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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第2章 ドレスザード神国
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第20話 試練3

 俺が消えたように見えたのだろう。親父は眉間に皺を寄せていた。


「……《刻の魔眼》……か」

 

 ハッ。崩れたな、鉄面皮。

 種は簡単だ。《刻の魔眼》を発動し、《瞬動》で移動しただけ。《瞬動》は自身も知覚が難しい超加速だ。発動中は無防備に近い。だから、《瞬動》は避けて来た。しかし、《刻の魔眼》と併用すれば、ほぼノーリスクで《瞬動》が使える。

 が、痛い。左目が。一回でコレ。


「……あァ、クソ。使いたくなかったんだぜ、《刻の魔眼》。俺にもダメージ入るから」

「選り好み出来る立場か?」

「いやいや、”目が疼く”とか中二病だろ。親の前でやるにゃ恥ずかしすぎる」


 疼痛を怒りに変え、棘の横腹をぶっ叩く。残念、もうダメだな、黒刀朧。


「減らず口を」

「親父が寡黙なだけだろ」

枝葉(しよう)が幹を隠すのだ」

「おーおー、それ聞いたのも久しぶり」


 俺は関係ない部分を語り過ぎるから、本筋が分からなくなると言う皮肉である。また、親父が寡黙な理由でもあるのだろう。親父の信者は海千山千の権力者だが、親父を妄信しているワケではない。軽口を叩いていたら言質を取られかねない。

 親父の《魔力》が高まった。

 咄嗟に地面を踏み切る。


「…………危ねぇ」


 土魔法は大地に干渉するものが多い。半ば勘で動いたのだが、正解だったようである。

 獲物を逃したことを嘆くように土の腕が揺れていた。《アースバインド》は対象を逃すと微動だにしない。だから、揺れているのは地面の方だ。地震だ。


「形振り構わなくなってきたじゃねぇか」


 地震で動きを阻害し。

 ――《アースクエイク》。

 土の腕で俺を捕まえ。

 ――《アースバインド》。

 岩の槍で仕留める。

 ――《ロックランス》。

 親父はこれらを同時に行った。

 《無詠唱》で魔法を三つ発動させる《トリプルワード》だ。


「……徐々にスキルを解禁してる。依り代の自壊が近いのか? て、ことは急がねぇとな」


 棘と石弾が飛び交う空間を、螺旋を描くようにして、《エアライド》で駆け上がる。棘が止まる。打ち止めだ。丸裸の固定砲台。《砲天響》で蹴り飛ばす。固定砲台が落下を始める。親父の頭上へと。直後、固定砲台が砕け散る。三本の岩の槍が固定砲台を貫いたのだ。俺を苦しめて来た固定砲台の呆気ない最後だ。棘がなくなったら補充が始まるかも知れない。そう思っていたのだが、親父は躊躇わすに壊している。

 ともあれ、これで後顧の憂いは――


「――ッ。しくじったッ」


 親父が刀に手を伸ばすのを見て、一目散に上空へと逃げ出す。勢い余り、上下が反転する。逆さまになった視界の中で、親父が舌打ちするのが見えた。風で上下を正す。首元に冷気を感じる。冷や汗が熱を奪ったのだ。危ねぇ。危機一髪だ。

 俺のクラスは魔法使いだ。現在の戦い方はデスゲームに際し、コンバートしたものである。魔法剣士。いい響きだ。魔法剣士を目指した魔法使いは少なからずいた。逆はない。《アース》で生まれ育った剣士は、《魔力》を知覚出来なかったからだ。さて、この魔法剣士だが、大成した者はいない。俺が唯一の例外と言っていいだろう。なぜ、俺だけがコンバートに成功したのか。近接戦闘の基礎が出来ていたからだ。その基礎を叩きこんだのが……他ならぬ親父である。

 親父が魔法ばかり使って来るものだから、知らず刀への警戒が薄れていたのだろう。

 刀で何をしようとしていたのか。

 《絶夢》だ。

 範囲内の相手に敵味方問わず襲いかかるアーツ。

 《絶夢》の射程は案外広い。半径二十メートルである。最初期を除いて《XFO》はパーティープレイを前提に調整されている。パーティーで使い辛くするよう、やたらと射程を広げたのだろう。射程外に逃げない限り、回避は不可能。しかも、威力も高い。誰が聞いても強力なアーツだ。しかし、《絶夢》に修正は入らなかった。矛盾するようだが脅威ではなかったからである。《絶夢》で即死する程ステータスに隔たりがあるのなら、アーツを使うまでもなく瞬殺が可能なのだから。

 救いはクールタイムが長いため、凌ぐのは一度だけでいいことか。

 しかし、その一度で即死するかも知れない。ゾッとしない。

 せめて、頭数を増やせりゃいいんだが。固定砲台は親父に壊されちまったし。

 固定砲台を壊した直後、親父は《絶夢》を狙って来た。固定砲台は一種のゴーレムという扱いだったのだろう。《絶夢》はなぜか、味方に当たり易い傾向がある。

 ……ダメだな。打つ手なし。俺がゴーレムを作っても、すぐに破壊されるだろう。

 一撃もらう覚悟で突っ込むしかないだろう。

 しかし、俺も愛用しているアーツだが……改めて考えると酷いな。

 暫く《エアライド》で空を駆け回る。地震が続いているからだ。流石に揺れる足場では、満足に戦えない。親父は地震にも負けず立っているが、《アースバインド》で足首を固定しているからだ。俺が同じ真似をすれば、岩の槍に貫かれるだろう。しかし、空を飛ばないと言うことは、親父は《エアライド》が使えないのか。俺は空を制している。圧倒的なアドバンテージ。全くそんな気がしないが。ふわふわとした足場そのままに、今にも足元が崩れてしまいそうで恐ろしい。対空砲に晒されているのに、兵器を使い果たしてしまい、反撃出来ない戦闘機の気分だ。いや、反撃は出来る。迎撃されるだけで。

 ……ん? なんか、妙だな。親父の攻撃にムラがある。

 と、地震が止まった。

 では、行くか。

 俺は《ファイアボール》を放つ。火球は石弾と衝突し、爆発を巻き起こす。そこへ爆炎を切り裂く、光の刃が飛来する。黒刀朧の最後の奉公、《ムーンライト》である。爆炎の切れ目から、片眉を上げた親父が見えた。光の刃を迎撃すべく、手をかざす親父を――左目で見詰める。《刻の魔眼》だ。地面に向かい、《瞬動》で跳ぶ。親父の体勢は変わらず。《フレイムピラー》を発動させると、《刻の魔眼》、《瞬動》と繰り返し、親父の背後に着地する。黒刀朧が手からこぼれ、地面に突き刺さる。ボッと火柱が上がり、親父が炎に包まれる。仕込んで置いた《フレイムピラー》だ。俺は膝立ちになり、左目に爪を立てる(・・・・・・・・)


「……ぐぅぅぅ」


 覚悟はしていたが……半端なく痛てぇな。


「《刻の魔眼》の無駄遣いだ」


 呆れたような親父の声が響く。親父は火柱の向こうにいた。予想通り前方へ抜けたらしい。ダメージはないだろう。《無詠唱》可能な魔法の中で、《フレイムピラー》は最大のダメージを叩きだす。しかし、継続して火柱を当て続けることが出来れば、である。

 収穫はあった。

 親父は火柱を避けた。穿った見方をすれば、避けなければならなかった。


「……無駄か……どうかは……俺が決める……」


 背後を取っておきながら、痛みに呻くばかりで、見す見す好機を逃した。そう親父は言いたいらしい。しかし、好機を見逃したのは親父も同じだ。火柱に包まれた瞬間、慌てずに周囲を見渡せば、蹲る俺の姿が確認出来たはず。そして、それは演技ではなかった。石弾一発で終わりだった。とはいえ、親父の立場に立って考えれば、その可能性はまずあり得なかった。親父の主観では俺は忽然と消えた。俺の姿を探そうとするはずだ。しかし、見つからない。次善の策として安全な場所に逃げ出す。そう、視界の開けた前に。

 俺は脂汗を流しながら立ち上がる。

 掌を開く。べっとりと血が付いていた(・・・・・・・)

 ……ふぅ。だいぶ、楽になった。

 右目で親父を睨む。左目は瞑っている。

 火柱が消える。


「……いいものを見せてやるよ」


 金貨を取り出し、指で上に弾く。最高到達地点に達すると、金貨はふっと姿を消した。


「手品だ」

 

 親父が断定する。


「そう、手品だ」


 俺も否定はしない。

 《エアハンマー》で金貨を叩き落とし、掌に戻しただけの話だからである。

 しかし、俺の言いたいことは伝わったらしい。

 確かに今回は《エアハンマー》で小細工をした。しかし、《刻の魔眼》でも同じことは出来たのである。俺が姿を消したとする。《瞬動》で消えただけなのか。《刻の魔眼》を使われたのか。親父は常に考え続けなければならない。親父が俺の閉ざされた左目を見詰めているのを見て、俺は内心でほくそ笑む。左目が開かれる瞬間を、警戒しているのだろう。


「どうだ? これが時魔法の絞りカスと言われていた《刻の魔眼》だ」

「撤回する気はない。言葉に偽りはなかった」


 《アース》では魔法を使うには、特殊な器官が必要だった。これを触れ得ざる脳髄(アノニマスサーキット)と言う。器官というがアノニマスサーキットに実体はない。身体の一部に宿るのだ。大抵は脳に宿るため、触れ得ざる脳髄と呼ぶ。しかし、俺の場合はなぜか、目に宿ってしまった。それゆえに時魔法が使えず、出来損ないと呼ばれたのだ。

 時魔法と《刻の魔眼》。

 発露の仕方が違うだけで、本来、異能に優劣はない。

 しかし、どちらが凄いかと言えば、時魔法に軍配が上がるだろう。

 …………ん?

 不意に疑問が頭を過った。

 異世界だと言うことで気に留めていなかったが、俺は《刻の魔眼》と魔法の両方を使える。これが意味するところは――


「しかし、存外、厄介な異能だ。目を持ち帰り、解析するとしよう」


 《刻の魔眼》を体感し、実感したのだろう。警戒心も露わに親父が言った。


「弟みたいなことを言う。これが血の繋がりなのか」

 

 俺は軽口を叩きながら、内心では安堵の息を吐く。親父は俺のスキルも使えるはず。そう考えたばかりだというのに、《刻の魔眼》は例外だと思い込んでいた。とはいえ、思い込みは事実であったようだ。七大神も万能ではないということなのだろう。


「…………」

「…………」


 静寂。

 荒い息遣いが響く。

 吸って、吐く。吸って――親父が刀に手をかけた。

 来る!


「運が良ければ死なぬ。祈れ」


 親父が刀を抜刀。光を帯びた刀身が虚空に溶け、消える。《絶夢》だ。一旦刀身が消え、対象の前に現れる。《絶夢》のレベルに応じて、刀身の出現時間が変化する。低レベルの《絶夢》であれば範囲外に逃げられるが……親父が祈れと言っている以上、避けるのは不可能なレベルなのだろう。しかし、元より避けるつもりはない。

 《瞬動》を発動させて、一直線に親父に向かう。最前は右で踏み切った。今度は左足で……と、発動を思い止まる。進路がズレていた。身体も傾いでいる。《瞬動》は繊細なスキルだ。武器を左手で持つか、右手で持つか。それだけでズレが生まれる。そう言う意味ではこの程度のズレで収まったのは僥倖と言えるだろう。

 左腕。手首から先がない。

 《絶夢》は優しく俺の左手を刈り取ってくれたらしい。痛みを感じる暇もなかった。

 視線が親父と交差する。


「運が良かったな」


 親父が言った。

 だが、俺は嗤う。


「運が良い? 逆だろ。悪かった」

「命を拾っただけでは満足できぬと言うのか」

「前提が違う」


 首を落とされたら俺も生きてはいられない。足を斬られれば立つのもままならない。右腕は利き腕。左手でも武器は扱えるが、右手程の精度は出せない。支障がないとは言わないが、左手は失っても影響が少ない部位だ。その左手に《絶夢》はよりにもよって当たった。

 これを不運と言わずして何と言うのか。


「運を試されてたのは親父、アンタだ!」


 口中に鉄の味が広がる。左の眼窩から垂れた血が、口の中に入ったのだろう。


「馬鹿なッ!?」


 俺の顔を見て、親父が驚愕の声を上げる。知らず、俺は左目を開いていたらしい。

 鉄の味を噛み締めながら、インベントリを開く。

 掌に重みが生まれる。

 軽い。

 目だ。

 左の《刻の魔眼》。

 《刻の魔眼》の反動に呻くふりをして、抉り取っておいたのである。

 解析したいんだろう。いいぜ。好きなだけ見せてやる。

 親父は神かも知れない。

 だが、思考は人だ。

 意表を衝けば、


「隙だらけだ」


 動きは止まる。


「しまっ――」

 

 掌の《刻の魔眼》を発動させる。ぴた、と親父は驚愕の顔で固まる。

 《煌氣法》を発動させ、八咫姫の柄に手をかける。《終の太刀》。侍の奥義だ。鞘を抑えるための左腕はない。腰を捻り、刀を引き抜く。抵抗がなかった。はは、流石は相棒だ。実に頼もしい。下方からの斬り上げ。八咫姫は深々と、親父の胸を切り裂く。

 いける。

 依り代は自壊寸前だ。防御力が下がっている。


「《フレイムピラー》!」


 《詠唱破棄》で魔法を発動しつつ、返す刀で斬り下ろす。刀の先から血が飛ぶ。点々と地面に染みを作る。ぼぅ、と地面に火が熾る。血が発火したかのように。地表に火の粉が舞う。攻撃魔法の発現は大別して二種類ある。放出か、座標指定か。火魔法、第五階梯《フレイムピラー》は座標指定。指定した座標に魔法を発現させる。多くの座標指定の魔法は、目視可能な予兆がある。そうでなければ《魔力感知》持ち以外は、避けることもままならないからだろう。突如生まれた火の粉は、火魔法発動の代表的な予兆。


「炎と踊れ、八咫姫――《龍勢添翼》!」


 再び八咫姫を切上げる。それを追うかのように、地面から炎の柱が上がる。

 ひらひらと炎が躍る。

 炎をリードするのは八咫姫だ。

 加速する斬撃が作った気流に、炎が流れていっているのだろう。

 火柱の中心にいる親父程ではないが、俺にも決して少なくはないダメージが入る。特に右腕が深刻である。斬り付けるにはどうしても、火柱に腕を突っ込むからだ。それは溶鉱炉を手でかき混ぜる行為に等しい。程なく右腕は使い物にならなくなるだろう。

 だが、仕方がない。

 《刻の魔眼》がいつまで持つのか読めない。

 《刻の魔眼》を使うと目が痛む。それはリミッターだ。これ以上使うと、失明すると言う。だが、《刻の魔眼》を摘出したことで、リミッターが解除された状態にある。

 だから、まだ持っているだけで、何分、始めての試みである。

 今、この瞬間に効果が切れたとしてもおかしくない。

 ふっ、と刀から光が消えた。アーツが終わったのである。八咫姫を取り落としてしまう。

 右腕の感覚がない。酷い火傷だ。炭化一歩手前か。アーツの補正があったから、刀を握っていられたのだろう。

 親父の全身はバラバラになっていた。

 足が。腕が。宙を舞う。首は胴体から切り離され、くるくる回っている。《刻の魔眼》の効果が切れたようだ。目が合う。悪寒が走る。まだ、やる気らしい。依り代は人型だが、人と言うわけではない。首を刎ねられたぐらいでは死ぬことはないのだろう。しかし、ダメージはある。親父の顔面に走った亀裂。それがどんどんとひび割れていっている。自壊が加速している。

 一矢報いようとでも言うのか。親父の刀が俺に向かって来る。だが、軽く放られたような速度だ。

 俺も満身創痍である。

 右手は動かせないし、左手に至ってはない。

 だが、腕がダメなら足がある。

 蹴りを放とうとして――

 

「――――かはっ」


 吐血した。

 親父の刀が腹を貫通していた。

 …………は? 意味が分からない。

 刀に濡鴉の外套を貫けるだけの威力はなかったはずだ。だが、怪訝に思ったのも束の間。答えはすぐに示される。刀が乱暴に回転し出す。刀が意思を持っているかのように。


「……ハメ……られたッ! ゴーレム……かよッ!」


 親父の刀はゴーレムだった。

 そう考えれば辻褄が合う。

 刀は《ゲイルセイル》で自分を加速させたのだ。

 ゴーレムの形は術者が決められる。俺はアーツを使わせるため、人型を取らせるのを好むが、魔物の形を取らせる魔法使いもいた。だが、ゴーレムで武器を作る魔法使いはいなかった。ステータスの補正もないだろうし、打ち合うだけで壊れるのだから。実用的ではない。だから、盲点だった。

 

「……う、ぐぅぅ」


 両腕を使って刀を左右から押さえ込む。暴れる刀を抑えるので精一杯だった。

 右手が動けば引き抜くことも出来たのかも知れないが。

 これは……ヤバい。死ぬ。

 見ているだけで気が遠くなって来る。

 どくどくと血が流れる左腕の手首と、真っ黒に焦げた右手で押さえているのだ。

 この状態から打てる手は……………………あった。

 《煌氣》を掌に押し出す感覚で放つ。シュシュ命名、《煌氣衝》だ。黄金の光が掌に生まれ……光が消えると刀は半分になっていた。《生命力》が尽きたのだろう。いや、ゴーレムなら《耐久度》か。刀は動かなくなっていた。刀を引き抜く。腹から血が溢れる。かなりの《出血》だ。《治癒功》を発動させる。《出血》は患部に回復薬をかけることで治療出来る。しかし、両手がこの有様だ。治療に手間取っていたら出血死してしまうだろう。だから、《治癒功》なのだ。輸血する先から血を流しているような感じで、応急措置にしかならないだろうがやらないよりはマシのはずだ。インベントリから回復薬を取り出す。回復薬を蹴り上げ、《無詠唱》で《エアリアルカッター》を放つ。瓶が真っ二つになる。降ってきた回復薬を腕で受け、左手と腹部、《出血》している箇所に塗りたくる。出血の勢いが弱まる。完全に止めることは出来なかったが、状態異常としての《出血》は治療出来ただろう。

 ……そうだ。親父は?

 安堵している場合ではない。

 顔を上げ……愕然とした。

 

「…………魔法陣。あの文様は……」


 直径五メートルはある魔法陣が出来ていた。土魔法で作ったのだろう。

 魔法陣の中心で、親父は朗々と呪文を詠唱している。血の気が引く。親父は階梯を無視して《無詠唱》で魔法を発動出来る。その親父が詠唱しているのである。その時点でいかにマズいかが分かる。だが、詠唱に耳を済ませれば、焦りすら吹き飛んでしまう。

 

「《フレイムピラー》!」


 一縷の望みをかけた魔法は不発に終わる。親父の手前の土が盛り上がったからだ。座標指定の魔法は視線が通る場所にしか発動出来ない。もし見えない場所に座標を指定出来るのだとしたら、敵の体内に魔法を放りこめてしまう。当然の仕様だろう。


「《フレイムジャベリン》」


 座標指定がダメなら放出だと、《フレイムジャベリン》を放つが、盛り上がった土から伸びた手に握り潰されてしまう。


「……こいつも……ゴーレムかよ」


 てっきり《ストーンウォール》だと思っていたのだ。装飾も何もない壁のような外観も、勘違いするのに一役買っていた。だが、考えてみればまずゴーレムを疑うべきだった。親父は詠唱している。詠唱中は他の魔法は発動出来ない。

 

「……邪魔だ」


 俺は《瞬動》を発動し……思い切り吹き飛ばされた。

 上半身がまんべんなく痛い。食らったのは《散打掌》か。焦るあまり直線的な動きになっていた。そこを狙い撃ちされたのだろう。そうだった。ぬりかべのような見てくれに油断していた。あれを作ったのは……親父だ。親父の技術を受け継いでいる。

 まともに戦えば苦戦は必至だろう。

 だったら、まともに戦わないまで。


「……セティのようにゃいかねぇが。ま、充分だろ」


 インベントリから赤い液体の入った瓶を取り出す。イフリートの息吹だ。《エアシュート》で投擲。その際、アイテムを使用すると念じる。これを忘れるとただの液体の入った瓶だ。念じることで微弱な《魔力》が流れ、それでアイテムが活性化するのだろう。


「死脈の如き顎門。知恵持たり、等し並みなり――」


 放物線を描き飛んで行くイフリートの息吹を見ながら詠唱する。

 ゴーレムは邪魔だ。しかし、馬鹿正直に相手をする必要もない。ゴーレムは術者が死亡すると自壊する。先に親父を倒してしまえばいいのだ。それには魔法の発動を阻止するだけでいい。イフリートの息吹が着弾すれば魔法陣を壊すことが出来るだろう。魔法陣が破壊されたら詠唱はまた始めからである。親父は瀕死だ。詠唱し直す時間は残されていないだろう。イフリートの息吹を見逃せば親父は死ぬ。ゴーレムも分かっているはずだ。

 だが、ゴーレムは動けない。

 俺がこれ見よがしに魔法を詠唱しているからだ。

 ゴーレムが防げるのは、イフリートの息吹か、俺の魔法のどちらか片方だけ。

 

「――我は鱗を持たぬ竜。灼熱の息吹を写さん」


 その瞬間、様々な事が起こった。

 まず俺の掌から赤い閃光が走った。《ドラグレイ》だ。ゴーレムは腕をクロスさせて閃光を防ぐ。杖が握れないので杖による補正はない。その穴埋めではないが、《煌氣法》を使っている。親父本人なら兎も角、ゴーレムは劣化コピーだ。閃光はゴーレムの両腕を消し飛ばし、なおも破壊せんと突き進む。貫通出来れば良かったのだが、それは高望みし過ぎだったのだろう。閃光はゴーレムの胴体に大きな窪みを作り、消えた。

 そして、イフリートの息吹は――


「…………なんだよ、それ」


 巨大な掌に握り潰された。手の隙間から炎が漏れる。

 

「くそったれ!」


 考えるより早く、《瞬動》で前に出る。

 両腕を失ったゴーレムが俺の行く手を阻む。互いに腕が使えず、足技での勝負になる。

 俺は地面に踏み込む。《震脚》だ。対するゴーレムも《震脚》。俺は再度、踏み込む……ふりをして、《エアライド》で作った足場に乗る。ゴーレムの知能は有り体に言って低い。影踏みを匂わせれば、乗ってくると思った。案の定、ゴーレムは《雷脚》を発動させ、《スタン》を秘めた雷が地を這う。だが、俺は空中にいる。当然、《スタン》しない。べた足のゴーレムを、《虎影脚》で蹴り上げる。《アーススパイク》を足がかりに、《瞬動》でゴーレムを追う。ゴーレムを追い抜くと、《雷声落とし》を放つ。ゴーレムが粉々に砕け散る。

 

「……そういう……からくり、か……」


 俯瞰して見てみれば何が起こったかは一目瞭然だった。

 親父を守るようにして、魔法陣の脇から腕が生えていた。《魔力感知》で見てみれば、寝そべる巨人の姿が浮かび上がる。似ているものがあるとすれば、俺が作った巨大ゴーレムだろう。一つ違うのは巨大ゴーレムの胸部に、親父は魔法陣を刻んだと言うことだ。

 魔法陣は親父が発動しようとしている魔法の要である。

 自衛する魔法陣は理に適っている。

 からくりは分かったが……くそ、限界か。ぐしゃ、と地面に衝突する。痛てぇ。身体が動かず、受け身も取れなかった。短時間で《煌氣法》を使い過ぎたのだ。反動が来た。

 歯を食い縛り、顔を上げる。

 魔法陣が眩い光に包まれていた。魔法が発動している。

 ………………間に合わなかったか。

 ゴーレムに《生命力》はない。あるのは《耐久度》だ。依り代に《ヒール》は効かない。

 だから、依り代が回復することはない……と思っていた。

 だが、忘れていた。時は生命にも、物体にも、平等に流れる。

 親父がなぜ、権力者から神と呼ばれるに至ったのか。権力者の望みを久我家が叶えることが出来たからだ。権力者が望むことと言えば、古今東西一つしかない。永遠の命である。

 親父が使った魔法は《時間遡行》。

 魔法陣の内部の時間を巻き戻す、時魔法の奥義とも言える魔法である。

 《アース》で行われた時は、昼夜を徹して行っていた。

 若返りを望んだ権力者が、歳経ていたからだ。

 だが、今回はそこまで巻き戻す必要がない。

 程なく光は収まった。

 親父がいた。

 腕がある。

 足がある。

 五体満足な親父がいた。戦闘を開始する前に、時間を巻き戻したのだ。

 瀕死の人間が蘇る。珍しい話ではない。神聖魔法がある。しかし、時魔法の本質を知る俺としては、物凄い力技だと呆れてしまう。風邪を治すのに製薬会社を買収したような感じか。《魔力》が無尽蔵にある神だからこそ、出来た芸当だろう。

 目を閉じる。

 …………これが時の神、か。

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