第4話 鍛冶師
無数の小太陽が燦然と輝いていた。
一定の間隔で《ライト》が配されている。眩し過ぎず、光は柔らかい。一時期、《ライト》による目潰しが猛威を振るったため、目を傷めないよう仕様変更が入ったのだ。
ドワーフは種族柄、《夜目》が効く。《ライト》は他種族のためだ。
エンドレットは迷宮で冒険者を誘致し、一躍大都市へと変貌したのだと言う。だが、話半分に聞いていた。迷宮は各地にある。ソシエの奈落だけ栄えるのは腑に落ちなかった。しかし、実際に目の当たりにすると、冒険者がこぞって選ぶのも納得だ。流石に《ライト》の明かりは居住区のみだが、迷宮の内部は光苔が植えられているらしい。
「……ショッピングモールを思い出すな」
地下を思わせない明るさといい、大勢の人で賑わう様子といい。
馬車は迷宮に入れない。入口の大きさは兎も角、通行の邪魔になるからだ。
商人が買い付けしやすいよう、地下一階は商会が並んでいる。
運搬は商会が代行してくれるのか。荷車を押すドワーフの姿が多い。
地上へ向かう荷車には新品の武具が、地下へ入ってくる荷車には中古の武器が積まれている。新品の武具は購入したもので、中古の武具は修理に出す物だろう。警戒が厳重なのは中古の武器の方である。スキルのレベルが足りないと、修理でアイテムの品質が下がってしまう。ドワーフの腕を頼り、運んできたのだろう。品質に拘ると言うことは高価な武具なのだろうが、俺からすれば箸にも棒にもかからない代物だ。
「インベントリに眠ってる武具を売ったらどんな反応になるんだろうな」
「やめよ」
冗談だったのだが……真顔でシュシュに諭された。
「俺だって《大鷲の斧》で懲りてるさ」
俺が過分な武具を渡したばかりに、《大鷲の斧》は仲間を手に掛けた。迷宮品と遜色のない武具に目が眩み、武具の独占を企んだのである。《大鷲の斧》のリーダー、ゴートは生粋の悪人だったが、大金は善人だって悪人へ変えてしまう。
「金が欲しけりゃ迷宮で稼げばいいし」
「最悪、迷宮で発見したことにして、武具を売ってしまえば良いのではないか。Sランクのアリシアに売ってもらえば、痛くもない腹を探られることもなかろう」
「駆け出しが迷宮品を手に入れたとなればやっかみを買うか。俺達、Fランクだからな」
「面倒なことよ。ランクが実力に直結するわけではないのだがのう」
「ま、無理にランク上げる必要もないだろ」
冒険者ランクを上げることで、依頼が受けやすくなったり、素材の買取金額上がったり、優遇措置を受けることができる。しかし、依頼を受ける気はない。セティにネックレスをプレゼントした時のように、一時的に困窮することはあるものの、基本的に路銀があれば事足りる。大金を稼いでまで欲しい物がないのだ。
「悪目立ちすると思うんだよな。全員がSランクの実力者って」
俺はトトウェル大森林で神罰騎士団を壊滅させた。しかし、王国は災厄の魔女に敗れたことにしている。《ゼノスフィード》に残るプレイヤーは、デスゲームで死んだ者達である。死因のトップスリーに間違いなく黒衣の死神が入っている。黒衣の死神が現れたと公にしてしまうと、国の土台が揺るぎかねないと考えたのだろう。
だが、俺が冒険者として名を馳せれば、王国も俺の存在を隠し通せないはず。
王国を無用に刺激するのは避けたい。
「……しかし、ここは本当に迷宮の中なのか」
思わず疑問を口にすると、シュシュが意地悪く笑う。
「度肝を抜かれたか?」
「町に驚いたのも事実だが……そうじゃない。魔物がいない。迷宮なんだぜ」
「ここはまだ迷宮ではないのではないのか」
「いや、もう迷宮の中だ。転移門が地上にあった」
「……ふむ。そう言われれば不思議だのう」
目から鱗だと言うように、シュシュが目を瞬かせた。
魔物がポップしない迷宮など有りえない。だが、衛兵が魔物を駆除している様子もない。
今までも異世界化の影響で俺の知る常識と異なっていることがあった。
これもその一つなのだろうか。
考えることを放棄し、シュシュに尋ねる。
「冒険者ギルドは何階だ?」
「地下五階だ。六階からが迷宮になっておるからな」
シュシュの話によれば三階が宿泊施設、四階が冒険者向けの繁華街になっている。冒険者ギルドで泡銭を得た冒険者が、宿に帰る途中で金を落としていく仕組みらしい。
「……本当によく考えられた都市計画だな。女王ハーチェが祀り上げられるのも分かる」
俺が舌を巻いていると、セティが首を傾げていた。
「う~ん。本当にあの子が考えたことなのかなぁ。話をしたのは少しの間だったけど、こんなこと考えられたとは思えないんだ。でも、私が来た時は迷宮の中に町はなくて、エンドレットは外の町のことだったし、あの後成長しただけなのかも知れないけど」
「セティの言う通りハーチェの偉業の数々は、“影の伴侶”のおかげではないかともいわれておる。名前も容姿も伝わっておらん、影の薄い伴侶だったと言う。与太話の類かと思っておったが、実際に会ったセティがいうのだ。案外、与太話こそが真実を伝えているのやも知れぬな。そう考えれば“影の伴侶”の情報が残っていないのが作為的に思える」
「でも、五百年前のことでしょ。覚えてる人もいるんじゃない?」
「それは長命種のエルフだから言えることよ、セティ」
「ああ、そっか。そうだね」
会話が一段落したところで俺は口を挟む。
「店、寄っていいか?」
「あれ? 冒険者ギルドは? いいの、兄さん?」
「見た感じ階段の場所は迷宮の時と変わってなさそうだ。端から端まで移動して階段が見つかる感じだろう。五階まで行って戻ってくるのは二度手間だろ」
「そうだね。アリシアもまだ来ないだろうし」
階段を作れないことはないのだと思う。
迷宮を削って町を作り上げたはずだからだ。記憶にあるソシエの奈落より広いのだ。
魔物の氾濫を警戒しているのか。迷宮で魔物が増えすぎると、外に出てくることがある。階段があると被害が拡大してしまう。いや、それもあるのだろうが、それだけではないだろう。これだけ理に適った町造りができるのだ。魔物が溢れてきても防げそうである。魔物の氾濫を名目にして、冒険者を逃がすまいとしているのか。動線も意識しているのかも知れない。この構造だと否応なしにエンドレットの隅々まで歩かされる。
「いらっしゃいませ」
店に入ると店員のドワーフが笑顔を見せた。
「修理を頼めるか」
「何を修理するか伺っても宜しいですか?」
「刀だ。できるか?」
「……へっ、刀ですか?」
「問題が?」
「い、いえ。意外だっただけです。お仲間の武器ですね」
……ああ、そういえば忘れてたな。俺、魔法使いの装備だった。
バツの悪い思いを笑顔に押し隠し、八咫姫を渡すと店員の顔が引き攣った。
拝見します、と八咫姫を抜こうとして……抜けなかった。
「……どうやらこの刀は私がお気に召さないようで」
「面食いな刀なんでね」
「はははは。刀の使い手に会ってみたいですね。さぞかし二枚目なんでしょう」
目を逸らし、そうだな、と返す。シュシュのジト目が痛い。癒しを求めてセティを見れば、「兄さんは格好いいよ?」と、生暖かい視線を向けられた。
「この刀を修理できるか、私では判断できません。職人に見せてもいいですか?」
「この町で何番目くらいの腕だ? あんたのところの職人は? ああ、気を悪くしたなら謝る。でも、分かるだろ。半端な鍛冶師に任せて品質が下がったら目も当てられない」
店員の顔に怒りが浮かぶ。だが、すぐに鎮火した。
「……正直、何番目かというのは分かりかねます。ですが、他の職人にできてうちの職人にできないことはないと自信を持って言えます」
「客商売で客に怒りを見せるなんて論外だ。それだけ仕事に誇りを持っているんだろう。そんな店にいる職人の腕が悪いなんて思わないさ」
「……そう言って頂けるとありがたいですね」
俺も鍛冶師の端くれだ。気持ちは分かるつもりだ。自分の打った武具がボロクソに言われたら俺なら相手を半殺しにするかも知れない。
貶された武器を使って。どうだ、強いだろう、と。
店員に二、三質問をして店を後にする。
「修理を引き受けてくれる鍛冶師を見つけるのは苦労しそうだ」
腕のいい職人を見つけたいのであれば、直接鍛冶場を訪れた方がいいらしい。地下一階は大口の商い向けの窓口で、《鑑定》スキル持ちが配されており、鍛冶師としての腕は低いと言うことだった。高名な鍛冶師も何人か教えて貰った。しかし、八咫姫の必要ステータスは目を疑うほどに高く、このクラスの武具は誰も扱ったことはないだろう、とのこと。
「兄さんが自分で修理すればいいんじゃないの?」
セティの言葉にシュシュがはっ、と素っ頓狂な声を上げた。
「……修理できるのか?」
「俺のサブクラスは鍛冶師だぜ」
「サブクラスは誰にでもある。そうではなく。修理可能なレベルなのか?」
「八咫姫を鍛えた職人に修理ぐらい自分でできるようになれ、って言われてたからな」
「……スキルレベルは幾つだ?」
「8」
「…………なんと、まあ。鍛冶師としても一流か」
「一流だって胸を張ればいいのか。職人の質の低下を嘆けばいいのか。悩ましいところだよ」
鍛冶に打ち込むドワーフには悪いが、俺にとって鍛冶は趣味でしかない。それで一流だと褒められても、微妙な気分になってしまう。
「職人には同情するけどな。熟練度上げは数をこなすしかない。でも、肝心の素材が出回ってないんだ。そりゃ、スキルのレベルも上がらないさ」
「ならば、お主が修理するしかあるまい」
「見ず知らずの相手に鍛冶場を貸してくれると思うか?」
「……難しいだろうな」
シュシュにそういうこと、と手を振る。
鍛冶に携わっていないという店員でさえ、あれだけ鍛冶を誇りに思っていたのだ。門前払いされるのがオチだ。だが、アリシアと合流するまで他にやることもない。一縷の望みをかけて鍛冶師を訪ねてみるか。
地下二階の住宅街、地下三階の宿場町、地下四階の繁華街と抜け、地下五階へやって来た。物見遊山だった事、二人して俺の腕を取り、歩き辛かった事。三時間はかかった。
「もぐもぐ……ぷはっ、美味い」
「たれがついてるよ」
「むっ、すま、むぐっ、セティ」
シュシュは串焼きを全て頬張ると、火魔法で残った串を焼き尽くす。シュシュがごくり、と飲み込むと、セティが次の串焼きを渡す。シュシュは満面の笑みになり、串焼きにかぶりつく。シュシュは口周りをたれで汚す。その度にセティがハンカチで拭う。
「あら、仲いい親子ね」
通りすがりの老ドワーフが俺達を見てそう言った。
甲斐甲斐しく世話をするセティと、一心不乱に串焼きを食べるシュシュ。
言われて見れば親子のように見えなくもなかった。
俺はニッコリと微笑むと……大急ぎで風魔法を展開する。
「うふふ。私、兄さんの奥さんだと思われてるね」
それが理想の妻像なのだろうか。口元に手を当て、セティが上品に笑う。
「何を言う。妾が妻よ」
「あの人は親子って言ってたよ。子供はどう見てもシュシュのほう。奥さんは私ってことになるんじゃない? あ、服にまでたれを飛ばして。これ、洗濯で落ちるかな」
「洗濯も満足にできずに、何が妻か」
ふふん、とシュシュが《清浄》の生活魔法で服を綺麗にする。
「……うん、シュシュは子供じゃないね」
「分かれば良いのだ」
「姑さんだ」
「何だとっ」
やっぱりな、と俺は顔を手で覆う。
こうなると思ったから老ドワーフの声を届かないよう、風魔法でシャットアウトしたのである。しかし、遅かった。ヒートアップする二人を尻目に俺は忍び足で立ち去る。
言い争いをしている間はまだいい。
――兄さんはどっちが奥さんにふさわしいと思うの?
――妾に決まっておるよな!
と、矛先がこちらを向くと面倒くさいのだ。
逃げるが勝ちである。
冒険者ギルドで合流と言ってあるのだ。逸れたところで問題はないだろう。
通りを歩きながら腕を回す。自由になった両腕が爽快だ。
……好かれるのが嫌なワケじゃないんだけどな。ただ、ああもぐいぐいと迫って来られると。目の前から走って来る人がいれば、思わずかわそうとするだろう。それと似た感じと言うか……二人と距離を詰めるのなら、一歩一歩行きたいんだよ、俺は。
一度はセティも理解を示してくれた。俺の気持ちが固まるのを待つ、と。
だが、生粋の引きこもりだったセティは煽り態勢が低いのだろう。
シュシュがアプローチを始めると約束は忘却の彼方へ消えてしまう。
「……ま、なるようになるだろ」
二人から逃げ切れる気がしない。逃げる気もないが。いずれ、捕まるだろう。
こう考えること自体、絆されてきた証拠か。
家々の煙突からは白い煙が出ている。槌音が聞こえて来る。あれが鍛冶屋なのだろう。鍛冶屋が軒を連ねているのだ。うるさい。ドワーフは平然と出歩いているが、冒険者は耳を塞いで足早に立ち去ろうとしている。
「……やっぱり、鍛冶場を貸してくれとは言い辛いよな」
鍛冶に打ち込んできた人への侮辱だろう。
だが、八咫姫を修理できないのも困るのだ。
《耐久度》を回復するアイテムで砥石がある。低級、中級、上級と幾つかあるが、《耐久度》を完全に回復することはできない。最高でも《耐久度》を75%までしか回復しない。しかも、砥石を使うたびに《耐久度》の最大値が下がる仕様だ。砥石を使えば使うほど武器は痛みやすくなるのである。この最大値を回復させるために鍛冶師がいる。
伝説の名工と出会えますように、と祈りつつ鍛冶屋に入る。
「あのぉ、すいません。誰かいますか?」
奥から槌音が聞こえてくる。留守ではない。今度は声を張り上げるが、返って来るのは槌音ばかりだ。取り込み中らしい。黙って待っていろ、ということだと思い、椅子に腰かけて暫し待つ。欠伸をかみ殺していると、鍛冶場で動きがあった。
「誰だ! やかましい! 槌の手元が狂ったらどうしてくれる!?」
肩を怒らせて鍛冶場からドワーフが出てきた。
「申し訳ない。修理を頼みたくて――」
あれ、と思った。
どこかで見たことがある。つい最近だ。
どうやら先方も同じことを思ったらしい。
互いにまじまじと睨めっこをし、
「……お前さん、オウリか」
と、ドワーフが呆けたように言う。
失礼な話だがそれで思い出した。
彼が打ったと言う剣を八咫姫で切った時、同じような顔をしていたからである。
「よう、無事に逃げられたみたいだな」
「……お前さんのおかげでな」
神国の牢屋で臭い飯を食った仲……いや、食う前に脱獄したんだが。
商人をまとめてくれていたあのドワーフである。
相当運が悪くなければ顔見知り合うことはない。そういったが……世間は狭いな。
これは運が良いのか悪いのか。少なくとも門前払いはなさそうだ。
とはいえ、訪ねる鍛冶屋を選んだ基準を考えると、一概に偶然とも言い難い。何人か腕のいい鍛冶師の話を聞いたが、ここを選んだのは商会に属していないからだ。上の指示を仰いでみないとなんとも……と言われるのが嫌だったのである。一方、エルフ。彼らは情報の流出を恐れ、小口の商いを幾つもの店としていたという。つまり、エルフも俺も似た基準で店を選んでいたのだ。牢屋で出会った誰かと再会する可能性は高かった。
ドワーフを見る。腹を。出ている。
「樽買いのゴルドバっていうんだって?」
「誰から聞いた!?」
締まらない再会であった。




