第7話 神国の狙い
――― シュシュ ―――
陽光で壁の模様が浮かび上がっていた。手先が器用なエルフらしい緻密な細工。大きな窓からの採光が無ければ、細かすぎて気が付けなかった。調度も部屋に埋没しているが、目を凝らせば値打物だと分かる。質素に見えて、その実、華美な部屋だった。
しかし、どうなのだろうな。
来客を持て成すはずの部屋だ。なのに審美眼を試されている。
エルフの傲慢が透けて見えるわ。この部屋の価値を解さぬ者は、丁寧に接する必要はないという事だな。ふん。エルフの全てが美への造詣が深いわけではあるまいに。
エルフは閉鎖的で外交下手だと聞いていたが本当のようだ。
妾がエルフに転生したのは今生が初めてだ。感性はエルフのものになっているが、価値観はまだまだヒューマンである。だからこそ、上から目線の持て成しが鼻についた。
「蒼穹の魔女殿に来て頂けるとは僥倖です。騎士団の士気も上がることでしょう。しかし、我が国の話を一体どこで? 情報が漏れぬよう苦心していたのですが。やはり、森から?」
キースが頬を紅潮させ言った。
亜人の英雄と対面出来て、舞い上がっているらしい。
「え? 兄さんと観光に来ただけだよ」
「……魔女殿の……兄君ですか? 不勉強で申し訳ない。兄君はいずこに? 騎士を迎えに行かせましょう」
「牢屋かな」
「ハッ。では、牢屋に迎えを…………牢屋、ですか?」
「違うの? 連れて行ったの貴方達でしょ」
「……兄君とは……あのハイヒューマンのことですか」
「そうだよ」
「……前言を翻す形になってしまい恐縮ですが、あの者は我が国に災厄を齎すと予言された男。陛下の裁定が済むまでは牢屋から出すわけにはいきません」
キースは騎士の顔になって言った。
「いいよ。兄さん楽しそうだったし」
「……た、楽しそう」
キースが顔を引き攣らせる。
今更ながらこれが普通の反応よな、と思った。
オウリが投降すると聞いた時、妾はふぅん、と思っただけだった。窮地であってもオウリなら切り抜けるだろうし、何を言ったところで聞き入れるとは思えない。アリシアですら粛々と連行されていったのだから、着々とオウリに毒されているらしい。
よしんばオウリがヘマを打ったところで助け出すのは容易だ。
セティ一人でも可能だし、ヤーズヴァルだっている。《闇の帳》が使える妾はエルフの天敵。神国を更地にしても尚、お釣りが来る戦力が揃っている。
「……しかし、兄、ですか……」
キースが渋面で呟く。計算が狂った、と言いたげだ。
「なあ、話の摺り合わせをせぬか。オウリの事は放っておけ。気を揉んだところで、アレはどうにもならん。情報収集に行っただけであろう」
妾が言うとセティが小首を傾げた。
「牢破りしたいだけじゃないかな」
「……ううむ、その可能性も否定できん。オウリだけに。いずれにせよ、気が済めば自分で出てくるだろうよ」
蒼穹の魔女の会話を遮ったらいけないと思ったのか。キースは何か言いたげにしていたが、口を開くことはなかった。
「ああ、お主の言いたいことは分かる。そう簡単に出れないと言うのだろう。だが、災厄と呼んだのはお主のほうだぞ。のう、災厄とは閉じ込められるものなのか」
「……相違ない」
キースは入口の騎士を呼ぶと、耳打ちしていた。大方、牢屋の警備を強化しろ、という話だろう。余程、牢屋に自信があるのか、騎士は不満げな表情である。
騎士が廊下に出るのを見送り、妾は口を開く。
「で、妾達はお主達が何をしようとしているのか知らん」
「……ええ、どうやらそのようですね」
「そこの蒼穹の魔女が言ったように、目的を持ってこの国へ来たわけではない。タイミングが良かったせいで、何か勘違いさせてしまったようだがな。オウリは何か目的があるようだが……お主達がやろうとしている事とは無関係だろうよ」
「……失礼だが貴女は?」
「シュシュ。蒼穹の魔女の友人だ」
妾がそう言うとセティが食い付いた。
「……え、友達? 私たち、友達?」
「……違うのか」
「ううん! 違わない! えへへ、友達だ! 嬉しいな。私、友達いなかったから」
「アリシアがいるだろう」
「アリシアは弟子だよ」
「そうか……」
傍から見ていると二人は友人に見えるが。
きゃっきゃと黄色い声をあげ、セティが妾に抱き付いて来る。
コホン、とキースが咳払いをした。
「……では、援軍に来て頂いたのではないのですね」
「援軍なあ。何と戦う?」
「驕った王国と」
「……これは、また。大きく出たな」
丁重にもてなされるのだから、何か裏があるとは思っていたが。
援軍だと思われていたからか。
セティを発見した時の状況を考えれば、その可能性は薄いと分かるはずなのだが。
王国を敵に回せば、神罰騎士団も出張って来る。三軍ある神罰騎士団だが、一軍で神国を滅ぼせるだろう。だが、亜人には王国最強の騎士団を敵に回し、生き残っている人物が一人いる。その蒼穹の魔女が現れ……差し込んだ光明に目が眩んだか。
ちなみにセティが蒼穹の魔女だと証言したのは一人の騎士だ。その騎士は大昔にセティに助けられた事があるらしい。当のセティはすっかり忘れていたが。キースが騎士の証言を信じたのは、セティとの実力の差を感じ取ったからだろう。
「セティを戦争に参加させる気か」
「いいえ、戦争ではありません」
キースはほほ笑み、訂正する。
「聖戦です」




