第3話 シュシュ
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【クエスト】Chapter6《新たなる世界》
【聖暦】438年
【詳細】輪廻の神スニヤの消滅は一つの災厄の復活を意味した。穢龍ニグルドゥーラ。封印から解き放たれたかの龍は、世界を滅ぼさんと活動を再び始める。滅亡に向かって突き進む世界を救ったのは齢五歳の少女。彼女は為政者として威厳を持って、ハイヒューマンに助力を訴えかけた。少女は魔王により滅ぼされし王国の王女――その転生者であった。《アース》への帰還の望みを絶たれ、厭世的になっていたハイヒューマンだったが、彼女の熱い思いに感化される者が一人、一人と現れる。そして、ハイヒューマンは《新たなる世界》を生きる一歩として、穢龍ニグルドゥーラの討伐を成し遂げる。
【ボス】穢龍ニグルドゥーラ
【報酬】棄槍ルドラ
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「ふん。読み物としちゃよく出来ているが」
一通りジャーナルに目を通し思った事がそれ。
一体、どこまでが本当の事なのか。どれも美談にまとまり過ぎている。
大体、デスゲームの経緯だって嘘だらけだ。
《XFO》は厚生労働省からの通告で、サービスの停止が決まっていたらしい。
人体に深刻な悪影響が出る、というのがその理由だった。
スニヤは《XFO》がゲームである事を理解していた唯一のNPCだった。
サービスの停止はNPCの死を意味する。だから、スニヤはプレイヤーを人質に取り、サービスの続行を強制させた――というのがデスゲームの真実だった。
「……しかし、《XFO》が異世界化した、ねぇ」
《XFO》はリアリティがウリとはいえ前提としてゲームであった。サーバーの負荷になる不要な要素は排除されていた。汗をかかなかったり、産毛がなかったり、だ。
試しに産毛を抜いて見ればチクリとする。
「夢でもゲームでもない、か」
だが、異世界化出来たのであれば。
「……なんでお前は来なかったんだよ」
恐らく《世界創生》の発動には、スニヤの死が必須だったのだろう。分かっていても冥福を祈る気持ちにはなれない。裏切られたような、見捨てられたような気分だ。
スニヤは親友だったが、兄のようでもあった。
俺は家族を守る為に戦った。
最初はセティを守ろうと。
だが、途中から一人増えた。
スニヤは出来た人だった。
NPCから非難を浴びながらも理解を求めなかった。スニヤの行動を理解して貰う為には前提として、《XFO》がゲームであると知らなくてはならないためだ。
「僕が命を賭けたのは彼らに魂が存在すると信じるからだ。理解されないのは辛いけど、彼らに自分の命を卑下して欲しくないんだ。それに僕にはオウリ、君という理解者がいる。もう報われているさ」
なあ、スニヤ。お前には色々教わった。鍛えてくれたのもお前だ。この恩をどこに返しゃいい?
無言の問いかけは青空に吸い込まれて行った。
「何を見ておった。聖典か」
「起きたか」
シュシュが身体を起こして俺を見ていた。
彼女は魔王だと名乗った直後気絶していた。服は俺が着せた。
八咫姫と濡鴉の外套は回収し、インベントリに仕舞ってある。装備ペナルティを受けても使うべき装備もある。救済の剣がまさしくそうだ。だが、あの二つは最終装備の一つであり、要求ステータスも相応に高く、装備しても使い物にならない。
ここは洞窟を出た場所。森のどこかである。
「なんだ、聖典って」
「ハイヒューマンのみに見えるという神の言葉よ」
「ん、神様が記したにしちゃ恣意的だがな」
「何を言う。だから、神なのだろう」
確かに。
《XFO》では名前しか出て来なかった七大神が、五百年で人の歴史に干渉するようになっていた。
Chapter8《聖なる王国》。
神の言葉に従いハイヒューマンは、世界を導くべく聖なる王国を建国し……とある。寄る辺のないハイヒューマンに故郷を与えたのだ、と高らかにジャーナルは謳っているが、その後の歴史を見れば別の意図が透けて見える。ハイヒューマンに選民思想を植え付ける事だ。どうも彼らはヒューマン以外を亜人と呼び、虐げている様子なのだ。
ちなみにChapter8の報酬は支配の王笏。
名前からしてロクなものじゃないだろうな。
「なあ。ハイヒューマンってのは、あのハイヒューマンなのか。俺の仲間だった」
「聖典を見たのであれば分かっておるだろう。この世界を支配するのはハイヒューマンだ。ただのヒューマンに成し遂げられる芸当ではあるまい」
「だろうな……」
と、するとログアウトしなかった……出来なかったプレイヤーがいる。
知っているかも知れない人が歴史を作り、その流れの延長線上にいるのかと思うと、何とも言えない気持ちになった。
「妾からもいいか。五百年の間。何をしていた、オウリ」
スニヤが討伐され、世界の崩壊を目にした事。
気が付くと洞窟の牢に捕らわれていた事。
成り行きでシュシュを助ける事になった事。
シュシュを完全に信用するワケではないが、どの道情報のすり合わせは必要になる。俺が五百年前を生きていたハイヒューマンだと知っているシュシュは都合が良かった。
「ふむ。興味深いが。その証言だけでは」
「いいさ、無理に信じなくても」
「早合点するな。検証のしようがないと言っただけだ。信じぬとは言っておらん。亜人を謀ったところでオウリに益はなかろう。多少成長しているが以前と変わらぬ容姿。転生者とも思えん」
復活の代わり、ではないだろうが、この世界には転生がある。
転生したら容姿が変わるのか、と考えているとシュシュがにやにや笑っていた。
「そら、容易く騙される」
「おい、嘘かよ」
「むしろ似た容姿が多いぞ。無論、例外もあるがな。妾のように種族が変わる事も」
俺がは~、とため息を吐くと、シュシュが慌て出した。
「短気はよせ。からかっただけではないか」
「あのな、殺しゃしねぇよ。敵意の有無くらい分かる。てか、俺が分からねぇのはよ。なんでそこまで敵意がないのか、だ。一応、俺はお前の仇なのは間違いないんだぜ」
とはいえ、俺一人で魔王討伐を成し遂げたワケではない。
MVP報酬を手に出来たので、一番活躍したのは間違いないが。
「当時の妾は制御出来ない憎悪に操られておった。知っておったか? 魔族とは元々、《穢れ》を受けたヒューマンの事なのよ。だから、殺されたというより解放して貰った、という気持ちの方が強い」
「恩人を刺したのかよ」
「うむ。気の利いた挨拶だっただろう」
「ああ、はいはい、そうですね」
「だが、思い付きで行動するものではないな。おかげで気絶してしまったわ」
シュシュの首輪は隷属の首輪というアイテムなのだと言う。
奴隷に嵌められ、主人が定めた命令に逆らうと激痛が走るのだ。
奴隷とはね。モラルを称賛された日本人も野蛮になったもんだぜ。奴隷制度を採用しているのはオルフェイム王国だけ。ハイヒューマンが作った王国だけらしい。
シュシュの主人は殺されていた商人だった。
その時点で逃げ出さないように、といった命令は解除されていたが、ヒューマンに逆らうな、という命令は生きていたのだ。なのに、俺を刺した事で奴隷の首輪が罰を実行。
シュシュは飄々とした態度だったが、内心では激痛に呻いていたらしい。
で、会話が一段落したので気絶したと。
バカだな。
だが、こんなバカは嫌いじゃない。
「なんで奴隷になったんだ?」
「亜人は立場が弱い。かどわかされ。奴隷にされたという。実にありふれた話よ」
「…………」
胸糞の悪くなる話だ。
思った以上に亜人は迫害されているのかも知れない。
しかし、気にかかるのは……シュシュの語り口だ。どこか他人事のように語っていた。いや、他人事だと思わないとやっていられなかっただけかも知れないが。
「で、外さないのか、首輪。ご主人様は死んだんだろ」
「外せるなら外しておるわ。マジックアイテムなのだぞ」
「ああ、呪われたアイテムね。あった、あった。そういう」
「嵌められたが最後、一生外れる事は無い。いや、手段はあるのだがな。守銭奴の神殿に願い出なければならん。お主のクラスが神官であったならな」
「《ディスペル》が使えたのに、ってか」
「連中は《ハイヒール》でさえ大金を要求するぞ」
医療費は高いものだ。地球でもそうだった。だから、即座に悪と断じる気はないが……シュシュのこの言い方だと、足元を見た商売をしているのだろう。
「ここは王国なのか?」
「うむ」
「そら、死活問題だわな」
俺はシュシュを連れて行く気でいる。《XFO》で世界中を旅したが、マップを見ると地形こそ変わらないが、町や地名は大きく変わっている。道案内が必要だ。
旅の同行者に隷属の首輪が嵌っているのはよろしくない。
シュシュが素直に従うかは別として……俺に関する情報を寄こせとか、ハメる手伝いをしろと言われても逆らう事が出来ない。相手がヒューマンだと言うだけで。
ちなみにハイヒューマンはヒューマンの上位種とされている。
ヒューマンと一口にいっても広義ではハイヒューマンも含む。
「それ、外すか」
「いや、だから外せんと」
「確実じゃないが外せると思う。ま、試すだけならタダだろ」
「……ま、真か。頼む。外してくれ」
さて、用意しますは鳳凰の外套。
ペナルティで装備出来なかったアレだ。
「俺、あっちに行ってるから、それ着ろ」
「は? いればいいではないか」
「着れば分かる」
木陰で一休みしていると、おおおお、という歓声が上がった。
《XFO》がベースとはいえ異世界化の影響がある。
俺の知る常識と異なる可能性があった。
しかし、成功したらしい。
「凄い、凄いぞ、オウリ!」
シュシュが喜色満面で駆け寄って来る。手には隷属の首輪があった。
「あの、けばけばしい外套な、着たら物凄く重くて。身動きが取れなくなった。声も出せんし、このまま死ぬのかと覚悟した。その時だ! 身体がふっと軽くなり妾は驚いた! 隷属の首輪が外れておったのだ!」
……顔を手で覆う。なぜ、全裸で来た。気遣いを無にして。
シュシュに黒狼の外套をかけてやる。膝をついて目を見ながら語りかける。
「シュシュ、はしたない」
シュシュは裸である事に気付くと、にやり、と笑った。
「ふむ。お主も未熟な果実を好む輩か? よいよい、珍しい話ではないわ。幸いというか、妾の主人は真っ当な性癖だった。妾は初物ぞ。初物の青い果実は垂涎の的と聞く。味見したいと考えても誰もお主を責められん。せめて優しくして欲しいものだ」
挑発的な物言いだが、一抹の不安が感じられた。
俺はため息を吐くと、真摯に語りかける。
「あんな事があったんだ。ヤケになるのも分かる。でもな、もっと自分を大切にしろ」
「す、すまん」
「分かったならいい。ほら、バンザイしろ」
「は?」
「喜べ、って言ってんじゃないぞ。服を着せる。バンザーイ」
「う、うむ」
「足。上げて」
「お、おう」
「そこ、腰かけて。靴はかせる」
着替えさせるとシュシュは見違えた。
うむ、俺のセンスも捨てたもんじゃないな。
黒いワンピースが大人びたシュシュの魅力を、白いかぼちゃパンツが愛らしさを引き出している。
ジャーナルを読む傍ら、コーディネイトを考えていたのだ。
俺の楽しみの一つにセティを着飾るというものがあった。しかし、いつの頃からかセティは自分で服を選ぶようになり……溜まった欝憤がシュシュに向かったというワケである。
「……ずいぶん、手慣れておったな」
「妹がいたからな」
兄さん、一人で着替えられるから!
そう言われた時のショックは……ああ、ダメだ。思い出しただけでへこむ。
「で、どういう理屈だったのだ?」
「ペナルティを利用した裏技だな。《器用さ》が足りない防具はペナルティがかかって重くなる。んで、《器用さ》が足りない程、ペナルティは重くなる。昔、身の丈に合わない防具を装備するバカが続出した事があってな。見かねた神様が身動きが取れなくなったら装備が外れるようにしてくれたのさ」
当初、運営は仕様と発表していたのだが、余りのクレームの多さにパッチを当てたのだ。呪われたアイテムも外す事が出来る為、修正パッチが当たるかもと言われていたが、どうせ《ディスペル》で解呪出来るんだし、もうこのままでいいんじゃね――と思ったかどうかは定かではないが、結局、パッチが当たる事は無かった。
俺のようなソロプレイヤーが重宝していた裏技だ。
「して、これからどうする?」
「妹を探す」
「妹? すでに死んでおろう。いや、転生の可能性もあるか」
「血の繋がりは無い。妹はエルフだった」
「ふむ。それなら希望はあるか。名はなんという?」
「セティ。リオンセティだ」
シュシュが目を見開いた。
「……縁とは不思議なものよのう。よもやここでその名を聞こうとは。五百年前から変わらず、お主の妹は生きておる」
「…………おい、それ、本当か? シュシュ! セティは元気か!?」
シュシュの肩を掴んで揺する。が、逆効果だった。シュシュが目を回してしまった。
「……健勝である事は確かよ。しかし、安心しろ、とは言えん。リオンセティ。二つ名は災厄の魔女。王国史上、最古の神敵よ。近々討伐隊が差し向けられると聞いた」