第21話 試練4
神に勝てると自惚れていたワケではない。相手が格上であろうと、勝負は最後まで分からない。今までそう信じて戦い、格上に勝利を収めて来た。しかし、今回ばかりは相手が悪かったらしい。出来れば俺が始末を付けたかったが……甘い考えだったか。
目を開けると親父が傲然と俺を見下ろしていた。
「お前はノェンデッドの計画を潰した。目を付けられたのだ。七大神が顕現するには幾つかの条件がある。お前が関係しそうなのはクエストだろう。クエストは人類を高みに導くための試練。人類ではクエストが達成出来ない。そう見做されれば関与が許されている。魔王の弟を救おうとするのであれば、ノェンデッドが出てくるやも知れぬ――」
「……待て! 待てって! いきなりなんだよ?」
いきなり語り出した親父の言葉を遮る。
呼び方も「貴様」から「お前」に変わっている。
ぐいぐい距離を詰められても困惑しか覚えない。
「ノェンデッドは執念深い。転生しても付狙うだろう。来世では上手く立ち回れ」
「……あぁ、いわゆる冥土の土産ってやつね」
この世界には転生がある。シュシュが言うには俺は十中八九転生を果たす。冥土の土産が実際に土産になり得る。
親父の口ぶりだと来世の俺は放置するようだ。
なぜ、今生では干渉して来たのか。
「あれはお前を苦しめるためならば労苦を惜しむまい。お前は大切な存在が一つ一つ零れ落ちるのを眺めることになるだろう。お前はいい。だが、巻き込まれる者が哀れだ」
「……俺がノェンデッドを黙って見逃すと?」
「何が出来る。依り代にも勝てぬお前に」
「…………」
かつて、クエストのボスに認定されたシュシュが、襲って来た神罰騎士団を返り討ちにしたところ、どこからともなくノェンデッドが現れたと言う。親父の話を勘案するに、そうして現れた七大神は依り代ではなく生身なのだ。シュシュが手も足も出なかった事実が、それを裏付けているように思う。依り代にも勝てないのに生身の七大神に勝てるはずがない。俺は無様に這い蹲っている。その点を指摘されたら返す言葉はない。
「……俺が生きていると身近な人間が狙われる。だから、元凶の俺を殺そうと思った?」
「その通りだ」
ノェンデッドは王様を唆し、戦争を起こさせようとしていた。計画を頓挫させたのは俺だ。怨まれているのは理解出来る。だからこそ不可解だ。俺を殺せばノェンデッドはどう思うか。機会がなかったのなら諦めも付く。しかし、親父に顕現出来たのだから、ノェンデッドにも出来ただろう。粘着質な性格なら、せめて自分の手で仕留めたかったと思うはず。親父はセティ達を救おうとしたらしい。本当だろう。しかし、ノェンデッドの不興を買ってまでやることか?
俺が疑問に思っていると、親父がポツリと言った。
「息子の尻拭いは、父親の役目だろう」
「…………親父」
言葉に詰まる。
俺の胸中を過った感情は一体、何だったのか。怒りか。喜びか。言えるのはほんの少しだけ、親父を身近に感じたということだ。ノェンデッドを説得する方が先だろ、とか。いきなり殺すと言う結論に至るとは、短絡的にも程があるんじゃねぇか、とか。文句をいいたいことはある。しかし、親父が行動を移したのは……俺が親父の息子だったかららしい。
……家族、か。だが、親父がそう思ってくれていたとしても、俺の方は……
「……親父、俺は……」
「言うな。私は父親にはなれなかった。なれたのは久我家の当主だ」
……ああ、そうか。
久我家の当主。
これが鍵だったのだ。
親父は母親が毒を盛ることを見逃していた。世間知らずな母親がすることだ。親父が知らなかったとは思えない。一方で親父は俺を鍛えるのに手を抜かなかった。
俺を殺したいのか。
生かしたいのか。
親父は何を考えているのか。
そう思って来た。
しかし、一貫性はあったのだ。
久我家の当主の立場で、常に行動していたのである。俺は出来損ないだ。今更、否定はしない。久我家の歴史を紐解けば、葬られた出来損ないは数知れず。だから、俺を排除しようとする、母親の行動を諌めなかった。だが、俺が久我家の嫡男であることも事実。ゆえに鍛えることを止めようとしなかった。親父は親父なりに、父親になろうとしていた。しかし、立場が許さなかった。久我家の当主として、正しい行いなのか。自問自答し続けて来たのだろう。
不器用な生き方だと思う。
だが、嫌いじゃない。
セティという家族を得たから、言えることだとは思うが。
しかし、そうすると一つ疑問が生まれる。
「なんで俺に《ゼノスフィード・オンライン》をやれって言ったんだ?」
俺が《XFO》をプレイすることで、久我家にどんな利益があったのか。漠然と厄介払いをしたかったのだと思い込んでいたが、俺の顔を見たくないなら他にも方法はあった。一人暮らしは……中学生には厳しいか。離れを建てて俺を住まわせれば良かった。
「お前を魔法使いにしたかった」
「……仮想現実だけでも魔法使いにってか? ありがたい親心に涙が出そうになるよ」
俺が魔法使いに憧れていたのは認める。
しかし、俺がなりたかったのは時魔法使いだ。
半端な同情は逆に惨めになるだけ……と考え、早合点していることに気づく。やはり、コンプレックスだったのだろう。出来損ないと言われ続けてきたことが。
頭を冷やせ。
俺を仮想現実で魔法使いに仕立てても、久我家には何のメリットもない。
認識がズレている。
が、考える時間は与えられなかった。
「死ぬ理由が理解出来たか」
親父が刀を構えていた。
「ならば、来世では――」
親父が刀を振り下ろそうとした瞬間だ。
――ドン!
天地が鳴動した。大地の上げる甲高い悲鳴が、ビリビリと空間を震わせる。天井に凄まじい《魔力》が集中していた。鋭利な牙が大地を食い破らんとしている。そんな風に見えた。果たして牙は大地を穿つ。天井から白い光が差し込む。可視化した《魔力》。ヤーズヴァルのブレスだ。ブレスは力を失うと、陽光にその座を譲り渡す。
天井の穴から、三つの影が躍る。
「兄さん! 平気!? 助けにきたよっ!」
セティ。
「オウリ、無様な姿を拝みに来てやったぞ」
シュシュ。
「…………」
アリシア。
若干一名、顔が青ざめているが……頼もしい仲間達である。
親父は険しい顔で頭上を見詰めている。
「……どういうつもりだ、桜理」
俺は問いには答えず、代わりに《エアハンマー》を放つ。突風が俺の身体を吹き飛ばす。無意識に《魔力》を練っていたのだろう。予想外の威力に目を瞬きながら着地する。なぜだか知らないが、親父は激怒しているらしい。刀の圏内にいたら斬られそうだった。
《エアハンマー》の制御をミスったのは、親父の殺気にビビったからではない。
テストで悪い点を取り、親に見せるのを躊躇う。
あれと似た思いが無意識に距離を取らせたのだ。
「私が彼女達に手を出さないと思っているのなら間違いだ」
親父は凄むが……俺は脱力した。
親父が俺を殺そうとしていたのは、セティ達を助けるためである。そのセティ達を楯にして、延命を図ろうとしている。どうやら親父はそんな風に邪推したらしい。
ま、タイミングがタイミングだしな。
「俺が助けを呼んだのは親父の話を聞く前だ」
ノームに行け、といったあの時だ。
俺はシルフを呼び出そうとした。セティ達に助けを求めるためだ。付き合いの浅いノームが気付いてくれるかは賭けだったが、キチンと仕事を果たしてくれたようである。
親父にばれないよう事を運んだのは、親父の反応が読めなかったからだ。
明らかに親父は俺を狙って現れた。
援軍は認めない可能性があった。
土の祭壇の入口を封鎖されたら、折角の援軍も入って来れない。
しかし、まさか、ブレスで地面に穴を開け、飛び込んで来るとは思わなかった。指示をしたのは十中八九、セティだろう。我が妹ながら過激なところがある。
三人を眺めながら親父が言う。
「他者の命を賭ける覚悟はあるのか?」
ない。
あるはずがない。
だから、一人でけりをつけようと必死だったのだ。
しかし、やはり血なのか。俺も同じことを言った。
俺は窮地に陥ったとしても助けを求めない。お前達の命に責任を持てないから、と。
すると、物凄い怒られた。
アリシアは死ぬ覚悟は出来ている。戦士の覚悟を愚弄するな、言われ。シュシュは責任分解点がどうのと、眠たくなる話を。要するに助けを求めるのは自由。ただし、受け入れるかは相手次第。だから、小難しいことは考えず、とりあえず助けを求めろ、と。
そして、セティはシンプルだった。
「助けあうから仲間らしいぜ」
陳腐な言葉だ。
だが、真理だと思う。




