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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第2章 ドレスザード神国
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第22話 試練5

 三人が駆け寄って来る。

 いち早く到着したのはセティである。《瞬動》で一目散に飛んで来たからだ。セティは俺を一瞥すると、すぐに背中を向けてしまう。俺を守るべく親父との間に立ったのだ。


「兄さん、回復薬飲める?」

「無理だ」


 《治癒功》を発動させているが、まだ腕は動かせそうにない。腹の傷が深すぎて腕の回復が進んでいない。


「分かった。シュシュ、早く!」


 余裕のないセティの叫びに、ひっ迫したものを感じたか。シュシュが足を速める。しかし、トテトテがトコトコへ変わっただけ。幼女にしては十分速い。周りが周りなだけに、相対的に遅く感じる。焦れたアリシアが踵を返す。シュシュを小脇に抱え、飛んで戻って来る。


「…………これは」


 俺の怪我を見たシュシュが絶句する。

 

「治せる?」


 振り返らずにセティが言う。


「……むぅ。治せぬことはない。しかし、時間がかかるぞ」

「私が黙って見ているとは思わぬことだ」


 親父が一歩前に出た。それを無視し、セティは魔法の鞄をごそごそと漁っている。

 取り出されたのは赤い液体の入った瓶。イフリートの息吹だろう。

 セティは瓶の紐を掴み、ぐるぐると回す。ええい、と可愛らしい掛け声で瓶が放たれる。矢のように瓶が飛ぶ。明後日の方向へと。一旦は瓶を見送った親父だが、不意に焦った様子で魔法を発動。生まれた岩の壁に瓶が当たる。爆発が起こる。瓶が飛んだ方向に大事な何かがあったのか。守り切ったことで親父の気が一瞬緩む。その隙を逃さずセティが、《瞬動》で親父の脇を抜ける。その手には新しい瓶がある。


「時間は私がかせぐ! シュシュは治療を!」

「待て! セティ!」


 勇み足過ぎる。そう思って追おうとするが、シュシュの影が俺の足を掴む。


「追ってどうする。共倒れする気か? ふん、拳も握れぬ癖に。履き違えるなよ。成すべきことを」

「…………ああ。そう、だな。治療を頼む」


 虚勢を張っても立っているのが精一杯だ。歯がゆいが……シュシュの言う通りである。

 飛びだしたセティを親父が追う。が、その進路を大気の壁が阻む。

 

「……ああ、手を出してしまった。私は場違いだと言うのに……」


 《アトモスフィアカーテン》だ。

 ナイスだ、アリシア。台詞がなきゃ、完璧だった。


「ゴーレム、止めろ!」


 親父の命令に従って、魔法陣ゴーレムが起き上がる。大気の壁は音を遮るが、ゴーレムへの命令は念じるだけでいい。叫んだのはそれだけ親父が焦っているということだろう。


「うわ、大きいなあ」


 立ちあがったゴーレムを見上げ、セティが呑気な感想を漏らす。


「でも、楽でいいね」


 的が大きいと。その言葉を飲み込み、セティが瓶を放り投げる。ゴーレムは華麗に瓶を避け、セティは苦境に立たされる……かに思われた。しかし、予想に反してゴーレムは瓶を受け止めた。真っ赤な炎の大輪がゴーレムの上半身で咲く。もうもうと煙を上げるゴーレムにセティが回転しながら跳びかかる。とお、と踵落としを放つ。《雷声落とし》だ。イフリートの息吹で虫の息だったのだろう。ゴーレムは上下真っ二つになる。


「……なんだと」


 一瞬だが親父の足が止まる。驚愕の深さが窺い知れる。

 ゴーレムはセティを倒せるだけのポテンシャルを秘めていた。しかし、命令が悪かった。ゴーレムは事前に命令を良く仕込んでおかないと、本当に場当たり的な対処しかしないのである。この場合、止めろと言うのではなく、倒せと言うべきだったのだ。


「……師匠は追わせない」


 アリシアは悲壮な決意で親父の前に回り込むが……剣を構えた時には彼女の前には誰もいなかった。アリシアを相手にする時間も惜しいらしい。親父は《瞬動》でアリシアを置き去りにしたのだ。はは、とアリシアが乾いた笑いを漏らす。親父の動きが全く目で追えなかったのだろう。

 親父の進路にある地面が盛り上がる。

 大気の壁の正体は地面から噴き上がる突風だ。一見、土砂が突風で巻き上げられたかのように思えた。しかし、根源魔法で親父が土を操っただけである。土砂の大半が崩落すると、後にはアーチ状の門が残された。門を潜り、親父は大気の壁を超える。


「……行きたくない。行きたくない。でも、行くしかない」


 格の違いを思い知ったはずだ。それでもアリシアは門を潜る。

 アリシアの献身で時間を得たセティは、イフリートの息吹で岩の壁を破壊していた。わずか、二発。俺が詠唱しなければ出せない火力を、ただの投擲で出せるのだから恐れ入る。

 だが、徐々に親父とセティの距離が縮んで来ている。

 理由は二つ。

 まず、二人が取る進路の違いだ。セティはジグザグに進み、親父は一直線に進んでいる。親父が石弾でセティを狙撃しているからだ。石弾を避けながらだと、どうしても進路がぶれる。アリシアは一人、遅れている。彼女は《瞬動》が使えない。仕方がない。

 次に動作の有無だ。

 セティはアイテムを投げるため、一旦足を緩める。しかし、親父は魔法を《無詠唱》で発動出来るのだ。

 時をおかず、均衡は崩れるだろう。

 セティは走り出してから、一度も振り返っていない。石弾を《制空圏》で感知しているということだ。しかし、《制空圏》で感知出来る範囲は広くない。精々、二メートルか。距離が狭まり、親父の狙撃が正確性を増せば、足を止めざるを得ないだろう。

 しかし、親父は何を守ろうとしているのか。

 そう言えば俺が《エアライド》で旋回している時、親父の攻撃にムラがあったことを思い出す。ある方向へ行こうとすると、親父の攻撃が激しくなったのだ。丁度、イフリートの息吹が投げられた方向だ。あの先にある物と言えば――

 

「オウリ、ノームからの伝言だ。”試練はまだ終わっていない”」


 …………なるほどな。

 シュシュの言葉で疑問が氷解する。

 土の試練の勝利条件は、土の水晶を破壊すること。セティが狙っていたのは、土の水晶だったらしい。親父の依り代は試練に際してノームが作ったものだ。試練が終われば依り代が崩壊するのは当然と言えよう。しかし、釈然としないのは……なぜ、それを俺にいわない。ノームは逃走を推奨していたし、戦うとは思ってなかったんだろうが……聞いてたらやりようはあったんだぜ。


「ところでこれ、《ハイヒール》か?」


 知らぬ間に《ヒール》発動を示す、暖かな光が俺を包んでいた。


「《エクストラヒール》だ。ん、詠唱していたぞ?」

「セティ達に気を取られてた」

「ふん、妾の美声を聞き逃すとはな」


 《エクストラヒール》はヒール系の最上位に当たる魔法である。第七階梯のため、《無詠唱》、《詠唱破棄》は出来ない。そう言うと第四階梯の《ハイヒール》を連打した方が回復するように思えるが、《ヒール》系統の魔法は十秒かけて《生命力》を回復させる。その間、他の回復効果は重複しない。より高い効果で上書きはされる。《ヒール》をかけた後に《ハイヒール》をかければ、《ハイヒール》の効果で上書きされる。


「……しかし、手酷くやられたものよのう。まさか、ここまで一方的にやられるとは。救援要請を受けた時には想像だにしておらんかったぞ。オウリと言えども荷が重たかったか。無理もないが。相手が七大神では」

「……いや、追い詰めたんだぜ。回復されただけで。それに……」

「それに? なんだ? 言え、オウリ。ノームから事情は聞いている。だが、直接矛を交えたお主の話を聞きたい。僅かな情報が勝敗を分けるやも知れん」

「…………この左目と、右腕……な。やったの、俺なんだわ」

「…………は?」

「左目は抉って、右腕はキャンプファイアーに手ぇ突っ込んだつーか」

「……意味が分からん。なぜ、そうなった? 問い質したいが……《ヒール》が切れた。後、しゃがめ。包帯を巻く」


 治療をシュシュに任せ、俺はセティに目を転じる。

 少し目を離していた隙に攻守が逆転していた。

 遠距離を狙撃するのは難しい。それは弓も魔法も変わらない。遠くの水晶を庇うのに注力して、親父は全力を出せずにいたのだろう。しかし、今や水晶は親父の背後にあった。

 セティはアイテムを投げるも、親父に石弾で撃ち抜かれている。

 アイテムの方から近付いて来るのだから簡単だろう。

 地力の差がここへきて表れ始めていた。


「セティ!」


 俺は思わず声を張り上げる。

 セティの足元に親父の《魔力》が流れるのが見えた。セティもアリシアも《魔力感知》を持っていない。避けられない……はずであった。しかし、セティはひょい、と土の杭を避けて見せた。《魔力》を感知したとしか思えない。アリシアも同じ疑問を抱いたようだ。

 

「なんで避けられるんですか、師匠!?」

「う~ん、なんとなく? あ、アリシア。そこ危ないよ」


 セティがアリシアを突き飛ばす。アリシアの足元に《魔力》の塊があった。遠目では判別出来ないが、魔法陣が描かれているだろう。踏むと爆発を起こす魔法陣で、土属性魔法、第四階梯《ロックマイン》と言う。設置するには手で地面に触れなければならない。セティを追いかけている最中、親父が仕込んでいたものだろう。


「いやな感じがしたら、それが魔法なんだよ」

「嫌な感じ……ですね?」


 ふわっとした説明に、アリシアが真顔で頷く。それで分かれば苦労しないだろう、セティ。俺が呆れていると「分かりました!」とアリシアが快哉を上げた。分かるのかよ。

 事実、アリシアは《アースバインド》をかわして見せた。

 二人は晴れて《魔力感知》を習得したらしい。

 

「…………俺の苦労って」


 《魔力感知》の習得には他者の《魔力》を感じ取る必要がある。二人は気付いていないかも知れないが、普段から根源魔法で風を操っては、気付かないか試していたりしたのだ。

 結局、実戦に勝る経験はないと言うことか。

 親父の《魔力》は濃密だ。分かりやすかったのだろう。

 しかし、嬉しい誤算だ。


「ふむ、こんなものか。オウリ、確かめてくれ」


 シュシュに促され、身体の調子を確かめる。右腕は……動く。


「良さそうだ」

「《ブレッシング》をかけるか?」

「セティ達を優先してくれ」

「すでに祝福済みよ」

「……俺は……止めとく」

「不安は拭えぬか。ならば、よした方が良かろう」

「悪いな」

「良い。アリシアも似たようなことを言う」

「セティみたいに力押しするタイプなら、《ブレッシング》が覿面に効くんだけどな」


 《ブレッシング》はステータスを上げるバフだ。火力は上がるし、打たれ強くなる。基本的にはいいことだ。しかし、戦い方次第ではバフが足を引っ張る。特に俺は脚を使って撹乱するタイプだ。バフがあれば五歩かかるところを、四歩で到達出来たりするだろう。だが、踏み込む足の左右が違うだけで、斬撃に力が乗らないこともある。デスゲーム時代、ソロで行動して来た。バフの掛かっていない状態での戦い方が身体に染み付いている。

 トトウェル大森林で慣熟訓練は行っている。

 しかし、あの森の敵は弱い。

 俺が頼みにするのは刀剣のような鋭い感覚だ。

 ぬるま湯では刀は鍛えられない。


「左の目と腕は……無理なようだな」


 戦況に目をやり、シュシュが呟く。

 《生命力》は完全に回復した。しかし、左目と左腕はない。《部位欠損》の状態異常だからだ。これを治すには《リカバリー》の魔法がある。左腕は親父が綺麗に斬ってくれた。繋げるだけなら数分もあれば十分だろう。だが、悠長に治療をしている時間はない。応急処置として、左腕と左目には包帯が巻かれている。出血と痛みを止める効果がある。

 セティもアリシアも大分押し返されている。

 アイテムも残り少ないのか。

 逃げ回るだけになっている。


「シュシュ、乗れ」


 俺が膝立ちになると、シュシュは目を輝かせ、とうっと地面を蹴る。ぴたり、とシュシュが俺の肩に収まる。手慣れ過ぎだろ、シュシュ。しかし、今は文句を飲み込む。

 俺が乗れって言ったんだしな。

 文句は今度まとめて言おう。

 

「妾を肩車せんと実力が発揮出来ぬとは、オウリも難儀な体質をしておるのう」

「いやいや、人を見下さねぇと気が済まない魔王様には負けるね」


 俺は身体を解しながら軽口を返す。


「オウリは肩車し、妾は見下す。おお、利害が一致しておるぞ」

「まァ、なんだ。頼りにしてるぜ」

「期待には応えよう」


 足を前に出す。身体が重い。疲労だ。だが、一歩、二歩と踏み出せば、身体は軽快さを取り戻す。疲労を一旦棚上げにしているだけ。身体は休息を求め、悲鳴を上げている。だから、この戦いが終わるまで疲労を棚上げし続ける。体調は万全。思い込め。なに、簡単だ。体感では本日、最高速度をマーク。向かう先にはセティがいる。アリシアがいる。そう、仲間がいるのだ。

 

「セティ! アリシア!」


 俺が声を掛けるとセティとアリシアが振り向く。セティは嬉しげに。アリシアは涙目だ。


「兄さん、もう平気なの!?」

「……遅い。遅いぞ、オウリ! 死ぬ、死ぬ!」

 

 アリシアが泣き言を吐くが、つい先日はブレイザールに呑まれていたのだ。親父に立ち向かえるのだから格段に進歩している。殺気に慣らす訓練をした成果が出ている。涙目になるアリシアが愉快で、やり過ぎた甲斐はあったというものだ。

 親父は土の水晶の前から動かない。

 その周囲には十体のゴーレムがいる。水晶を守らせるつもりなのだろう。俺達は四人だ。一人では手が回らないと判断したのか。ありがたい(・・・・・)。俺一人なら苦戦は必至だが、今はセティがいるのだ。アイテムを二、三投げればまとめて破壊出来るだろう。

 

「ホッとしてるトコ悪いが。もう少しだけ働いてくれ。俺に続け」


 そう言って先陣を切る。俺に続く気配を感じながら、インベントリから剣を取り出す。

 

「借りるぜ、ユマ」


 聖剣アーヴァチュア。今は亡きユマの愛剣。八咫姫が浮気を咎め、震えて来るが無視だ。左腕を失っているのだ。《腕力》を補わなければ。その為には剣士の最終装備は打って付け。親父が放って来る石を聖剣で払いのける。ともすれば、八咫姫を使うよりも易々と。アーヴァチュアは優秀な武器だ。しかし、やはりというか、一体感は感じられない。無意識にユマの剣技と比べてしまい、振るう剣に自信が持てずにいるのだろう。

 ユマの剣は荒々しくも流麗だった。

 振るう。

 剣を。

 払う。

 石を。


「もう少しがんばろう、アリシア。また、兄さんが武具をくれるよ」

「おお、師匠!? 本当ですか!?」

「うん、また私から頼んであげるから。シュシュは?」

「妾を物で釣ろうなど笑止千万……と、言いたいところだが、ふむ、悪くない」

「なにが欲しいの?」

「言えん。セティには。むぅ、揺らしおって。これ見よがしに」

「ん? 師匠には揺れるほどのモノはないと思うが」

「ネックレスの話だ!」

「アリシア、後でお話ししよう」

「……はっ、はひぃ」


 ……三人揃えば姦しいと言うが。緊張感なさすぎじゃねぇか。

 俺が親父の攻撃を通さないと信頼しているからだろうが……


「……オウリ、まだか」


 シュシュの声に焦りが混じっていた。


「堪えてくれ」


 悪いとは思うが、そう返すしかない。

 親父に近づいたことで石弾は正確さを増し、俺達に直撃するコースを飛んで来るようになった。しかし、石弾の軌道を逸らそうにも、剣の範囲に入らないと手が出せない。石弾が目の前まで来るのだ。シュシュは気が気でないだろう。ましてや、シュシュには石弾を防ぐ手段がある。だが、石弾が目の前まで来てしまえば、その手段を用いても間に合うかは賭けになる。よく自制してくれていると思う。


「やれ、シュシュ!」

「心得た!」


 シュシュが掌を掲げると、中空に光の球が生まれた。光源を生み出す神聖魔法、第一階梯《ライト》である。術者を追尾するよう設定も出来、直接見ても目を傷めないという、ダンジョンのお供に最適な魔法だ。元々は太陽のように直視は危険だったが、《無詠唱》の《ライト》が目潰しとして優秀すぎたため、仕様が変更された。

 と、ここまでは仕込み。

 本番はこれからだ。


「魔を喰らえ――」


 シュシュの台詞は詠唱ではない。不要だ。これって中二……あれ? 俺もよく同じことを……勢いは大事だな。叫ぶことで脳のリミッターが外れ、力が入るようになると言うし。別段、俺達は中二病を拗らせているワケではないのだ。

 

「――《闇の帳》!」


 錐のように尖った俺の影が、進路を示すように伸びる。正確にはシュシュの影が。肩車しているため、影が重なって見えるのだ。影魔法の威力は影の濃さに比例する。《ライト》を使ったのはこのためだ。天井に開いた穴は光源としては心許ない。

 石弾が影の領域に入る。すると、石弾は見る見る縮んでいき、最後には跡形もなく消える。一応、《魔力》が食らい尽されるまで魔法は存在し続ける。しかし、《闇の帳》は親父の魔法を瞬く間に平らげて見せた。実質、《闇の帳》に入った魔法は、無効化されると言っていいだろう。


「……チートだな」

 

 効果も十分脅威に値すると思うが、俺が何よりもチートだと思うのは、《闇の帳》が第五階梯だということである。《詠唱破棄》、《無詠唱》が可能なのだ。魔王シュラム・スクラントの初登場はチャプター1だ。《XFO》は物語の進行でレベルキャップが解放された。チャプター1の時点ではプレイヤーは魔法を第四階梯までしか習得出来なかった。だから、第五階梯と言うと選ばれた存在だけが行使可能な伝説の魔法という扱いだった。しかし、レベルキャップの開放が進み、第五階梯は大した魔法ではなくなってしまった。

 もしプレイヤーが影魔法を使えていたのなら確実に修正が入っている。

 しかし、再登場の予定もないNPCの魔法は調整されることがなく。

 チートな魔法と相成ったらしい。

 

「……神の《魔力》は豊潤で美味だ。しかし、この量は……ちと、胃がもたれる」

「……吐くなよ」

「吐かぬわ! 範囲魔法で来ると思うか、桜理?」

「それはない」


 《闇の帳》が魔法を喰らうと言っても、全ての魔法を無効化出来るワケではない。あくまで《闇の帳》が喰らえるのは影の掛かる部分だけなのだ。広範囲に影響を与える魔法は喰らい切ることは出来ない。例えば、《アースクエイク》。大地そのものが揺れるのだ。足元の魔法を喰らったところで、地震を止めることは叶わないだろう。だが、今回に限っては範囲魔法はそう怖くはない。範囲魔法を使って来るようなら、時間切れまで魔法を喰らって粘るだけだ。土の祭壇に陣取っているせいで、親父が守勢に回っているように見えるが、本来、攻めなければいけないのは親父の方なのだ。親父が魔法に固執するようなら、ひたすら逃げ回るだけである。俺は一人ではない。仲間が三人いるのだ。確実に勝てる方法があるなら、それを取る。

 だから、親父に残されているのは、

 

「……止むを得ん」


 前に出ることだけだ。

 親父の視線が二点を揺蕩う。セティとシュシュだ。俺は無視されたワケだが、憤りは覚えない。二人の共通点を考えれば、親父の考えは透けて見える。セティはアイテムで、シュシュは《闇の帳》で、ゴーレムを短時間で攻略出来る。親父との距離は二十メートルも無いだろう。《瞬動》を使える俺達からすれば、あってないような距離である。

 セティか。

 シュシュか。


「よお、クソ親父。ウチの妹に色目使うなよ」


 甲高い音。間近に親父の顔。親父の握る刀がセティの頭上にあった。しかし、切っ先が震えるだけで、刀は振り下ろされない。俺が聖剣で下から押えていたからだ。セティは目をぱちぱちさせていた。反応出来ていなかったのだろう。無理もない。セティは親父の剣技は初見だ。ましてや、守りをゴーレムに任せ、攻勢に出ている。鋭さが違う。


「色目など使っていない」

「ハッ。分かってるさ。だから、捨て置けない」


 目でセティに行け、と告げる。セティは頷くと、顔を引き締めて走り出す。


「退け、桜理」

「テメェが退け」


 《砲天響》で親父を蹴り飛ばす。親父は滑るようにして吹き飛ぶ。俺と親父の間に轍が出来る。親父は腹を押さえながら、シュシュを見上げる。

 

「……肩車はその為か」

「伊達や酔狂でこんなことするかよ」


 《闇の帳》の発動中、シュシュは自衛出来ない。

 シュシュを守るためには、肩車が一番だった。

 しかし、何よりの利点はほぼノータイムで《闇の帳》のオフオンが出来ることだ。肩車することで俺達の影は重なっている。《闇の帳》が発動した瞬間、俺も影の領域に含まれるのだ。

 シュシュ曰く、《魔力》は個人個人で味が違う。

 俺の《魔力》でオフオンを切り替える。《魔力》を使ったらオフ。使わなかったらオン。

 先程、セティへの一撃を防げたのも、親父を《砲天響》で蹴り飛ばせたのも、俺が《煌氣法》を使っていたからだ。

 

「……解せぬ。なぜ、魔王を温存した」

「俺と親父じゃ勝利条件が違うんでね」


 親父の刀を打ち返す。焦っているのだろう。荒い。


「……勝利条件だと」

「一人の犠牲も出さない」

 

 もっと早く《闇の帳》を使えば、楽に接近することは出来た。ギリギリまで《闇の帳》の使用を禁じていたのは、親父から魔法という選択肢を奪いたくなかったのだ。

 正直、親父は魔法より剣技の方が怖い。

 それはセティが反応出来なかったことからも明らかだ。

 特に《絶夢》だ。親父は《時間遡行》で時間を巻き戻している。《絶夢》のクールタイムがなかったことになっている可能性が高い。《絶夢》を避けるには頭数を増やし、味方に当たらないよう祈るのみ。幸いなことに親父がその頭数を増やしてくれた。ゴーレムだ。無駄に広い射程が仇となり、親父はもう《絶夢》を使えない。ゴーレムが射程に入っている。《絶夢》で仕留めようとするのであればゴーレムを壊す必要があるが、そうなれば守りの無くなった土の結晶を壊すのは容易い。確実に敗北に繋がる一手を親父は打てない。

 聖剣片手に突っ込むのはリスクがあった。

 俺が石弾を受け損なえば全滅してもおかしくない。

 だが、誰も犠牲にしないためには、《絶夢》を封じなければならなかった。

 

「……チィ」


 親父がセティに岩の槍を放つ。岩の槍の消失を待たず、親父は《瞬動》で地面を蹴る。《煌氣法》がなければ親父に力で抗えない。しかし、《煌氣法》と《闇の帳》は同時に発動出来ない。《闇の帳》で岩の槍を防がせ、その間に自分でセティを倒す。そういう算段なのだろう。俺達が岩の槍を見逃せば、セティは背中から串刺しになる。幾ら《制空圏》が三百六十度をカバーすると言っても、意識がゴーレムに向いていては避けられない。

 俺一人では親父を止められない。

 しかし、


「《周撃》」


 転ばすぐらいは出来る。

 地を這う足払いが親父の足を刈り取る。《瞬動》で勢いが付いている。親父は成す術もなく転倒する。《周撃》の発動はまだ終わらない。これ以上、俺が出来ることはない。

 しかし、それで十分なのである。


「うぅ、目が回るぅ」


 シュシュがいるのだから。

 影が親父の足を掴み、空中に放り投げる。足首に絡みつく影を親父は忌々しげに睨むと、セティに目を向けた。セティはゴーレムを全て破壊し、土の結晶に迫らんとしていた。最早、親父に残されたチャンスは一度きり。親父は光る刀を振るう。射速で言えば石弾の方が速いだろう。しかし、親父が最後に頼ったのはアーツだった。《魔力》を斬撃に変えた三日月の刃が放たれる。だが、親父は光の刃の行く末を見守らない。感心するようなその視線を辿れば、剣を振り切った体勢のアリシアがいる。光の刃はセティから大きくずれて着弾する。アリシアの放った《ムーンライト》が、親父の腕に当たり狙いが逸れたのだ。

 この中にあってアリシアは平凡だ。

 スキルの豊富さでは俺に勝てず。

 シュシュのようなチートな魔法もなく。

 積み重ねた歳月はセティに遠く及ばない。

 しかし、誰よりも騎士らしい。

 セティに危機が迫ったこの状況で、何もしないはずがないのである。

 アリシアを戦力外と思い込んだ親父の失態だ。

 セティが土の結晶に辿り着く。親父はもう手を出そうともしない。

 俺達の勝ちだ。

 だが、不意に、


 ――これで親父に勝ったと言えるのか?


 と、思った。

 セティ達と面白おかしく暮らしたいのに、それを邪魔する今の世界が気に食わない。だから、俺は世界を変革しようと決めた。容易いことではない。様々な障害が立ち塞がることだろう。親父が現れたのも、その一つといえる。仲間の力を借り、障害を排除する。それは逃げではないだろう。個人でクラスが違うのも、パーティーを組むためだ。ソロはむしろ愚行だ。

 だが、違和感を覚える。いや、違和感しかない。

 …………ああ、そうか。

 なぜ、親父に敗れたのか、分かった気がした。命を繋いでいれば、いずれ助けが来る。そんな甘ったれた考えが、頭の片隅にあったように思う。

 何も一対一で戦わないと気が済まない、と言っているのではない。

 仲間を信頼するのはいい。

 だが、当てにするのは違う。

 デスゲームを思い出せ。

 俺は常に一人きりだった。

 そう、俺の本質は愚かなソロプレイヤー。


「――待て、セティ!」


 セティが拳をぴたり、と止める。シュシュが、アリシアが……親父までもが、唖然としていた。しかし、セティだけは「仕方がないな」と苦笑を浮かべていた。俺が止めることが分かっていたのかも知れない。アーツを発動させていなかったワケだし。

 地面に戻ってきた親父に俺は笑いかける。


「サシでやろうぜ、親父」


 勝てる保証はない。

 しかし、愚者は生き様を選べない。

 選べるのは死に様だけだ。

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