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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第2章 ドレスザード神国
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第12話 戦争前夜

  ――― シュシュ ――


 神都の南に穢龍荒野はある。

 森神と穢龍ニグルドゥーラの激戦の舞台となった地だ。かつては豊潤な森だったと言うが、現在は草一本生えない不毛の地と化している。蔦が生い茂る王城を見れば分かるように、森神の《魔力》は植物の成長を促進させる。にも関らず五百年経った今も生命が芽吹く事が無いのである。森神の正体が想像通りだとすると異常な事態だ。

 《穢》の字を持つからか。

 ニグルドゥーラからは魔族に似た異質さを感じる。

 輪廻の輪から外れているように思えるのだ。

 最初に現れたのは魔王が討伐された直後だったと言う。

 案外、魔族と関係があるのかも知れぬな――などと考えながら穢龍荒野を歩いていた。

 

「向こうか」


 轟音が轟く方向へ足を向ける。

 顔を上げると空に浮かぶ丸い月が見えた。

 戦争が起きると言うのに月は素知らぬ顔である。

 明日は神国にとって歴史に残る一日となる。しかし、多くの人々には他愛のない一日が訪れるだけ。逆もまた然り。特別な日なんて無いし、特別でない日もまた無いのか。


「探したぞ、オウリ」


 寝転んでいたオウリは顔を上げると眉根を寄せた。


「シルフは来なかったか? シュシュの案内頼んだんだが」

「……見晴らしのいい場所だからな。風に流されていったのであろうよ」

「……チッ。アイツの言う事は金輪際信じねぇ。迎えに行くって言ったのアイツの方だぜ」

「シルフの方から? そんな殊勝なタマか」

「今回の一件はシルフの頼みっつーか、アイツにハメられたトコあるから。自分から協力したいって言いだして来たんだよ。王様の居場所教えてくれたのもシルフだしな」


 やはりそうか。

 ならばグレイグに神託を下したのはシルフか?

 姿を変えられるシルフならグレイグを騙すのは容易いはず。

 だが、グレイグやオウリは森神の実在を確信している様子だ。

 と、すると、


「シルフが森神に入れ知恵したのか」

「俺にケンカ売れって言ったらしいぜ。そしたら勝手に首突っ込んで来るからって」

「くっくっく、見事にシルフの狙い通りになっているではないか」

「ああ、してやられたよ。素直に頼めっつーんだ」

「頼まれたら言う事を聞いたのか? 面倒臭がるだけではないのか? ん?」

「ハッ。アイツがそこまで考えるかよ。俺を驚かせたかっただけだろ」


 完全に不貞腐れている。珍しい姿に頬が緩む。

 腰を下ろそうとすると待てと言われた。インベントリから取り出した布が敷かれた。布を敷く前に無詠唱で石を除去する細やかな配慮付き。御苦労と労うと「へいへい」と軽く返された。腰を下ろし……慄然とした。また、オウリはこんな高級な布を……

 呆れながら妾は口を開く。


「シルフの狙いはなんだ?」

「エルフを助けて欲しいんだとさ。シルフがじゃなくて森神が、な。シルフは森神に協力してるだけだ」

「……それはまた……漠然とした願いだのう」

「分かってくれるか、シュシュ!」


 オウリは身体を起こすと妾の手を取った。


「……う、うむ。聖戦を止めろと言われたほうがまだ楽だったな」

「そう言ってくれるのはお前だけだ。こういうのは向き不向きもあるし、いいアイデアがでないのは仕方がねぇよ。でもな、一緒に考えてくれてもいいと思うんだわ」


 オウリが遠い目になっていた。

 視線の先ではセティとアリシアが戦っていた。

 セティの攻撃をアリシアが必死に捌いている。堪らずアリシアが距離を取れば、セティはえい、と瓶を投げつける。妾をこの場所まで導いた轟音が鳴り響く。


「……いつもに増して激しいのう」

「セティが脱獄に参加したかったって拗ねてて。明日も出番ないって言ったら完全にへそ曲げてさ。力が有り余ってるならアリシア鍛えてやれって言ったらああなった」

「アリシアを人身御供に差し出したと言う事か」

「そうともいう。まー、いいんじゃね。アリシア喜んでたし」


 ……脳筋な師弟だからな。アリシアは売られた事にも気付いていまい。


「妾の出番は?」

「ない。構図を崩したくないんだよ。ヒューマン対エルフの構図を。シュシュがエルフに加勢したいんなら止めないけどな。王様とは知らない仲じゃないんだろ」

「妬いておるのか」

「それはない」


 ……くっ。即答はやめよ。傷つくのだぞ。


「王様で思い出した。反応どうだった?」

「……予想通りだったが」

「……それなら。イケるか」


 計画を精査しているのか。オウリは黙って考え込む。


「何故、ジイの言う事が分かったのだ?」

「ん? 王様の立場に立って考えてみた。同情したね。神国は詰んでる」

「…………」


 オウリはぼんやり夜空を見上げている。思った事を口にしただけのようだ。

 だからこそ、聞き捨てならなかった。


「……ジイのような王を戴く民の方が不憫だと思うが」

「民を導くってのも重責だと思うぜ。投げ出さないだけ偉いと思うけど」

「なにを言う。投げ出したから聖戦を始めるのだろう」

「そうか? 違う気が」


 知らず、拳を握り締めていた。息を吐きながら拳を開く。

 鼓動が早い。

 視界が狭まり、オウリしか見えない。


「……オウリはジイの肩を持つのか?」


 オウリは妾の顔を見ると怪訝そうな顔をした。

 どんな顔をしていると言うのか。


「……肩を持つと言うか。理解を示してるだけ。なんか刺々しくないか」

「……お主の目は節穴か。妾はいつも通りだ」

「……いや、どう見ても。シュシュ、らしく(・・・)ないぞ」


 頭が真っ白になった。

 気が付くとオウリに馬乗りになっていた。目を白黒させるオウリの胸倉を掴み上げる。


「らしくない!? 一体何が妾らしいのだ!? 何事にも動じないのが妾か!? 誰が好き好んで傍観者になるものか!」


 感情が高ぶれば魔族化してしまう。

 だから、傍観者の立ち位置を自身に強いていた。

 自分の身に何が起こっても他人事として捉えていたのだ。

 だが、オウリに救われ。

 心を許すにつれて。

 戒めは緩んでいった。

 オウリにだけは「らしい」などと語って欲しくなかった。


「王には民を導く責務がある! ジイはその責務を放棄した!」


 王族の責務を教えてくれたのはグレイグだ。

 知らないとは言わせない。


「言うに事欠いてリファエルのためだと? ふざけるな! 穏やかな気性の民だった! 戦争を望むはずがない!」


 エルフが戦争を望むのなら仕方がない。

 だが、エルフを悪しざまに言う必要があったのか。


「王は時として非情な決断を迫られる。だが、非情と非道を履き違えるなと語ったのはジイだ! 他ならぬジイが己の言葉を裏切るのか! 責務を語るのなら自分で示せ! エルフを幸せにして見せよ! それが出来ずに何が王か!」


 グレイグは変わってしまった。唾棄すべき王国の王族と同じだ。

 なのにどうして妾はグレイグを――


「分かった」

 

 優しい声がした。

 目の前が真っ暗になった。オウリに抱きしめられたのだ。


「……もう、いい。落ちつけ。な?」

「…………うぅ」


 ――妾はなぜ、グレイグを嫌うことが出来ないのか。


 涙がこぼれる。

 オウリの胸に顔を擦りつけて涙の跡を消す。

 落ち着くまでの間、オウリは頭を撫でていてくれた。優しい手付きだった。撫でるのが止まる。ギュッとオウリの腰に手を回す。やれやれ、というように撫でるのが再開された。オウリの心音に耳を澄ませていると、荒れ狂っていた感情が凪いでいくのを感じた。


「言いたい事があるならいえ。聞いてやるから」


 諭すような声音だった。完璧に子供扱いされている。

 だが、今は……否定できない。癇癪を起してしまったのだから。


「……オウリが優しい……明日は荒れるな……」

「別にシュシュのためじゃないさ。魔王になられたら困るんでね。俺でも勝てるか怪しいって話だし。一から十まで保身のためだよ。だから、まァ……なんだ。遠慮せずに吐き出せ。俺達はその……仲間、だろ……おい、くすぐってぇ。笑ってんのかよ、クソ」


 無茶を言うな、オウリ。

 なんだ、その捻くれた優しさは。

 これが笑わずにいられるものか。


「……妾は……ジイが何を考えているのか分からん」

「シュシュは王様と親しかったのか」

「……養育係という立場だったが……実の祖父のように思っていた。物凄く妾に甘くてな。何をしても褒めてくれた。ジイに褒められたくて勉学も励んだ。元々はリファエルの宰相でな。博識だった。五百年経った。人が変節するには十分な時間だ。だが、妾は……」

「信じたくない?」

「……裏切られた……気がした……」

「シュシュは甘いよな」

「人を見る目がないと言いたいのか」

「……やさぐれてんなァ。エルフが滅ぼうが所詮他人事だ。でも、そう割り切れないからシュシュは苦しんでる。そういうふうに育てたのは王様だ。シュシュが甘い事を一番よく知ってる。なのにあんな言い方したってのが引っかかってるんだよ」

「……どういう言い方だ」

「ケンカ吹っ掛けるみたいな」

「人が変わってしまったのだろう」

「ん~、あの王様、計算高い気がするんだよ。無暗に煽るような真似はするかね。シュシュの甘さに付け込むほうが確実だ。神国が詰んでるのは事実なんだからさ」

「…………言われてみればそうか」


 あの言い方では妾の反感を買うだけだと分かっていたはず。

 聖戦を邪魔されたくないのなら、神国の現状を打ち明けた方が確実だ。

 代案がない限りグレイグのやる事に口を挟めなかっただろう。


「……妾に気を使ったのか? 気を病まないように」

「シュシュは反対したのに王様が強引に聖戦に踏み切った。そう思わせる事で罪悪感を抱かないようにしたって事か? それも一つの理由だったのかも知れないな」

「どう思う?」

「さぁね。王様の事はよく知らないし、本当のトコは分からない。ただ……お前を育てた人なら信じたい」


 顔を上げるとオウリはそっぽを向いていた。


「耳まで真っ赤だぞ、オウリ。んん?」

「……チッ。落ち込んでるからって優しくしてやりゃこれだよ……」

「むくれるな、むくれるな。理由の一つと言ったな。他にも理由があると言う事か?」


 強引に話を戻してやるとオウリは渋々口を開いた。


「シュシュを怒らせたかったんだと思う」

「……なんのために」

「冷静さをシュシュから奪うため、かね。王様の計画は根本的な部分が抜けてる。多分、そこに触れらたくなかったんだろう」


 グレイグとの会話を思い出すが、特に穴を見付ける事は出来なかった。するとオウリは「抜けてると言うか。逆に足りてるんだ」と謎めいた言葉を言った。

 抜けてるのに足りてる?

 妾をからかっているのか?


「ジイは何を隠している。素直に吐け、オウリ」


 オウリは苦笑する。くしゃくしゃ、と妾の髪をかき乱す。


「それを確かめるためにも戦争をするのさ」

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