第6話 牢屋
手近な牢屋にブチ込まれると思いきや。
俺が連れて来られたのは王城だった。
外見は人型の王城だが中は真っ当な作りだった。
セティとシュシュとは途中で引き離された。
彼女達は上階に連れて行かれ、俺とアリシアは階下に向かっていた。
階段を降りながら、壁の一部を削り取る。土だ。《魔力感知》を発動させ、土を指先でほぐす。ぱらぱらと零れる土が茶色に輝いていた。やはり、土の《魔力》が濃い。
王城は蔦に覆われている。それで緑色に見えたのだ。
いささか元気過ぎる蔦は、土の《魔力》の影響だろう。
「なあ、この王城はどういう経緯で出来たんだ?」
俺を連行する衛兵の隊長に訊ねる。すると、ふん、と鼻を鳴らされた。
「タンコブ増やして欲しいのか、んん?」
隊長は顔を青ざめさせるが、実際のところ実行は不可能だ。それは隊長も承知のはずだが、一撃で昏倒させられた苦い記憶が、俺への苦手意識を生んでいるらしい。
俺の今のステータスは一般人と変わりない。
俺の腕にこれでもか、と嵌まっている手錠のせいだ。
罪人の手錠というステータスを低下させる呪われたアイテムだ。
高レベルの俺には嵌まらないアイテムだが、今回は俺が同意したため嵌める事が出来た。
隊長は周囲を見渡すが、部下は目を逸らすばかり。
頼りになる近衛騎士はいない。セティ達を連れて行ってしまった。セティが蒼穹の魔女だと気付いたらしい。災厄を齎すと予言された俺だが、罪人の手錠で無力化されている。連行するだけなら衛兵で十分だとキースは判断したのだろう。
「き、貴様の脅しに屈したわけではないぞ。絶望させるために喋ってやるのだ」
「その前置き必要?」
俺が手錠を鳴らすと、隊長が慌てて喋り出す。
「王城は我らが建てたのではない。森神様の遺骸だといわれている」
俺に災厄のレッテルを張ってくれた神様か。
落ち着いて考えて見ればセティからその名を聞いた事があった。
エルフの守り神……という話だった。
「五百年前。忌まわしきニグルドゥーラにより神国は滅亡の危機にあった。この地へ逃れて来た王は森神様に祈ったという。王の祈りは通じた。森神様が顕現されたのだ。森神様はニグルドゥーラを撃退したが、力を使い果し深い眠りにつかれた。神国に危機が迫った時、森神様は再び目覚められるのだ」
「それ、本当かよ」
「言い伝えだ。真実は知らん」
「ふぅん。ま、いいや。で、その話のドコで俺は絶望すりゃよかったワケ?」
「王城には森神様の強い《魔力》が満ちている。牢にはそれを利用した結界が張られている。自ら捕まった貴様の思惑は知らんが、逃げ出せるとは思わない事だ」
「つまり、逃げ出すなら今だと」
「だ、誰もそんな事は言ってない! ……逃げるのか?」
「そんな怯えた顔すんなよ。思わず逃げたくなるだろ」
十中八九間違いない。
森神こそ俺が王都に来た目的だ。
王城に満ちる異様な土の《魔力》。そして、何よりこの場所。
ニグルドゥーラを撃退したというのが謎だが、森神の性質を考えれば納得出来ない事も無い。
と、なると祭壇の場所を知っていそうなのは王族か。
王の祈りに応え、という話だった。
「森神を呼び出した王は? まだ生きているのか?」
「いいや、戦いの最中、亡くなったらしい」
「なんで死んだか当ててやろうか。大方、森神を呼び出した代償だろ」
「……よく分かったな。そう言われている」
「……契約は成らず……か」
「なんて言った?」
「いや、こっちの話」
隊長の話を聞いていて、疑問に思った事がある。
王城は土の《魔力》が濃い。拠点を築くのには打ってつけだ。
しかし、神の遺骸を利用するだろうか。普通は冒涜に当たると控えるだろう。当時はニグルドゥーラが暴れ、防衛力の強化が急務だったとはいえ。
だが、それも森神の遺骸がただの土くれだと知っていたとすれば分かる。
森神が真実エルフの守り神だとしたら、チェクウッドは遷都する必要は無かった。
窮地に陥ったエルフを見捨てるはずがないのだ。
森神は存在しないのだろう。
だが、それは言えない。信仰は心の支えだからだ。
だから、森神を呼び出したというエルフの王は、守り神の登場に沸く民衆に真実を語れなかったのかも知れない。それに森神が俺の想像する通りの存在だったとしたら、エルフの王には訂正する時間もなかったはずだ。真っ先に森神に殺されているだろうから。
「ついたぞ。入れ」
隊長に促され、俺は牢屋に入る。
牢屋の鍵を閉めると、隊長は足早に立ち去る。アリシアは別の牢屋に入れられた。男女で牢屋が分かれているらしい。
牢屋を見渡すと色々な人種がいた。
ヒューマン、ドワーフ、セリアンスロープ。
いないのはエルフぐらいだった。
二十人はいるか。
俺に視線が集まったのも一瞬で、すぐにみんな目を伏せてしまう。
諦めの雰囲気が漂っている。小奇麗な人が多い。罪人には見えなかった。
当たりか。
しかし、意外だったな。ヒューマンが少ない。ドワーフが大半を占めている。道中で見た牢屋もそうだった。アクセサリー屋の店主は、ヒューマンはこの国を出た方がいい、と言っていた。だが、エルフ以外の種族は――というのが正確だったらしい。
「新入り。なに突っ立ってる。俺に挨拶しに来い」
言ったのは一番奥に陣取るセリアンスロープだ。
強い者が正しいという信条を持つ脳筋臭漂う種族である。
額に一文字の傷が入っている。どうもこの男が牢名主らしい。
「待てよ。準備する」
「グダグダ抜かすな! 早く来い!」
横目で一文字傷を見ると、イライラと膝を揺らしていた。
一文字傷を焦らして楽しんでいると、ドワーフが近付いて来て小声で言った。
「あの男に逆らってくれるな。ワシらにもとばっちりが来る。牢の中で王様気分でなあ。近隣を荒らしていた盗賊らしい。腕っ節が飛びぬけておる」
「袋叩きにすりゃ勝てるだろ」
「無茶を言わんでくれ。ワシらは商人でしかない」
「なんでそんなのと同じ牢に」
「収容できる場所がここしかなかったらしい」
確かに空いた牢屋というのは見かけなかった。
俺を雑居房に押し込める当たり、牢屋不足はかなり深刻なのだろう。手当たり次第、他種族を捕まえていたら、牢屋が足りなくなるのも当然か。捕まえる側のエルフはいいのだろうが、収容される側はいい迷惑だろう。濡れ衣で捕まったと思ったら、本物の犯罪者が同じ牢にブチ込まれるのだから。
「早く来いつってんだろうがァ!」
痺れを切らした一文字傷が怒声を上げた。
「……なるほど、王様気分、ね」
一文字傷の腕には罪人の手錠は嵌っていない。
つまり、その程度の犯罪者という事である。
ドワーフの口ぶりからすると、一文字傷を除くと他は商人らしい。だから、一文字傷は大きな顔を出来ている。しかし、一文字傷自身が強くなったワケではないのだ。
「頼む、早く行ってくれ!」
ドワーフが俺に懇願する。
一文字傷はそれを満足そうに見ていた。恐れられているのが嬉しいらしい。
「セリアンスロープは鼻がいいって聞くよな」
「……それがどうした。いいから早く」
「いやさ、自慢の鼻も鈍ったもんだと思って」
俺はインベントリから濡鴉の外套を取り出す。外套を肩にかけると、カチリ、と手錠が外れる音がした。俺のステータスは罪人の手錠で格段に落ちていた。そこへ要求ステータスの高い濡鴉の外套を装備すれば装備ペナルティが働く。
シュシュの隷属の首輪を外した、装備ペナルティを利用した裏技だ。
俺は投降する際に装備を弱い物へ変えていた。
敵意がない事を示すため、という名目だったが、本当の狙いはコレだった。濡鴉の外套を装備したままでは、装備ペナルティが働いてしまい、裏技の存在がバレてしまう。
この裏技は利便性の割に知られていない。
裏技が働くには身動きが取れなくなる程の装備ペナルティを受ける必要がある。元々、自力で《ディスペル》を受けに行けなくなった人を救済する為の措置だからだ。
しかし、昨今、強力な装備は減っている。
裏技が使える装備は少なく、廃れていったのだろう。
唖然とする一文字傷に手錠を投げる。俺は壁を蹴り飛ばし、一文字傷を見下ろす。一文字傷は恐る恐る横を向き、陥没した壁を目撃し、ひっ、と息を飲んだ。
「俺の挨拶は気に入って貰えたかな?」
一文字傷は腰を浮かせ、逃げ出そうとする。俺は片足立ちになり、一文字傷の首を足裏で押さえ付ける。ぐぇ、と一文字傷が呻き声を洩らす。一文字傷は恐怖に濁った目で俺を見ていた。
「好き勝手やってたみたいだが、同じ臭いメシを食う仲間同士、過去の事は水に流してやるよ。ま、俺はメシ食う前にチェックアウトする予定だけどな。大事なのは未来だ。分かるな? 誓え。人に迷惑かけないと」
「…………ち、誓う。め、迷惑かけない」
「はい、アウト」
一文字傷の首を強く壁に押し付ける。一文字傷は俺の足を退かそうともがく。哀れに思わないでも無かったが力は緩めない。やがて、一文字傷は白目を剥き、力なく腕が垂れた。
殺してはいない。裁くのはこの国の法律だ。
神官のスキルに《邪心感知》というものがある。本職の神官は一目で邪心を看破出来るらしいが、俺が《邪心感知》を使っても嘘を見抜くのが精々だ。
だから、一文字傷に誓わせたのだ。
一文字傷に反省の色は無かった。
「…………」
ドワーフは泡を吹く一文字傷を見下ろし、言葉を失っていた。
神国で密かに何かが胎動している。
しかし、エルフからは情報を引き出せない。ならば、他の種族から引き出せばいい。
幸い他の種族の居場所に心当たりがあった。
そう、牢屋だ。
投降したのは牢屋に案内して貰うため。
俺はドワーフに言う。
「この国で何が起きてる?」