第14話 聖戦2
「……オウリ、貴様の目的は何だ?」
陛下の問いかけにオウリは眉根を寄せる。
「……なんだよ、今更。そんなコト一言も……ははあ、そう言うコトね。アンタ、俺に勝てると思ってたのか。俺に勝てるなら目的なんてね。計画に支障がでそうで焦ったか」
「今も負けるとは思っておらんわ」
陛下はキッパリ否定するが、本心はどうであれ、敗戦を匂わせたのが問題だった。
神国最強の一角であるルートが手玉に取られたのだ。
もしかして俺達は勝てないのではないか――と、先ほどの光景を目にした者は思っているはず。彼らがそれを表に出さないのは、ひとえに陛下への忠誠心ゆえである。勝ち目があろうが無かろうが、陛下の命令に従うのが騎士なのだ。だから、陛下の弱気は簡単に騎士へ伝染してしまう。武人ではない陛下はそれが分かっていない。
何か言わなくては、と思った時だった。
「俺の目的ねぇ」
オウリが口を開いた。
「お前らを奴隷にして売り払うコトに決まってるだろ。なあ、ヒューマンにそれ以外の目的があると思ってたのかよ。俺が誰も殺さなかったからいい人だと勘違いしたか。ハッ、甘い、甘い。売り物に傷を付けるワケにはいかなかっただけだっての」
せせら笑うオウリに、騎士の怒りが爆発する。
「……許せねぇ」
「……薄汚いヒューマンが」
「……ぶっ殺してやる」
塞がっていない傷口を抉られのだ。騎士が激昂するのは当然であった。
怒りを覚えなかったと言えば嘘になるが、私は解せない気持ちのほうが強かった。
チラリ、とアリシアを窺うと、素知らぬ顔で佇んでいる。
やはり、オウリの発言は嘘か。
エルフを奴隷にするなどアリシアが許すはずがない。
ずっとオウリの狙いについて考えを巡らせてきた。最初はアリシアと同じく戦争を止める事だと思っていた。しかし、戦争を止めるために戦争を吹っ掛けるのでは本末転倒だ。何か大事な事を見落としているような気がした。だから、準備体操と称してルートを一蹴するのを見た時、これがオウリのやりたかったことだと確信した。
やりたかったのはハイヒューマンの圧倒的な実力を見せつける事。
聖戦を仕掛けようとしているのは王国――ハイヒューマンが治める国なのだ。
心が折れる騎士がいたとしても、軟弱と責める事は出来ない。
私だって背筋が凍ったのだから。
だからこそ……分からない。なぜ騎士を煽ったのか……
「自分が何を言ったのか。分かっておるのか、オウリ」
陛下が険しい顔で問うとオウリが頷く。
「ああ。俺か。アンタらか。どっちかが死ぬまで終わらなくなったな。アンタの計画にとっちゃ、こっちの方が都合がいいだろ」
……計画?
そう言えば先程も計画と言っていた。
陛下は何かを企んでいて、オウリはそれを知っているというのか。
しかし、疑問に思う暇は与えられなかった。すぐさまオウリが続けたからである。
「この距離で始めると俺が有利過ぎる。って事でスタートラインを引かせて貰うぜ」
オウリが手を上げると何もない空間から剣が現れた。インベントリ。すわ開戦かと剣を構える騎士にオウリは大仰に肩を竦める。剣はひとりでに浮き、私達とは反対側に飛んで行く。剣、槍、斧、楯。次々に武具が現れ、我先にと剣の後を追う。
「さて、スタートラインが引けたな」
「…………」
「…………」
オウリのあまりにもな発言に全員呆れていた。
並べられた武具が白銀の線を形作っていた。
一直線に武具を並べた技術は称賛に値する。しかし、最初から並べておけばいいだけの話だし、線を引くのに武具を使ったのも無駄だ。強力な武具に見えた。金貨で線を引いた方がまだ安くつくだろう。ますますオウリという人物の事が分からなくなる。
「んじゃ、俺達があのラインを超えたら開始な。アリシア、行くぞ」
「ああ」
オウリはアリシアと踵を返す。雑談しながらなので歩みは遅い。スタートラインに到達するまで数分かかるだろう。その間に我々はやるべき事を済ませる。
「陛下、お願いします」
分かっている、と陛下が頷く。
「皆の者、聞け!」
《拡声》を使った声が全軍に響き渡る。
「かつてプレイヤーは幾度も世界を救った。魔王シュラム・スクラント、邪霊デイブランド、廃獣ラウゼル、堕神スニヤ、穢龍ニグルドゥーラ。いずれも世界を滅ぼし得る災厄であった。プレイヤーは我が身を省みず、それらの災厄を討ち果たした。故に我々は彼らが世界の盟主である事を認めてきた。だが、五百年と言う歳月が彼らを堕落させた。彼らが何をしたか。思い出せとは言わん。私も語る事はしない。必要を感じないからだ」
誰しも胸に穴が穿たれていて、今も傷口から血が流れ続けている。痛みに耳を傾ければ、それこそが戦う理由となる。ヒューマンの被害にあっていない者は皆無なのだ。
誰もが微動だにせず陛下の言葉を拝聴していた。
「私は災厄の名を聞くだけで震え上がったものだ。今日、新たな災厄が現れたとは聞いておらん。だが、その名を聞くだけで震え上がる存在を知っている」
王国だ。
「そう、王国だ」
それ以外の答えはあり得ない。
「プレイヤーはなぜ、英雄と呼ばれた? 災厄を討ったからだ。我らは王国に戦争を仕掛ける。だが、これは戦争ではなく聖戦だ。王国から世界を救う戦いだからだ!」
怒号が――
「――――――!」
「――――――!」
「――――――!」
「――――――!」
――爆発した。
口々に何かを叫んでいる。
しかし、意味のある音を成さない。
私は陛下に近づくと声を張り上げた。不敬だがそうないと通じないのだ。
「陛下! 手はず通りに!」
「任せたぞ」
陛下は部下に連れられ、後方へ下がっていった。
「魔狩人。いるか?」
「ハッ。ここに」
「《鷹の目》であの武具を確認出来るか」
魔狩人の報告は見たことのない武具ばかりだと言う事だった。
《鷹の目》は狩人クラスのスキルで遠くを見る事が出来る。
「我々の武具と比べてどうだ」
「向こうの方が強力そうに見えます」
「《魔力感知》も併用しているか?」
「あ、忘れていました。うわぁ、すげぇ……んん、申し訳ありません。かなりの《魔力》を帯びています。ただ……分かり辛いですね。穢龍荒野自体が《魔力》を帯びているので。マジックアイテムなのは確実です。残念ながら弓はないみたいです……」
本当に残念そうに言うので叱責するか悩む。
聖戦に当たり装備は一新されている。しかし、満足している騎士はいない。上を見ればキリがないと妥協しているだけだ。金がある者は自前で武具を調達している。手の届く場所に強力な武具があるのだ。浮ついてしまうのも無理はなかった。
だからこそ、ここはしっかりと釘を刺しておく。
「武具の事は忘れろ。作戦は変わらない。《広声》で全軍に通達だ」
「ハッ。伝えてきます」
自分だけおこぼれに与れないのが悔しかったのか。魔狩人が嬉しそうに伝令に走っていった。
「勿体ないですねぇ。どれだけ残るのか」
副団長の視線は武具に釘付けだった。相当後ろ髪を引かれているらしい。
開戦と同時に魔法で集中砲火を仕掛ける事になっている。当然、武具も魔法に巻き込まれることになり、鹵獲出来たとしても使い物にならない可能性が高い。
「オウリの狙いは何だと思う?」
私が問うと副団長は腕を組んで唸る。
「遠まわしな助命の嘆願ですか」
「助命?」
「オウリが所有する武具があれだけだと思います? たぶん、インベントリにもっと沢山眠ってますよ。アイテムの出し入れは本人しか出来ませんから」
「欲に目が眩んだ者はオウリを生かして捕らえようとする?」
「マジックアイテムなのは確実みたいですし。あれ、全部、迷宮品じゃないですかね。本物ならあそこに並んでる分だけでも国買えますよ」
「だったら戦争を吹っ掛ける必要はないだろう」
そう言うと副団長はですよねぇ、と首を振った。
オウリの言動は型破りだが、合理的な考えの持ち主だと思う。
商人達を脱獄させた手際一つとっても見事だった。自分を囮にする事で商人を神都から逃がしてみせた。これだけなら面目を潰してくれた憎き相手で終わる。しかし、地下牢に足を踏み入れると賞賛の念が禁じえなかった。ボロボロになった犯罪者が転がっていたからだ。一体だけゴーレムが残っていた理由も分かった。看守だったのだ。
「……大半の武具が壊れるとしても残る物はある。何故、敵に塩を送るような真似をするのか」
そもそもラインを遠くに引いた事が解せない。遠距離から魔法で仕留める算段だと言うのは分かっているはず。バレる事を承知で騎士団の隊列を横に伸ばしているのだ。
あのラインに罠を仕掛けているのか?
だから、気付かれないよう距離を取った?
可能性は……あるか。疑問は残るが。
我々はオウリに近づく気がない。罠があったとしても意味がない。罠が移動するなら話は別だが――
「団長。時間切れです」
副団長が決断を促すように私を見ていた。
取られた距離。
並べられた武具。
移動する罠。
それらが噛み合いそうだったのだが、寸前のところで思い付きを掴み損ねた。
オウリはラインを超えようとしていた。
アリシアも巻き込んでしまうが――
「詠唱開始!」
――仕方がない。
オウリはアリシアと二人で戦うつもりのようだが、旗色が悪くなればヤーズヴァルを呼び戻さないとも限らない。アリシアに情けをかけて千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
「撃て!」
カッと閃光が走り、周囲が煌々と輝く。火魔法使いによる《ドラグレイ》だ。魔法は階梯が上がる程に制御が難しくなる。オウリに直進する閃光は一部でしかない。
しかし、これでいい。
竜のブレスを模した魔法は、竜の鱗さえ貫く威力を誇る。私やルートであっても食らえば重傷を免れない。全て命中させたところでオーバーキルになるだけ。
それならば狙いをバラけさせた方がオウリも避け辛い。
――ドン!
オウリの足元に閃光が突き刺さる。見切っていたのか微動だにしなかった。
「…………」
「…………」
刹那、オウリと目が合った。批難したいのかと思った。
攻撃はラインを超えるのと同時だった。フライングと言われれば否定できない。しかし、それは私の後ろめたさが見せた幻だった。オウリの瞳には批難の色はなく――ただ賞賛の色があった。好敵手を見付けた時のルートと似た目だった。
ぞぞ、と背筋に冷たい物が走る。
視線が交錯したのも一瞬のことだった。舞い上がる土煙りがオウリを覆い隠す。
「火魔法使い! 第二射、放て!」
名状しがたい不安に突き動かされ、何度も《ドラグレイ》を号令する。しかし、不安は一向に消えず、むしろ増すばかりだった。垣間見たオウリの瞳が脳裏に焼き付いていた。
「団長!」
副団長に肩を掴まれ、ハッと我に返る。
「……命令を」
副団長はそう言うと、目で火魔法使いを示す。火魔法使いが顔面を蒼白にさせていた。
「……火魔法使いを下げろ。魔力回復薬を飲ませてやれ。水魔法使い、風魔法使いは前へ。《プリズムリフレクション》と《ミサイルガード》の用意」
「ハッ」
命令を伝達する副団長を横目に、私は自分に怒りを覚えていた。
……間抜け。騎士団を指揮して何年になる? 《魔力》の管理は初歩の初歩だぞ。
火魔法使いに固執する必要はなかった。威力は劣るが他の属性魔法がある。《ドラグレイ》で仕留めきれなかった場合は、土魔法使い、水魔法使い、とローテーションする予定だった。なのに私は初陣の騎士のように舞い上がり、その事を忘れていたのだ。
副団長の制止が無ければ、火魔法使いを潰すところだった。
「……団長、反省は後でお願いします。ま、甲斐はあったと思いますよ」
副団長は呆れ顔でオウリがいた場所を眺めている。立ち上る土煙りが薄まり、輪郭が見えるようになっていた。地面は抉れ、隆起している。正しく竜が暴れまわったかのようだ。
五色竜だったとしてもこの猛攻の前には成す術もないだろう。
耐えきれるとしたら音に聞く神罰騎士団の聖騎士くらいか。
だが、口から出たのは、
「……いや、オウリは生きている」
正反対の言葉だった。
言ってから不意に腑に落ちた。不安の正体が分かったのである。
理性と直感が噛み合っていなかったのだ。
どう考えてもオウリに生存の目はない。
しかし、直観はオウリが生きていると告げていた。
無論、直観が外れる場合もあり……今まで信じきる事が出来なかった。
だが、直観はここへきて、いい加減にしろ、と大声で叫んでいる。
全ての事象は計算式で表す事が出来ると思う。だが、戦闘中は計算している余裕がない。だから、計算式を省いて答えを出す。これが直観の正体だと私は考えている。
直観がここまで強く訴えかけてくると言う事は、計算式が出ていないだけで答えに自信があると言う事だ。オウリが生き残れる道筋を目撃していながら見逃しているのだ。
……まさか、聖騎士なのか。オウリのクラスは不明だ。ありえない話ではない。
神罰騎士団のオーファンだったか。
かの聖騎士はどんな攻撃でも跳ね返すと言う。
聖騎士でないとしても、騎士であったのなら。
騎士のアーツに魔法防御力を高める《エレメントガード》がある。
火魔法の《フレイムコート》も組み合わせれば、ある程度を防ぐ事も可能だろう。だが、そう……ある程度だ。アリシアが協力しても焼け石に水。そもそもオウリは楯を持って……いや、楯は、ある。インベントリから出していた。それもかなり大量に……二人では楯を使っても防ぎきれない……だが、それが数十人となればどうか?
……防げる……かも知れない……
「……そういう……ことかッ……」
全てが繋がった。
瞬間、穢龍荒野に突風が吹いた。自然な風だから違和感があった。このタイミングで風が吹いたのだ。誰かの意思を感じずにはいられない。しかし、《魔力感知》を用いても、不自然な《魔力》の流れは無かった。エルフに感知もさせず、風を吹かせられる存在。一人だけ心当たりがあった。だとしたらこれは……世界の声だというのか。
――刮目せよ。これがオウリである。
半透明の少女が謳う様に駆け抜けるのを幻視した。
土煙りが晴れていた。地形が変わっていた。それは間違いではない。しかし、正確でも無かった。地面に無数の穴が開いている。《ドラグレイ》の痕跡である。ここまでは想像の通りだった。だが、地面が隆起している……そう思っていた部分。そこが決定的に違っていた。一見すると《ストーンウォール》。だが、土壁は……楯を構えない。
「…………ゴーレム」
様々な武具を持ったゴーレムが一列に並んでいた。
オウリがいた場所には楯持ちのゴーレムが固まっていた。
昨晩のうちにゴーレムを作成し、地中に潜ませていたのだろう。
単に埋伏させたのでは《魔力感知》で気付かれる恐れがある。だから、《魔力》を帯びた武具をゴーレムの上に並べ、《魔力》の偏りが不自然でない状況を作り出したのか。
……一体、どこからどこまで……オウリの掌の上なのか……!
ゴーレムは高らかに楯を掲げ……それでバランスを崩したのか。
転倒した。足が折れ、身体が砕ける。竜石が転がる。ひび割れていた。
一体が崩れると後はあっという間だった。二十体はいた楯持ちのゴーレムが地に倒れ伏す。意思がないはずのゴーレムだが、誇らしげに逝ったように見えたのは、ゴーレムに自身を重ねたからか。王を守って死を賜るのなら、本望だと私も思うだろうから。
土くれの亡骸を踏み越え、彼らの王が姿を現す。
「…………」
「…………」
オウリは傷一つ負っていなかった。
ゴーレムの散り際を見た時から、そうだろうと思っていたので、ああ、やはりかと思っただけだった。だが、私以外はそう思わなかったようで息を飲んでいた。
魔法とアーツが使える者の多い神国では、ゴーレムがアーツを使える事も知られている。これを利用して軍隊を作成できないかと検討された事があった。死を恐れないゴーレムを前衛に据える事が出来れば強力な軍隊になると考えられたのだ。
しかし、実現する事はなかった。
どう足掻いてもゴーレムのステータスは術者を劣化したものになるからだ。余程高レベルの術者がいない限り、竜石を売って冒険者を雇った方が安上がりだった。
「さあ、反撃と行こうか」
オウリが号令をかけるとゴーレムが一斉に動き出す。
神国が実現出来なかったゴーレムの軍勢。
それを引き連れてオウリが進軍を開始する。