第8話 脱獄
――― オウリ ―――
「――――聖戦ねぇ」
俺は疲れた顔で眉間を揉む。
「信じられんか。話が大きすぎるからな」
ドワーフの言葉に俺は首を振る。
話を聞けば捕まっていたのは一文字傷以外全員商人だった。
神国から装備の発注があり、納品に来たら捕まった、という話だった。
一度に大量に装備を集めれば耳目を集める。
そこで小口での発注を繰り返した結果、大勢の商人が捕まる事になったのだろう。
状況証拠は揃っており、戦争を否定する材料も無い。悩ましいのはエルフが聖戦という言葉を使った事だ。大義を示すために聖戦と言っただけかも知れない。しかし、このタイミングで聖戦という言葉が出てくると、何か裏があるのではないかと勘繰りたくなる。
裏と言ってもエルフが企んでいるとは思わない。
神だ。
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【クエスト】Chapter29《因果応報の聖戦》
【聖暦】950年
【詳細】輪廻は巡り、因果も巡る。因果応報の聖戦が幕が開く。
【ボス】魔王トリス・スクラント
【報酬】免罪斧シェイファ
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ジャーナルは変わっていない。
だが……いつ変化するか……
「金は支払って貰ったのか?」
「後日貰える事になっている」
答えたのは最初に話しかけて来たドワーフだ。
いつの間にか彼が代表して答えるようになっていた。
「解放する気はあるって事か」
「戦争が始まったら解放するといっておっていた。始まってしまえば隠し立て出来んからな。ワシらの口を封じる気なら生きてはおらん」
「戦争するのは構わねぇが。エルフに勝ち目はあるのかね」
「無い。だが、立ち上がらなければならない時がある。ヒューマンはエルフの奴隷を好む。我慢の限界が来た、という事だろう。おお、なるほどなあ」
「ん?」
「問答無用で牢に入れられた。だが、不満は感じておらんかった。その理由に気付いたのだ」
「王国の横暴は神国だけじゃないってコトか」
「装備を買い叩かれておるわ。侵攻を匂わされたら何も言えん」
上手くいけば恩の字という気分で牢屋に潜入したが、思ったよりもスムーズに情報が集まった。
最初、セティとシュシュに情報収集を任せようと思った。
同族相手ならエルフの口も軽くなるだろうと考えたのだ。
だが、肝心の二人の側に同族意識が欠けている。
そういうのは敏感に察知されるだろうと諦めざるを得なかった。
「さて、俺は牢から出るけど、アンタらはどうする?」
俺が言うとドワーフが目を丸くした。
「出る? 出れるのか。強固な牢だぞ。誰か助けが?」
「この程度の牢ならどうとでも」
牢には十重二十重に結界が張られている。互いに干渉しつつ、強度を高めている。
魔法陣に代表される、儀式魔法による結界だ。儀式魔法はレベルでの習得が無い。だから、あまり詳しくは無いのだが、《魔力》の流れから高度な魔法である事が分かる。
しかし、肝心の術者の質が低い。
プロの設計図を基に、素人が家を建てた感じ。
商人達が考えている間、脱獄の方法を考えていた。しかし、二、三見繕った当たりで飽き、折角の脱獄なんだし、ハデに行きたいよな、と妄想を膨らませていた。
「満場一致だ。ワシらを出してくれ」
ドワーフが全員を代表していった。
「脱獄したら金は受け取れないぜ」
「命あっての物種だ」
「ま、それもそうか」
エルフは約束を守るとは思うが、神都に戦火が及んでからでは遅い。他人に命を預けるのはごめんだ、と考えるのはよく分かる。そもそも小口の商いという話だった。小額を受け取るため無為な時間を過ごすより、行商していた方が儲かると判断したのか。
久しぶりにシャバに出れるとあり、商人達のテンションは高い。
俺はインベントリから黒い石を取り出す。
「……これは、魔石? いや、竜石か」
ドワーフは石を手に取り、しげしげと眺めていた。
魔物は体内に魔石を持つ。逆か。魔石を持つ者を魔物と呼ぶ。動物と魔物の区別は魔石の有無だ。魔石は主に魔道具の動力源に使われる。竜石も魔石だ。
竜から取り出した魔石を竜石という。
「珍しいのか」
「……ああ、ここまで見事なのは初めて見た」
「ふぅん、これでね。ブレイザールの竜石見たら心臓止まるかもな」
「あの五色竜か。はは、それで死ぬなら本望…………冗談、だよな……」
「死んでもらったら困るし。証明する術は無いな。ただ、意外と小ぶりなんだぜ」
「…………」
竜石を並べていると、不意に気配を感じた。いつの間にか男達が詰め寄っていた。
「――――!」
「――――!」
「――――!」
一斉に喋るものだから聞き取れない。
だが、商売しようと言っているのは分かった。
……商魂たくましいな、おい。
面倒なのでインベントリから二束三文の代物を幾つか取り出す。商人の水準では垂涎の的だったのだろう。すぐさまオークションが始まった。というか、牢屋なんだが……金は持ってるのか。
司会をドワーフに丸投げし、俺は準備に勤しむ。
ナイフで指先を傷つけ、血を竜石に垂らす。
「一握の砂。灼熱の血。穢れの心。我が現身を起こせ」
ぽぅ、と竜石が光を帯びる。地面が隆起し、竜石を包み込む。光は明滅しており、心臓の鼓動のようだ。四方へ走る光は不自然に止まる。光の輪郭は人形を表していた。
土で出来た人形が身体を起こした。手には土で出来た槌を握っている。
土魔法第六階梯《クリエイトゴーレム》だ。
媒介となった竜石の質に応じて大きさが変わる。今回は低級の竜石を使ったので等身大のサイズだ。
「お前さん、魔法使いだったのか。ほう、実に見事なものだ」
ゴーレムを撫でながらドワーフが言った。
「俺もたまに忘れるよ。ああ、悪いんだが。端に寄ってくれ。もう何体か起こす」
魔力回復薬を飲みつつ、ゴーレムを作って行く。十体作ったところで手を止める。
「このゴーレムでどうする気だ?」
整列するゴーレムを眺め、ドワーフが首を傾げていた。
ゴーレムに戦闘能力は無いと言われているからだ。だが、それはゴーレムの仕様を理解していない者の発言だ。術者である魔法使いに戦闘能力が無い、と言うべきなのである。
ゴーレムのステータスは術者を劣化させたものになる。カンストした魔法使いが作れば十分な戦力になる。更に魔法こそ使えないが、それ以外のスキルは使用可能。
つまり、アーツは使用出来る。
「派手にやれ――《オブジェクトブレイク》」
ゴーレムの持つ槌が一斉に光り出す。一糸乱れぬ動きで槌を鉄格子に叩きつける。鉄格子が紙切れのように吹き飛んでいった。
空いた口が塞がらない商人達を尻目に俺は悠々と牢屋から出る。
「一号から五号は階段をふさげ。それ以外は牢を破って、中の人間を連れて来い。俺が《邪心感知》で判断する。本物の犯罪者まで脱獄させるワケにはいかないからな。外に出たら商人達を王都の外まで護衛しろ。追手が来るなら殺さない程度に遊んでやれ」
ゴレームに命令を下し、一息ついていると、ドワーフが俺を見ていた。
「助かった。恩に着る」
「いいって」
「どうしてここまでしてくれる?」
「キシャ村って知ってるか。国境の森の近くの村なんだが。そこの宿屋の主人によくして貰ってさ。商人に会ったらよろしくって言われたから、かな」
「……ん? んんん? 知らんが。ワシは。その村の事」
「いいんだよ。中にはいるかも知れないだろ」
「ふーむ。反応してた者が何人かいたな」
「ま、細かい事はいいだろ。人助けに理由が必要かよ。メリットとかデメリットとか。そんなもんイチイチ天秤にかけてっから、やりたい事も出来なくなっちまうんだろ」
ドワーフが何とも言えない目で俺を見ていた。
俺は肩を竦め、手を振った。
「あー。言うな。恩を感じてるなら言ってくれるな」
分かってるさ。
どうせ、見かけによらず甘いと言いたいんだろ。