペットについて」


 この部屋に入って暫くして、天井裏から殺気が飛んで来た。ラウニレーヤだったらマズいな、と思い手出しを控えていたのである。真向から俺に挑んでも勝ち目はない。だから、奇襲を仕掛けてきたのかと思ったのだ。なぜか、俺はラウニレーヤにロックオンされたようだったし。メリオの話を聞いて、少し理解できた気がする。ラウニレーヤは自身の強さを持て余しているのだ。鋼国には好敵手となる相手がいないのだろう。


「来るぞ」


 俺が言うのと同時に天井が崩れた。瓦礫と共に白い蜘蛛が落ちて来る。唖然とするメリオの顔に、脚が振り下ろされる。


「メリオ!」


 ラウニレーヤの悲鳴に、乾いた音が重なった。砕けていた。メリオの眼鏡が。


「……わ、儂は生きているのか……」


 メリオは無事だった。自分の顔をぺたぺたと触っている。脚が当たる直前、アリシアがメリオを抱えて跳んだのだ。


「……変異体!? なぜ、ここに……?」


 言いながらラウニレーヤは虚空から武骨な斧を取り出す。ハイヒューマンの血を濃く継いでいるだけあり、インベントリを使うことができるらしい。

 

「へぇ、これが変異体ね。なるほど、真っ白だ。ペットじゃないんだな?」

「こんなに可愛げのないペットはお断りよ」

「それがラウニレーヤの素か?」

「ええ、そうだけれど、それがなにかしら。無駄口叩いてる暇はないわ」

「あるさ」


 白い蜘蛛へ歩き出す。白い蜘蛛は牙をガチガチ鳴らし威嚇してくる。だが、それだけ。現れた時は真っ白な蜘蛛だったが、今はストライプの模様が入っている。影だ。影が全身をがんじがらめにしているのだ。シュシュによる《影縛り》の魔法である。


「オウリ、存外、力が強い。長くは持たぬ。交渉するなら早くせよ」


 分かった、と手を振ると、ラウニレーヤに向き直る。


「変異体の討伐隊に参加したいが、生憎俺達はFランクで資格がない。便宜を図って欲しくてね。タダでとは言わない。慣例を破らせるんだ。手土産は必要だろう」


 困っているのはラウニレーヤ達だ。こんなことをしなくても、便宜を図ってくれるだろう。しかし、実績もないのに強権で迷宮に入れたとなれば、後々面倒な問題に発展するかも知れない。

 だが、


「闇を祓いて、鉄を鍛えたり。されど真髄は変わらじ――」


 変異体を鮮やかに倒したとなれば、後ろ指差されることもないはずだ。

 実際に変異体を倒せる実力があるから、送り込んだのだと言えるからである。


「火よ、原初の姿を取り戻せ」

 

 掌にぼぅ、と火が熾る。小さな火だ。のろのろと宙を飛び、白い蜘蛛に当たる。その瞬間だ。突如、白い蜘蛛が炎に包まれた。延焼はしない。火魔法第八階梯、《イグニス・プロモディアルス》は、当たった対象だけを燃やすのである。

 白い蜘蛛は毛も残らず燃え尽きた。

 流石は大抵の魔物を確殺できる魔法だ……当たれば。

 俺は突き出していた手を返し、問う。

 

「便宜を図ってくれるか?」


 ラウニレーヤは引き攣った顔で頷いた。

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