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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第2章 ドレスザード神国
44/85

第19話 試練2

「お袋は今も元気に毒盛ってるのか? 隙あらば目ぇ抉ってくる弟は?」


 ……酷いな。自分で言っておいてなんだが。

 何が一番酷いかと言えば、一片の嘘も交じってないと言うこと。

 母親は俺に毒を盛るのが趣味で、弟は俺の目を何度も狙ってきた。

 母親の所業はまだ理解出来る。俺が小さい頃、母親は優しかった。だが、俺に時魔法の適性がないと分かり、豹変した。期待の裏返しから、蛮行に及んだのだろう。

 しかし、弟は……よく分からない。思い出すだけでも背筋が凍る。戦えば俺が勝つ。そうでなければ、両目が無事なはずはない。ただ、弟は不気味だった。俺を嘲笑しながら眼球を抉ろうとするのだ。俺の《刻の魔眼》は一種のマジックアイテムらしい。俺が持っているよりも自分の方が上手く扱える。それが弟の主張だ。《刻の魔眼》がマジックアイテムだと言うのは、親父が言っていたことだから事実なのだろう。しかし、仮にも兄の目を抉ろうとして、罪悪感を覚えないと言うのは……人として終わっているだろう。


「知ってどうする」

「おいおい、俺達は家族だろ。近況が知りたいだけだよ」


 まあ、嘘だが。

 俺の家族はセティだけだ。

 俺と親父が《ゼノスフィード》にいるのだ。母親と弟も来ていたとしても不思議ではない。母親は顔を合わせなければ害はないだろう。しかし、弟は《刻の魔眼》をコレクションしに来るかも知れない。敵対する可能性が高い。出来れば知っておきたい。

 

「言の葉の軽重は、発する者で変わる」

「変わってねぇな。また、それかよ」


 発言力の大きい人は白でも黒と信じさせることが出来る。ならば、真実とは一体何の意味があるのか。ない。ならば、語るだけ無駄である、という親父の謎理論だ。

 俺と親父の仲はお世辞にもいいとは言えない。

 しかし、それを差し引いたとしても、相互理解は足りていなかった。俺が何かを尋ねたとしても、謎理論で煙に巻かれるのだから。とはいえ、今から思い返せば、親父なりに基準があって、受け答えを決めていた節がある。煙に巻かれるのは、大抵、魔法について質問した時だった。時魔法の才能があるのなら兎も角、俺は自他共に認める出来損ないだった。自衛も出来ない者に秘密を漏らすことが出来なかったのは当然だろう。


「要するに。こう言いたいんだろ? 知りたきゃ力を示せって!」


 言うなり俺は駆け出す。親父の懐へ潜り込むと、中段突きの構え。

 親父は泰然と構えていた。防ぐ自信があるのだろう。

 先程と同じに結果に終わると思っていたら大きな間違いである。確かに組手では親父にいいようにあしらわれて来た。しかし、組手の経験は何の保証にもならないのだ。

 先程の中段突き。

 激昂していたとはいえ俺らしくなかった。

 懐かしい顔に出会ったことで、感覚が《アース》の頃に戻っていた。

 立ちあがる際に魔法を使ったことで思い違いに気付けた。

 ここは《アース》ではない。

 スキル(・・・)のある《ゼノスフィード》なのだ。


「《崩拳》!」


 光る拳を突き出す。親父が目を瞠る。俺と同じ錯覚に陥っていたらしい。一度、中段突きを防いだことが、錯覚を補強していたのだろう。親父は上半身を反らし、《崩拳》をかわす。ま、親父に当たるはずがないよな。俺の狙いは親父の体勢を崩すこと。《崩拳》で伸びきった右腕。手首を返して親父の襟首を掴む。体重をかけ、後ろに引き倒す。足も払う。親父は逆らうことなく、後ろへ倒れ込む。

 

「……簡単に転がされると思ったよ」

「スキルを思い出させたのは貴様だ」


 親父の拳が光っていた。

 《崩拳》か、《散打掌》か。《鳴叉》はないだろう。親父のアーツの発動の方が早い。

 俺はインベントリから象牙の塔を取り出す。まっ白なタワーシールドである。親父が俺のスキルをどこまで把握しているか知らないが、《崩拳》を使ったことから拳闘士のスキルは修めていると考えるだろう。拳闘士には《空歩》のスキルがある。単発の攻撃はかわせる。面の攻撃を仕掛けてくるだろうと踏み、全身が隠れる大きさの象牙の塔を選んだ。


「《シールドガード》!」

 

 凄まじい衝撃が楯を襲う。

 《エアライド》で足場を作り、《チャクラ》を練って踏ん張る。

 ほぼ同時に着弾する拳。楯が躍るように揺れる。

 嵐のような一瞬が過ぎ去る。額がジンジンと痛む。跳ねた楯がぶつかったのだ。

 ……痛ぅぅ。なんだ、この威力は? あり得ねぇ。《散打掌》だぞ。

 《散打掌》の威力はアーツの中で最弱の部類だ。

 それでこのダメージと言うことは……まともにアーツを食らえば即死か?


「……バケモノめ」


 あのユマの攻撃だって、こんなに重くはなかった。

 だが、親父の素性を考えれば当然だろう。

 俺は八咫姫を抜刀。象牙の楯の裏側で突きの構えを取る。

 刀が抜かれたことに親父も気付いているだろう。《制空圏》がある。俺が使えるスキルは親父も使えると思っておくのが無難だ。だから、ここからは迅速に事を運ぶ必要がある。楯。刀。推測出来る材料は揃っている。いつ親父が俺の狙いを看破するか分からない。


「四大精霊といい。つくづく神様ってのは力試しが好きだな――」


 刀の切っ先を象牙の塔に当てる。


「――ええ? 時の神様よォ!」


 八咫姫を突き出す。

 象牙の塔の上から(・・・・・・・・)

 象牙の塔はそれなりにいい楯である。普通に突けば八咫姫も弾き返す。だが、カテゴリが防具である以上、《鎧通し》の前には象牙の塔も紙同然。《鎧通し》は防具を無視して攻撃するアーツなのだから。する、と八咫姫の刀身が象牙の塔に埋まる。抵抗は一切なかった。突ききると、カツン、と硬い物を叩く感触が八咫姫から伝わって来た。

 ……石頭だとは思ってたが……大概にして欲しいぜ。

 八咫姫は親父の額に当たり、止まっていた。

 

「《シールドバッシュ》!」

 

 親父ごと象牙の塔が地面にめり込む。

 アーツではダメージは見込めない。離脱して魔法を叩きこむべきか。

 そう考えた瞬間、象牙の塔が沈み込む。

 土魔法、第七階梯《マッドプール》だ。地面を底なし沼へ変える。粘度の高い土が、俺の手首を飲み込んでいた。第七階梯を《無詠唱》だが、驚きはしない。これぐらい出来て当然だろう。


「《ファイアボール》」


 爆発で土を吹き飛ばし、その隙に上空へ脱する。象牙の楯がいい具合に足場になってくれた。腕がひりひりする。思った程、火傷は酷くない。《ファイアーボール》の威力が落ちている。

 しかし、危なかった。

 四大精霊は階梯を無視して、《無詠唱》で魔法を発動出来る。土の試練に挑むに当たり、シュミレーションを行っていた。だから、慌てることなく脱出することが出来た。

 少しでも迷っていたら、地中に没していただろう。

 そうなれば勝負は決していた。

 文字通り泥沼の戦いになるからだ。技巧も何もなく殴り合えば瞬殺される。

 ステータスに絶望的なまでの差がある。


「霜は野放図に降り。緑は分陰の微睡みに没す。氷結に怠惰な斜陽が映らん」


 放ったのは水魔法、第七階梯《アイスフィールド》。地面を凍結させる魔法だ。底なし沼の表層が凍る。《フレイムジャベリン》を《無詠唱》で天井に連打。降り注ぐ土砂が凍結した地面を覆い隠す。

 これでいいだろう。

 足場が奪われるのは痛い。

 《マッドプール》のクールタイムは十分だ。この戦いで《マッドプール》はもうない。

 戦いが長くとは思えない。

 八咫姫を鞘に収めようとすると、「私はまだやれる」とばかりに刀身が震える。八咫姫のご機嫌を損ねてしまうがここは譲れない。魔法主体で戦うのなら杖を準備しなければならない。片手に刀、片手に杖とはいかないのだ。武具はステータスに多大な補正がある。沢山武器を持てば強くなるんじゃね、と思ったプレイヤーがいたかは知らない。だが、いたのだろう。武具は一つの部位につき、一つまでと修正が入ったのだ。その後、二刀流がしたいという要望に応え、同じ部位の武具を複数装備した場合、補正は頭割することになった。《XFO》の運営はこういう場当たり的な修正を結構行っていた。

 つまり、八咫姫を持っていると、杖の恩恵は半減してしまうのだ。

 俺の思いが伝わったのか、八咫姫は渋々と鞘に収まった。

 

「逃げた方がいいんじゃないかなーって、僕は思うんだけど」


 俺が地面に着地すると、深刻な場面にそぐわない、軽い声が足元から聞こえた。素朴な顔立ちの子供だ。身長は俺の膝丈しかない。ノームだ。王様の姿を取るのは止めたらしい。


「どうなってんだよ、土の試練。親父が出てくるなんて聞いてねぇぞ」


 イラついていたので、思わず当たってしまう。

 土の試練に打ち勝ち、大円団で良かったのだ。妙などんでん返しは要らない。


「んー、僕に言われても困るかなー。好きで依り代奪われたんじゃないし」

「お前の不手際だろ。お前が何とかしろよ」

「やー、僕らは所詮、しがない中間管理職だからねー。上の意向には逆らえないんだ」

「お前のサラリーマン染みた悲哀はどうでもいい」

「あ、それ、知ってる。社畜ってやつでしょ」

「……なんつーか、妙な部分だけ浸透してるよな、プレイヤーの知識って」

 

 スラングが結構通じてしまうのである。

 世界の礎を作ったのはプレイヤーだ。だから、当然なのかも知れないが、ゼノス人が《アース》のスラングを口にすると、ファンタジーな世界観が台無しである。

 

「オウリは案外余裕なのかな?」

「ねぇよ、余裕なんざ。軽口でも叩いてないとやってらんねーだけだ」

「軽口を叩ける時点で凄いと僕は思うんだけど」

「魔法使いから良く回る舌を抜いたら何が残る?」

 

 必ずしも冗談と言うわけでもない。詠唱は一語一句、間違えられない。噛んでも駄目だ。魔法使いが真価を発揮するのは強敵と相対した時だ。プレッシャーと戦いながら、詠唱しなければならないのである。自然と魔法使いの舌は窮地でもよく回るようになるのだ。

 

「で、アレはなんなんだ?」


 地面から出てこない親父を指して言う。《魔力感知》で様子を窺うと、何をするでもなく大人しくしている。


「時の神、クガ神だよ」

「……やっぱり、親父がクガ神か」

 

 安直な名前を付けやがって。

 まさか、クガ神がいるから俺に……久我を名乗るなと言ったのか?


「え? 自分でもそう言ってたでしょ」

「親父がクガ神だって言う確証はなかったんだよ」

「オウリのお父さんなんだよね。あれっ? そうするとオウリも神様?」

「んなわけあるか。親父だって……俺の知ってる親父は神じゃなかった。まー、信者からは神様と崇められてはいたが、あれだって本当に神ってワケじゃない」


 食事に毒を盛る。立派な犯罪である。しかし、母親は気軽に俺に毒を盛った。なぜか。公になることがないと知っていたからだ。久我家は権力者を信者にしていた。各界に隠然たる影響力を持っており、事件の一つや二つ揉み潰すのは容易かった。突き詰めていけば、マッチポンプだったのだろう。母親は箱入り娘だった。毒をどこから入手したのか。信者が融通したのだ。母親は俺への嫌がらせが出来、信者は親父への貸しを作れる。

 

「何か弱点はないのか。あの依り代、お前が作ったんだろ」

「依り代の弱点じゃないけど、クガ様の弱点なら分かるよ」

「……マジか」


 試しに聞いてみたら、思わぬ返答があった。

 

「神が地上に顕現する方法は二つ。具象と憑依だね。具象は神様本人が降りて来ることを言う。今回は憑依。依り代に憑依して、身体として動かす。僕の作ったゴーレムは強い。かなり自信作だったんだけどね。でも、七大神の依り代にするには力不足。長くはもたない。七大神の力に耐えきれず、いずれ自壊する。だから、逃げた方がいいと思うよ」

「……親父が逃がしてくれないだろ」

 

 土の祭壇の出入り口は一つしかない。退路を断つにはそこを抑えるだけでいい。

 

「それともノームが手助けしてくれるのか」

「オウリが契約者だったとしても無理かなー。僕の力は他人を守るためにしか使えない。まー、頑張って逃げ回るしかないね。頑張れ。骨は拾うよ」

 

 ……使えねぇ。四大精霊ってのは、どいつもこいつも。

 ノームは試練に挑む許可を俺に与えた。四大精霊の試練は文句を唱えれば、誰でも挑めるものではないのだ。まず、四大精霊に認められる必要がある。しかし、契約者になる資格は認めても、好悪はまた別の感情なのだろう。ノームが守りたかったのは神国だ。目的は達成されている。俺がどうなろうと、他人事なのだろう。

 ま、敵に回らないだけマシか。

 四大精霊は七大神よりも強いらしい。ソースは輪廻の神、アイラである。

 七大神と四大精霊の関係は、サーバーとその管理者と似ているのだと言う。サーバーは凄まじい演算能力を持っている。しかし、管理者からの入力がなければ、その演算能力も活かすことは出来ない。そう聞くと七大神より四大精霊の方が危険に思えるが、四大精霊には様々な枷が掛けられていて、七大神ですら四大精霊の力を自由に出来ない。

 唯一の例外が契約者である。


「……来い、シルフ」

 

 ノームが半眼で俺を見ていた。何も起こらなかったからだ。


「……シルフが来れるはずないでしょ。ここは土の祭壇なんだから」

「援軍を呼んだんだよ。一人じゃ流石にキツいからな」

「……いや、あのね、援軍って言ってもシルフは――」

「味方にはならない」


 俺は唇に指を当て、静かにするよう示す。ノームは首を傾げ……ハッと口を抑える。

 四大精霊に課せられた枷。その最たるものがイドだ。シルフのイドは自由である。

 シルフは自由を奪われた無力な人々の味方。

 俺が無力ならシルフは助けてくれるかも知れない。

 しかし、違う。

 例えシルフが無力と見做しても俺がそれを否定する。

 シルフは決して俺の味方にはならない。それを承知の上で、シルフを呼び出そうとした。その意味。シルフが現れないというのは想定外だったが……代わりにノームが役目を果たしてくれそうである。

 相手が親父では……どう転ぶか分からない。

 打てる手は打っておいた方がいいだろう。


「話は終わったか」


 凍土を割って地中から親父が現れる。先程はなかった刀を腰に差していた。


「待っててくれたのか。妙なところで律義だな」


 あの厳めしいツラでタイミングを見計らっていたかと思うと笑える。

 会話が一段落したところで現れたのだから、ノームとの会話は聞こえていたのだろう。

 と、なると、ノームが語った親父の弱点はブラフか?

 いや、ないな。

 親父の性格からして。

 弱点を知られたところで、俺にはどうにも出来ないと思っているのだろう。

 …………チッ。舐めてやがる。


「行け、ノーム。ここにいても、何の役にもたたない」


 俺の怒りを感じ取ったのだろう。ノームが顔を引き攣らせ、頷く。


「親父、一つ聞かせろ。なんで俺を狙う」

「処刑だ」


 は? 処刑? 俺が何の罪を犯したと? ん? ああ、数え切れない程、罪は犯しているが……まあいい。


「処刑ね。俺はまだ死んでないぜ」

「久方ぶりの地上だ。すぐ終わらせてしまっては興醒めだろう」

「観光が目的で、俺はついでか」

「貴様の為に私が足を運んだと? その価値が出来損ないにあると?」

「…………黙れ」

「ふむ。桜理の言葉を借りよう。”すぐ、それだ”。癇癪を起こす子供。今も、昔も」


 安い挑発だ。

 だが、いいだろう。


「買ってやろうじゃねぇか、その喧嘩」


 逃げ回れば勝てるのだろう。親父の頬にはひびが入っている。自壊が始まっているのだ。

 しかし、敢えて言おう。そんな後ろ向きな作戦、まっぴら御免だ、と。

 それじゃ、俺の気は収まらない。

 実力で完膚なきまでに打ち負かす。


「座して死を待てとは言わぬ。足掻け」


 親父が刀の鞘で地面を叩く。音もなく巨石がせり上がる。

 ……《ストーンウォール》? このタイミングでか?

 防御の魔法だ。消極的すぎる。らしくない。

 しかし、疑問は一旦、頭から締め出す。

 親父に勝つつもりなら、攻めるしかないのだ。

 巨石を迂回するように走り出す。

 依り代の自壊は始まっている。今なら接近戦も通じるだろう。

 接近戦と遠隔戦。二択で迷わず接近戦を選んだ。遠距離から魔法を当てられる気がしないし……クソ親父をぶん殴ってやりたかった。俺は正真正銘魔法使いだが、最早、自称魔法使いだ。セティの戦いぶりを見て拳闘士だと思わないように。兄妹揃ってクラス詐欺か。


「なんだ?」


 思わず足が止まる。

 巨石が地面から浮き上がったのだ。

 《ストーンウォール》ではなかったらしい。

 《無詠唱》で《フレイムジャベリン》を放つ。が、石弾で撃墜される。

 だよな。

 この階梯の魔法じゃ、牽制にもならない。分かっていた。

 魔法で有効打を与えるなら、詠唱する必要があるだろう。だが、親父が詠唱する時間を……って、油断も隙もありゃしねぇ。横に跳ぶ。手が。俺のいた場所に手が生える。《アースバインド》だ。《魔力感知》がなければ掴まっていた。一瞬、移動を阻害するのが関の山の第一階梯の魔法だが、親父が放ったのなら強度は推して知るべし。


「よく避けた。避けねば終わっていた」


 親父が頭上を指し示す。巨石に無数の棘が生えていた。ハリネズミかよ。


「――――ッ」


 咄嗟に身を捻る。巨石から棘が射出されたのだ。未知の魔法だ。反応が遅れた。外套の裾に穴が開く。《敏捷》に特化しているとはいえ、濡鴉の外套は最終装備なんだけどな。

 バックステップで距離を取る。

 親父から遠ざかって行くが……無理をする場面ではない。

 まずは巨石の正体を探る方が先決だ。

 

「……根源魔法か?」


 属性魔法に習熟すると、火、水、風、土といった、元素そのものを操れるようになる。

これを根源魔法と言う。俺が常々操っている風も根源魔法だ。汎用性が高い反面、根源魔

法は威力に欠ける。風の刃を作るとしよう。根源魔法を使うより、《エアリアルカッター

》のほうが強い。こういいかえることが出来る。魔法は自由を代償に威力が高まる、と。

 元素を操る未知の魔法があれば、それは根源魔法であるはず。

 しかし、これは……


「……違う。根源魔法じゃない」


 根源魔法には定型がない。

 術者が常に操作し続ける必要があるのだ。だが、親父から《魔力》は流れていない。

 あの巨石は魔法として完成している。

 ……まさか。あれは……属性魔法なのか? 属性魔法は全て知っている。しかし、あんな魔法は知らない。いや、そうか。俺が知らなかったとしても、存在しないわけではない。《XFO》が始まった当初、第四階梯以上は使えなかった。だが、存在することは知られていた。公式サイトで告知されていたからだ。つまり、あの巨石は俺がまだ習得していない属性魔法。何階梯に相当するのかは分からないが。

 レベルキャップは五百年経っても変わっていなかった。

 だから、レベルは200までと勝手に思い込んでいた。


「《フレイムジャベリン》」


 炎の槍を巨石に放つ。巨石の表面が若干焦げた。しかし、問題なく稼働している。

 破壊は無理、と。

 避けるしかないか。

 

「奔放なりし風の精よ。我と手を取り、ワルツを踊れ」

 

 つむじ風が俺を包み込む。《ミサイルガード》である。軽い投擲物であれば、完全に逸らすことが出来る。しかし、棘は質量と速度を兼ね備えている。気休めだ。

 よし、大体、分かった。

 あの巨石は固定砲台なのだろう。棘の数だけ敵を攻撃すると言う。発射される棘は常に一本だけ。だが、恐らくは同時に発射することも可能。どうやら棘は垂直にしか発射できないらしい。俺がその場で棘をかわせば、照準を合わせるため、巨石は回転せざるを得ない。回転は遅く、棘の補充はなし。必ず照準を合わせてから発射する。その狙いは正確無比であり……それゆえに避けるのは容易い。極端な話、ジグザグに歩いているだけで回避出来る。

 固定砲台単体では脅威は少ない。

 しかし、サブとして扱うことで、


「……案外、厄介だな」


 固定砲台は真価を発揮する。

 親父が石弾を飛ばして来た。連続で。避けざるを得ない。《ミサイルガード》を試す気にはなれない。石弾が迫った途端、纏っている風が消えそうだ。後は頑張ってね、とそそくさと風は去るのだ。魔法の風はシルフ本人ではない。しかし、風を操っていると、根底は同じなのだと思う瞬間がある。《ミサイルガード》に頼るのは、シルフを信頼するということと同義。信頼出来るはずがない。だから、全力で避けた。

 すると、そこは固定砲台の攻撃範囲。

 避けられない。

 

「流石は相棒。空気が読める」


 飛来する棘を抜刀術、《一の太刀》で切り払う。真っ二つになった棘が、俺の左右に着弾する。

 八咫姫はご機嫌斜めだったが、我が侭を言わず抜刀術を解禁してくれた。俺はまだ他の武器に浮気もしていないし、自分に腹を立てていただけだったのか。《鎧通し》が通じなかったから。神すら斬れると自負していたのか。気位が高い。姫というだけある。

 

「シルフと違って頼りになる。でも、今は休め」


 八咫姫を鞘に収める。刃が欠けていたからだ。

 黒刀朧を取り出す。ブレイザールを屠った刀だ。刀の中では《耐久度》が高い。

 石弾を黒刀朧で逸らしつつ、じりじりと前へ進む。避けられないことはない。しかし、激しく動けばその分、固定砲台の射撃に晒される。それにこの方法なら、親父を視界に捉えつつ、前進することが出来る。親父が射撃しかしてこないのは、俺の隙を窺っているからだろう。互いに次の手を打つタイミングを探っているのだ。

 上空からは棘。地上からは石弾。十字砲火である。

 と言うか。

 

「石じゃなくて、岩じゃねぇかッ」


 親父が連射してくる石弾は第一階梯《ストーンバレット》だろう。礫を飛ばす魔法だ。だが、親父が飛ばして来る石弾は、人の頭ほどの大きさがある。しかも、硬い。(ロック)だ。

 楯を使うか?

 付け焼刃の楯より、手に馴染んだ刀を……と思ったのだが、刃毀れが激しい。正面から受けていないのに、黒刀朧は壊れる寸前である。

 せめて剣を使うべきだったかも知れない。

 侍は剣士の上位クラスである。しかし、刀が剣の上位かというと、必ずしもそうとは言えない。刀は《耐久度》が低いためだ。必要な《器用さ》も高く設定されており、防具で《器用さ》を補わないとペナルティがかかる。

 しかし、親父の攻撃は土属性ばかりだな。


「土遊びがしたいのかよ、親父。生憎、もう子供じゃないんでね。付き合ってやる気にはなれねぇよ」

「依り代が依り代なだけだ」


 なるほど、と納得する。

 てか、聞こえたのか。

 親父との距離は四十メートルはあるだろう。固定砲台を観察している間に、大分距離が開いてしまっていた。

 この場には可視化する程の濃密な《魔力》が満ちている。土の《魔力》は土属性を活性化させる。逆に他の属性は非活性化する。《ファイアボール》の威力が落ちていたのはこのためだ。俺ですら場の《魔力》に影響を受けている。ましてや、親父の依り代はノームが作ったゴーレムだ。土の《魔力》の塊だ。他の属性魔法を使うと相当劣化するのだろう。

 だが、ハッキリ言って親父の使う土魔法はオーバーキルだ。

 依り代の親和性もあると思うが、親父本人の《知力》が高いのだろう。

 劣化したからと言って殺傷能力がないと決めつけるのは早計だ。

 

「存外、ねばる。埒が明かぬか」


 低い声で親父が言う。

 ゾクっとした。

 淡々とした声音なだけに。

 あたかも死刑宣告のようで。

 次の瞬間、俺は別の場所にいた。無意識に《瞬動》を発動していた。

 轟、と大気が震えた。

 肩越しにそれを見る。

 空間を喰らい尽さんとばかりに、唸りを上げて飛ぶ巨大な岩の槍を。


「…………あり得ない」


 確かに親父の放つ土魔法は異常だ。

 しかし、それでもあり得ないと言わざるを得ない。親父の放つ石弾は俺の《ストーンバレット》の三倍か、四倍の大きさ。だが、あの岩の槍の大きさは、十倍では効かないだろう。《魔力循環》で《魔力》を練ったとしても……ああ、俺はバカか。自分で考えたことじゃねぇか。俺の扱えるスキルは親父も扱えるはず、って。

 なら、使えたはずだ。

 《煌氣法》も。

 

「依り代の方が持たぬか。儘ならんな」


 そう言って親父が目を落とす。右手の甲に裂け目が出来ていた。雷が走ったかのようだった。袖で隠れて見えないが、腕も裂けているのだろう。《煌氣法》は身体に多大な負荷をかける。依り代が耐えきれなかったのだ。

 だが、後一度や二度は《煌氣法》を発動出来るだろう。

 親父の手札。

 そこに《煌氣法》を加える。

 今、俺の顔を見ることが出来たなら、さぞかし渋い顔になっているはず。


「……舐めてたのは俺の方か」


 俺は七大神を強大なステータス、スキルを持つプレイヤーと仮定していた。

 現に親父が多用する魔法は低い階梯の魔法だ。便利なスキルはクールタイムが長い。それはアーツも魔法も変わらない。神聖魔法の《クールダウン》でクールタイムを減少出来るが、それでも限度がある。そのため、高い階梯の魔法は温存しているのだろう。

 親父は《ゼノスフィード》の(ことわり)の範疇で戦っている。

 階梯を無視して《無詠唱》出来る。理から逸脱しているように思える。しかし、説明出来るのだ。《無詠唱》のレベルが10以上だと考えれば。《無詠唱》の最高レベルは5だと言われているが、何かレベルアップの条件が隠されているだけで、6レベル以上に上げることは可能なのだろう。

 未知の魔法という隠し球はあったものの、基本的に親父の強さは説明出来るのだ。

 だから、親父が処刑といった時、鼻で笑った。

 俺を殺せると必ず決まったワケでもあるまいし、と。

 間違っていた。

 殺せるのだ。

 確実に。

 土魔法の第十階梯に《デウスイレ》と言う魔法がある。

 大地を噴火させるという魔法だ。

 単発であれば脅威だが、悲観するほどでもない。

 だが、そこに《煌氣法》と《トリプルワード》が組み合わさると、絶望しかない。

 三つの噴火口は瞬く間に地下を溶岩で満たすだろう。


「諦めたか、桜理」

「冗談。諦めるのかよ。親父なら」


 固定砲台の攻撃を避けることで、行動でも諦めないことを伝える。固定砲台は、無感動に、無慈悲に、射撃を続ける。親父を見習って会話中は攻撃を控えて欲しいものだ。固定砲台は親父の制御を離れ、自立しているから無理なのだろう。しかし、そのおかげ……と言っていいのか。固定砲台の弾切れは近い。

 

「いや、虫が良すぎたと思ってさ――」


 親父が俺を舐めていると言うのなら、今は甘んじてそれを受け入れよう。

 だが、必ず思い知らせる。


「――無傷で勝とうってのは」


 俺を侮った、その報いを。

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