表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
58/85

第7話 波紋

 ――― オウリ ―――


 大通り沿いに宿屋が立ち並ぶ。

 仕事帰りなのだろう。通りを行くドワーフは酒を片手にご機嫌だ。仄かに鉄の匂いが漂ってくる。別のドワーフからは土の匂いが。鍛冶師か鉱夫かで、匂いが異なるのか。

 宿屋から冒険者が出てきた。待ち合わせていたのか。合流すると彼らは四階へ向かう。


「冴えない顔してたな」


 俺がそう言うと、アリシアが肩越しに振り返り、ああ、と言う。


「迷宮が封鎖されると聞いたんだな。稼ぎがなくなるんだ。不安にもなるだろうさ」

「蓄えはあるだろ」


 冒険者は案外儲かるのだ。命を賭けるのに見合った金額なのかは微妙だが。


「暇になれば散財するのが冒険者だ。早晩、金が尽きるのではないか」

「彼らが破産するかは俺達次第ってことか」

「一度痛い目に遭えばいいと思うが」


 まぁね。俺だって彼らのために、なんて思っちゃいない。破産しても自業自得だ。

 しかし、不幸になって欲しいとも思わない。


「アリシアは冒険者に怨みでもあるのか?」

「……怨みというほどのことでもないが……どうも彼らとは反りが合わなくてな。ふぅ……金使いが荒いのは構わないんだ。自分で稼いだ金だ。好きに使えばいい。だが、性根の部分でな。冒険者は命を賭けるんだ。仕事を選り好みする権利がある。それは理解しているのだが……自分のことしか考えていないように映る。どうしても」

「そんな考えだからアリシアはソロだったんだな」

「駆け出しの冒険者に付き合ってパーティーを組むことはあったが」

「駆け出しなら冒険者の考え方にまだ染まってないだろ。そのまま自分好みのパーティーを作れば良かったんじゃないのか。アリシアは面倒見もいいし、やろうと思えばできただろう」

「私に依存するだけだぞ」

「そこはアリシアの手腕次第だろ」

「私にできると思うか?」

「できなくはないと思うが」

「そうか? オウリがそういうとは意外だったな。だが、無理だ。いつだったか、オウリは言っただろう。俺は助けを求めない。責任を持てないから、と」

「覚悟はできてる。愚弄するな、って言われたな」

「私は戦士の矜持を傷つけると知りつつも、窮地に陥れば仲間を助けてしまうだろう」

「……おい、お前は自分ができないことを俺にやれって言ったのか」

「だから、私は一介の戦士がお似合いだと言っている」


 ふふん、と笑うアリシア。殴りてぇ。

 ただ、まぁ……正論か。アリシアは人を守ろうとする意識が強過ぎる。ともすればパーティー全員を危険に晒す。リーダーには向かない。


「ふむ、冒険者は辛気臭い顔だが、鉱夫は晴れやかな顔だのう」

「言われて見れば。よく気付いたな、シュシュ」

「高い位置からは下々の顔がよく見えるのだ」


 この発言からも分かるように、シュシュは俺の肩の上である。

 迷宮の封鎖で失職したのは冒険者も鉱夫も同じはずだ。しかし、鉱夫は「今日は朝まで酒が飲めるわ」と、降って湧いた休日を歓迎している。

 

「ラウニレーヤ様がなんとかしてくれると信じておるのだろう」


 誇らしげに言うゴルドバの様子から、ラウニレーヤが慕われているのが分かる。

 

「実際になんとかするのは俺達だけどな」

「ああ、分かっているさ。お前さんには期待しておる」

「期待するならもう一つのSランクパーティーにするんだな」

「お前さんに期待したら駄目なのか?」

「そうじゃない。俺達だけの方が楽だったって、って話。《ドラゴンホーン》か。ロイ達のパーティーは。あそこはまだいい。残りの仲間は知らないが、あの三人は問題なさそうだ。何が起きてもパーティーで対処できるだろう。ただ、残る一つのパーティー。その実力が分からない。足手纏いになられると、ちと踏破は厳しいかもな」

「……なんとまあ。Sランクパーティーを足手纏いか」


 呆けた様子のゴルドバに、アリシアが苦笑する。


「Sランクを見下すオウリはFランクなんだからな。詐欺だと思わないか?」

「………………は? お前さん、Fランク……なのか?」

「ああ、俺はFランクだ……って。どうした、ゴルドバ? 顔色が悪いぞ?」

「……アリシア、あんた、聞かれなかったか。仲間のランクを」

「うん? ランクは聞かれなかったな」

「……ギルドの連中は何をしておる。慌てていたのか。分かるが……」


 ソシエの奈落に入るには許可がいるらしい。許可が出るのは冒険者ランクでD以上。

 ルールに則ればソシエの奈落に入れるのは、俺達のパーティーではアリシアだけだ。


「……私のせいだな。仲間は私より強いと言ったから」


 アリシアが悄然とすると、ゴルドバが力なく首を振る。


「……駆け込みでSランク相当の冒険者が現れ、浮かれて確認を怠ったのだろう。冒険者ギルドの失態だ。くそう。お前さんもだ。なんでランクを上げておかない」

「俺のせいにされてもね。非常事態なんだし、なんとかならないのか」

「ワシはただの鍛冶師だぞ。知るか。だが、お前さんが入れないとなると痛いな。この二人は? 強いのか?」

「セティはアリシアの師匠だ。蒼穹の魔女って知ってるか?」

「……知っておるが……まさか?」

「そのまさかだな。セティが蒼穹の魔女だ」

「……お、おおお……信じられん。伝説の人物だぞ」


 ゴルドバは感動の面持ちでセティを見詰める。セティは「そう呼ばれてるみたいだね」とそっけない。


「実態はこんなだけどな」


 腕を上げる。重い。魔法使い用の装備では《腕力》への補正が低い。《チャクラ》を練り、セティを持ち上げる。二度、三度、腕を振る。俺の腕にしがみ付く、コアラと化したセティを見て、ゴルドバの熱も冷めたようだ。だが、冷めきってはいないのか。今度はシュシュに熱の籠った視線を向けている。


「くっくっく。妾が気になるか。いいだろう。教えて進ぜよう。妾こそ――」

「マスコットだ」

「――そう、マスコット……って違うわ! 出鱈目なことを言うな、オウリ!」

「痛てぇ。髪引っ張るなよ。ハゲたらどうする」

「……む、むぅ。その時は妾が責任を……」

「おい、やめろ。雰囲気出すな」

 

 前にもこのやり取りやったな。

 ただ、あの時は冗談だった。だが、今はマジである。

 こんなことで言質を取られてはたまらない。


「どこまで行くのかな?」


 徐々に変わる景色を眺めながらセティがポツリと言った。

 相変わらず宿屋が並んでいる。しかし、店構えが立派になってきた。宿泊しているのも商人のようだ。迷宮に近い側は冒険者用、地上に近い側は商人用と、住み分けができている。宿を取るとしたらここが最後だ。だが、ゴルドバは脇目も振らず進んで行く。

 どこへ向かっているのか。


「大体、予想できるけどな」


 ゴルドバはシュシュから《アンチドーテ》を受けていた。あの酒が生き甲斐とも思えるドワーフが酒を抜いたのだ。その時点で素直に宿屋を紹介されるとは思っていなかった。

 素面でなくては失礼に当たる人物に会いに行くのだろう。

 

「アポもなしにラウニレーヤに会えるのか」

「……なんだ。気付いておったか」

「確信したのはついさっきだけどな。セティとシュシュの強さを確認しただろ。迷宮に入れる見込みがないならする必要はない。Fランクでも入れるよう、ごり押しできる人物に会いに行くと考えるのが自然だろ」


 冒険者のランクは厳密には実力ではない。実績だ。実績を積むには時間がかかる。正攻法で俺達のランクを上げていては、今回の討伐隊に参加できくなってしまう。一応、冒険者ギルドは国を跨ぐ組織である。横紙破りも難しいだろう。一応、とつけたのは王国では、国の影響力が強いようだからだ。

 その点、迷宮は鋼国が管理している。

 鋼国がルールを決めているのだ。

 権力があれば如何様にもできる。


「……ワシはラウニレーヤ様に相談するだけだ。どうするかはラウニレーヤ様が決める」

「ラウニレーヤがゴルドバの言葉を信じてくれるかだな」


 ルールを曲げるだけの価値を俺達に認めるか。

 それが問題だろう。

 いざとなれば無理やり入るか、と思っているとシュシュが、「やれやれ、乗り気だのう」と言った。


「おいおい、その言い方だと俺がトラブルを好んでいるように聞こえるだろ。精神衛生上、仕方なくだよ。やる気に溢れたアリシアを見ろ。俺達がダメでも一人で行く気だぜ。その間、無事を祈ってるってのは性に合わない。それだけ」

「無論、それも嘘ではないのだろうが」


 シュシュにジト目で睨まれる。

 これは打算を見抜かれてるな。

 打算と言っても陰謀の類ではない。俺は亜人の立場を向上させたい。それには亜人の協力が不可欠だ。討伐隊に参加して恩を売っておけば、協力を要請する際に交渉がし易い。

 変異体がどの程度強いのか分からないが、《ドラゴンホーン》の手に余ることはないはずだ。大鎖界(デスゲーム)の頃と比べ、冒険者の質は著しく落ちている。現在危険とされいる魔物だって、かつてのプレイヤーであれば、素材にしか見えないことだろう。

 ロイはその在りし日のプレイヤーと同等の力を持っている。

 ロイを一目見て、こいつは危険だと本能が警鐘を鳴らした。

 《鑑定》して見ればレベルは200。

 ロイがいれば間違いは起こらないはずだ。

 ソシエの奈落はエンドレットの要だ。早急な事態の解決が望まれている。

 参加するだけで恩が売れるのだ。参加しない手はないだろう。

 

「兄さん、悪い顔してる」


 セティに指摘され、俺は右手を顔に……伸ばせなかった。セティが邪魔で。すると、セティが手を伸ばし、ふにふにと俺の顔を解す。セティの言う悪い顔は微塵もなくなり、情けない顔になっていることだろう。お返しにセティの顔を引っ張ってやる。

 やはり、歳の差か。

 シュシュの頬より、伸びな――


「むっ」


 抓られた。

 ……なんで気付くかね。

 俺は無言で二階への階段を上る。

 しかし、と改めて思う。不便過ぎだろう、と。

 階を移動するのに三十分近くかかる。

 階層を一つの町と捉えれば、町から町への移動に三十分。あれ……普通か。

 だが、ショートカットは作れるはずだ。作らないのは怠慢なのではないのか。


「ついたぞ」


 ゴルドバのそのセリフで痛切にそう思った。

 マップを開く。

 ゴルドバの鍛冶場で見た時と座標が変わっていない。

 そう、その屋敷はゴルドバの鍛冶場の真上にあった。


「……岩盤ぶち抜いたら一分で着いたな、これ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ