第7話 波紋
――― オウリ ―――
大通り沿いに宿屋が立ち並ぶ。
仕事帰りなのだろう。通りを行くドワーフは酒を片手にご機嫌だ。仄かに鉄の匂いが漂ってくる。別のドワーフからは土の匂いが。鍛冶師か鉱夫かで、匂いが異なるのか。
宿屋から冒険者が出てきた。待ち合わせていたのか。合流すると彼らは四階へ向かう。
「冴えない顔してたな」
俺がそう言うと、アリシアが肩越しに振り返り、ああ、と言う。
「迷宮が封鎖されると聞いたんだな。稼ぎがなくなるんだ。不安にもなるだろうさ」
「蓄えはあるだろ」
冒険者は案外儲かるのだ。命を賭けるのに見合った金額なのかは微妙だが。
「暇になれば散財するのが冒険者だ。早晩、金が尽きるのではないか」
「彼らが破産するかは俺達次第ってことか」
「一度痛い目に遭えばいいと思うが」
まぁね。俺だって彼らのために、なんて思っちゃいない。破産しても自業自得だ。
しかし、不幸になって欲しいとも思わない。
「アリシアは冒険者に怨みでもあるのか?」
「……怨みというほどのことでもないが……どうも彼らとは反りが合わなくてな。ふぅ……金使いが荒いのは構わないんだ。自分で稼いだ金だ。好きに使えばいい。だが、性根の部分でな。冒険者は命を賭けるんだ。仕事を選り好みする権利がある。それは理解しているのだが……自分のことしか考えていないように映る。どうしても」
「そんな考えだからアリシアはソロだったんだな」
「駆け出しの冒険者に付き合ってパーティーを組むことはあったが」
「駆け出しなら冒険者の考え方にまだ染まってないだろ。そのまま自分好みのパーティーを作れば良かったんじゃないのか。アリシアは面倒見もいいし、やろうと思えばできただろう」
「私に依存するだけだぞ」
「そこはアリシアの手腕次第だろ」
「私にできると思うか?」
「できなくはないと思うが」
「そうか? オウリがそういうとは意外だったな。だが、無理だ。いつだったか、オウリは言っただろう。俺は助けを求めない。責任を持てないから、と」
「覚悟はできてる。愚弄するな、って言われたな」
「私は戦士の矜持を傷つけると知りつつも、窮地に陥れば仲間を助けてしまうだろう」
「……おい、お前は自分ができないことを俺にやれって言ったのか」
「だから、私は一介の戦士がお似合いだと言っている」
ふふん、と笑うアリシア。殴りてぇ。
ただ、まぁ……正論か。アリシアは人を守ろうとする意識が強過ぎる。ともすればパーティー全員を危険に晒す。リーダーには向かない。
「ふむ、冒険者は辛気臭い顔だが、鉱夫は晴れやかな顔だのう」
「言われて見れば。よく気付いたな、シュシュ」
「高い位置からは下々の顔がよく見えるのだ」
この発言からも分かるように、シュシュは俺の肩の上である。
迷宮の封鎖で失職したのは冒険者も鉱夫も同じはずだ。しかし、鉱夫は「今日は朝まで酒が飲めるわ」と、降って湧いた休日を歓迎している。
「ラウニレーヤ様がなんとかしてくれると信じておるのだろう」
誇らしげに言うゴルドバの様子から、ラウニレーヤが慕われているのが分かる。
「実際になんとかするのは俺達だけどな」
「ああ、分かっているさ。お前さんには期待しておる」
「期待するならもう一つのSランクパーティーにするんだな」
「お前さんに期待したら駄目なのか?」
「そうじゃない。俺達だけの方が楽だったって、って話。《ドラゴンホーン》か。ロイ達のパーティーは。あそこはまだいい。残りの仲間は知らないが、あの三人は問題なさそうだ。何が起きてもパーティーで対処できるだろう。ただ、残る一つのパーティー。その実力が分からない。足手纏いになられると、ちと踏破は厳しいかもな」
「……なんとまあ。Sランクパーティーを足手纏いか」
呆けた様子のゴルドバに、アリシアが苦笑する。
「Sランクを見下すオウリはFランクなんだからな。詐欺だと思わないか?」
「………………は? お前さん、Fランク……なのか?」
「ああ、俺はFランクだ……って。どうした、ゴルドバ? 顔色が悪いぞ?」
「……アリシア、あんた、聞かれなかったか。仲間のランクを」
「うん? ランクは聞かれなかったな」
「……ギルドの連中は何をしておる。慌てていたのか。分かるが……」
ソシエの奈落に入るには許可がいるらしい。許可が出るのは冒険者ランクでD以上。
ルールに則ればソシエの奈落に入れるのは、俺達のパーティーではアリシアだけだ。
「……私のせいだな。仲間は私より強いと言ったから」
アリシアが悄然とすると、ゴルドバが力なく首を振る。
「……駆け込みでSランク相当の冒険者が現れ、浮かれて確認を怠ったのだろう。冒険者ギルドの失態だ。くそう。お前さんもだ。なんでランクを上げておかない」
「俺のせいにされてもね。非常事態なんだし、なんとかならないのか」
「ワシはただの鍛冶師だぞ。知るか。だが、お前さんが入れないとなると痛いな。この二人は? 強いのか?」
「セティはアリシアの師匠だ。蒼穹の魔女って知ってるか?」
「……知っておるが……まさか?」
「そのまさかだな。セティが蒼穹の魔女だ」
「……お、おおお……信じられん。伝説の人物だぞ」
ゴルドバは感動の面持ちでセティを見詰める。セティは「そう呼ばれてるみたいだね」とそっけない。
「実態はこんなだけどな」
腕を上げる。重い。魔法使い用の装備では《腕力》への補正が低い。《チャクラ》を練り、セティを持ち上げる。二度、三度、腕を振る。俺の腕にしがみ付く、コアラと化したセティを見て、ゴルドバの熱も冷めたようだ。だが、冷めきってはいないのか。今度はシュシュに熱の籠った視線を向けている。
「くっくっく。妾が気になるか。いいだろう。教えて進ぜよう。妾こそ――」
「マスコットだ」
「――そう、マスコット……って違うわ! 出鱈目なことを言うな、オウリ!」
「痛てぇ。髪引っ張るなよ。ハゲたらどうする」
「……む、むぅ。その時は妾が責任を……」
「おい、やめろ。雰囲気出すな」
前にもこのやり取りやったな。
ただ、あの時は冗談だった。だが、今はマジである。
こんなことで言質を取られてはたまらない。
「どこまで行くのかな?」
徐々に変わる景色を眺めながらセティがポツリと言った。
相変わらず宿屋が並んでいる。しかし、店構えが立派になってきた。宿泊しているのも商人のようだ。迷宮に近い側は冒険者用、地上に近い側は商人用と、住み分けができている。宿を取るとしたらここが最後だ。だが、ゴルドバは脇目も振らず進んで行く。
どこへ向かっているのか。
「大体、予想できるけどな」
ゴルドバはシュシュから《アンチドーテ》を受けていた。あの酒が生き甲斐とも思えるドワーフが酒を抜いたのだ。その時点で素直に宿屋を紹介されるとは思っていなかった。
素面でなくては失礼に当たる人物に会いに行くのだろう。
「アポもなしにラウニレーヤに会えるのか」
「……なんだ。気付いておったか」
「確信したのはついさっきだけどな。セティとシュシュの強さを確認しただろ。迷宮に入れる見込みがないならする必要はない。Fランクでも入れるよう、ごり押しできる人物に会いに行くと考えるのが自然だろ」
冒険者のランクは厳密には実力ではない。実績だ。実績を積むには時間がかかる。正攻法で俺達のランクを上げていては、今回の討伐隊に参加できくなってしまう。一応、冒険者ギルドは国を跨ぐ組織である。横紙破りも難しいだろう。一応、とつけたのは王国では、国の影響力が強いようだからだ。
その点、迷宮は鋼国が管理している。
鋼国がルールを決めているのだ。
権力があれば如何様にもできる。
「……ワシはラウニレーヤ様に相談するだけだ。どうするかはラウニレーヤ様が決める」
「ラウニレーヤがゴルドバの言葉を信じてくれるかだな」
ルールを曲げるだけの価値を俺達に認めるか。
それが問題だろう。
いざとなれば無理やり入るか、と思っているとシュシュが、「やれやれ、乗り気だのう」と言った。
「おいおい、その言い方だと俺がトラブルを好んでいるように聞こえるだろ。精神衛生上、仕方なくだよ。やる気に溢れたアリシアを見ろ。俺達がダメでも一人で行く気だぜ。その間、無事を祈ってるってのは性に合わない。それだけ」
「無論、それも嘘ではないのだろうが」
シュシュにジト目で睨まれる。
これは打算を見抜かれてるな。
打算と言っても陰謀の類ではない。俺は亜人の立場を向上させたい。それには亜人の協力が不可欠だ。討伐隊に参加して恩を売っておけば、協力を要請する際に交渉がし易い。
変異体がどの程度強いのか分からないが、《ドラゴンホーン》の手に余ることはないはずだ。大鎖界の頃と比べ、冒険者の質は著しく落ちている。現在危険とされいる魔物だって、かつてのプレイヤーであれば、素材にしか見えないことだろう。
ロイはその在りし日のプレイヤーと同等の力を持っている。
ロイを一目見て、こいつは危険だと本能が警鐘を鳴らした。
《鑑定》して見ればレベルは200。
ロイがいれば間違いは起こらないはずだ。
ソシエの奈落はエンドレットの要だ。早急な事態の解決が望まれている。
参加するだけで恩が売れるのだ。参加しない手はないだろう。
「兄さん、悪い顔してる」
セティに指摘され、俺は右手を顔に……伸ばせなかった。セティが邪魔で。すると、セティが手を伸ばし、ふにふにと俺の顔を解す。セティの言う悪い顔は微塵もなくなり、情けない顔になっていることだろう。お返しにセティの顔を引っ張ってやる。
やはり、歳の差か。
シュシュの頬より、伸びな――
「むっ」
抓られた。
……なんで気付くかね。
俺は無言で二階への階段を上る。
しかし、と改めて思う。不便過ぎだろう、と。
階を移動するのに三十分近くかかる。
階層を一つの町と捉えれば、町から町への移動に三十分。あれ……普通か。
だが、ショートカットは作れるはずだ。作らないのは怠慢なのではないのか。
「ついたぞ」
ゴルドバのそのセリフで痛切にそう思った。
マップを開く。
ゴルドバの鍛冶場で見た時と座標が変わっていない。
そう、その屋敷はゴルドバの鍛冶場の真上にあった。
「……岩盤ぶち抜いたら一分で着いたな、これ」




