第16話 聖戦4
ルートが倒れ、戦線が崩壊した。
キースは声を張り上げ指揮を執っていたが、不意に「ここまでか」と呟くとゴーレムに踊りかかった。捨鉢になったと思ったのだろう。副団長が血相を変えて手を伸ばす。しかし、彼の手はキースに届かなかった。だが、心配は杞憂だと次の瞬間証明された。
キースは僅か四刀でゴーレムを倒してみせたのだ。
それもルートのような力押しではなく、技量でねじ伏せたのだから凄い。
「……焦らせないでくださいよ、団長」
胸を撫で下ろす副団長にキースは苦笑いを浮かべた。
「心外だ。ルートにできた事が私にできないと思ったのか」
「信じちゃいますが、それとこれとは別です」
「士気はあがっただろう」
「分かってていってますよね」
ルートに続いてキースまで破れていたら。
取り返しのつかない事態に陥っていただろう。
「負けなければいい」
「……簡単に言いますが……」
「他に道はない。指揮は任せたぞ」
「…………」
副団長が悔しげに歯噛みする。彼も気付いていたのだろう。
キースの命令は上辺だけのもので、実質ただの激励であったことに。
策もなにもない単純な局面だ。覆せるのは純粋な力のみ。
騎士団最強を遊ばせておく余裕はないのだ。
キースが駆け出そうとした時だった。彼の前に立ちはだかる人物がいた。
「…………ここで出てくるか」
微笑を浮かべるアリシアだ。
「お前が指揮に徹するのなら出てくる気はなかった。ゴーレムはいい試金石だったからな」
「……試金石?」
「神罰騎士団と勝負出来るかどうか」
「……聖戦を止めたかったのではないのか」
「負ける戦いはするなと言っていただけだ。勝算があるのなら好きにすればいい。自分達の手で自由を勝ち取るに越したことはない」
「そう思うのなら邪魔をしないでくれ」
「なに、かわいい妨害だ」
アリシアは嬉しそうに武器を抜く。剣と短剣だ。腰のベルトにはまだ五本の短剣が残っている。
ご主人様からもらった武器を使ってみたくて仕方がないらしい。
普段は真人間です、という顔をしながら、刃物が絡んだ途端脳筋になる。
それがご主人様に残念美人と評されるアリシアと言う女性だ。
「かわいい? 姫騎士の二つ名を持つSランク冒険者が?」
アリシアが眉間にしわを寄せる。そんなに嫌なのか、その二つ名。
だからか。
アリシアが口にしたのは意趣返しとなる言葉だった。いや、たぶん、違うと思うんだけど……そうだったら面白いな、っていうボクの願望だ。
「神罰騎士団は下っ端でもSランク並みだぞ」
キースは絶句していた。
神国の騎士団と冒険者は協力関係を築いており、その関係でSランクの実力を知っているのだろう。そのSランクを集めたのが神罰騎士団ともなればおののくのも当然だ。
しかし、アリシアは語っていない。
神罰騎士団、副団長アーキスとの勝負を。
あれはアリシアの圧勝といって良かった。
精強で知られる神罰騎士団だが弱点はある。実戦経験の少なさだ。騎士の大半が貴族という性質上、大半が《天賦》持ちである。レベルが上がりやすいため、危険な実戦は自然と抑えられるのだ。だから、ステータスで並んでいたとしても、神罰騎士団とSランクでは実戦経験に雲泥の差がある。その差は大きい。
アリシアは真っ直ぐにキースを見詰める。
「力を示せ、キース」
「…………」
キースは周囲を見渡し、ふかぶかと息を吐いた。遅ればせながら死んだ騎士がいない事に気付いたのだろう。そうと知れれば死屍累々の地獄絵図の見え方も変わって来る。
アリシアが言うにはゴーレムは仮想神罰騎士団だ。
危うくなれば団長が出てくるのは当然のコト。
「……アリシアは神罰騎士団と戦った経験が?」
「ある」
「勝ったのか」
「……あれを勝ったといっていいものか……いや、一人仕留めたのは確かだが……」
キースはなるほどと呟くと、副団長に告げる。
「手を出すな。これは決闘だ」
「は? 何言ってるんですか、団長。彼女の強さは知ってるでしょ」
「神罰騎士団と交戦経験のある人物は少ない。得難い経験だ。それに――」
公人の仮面を捨て去り、キースが獰猛に笑う。
「――俺はまだ枯れてなかったらしい。美人の秋波を知らないふりはできん」
アリシアがくく、と声を押し殺す。
「いやいや、案外口が上手いな、キース。私は口の上手い男は信用しない。語るなら――」
「剣で語れ」
「そうだ」
二人は同時に破顔する。
「杖の騎士団、団長キース。参る」
「Sランク冒険者、姫騎士アリシア」
前方へ駆け出すアリシア。ふと眉根を寄せ、横に飛ぶ。直後、彼女の後方を突風が襲う。
剣士には不意打ちを感知する《危機感知》がある。しかし、このスキルは非戦闘状態でのみ有効である。アリシアは《危機感知》に頼らず不可視の風を察知したことになる。
「《魔力感知》か。違和感があるが」
違和感を解消すべくキースが《エアハンマー》を連続で放つ。
アリシアが二度三度と避けると、違和感の正体が浮き彫りになる。アリシアは必要以上に《エアハンマー》を避けていた。《魔力》が見えているのならこれはおかしい。
しかし、アリシアが確信をもって避けているのは確実だ。
《魔力》を見ているのでないとしたら。
「そうか、目か。味な真似を」
「オウリが言うには目は口ほどに物を言うそうだ」
近接戦闘では相手の目から攻撃を読む。アリシアはこれを魔法に応用したのだ。視線がフェイントの事もあり、鵜呑みにするのは危険だが、魔法に関しては信頼が置ける。
意識すると目が向くのは生理反応で、誤魔化すには訓練しかないからだ。
少なくともキースは視線を誤魔化す訓練は行ってこなかったようだ。
エルフは《魔力》を見て避けられるため、目を読まれるのは盲点だったのだろう。
「大したものだ」
キースが褒めるがアリシアは仏頂面だ。
「かいくぐれなくては意味がない」
はははは!
いい感じにアリシアもご主人様に毒されてきたな!
風魔法を避けるだけでも結構凄いことなのに。
本気で悔しそうなんだから笑っちゃうよね。
ご主人様にアリシアの特訓は厳しくやるよう言った甲斐があったな。
駆け出しの頃に妹ちゃんに出会ったからか、アリシアは強者にありがちな驕りがない。
言われた事を素直に吸収するので、ご主人様も教え甲斐があるようだった。
常人のアリシアがどんな愉快な成長を遂げるのか楽しみだ。
Sランクが常人っていうのもおかしな話だけど。
周りにいる面子が異常だから仕方がないよね。
「だが、そういうことなら。エルフが相手と考えるまで」
キースがアリシアに斬りかかる。
剣と魔法の同時攻撃。目を注視すれば他が疎かになる。
アリシアが腰を落とす。次の瞬間突風が彼女を襲う。髪とケープが風を孕む。
に、とアリシアの口角が上がる。《エアハンマー》に耐えたのだ。
無詠唱で人をぶっ飛ばすご主人様が異常なだけで、風の精霊としては歯がゆい限りだが、これが普通の《エアハンマー》の威力なのである。風魔法の強みはいつ攻撃が来るか分からない事だ。備えさせてしまった時点で、キースは火魔法に切り替えるべきだった。
硬質な音が戦場に響き渡る。剣と剣が打ち合ったのだ。
「くっ」
打ち負けたのはキースのほうだった。
剣と魔法を操る魔法剣士は、《腕力》において剣士に及ばず、《知力》において魔法使いに及ばない。彼らが近接戦闘に魔法を組み込むのは、それが有用な戦法であるからだが、低いステータスを補うためでもあるのだ。
「《血牙》」
アリシアが宣言し、短剣を走らせる。狙いは首だ。
《血牙》は《出血》のバッドステータスを与える暗殺者のアーツ。無論、斬られただけでも《出血》は起こる。《血牙》は《出血》を激しくさせるのだ。《出血》は治癒するまで続き、その間徐々に《生命力》が減少する。暗殺者の名に相応しいアーツと言えよう。
「《エアハンマー》!」
風の槌がアリシアの腕に直撃。キースの頭上を短剣が通過。
「《黙牙》」
アリシアが右手に持つ短剣が光る。
「馬鹿な!?」
キースが目を瞠る。
アリシアは右手に剣、左手に短剣だった。いつの間にか入れ替わっていた。
短剣がキースの首の皮一枚を斬る。短剣の帯びる光が傷口に吸い込まれた。アーツが発動した証だ。
「《ダンシング》――」
アリシアが両手に持つ短剣が光る。
暗殺者のスキルに《スイッチ》がある。左右の武器を入れ替えるスキルだ。
しかし、アリシアの類い稀なる刃物への執着がスキルを変質させたのか。彼女は身に付けた武器であれば自由に入れ替える事が出来る。短剣を複数所持するのも用途によって《スイッチ》させるためである。様々な能力が付与された短剣が揃っている。
そして、今。
両手に《スイッチ》させたのは攻撃力の高い短剣。
「――《エッジ》!」
「《エアハンマー》!」
アリシアを突き放さんとキースが魔法名を唱える。
「…………え?」
魔法は不発に終わった。
《沈黙》のバッドステータスだ。
《黙牙》は魔法を封じる《沈黙》の状態異常を与えるアーツなのだ。
エルフには暗殺者系のクラスがない。《黙牙》を受けた経験がないのだろう。
予想外の展開にキースが呆然とする。しかし、すぐに我に返る。痛みによって。
踊るように何度も斬りつける。だから、《ダンシングエッジ》と言う。
しかし、踊っているように見えるのはキースのほうだった。二刀から繰り出される連撃が、彼を下手くそな人形劇の登場人物へ変えていた。
《ダンシングエッジ》が終わると、アリシアに右手に剣を《スイッチ》。
「《スラッシュ》」
アリシアの剣がキースを袈裟斬りにする。
だが、キースも転んではたたでは起きない。《波濤返し》をアリシアにお返しする。
カウンターアーツをモロに食らい、アリシアはたまらず後退した。
「……ぐぅぅ」
あ~あ。勝負を急ぎ過ぎたな、アリシア。
分かる、分かる、キースが《沈黙》している間に決めたかったんだ。でも、魔法剣士から魔法を取っても剣士が残るわけで、簡単に仕留められるはずはなかったね。ご主人様のゴーレムを剣で倒せる実力者なんだし。キースを侮っていたわけではないと思うけど。ただ、魔法に意識がいきすぎていただけで。
「うおおおおおおおお!」
キースが咆哮を上げ、烈火の如く攻める。
攻守の逆転だ。
「エルフが魔法だけだと思うな!」
「馬鹿ッ。治療を――」
「私の剣はなんと言っている!?」
「…………阿呆だな、お前はッ!」
もしキースが回復薬に手を伸ばしても、アリシアはそれを黙って見逃すだろう。
キースは《ダンシングエッジ》で全身傷だらけだ。短剣で受けた傷は《出血》が激しくなるという特徴がある。このまま戦い続ければ遠からずキースは自滅する。
タイムリミットが切られた。
しかし、勝利の目はまだある。
ならば、止まる道理がない。
キースの剣はそう語っていた。
バカだなあ。
こういうバカ好きだけど。
「死んでも怨むな、キース!」
「怨むはずがないだろう!」
アリシアは剣で攻撃を捌きつつ短剣で反撃していた。手首を返すだけの斬撃で、ダメージはないに等しい。
状態異常を狙っているのだろう。短剣が双蛇の短刀になっている。
《麻痺5》と《毒5》が付与されたマジックアイテムだ。
《麻痺》が入れば戦いは終わるが……状態異常はなかなか入るものではない。
マジックアイテムにはアーツのクールタイムがないのだ。そう簡単に状態異常が入っては暗殺者クラスは涙目である。アーツであれば多少確率は上がるが、それでも成功率は一割を切るだろう。アーツを習得して間もなく、熟練度が育っていないためだ。
《黙牙》が成功したのは《ウィークポイント》のおかげでしかない。
クリティカルすると確実にアーツの状態異常が入るスキルである。
だが、急所への攻撃を何度も許すほどキースも甘くない。
下手に攻撃するとキースを殺してしまいかねない。だが、アリシアの剣技はキースに劣るものではないのだ。両手で剣を扱えば殺さずに止めることも出来るはずである。
だが、アリシアは状態異常に固執している。
クラス外スキルを習得して、アーツに振り回されているのか。
今後の成長に期待かな、とボクが結論付けた時だ。
「…………がァッ」
キースが雷に打たれたかのように痙攣した。
……あーあー、なるほどね。ごめん、アリシア。見くびってたかも。
状態異常が入るに越したことはない。だが、入らないなら入らないで構わなかった。
短剣の攻撃は大したことがないとキースの頭に刻み込まれるからだ。
キースの思考に生まれた死角。そこを《痛牙》が襲ったのだ。
《痛牙》は耐えようと思っても一瞬動きが止まる程の痛みだと言う。
備えもなく食らえばどうなるか。その答えが今のキースだった。
「……手間をかけさせてくれる」
アリシアが剣を構える。両手で剣を握っていた。
「団長!」
「よせ!」
悲鳴。怒号。それらを切り裂くように銀閃が走る。
「…………」
「…………」
「…………」
キースは呆然自失の態で立ち竦んでいた。する、と手から剣が抜け、地面に転がった。視線を胸にやり不思議そうな顔になる。剣による傷口は一つしかなかったからだ。
最後の一刀はキースに当たっていなかった。
「飲め。死ぬ気か」
アリシアはそう言って回復薬をキースに投げる。
キースは回復薬を一気に飲み干す。すると瞬く間に傷口が塞がった。
「……凄い効き目だな」
「蒼穹の魔女が作った回復薬だ」
「……すまない。貴重な物を」
「ありがたがるようなものでもないぞ。それを作った理由を聞けばお前もそう思う。理由はな、料理を煮込んでいる間暇だから、だ。師匠は料理のほうがよっぽど手間暇かけて作る。オウリに美味いものを食べさせてやりたいそうだ」
「……蒼穹の魔女を崇拝している連中に教えてやりたいな」
「機会があれば師匠の夢も一緒に教えてやれ。主婦だそうだ」
「…………それは」
くら、とキースがふらつく。蒼穹の魔女らしからぬ夢に気が遠くなった――のではなく、出血し過ぎで貧血を起こしたのだろう。
「騎士なら引き際を覚えろ」
アリシアが苦言を呈すとキースが目を逸らす。
「…………届かなかった、か」
キースがポツリといった。
アリシアは何も言わず空を見詰めていた。
騎士が空を指さして叫んでいる。段々と黒い点が近付いて来ていた。
ヤーズヴァルだ。
今回、ヤーズヴァルは参戦を禁じられていた。そのヤーズヴァルが飛んで来ている。ご主人様は戦争は終わったと見なしたらしい。ヤーズヴァルの背中には魔王サマがいる。
戦争は終わり。
試練が始まる。