第5話 容疑
俺はセティの腕を取ると、足早にアクセサリー屋を出る。
ずずず、と地面に線が出来る。セティを引きずっているためだ。セティはネックレスに夢中で自分で歩こうとしない。苦言を呈すべくセティを見るが、幸せそうなセティの様子に、口から出て来たのは溜息だけ。セティを小脇に抱えると、甘えた声で「抱っこがいいな」と言われた。俺は溜息を大盤振る舞いし、セティをお姫様抱っこする。
アクセサリー屋の店主は真っ当な商人だった。
生命の指輪とネックレスの取引が釣り合わない事を気に病んでいた。その彼が忠告をした途端、一仕事終えたような顔になった。商人の矜持が満たされたのだろう。忠告は金額の不足分を埋めるだけの価値がある。少なくとも店主はそう思っているという事だ。
「観光、できそうにないね」
セティが町並みを眺めながら残念そうに言った。
「一つ、手がない事はない」
「どんなの?」
「蒼穹の魔女の異名を使う」
「いやだよ。はずかしいもん」
「その気持ちは分からないでもないが。俺も恥ずかしい異名付いてるからな」
「兄さんが考えているのと少し違うかな。私は亜人のために戦った覚えはないんだ。身にかかる火の粉を振り払ってただけ。なんか、勝手に祭り上げられてる感じがいや」
「そう言う事なら無理強いは出来ないか」
「兄さんが言うなら名乗ってもいいけど……誰も信じてくれないと思うよ?」
「頭ごなしに否定される事はないと思うが……あー、なしなし。今のなし。厄介事の質が変わるだけだ」
自称、黒衣の死神は多い。しかし、蒼穹の魔女は皆無だ。
セティが言うように偶像化されているためである。
名乗れば英雄として遇される。しかし、いい事ばかりではない。無茶難題を吹っ掛けられるからだ。断れば英雄に非ずと断じられ、実力が足りなければ命を落とす。
現在、神都では何かが進行中らしい。
名乗ったが最後、十中八九、それに巻き込まれる。
「神都を出た方がいいかも知れないな」
「神国がなくなったら困る人いるしね」
「……うん。困る。エルフは。てか、サラッと規模デカくしたな。俺は神都って言ってんのに、なんで国が無くなる事になんだよ。そもそも滅ぼす事前提なのもどうなの」
「でも、やるなら手伝うよ」
むっ、と拳を握るセティ。可愛い。可愛いのだが……
「……後でゆっくり話し合おうな、セティ。兄さん、お前の頭が心配だ」
厄介事に巻き込まれても何とか出来る自信はある。
だが、「何とか」とは力尽くでという意味だ。
ヒューマンが力尽くでエルフを押さえ付けて来たから今日の種族間の対立がある。
オーファンに説教した手前、俺が対立を煽るワケにもいかない。
しかし、焦る気持ちとは裏腹に速度が出せない。
アクセサリー屋に行く時には無かった人だかりが俺の行く手を阻んでいた。
「……ヒューマン……性懲りもなく……を浚いに……いい気味だわ……」
「…………衛兵が来た……安心だ……に連行され……脱獄……不可能……」
「……商人……見えない……招かれざる客……神都に来た事……不運だと……諦める……」
すれ違いざまエルフの会話が聞こえて来る。声を潜めているため切れ切れである。
しかし、物騒な会話である事は疑いようがない。
嫌な予感を抱きつつ、人垣をかき分けて進む。
人垣を抜けると案の定、アリシアの姿があった。衛兵に囲まれている。
俺は足を止め……きつく目を閉じた。
折角の忠告だったが無駄になったらしい。
「貴様には奴隷商人の容疑が掛けられている。詰め所で話を聞かせて貰おうか」
衛兵がアリシアに言う。
アリシアは肩越しに背後を振り返り……何事もなかったかのように歩き出す。
焦ったのは衛兵達だ。
まさかの無視である。
衛兵は束になってアリシアの進路を塞ぐ。
「逃がさん」
アリシアは目を瞬かせていた。
再び何かを探すように視線を走らせ……衛兵に向き直ると言った。
「奴隷商人って、私か?」
「お前以外に誰がいる」
「奴隷商人に間違われるならオウリだと思ったんでな」
……そう言う事か。あれは俺を探して。って、余計な御世話だよ。
子供達を親元に帰した時の話である。俺は何度も奴隷商人に間違えられた。
種族で判断しているのなら、アリシアも間違えられるはず。
しかし、矢を射かけられるのは俺だけだった。
何故か。
「エルフの子供を連れているではないか」
衛兵が偉そうに言う。
アリシアが眉根を寄せた。
「シュシュは奴隷ではないぞ。友人だ」
「う、うむ……そうストレートに言われると照れるが。アリシアが奴隷商人ではない事は妾が保証しよう」
「奴隷の保証は意味がない。主人に逆らえないからな」
衛兵の言葉にシュシュは、くく、と笑った。
「お主の目は節穴か。妾の首を見てみよ。隷属の首輪があるか?」
シュシュの首に隷属の首輪がない事を認め、衛兵は絶句した。
その反応にシュシュは更に唇の端を持ち上げた。
「なんだ、妾が奴隷で無い事が不服か」
「……そ、そんなことはないが……」
「妾達の容疑は晴れたな。ほれ、失せろ」
しっし、とシュシュが手を振る。
だが、衛兵は顔を見合わせるだけで動こうとしない。
不審に思ったのだろう。シュシュが真顔になる。辺りを見渡し……俺と目が合った。シュシュが唇を動かす。同じ言葉を繰り返している。こえひろえ――声を拾え、か。
「横着しないで自分でやれよ」
俺が言うと耳元でシュシュの声が響く。
「出来ないでも無いだろうが失敗しては元も子もない。魔法の制御をしくじればこの場にいる全員に声を届けてしまうのだからな」
俺が使った魔法は《拡声》をアレンジしたものだ。本来、全方向に声を飛ばす魔法に指向性を持たせ、シュシュとの間にホットラインを開いたのである。
俺も大声で内緒話をしたいワケではない。
適材適所と割り切り、魔法を維持する。
「さて、今度は何をした、オウリ?」
口元を隠しながらシュシュが言う。
「とんだ濡れ衣だぜ。俺は何もしてねぇよ」
「…………」
「当てが外れた、って顔やめてくれね? 考えてなかったの、それ以外の可能性は」
「うむ」
「胸を張って言うなよ。悲しくなるだろ」
「日ごろの行いだろう」
「それは妙だな、シュシュ。お前は食っちゃ寝てる」
「……何の話だ」
「お前の生活態度?」
「……それとこれがどう繋がる」
「痩せると胸から減るって聞いたことがあったから。お前の生活態度ならむしろ、大きくなるんじゃないかと思ってさ。あれ、もしかして勘違いしてる? あ~あ~、確かに紛らわしい言い方だったか。俺はこういったつもりだったんだよ。シュシュが胸を張ると残念さが浮き彫りになって悲しくなる、ってな」
「……くっくっく、夜道に気を付けるのだな、オウリ」
「影魔法使いのお前が言うとシャレにならねぇ」
「安心せい。殺しはせん。ロリコンになって貰うだけだ」
「安心できねぇよ!」
思わず大声を出してしまう。
突然、激昂する人。うん、不審者だな。
……周囲の冷たい視線は甘んじて受けいれるしかない。
「真面目な話。何か知らんか」
にやにやとシュシュが言う。
露骨な話題転換である。
しかし、乗らないわけにもいかない。
「忠告された。ヒューマンはこの国を出るように」
「ふむ。濡れ衣か」
「たぶん、な。詰め所で話を聞くって言ってたがどうだか。ノコノコついて行ったら牢屋に案内されるんじゃないか」
「そう考えると案外、いい手だったのか。奴隷商人の容疑をかけるのは。本当に奴隷商人なら儲けモノだし、無実なら大人しく連行されよう。奴隷を後ろめたく思わん者はこの国に近づかん。無用なトラブルは避けようとするはずだからな」
実際にこの手で何人もヒューマンを連行したのだろう。
衛兵からはマニュアルに沿って行動している感触を受けた。
だから、隷属の首輪がない事にも気付けなかったし、シュシュに一蹴された途端途方に暮れている。
マニュアルには書いてなかったのだろう。
エルフとヒューマンが仲良くしている場合の対処方法は。
「見ているだけでいいのか、オウリ。お主の気性なら乱入したいだろう」
「サラスナの豚のコト言ってんのか。ありゃ、豚がムカついたからだぜ」
「ならばそこで見ていよ。妾に少し考えがある。上手く事を収めたら……褒美が欲しい」
「小遣いアップしてやるよ」
「ん、んん。そ、それも魅力的だが…………妾も……妾も抱っこしてくれ」
シュシュが羨ましそうにセティを見ていた。
「いや、これは成り行きで――って、あのヤロウ。《拡声》切りやがった」
シュシュは俺に好意を持っている。
連綿と記憶を受け継ぐ転生者だが、感情は肉体に引きずられるという。子供の色恋をバカにするつもりはないが、大人と比べれば熱しやすく冷めやすい。
だから、どの程度本気なのかが掴めない――
「なぜ、妾達が奴隷商人だと思った? 答えよ」
シュシュの声で我に返る。シュシュが衛兵を詰問していた。
「……ヒューマンの前では言えん。エルフならこれで分かるはずだ」
《森の友人》で教えられたと言いたいのだろう。
スキル名の通り森を友人と捉えているのか。エルフはこのスキルの存在を洩らしたがらない。
「そう言う事なら情報源は問うまい。情報源の友人は妾達の事をなんと言っていた?」
「子供のエルフを連れたヒューマンだ」
「二人組、という事か?」
「……そう言っている」
「本当に?」
「……く、くどい」
「ならば、情報源が言う奴隷商人は妾達ではないわ。二人組ではないからな。オウリ、来い」
衛兵が騒然とする。
二人組だと思っていたのが四人組だったから……ではなく、エルフに抱き付かれた男が現れたからだろう。真面目な場面にお姫様抱っこで現れるのもどうかと思う。セティを下ろそうとしたのだがセティが抱き付いて離れてくれなかった。
シュシュと内緒話をしていたので拗ねてしまったらしい。
「ずるいぞ、セティ!」
そういうとシュシュは俺に駆け寄って来る。
見た目こそ幼女だがレベルはAランク冒険者に匹敵する。
シュシュは軽やかに跳躍し……俺の肩の上に収まった。
「見よ。我らは四人組だ。人違いのようだな」
シュシュの言葉に俺は重ねて言う。
「……ご覧の通り。どっちが下僕が分からない関係でね。俺も神国に来るまでは王国にいた。理解しがたい関係だってのは分かる。だから、疑われても仕方がないと思う。友人はこの町に奴隷商人がいるっていったんだろ。早く本物の奴隷商人を探しに行った方がいいんじゃないか。紛らわしいっていうなら、俺達は大人しく町を出て行くよ」
俺達を捕らえる為の茶番である事は理解している。
しかし、真向から指摘しても益は無い。だから、俺達を見逃す理由を作ってやった。
だが、俺の配慮も――
「友人は四人組の奴隷商人もいると言っていた」
――無駄になった。
衛兵は意地悪く笑っていた。最早、取り繕う気もないらしい。
「話し合いで解決は無理そうだな」
俺が独りごちると頭上から舌打ちが降って来た。
「石頭め。褒美を貰い損ねたではないか。いや、武力で鎮圧すればいいのか」
ダメに決まってんだろ、シュシュ。
「ヤーズヴァル呼――」
「呼ばない」
お前とヤーズヴァルの組み合わせは最悪だ、セティ。
みんな俺の事をトラブルメイカー扱いするけどな。俺から言わせればお前らも大概だよ。
まともなのはアリシアだけとか泣けて……は?
「……なにやってんだよ、アリシア!?」
アリシアが衛兵の胸倉を掴み上げていたのだ。
「貴様ら本当に騎士か? なぜ、へらへら出来る。奴隷商人は何人いる? 言え。私たちが捕まえて来てやる!」
「……て、手を上げたな! 捕えろ!」
殺気立つ衛兵に俺は顔をしかめる。
「……結局こうなるのかよ」
「アリシアは冤罪だと分かっておらんな。だが、真っ直ぐな性根を妾は好ましく思う」
「私の自慢の弟子だからね」
衛兵は騎士である。
ゼノスフィードに警察は無い。警察の仕事は治安維持だが、この世界で治安維持を行うには武力が必要である。魔物の脅威に晒されているからだ。酔っ払いを捕らえるのにもレベルが物を言う。だから、武力を備えた集団――騎士団が治安維持に当たる。
騎士に憧れていたアリシアからすると、衛兵の態度は許せなかったのだろう。
奴隷として捕まっていた子供達を知っているだけに。
「くっ、放せ」
吊るし上げられている衛兵が腰の剣を抜いてアリシアに斬りかかる。
アリシアは上体を逸らし、それをかわすが――衛兵を手放してしまう。アリシアは眉根を寄せ、自分の腕を見ていた。一筋の赤い線が走っていた。剣で出来た傷では無い。衛兵は剣でアリシアの注意を逸らし、無詠唱で《エアリアルカッター》を放ったのだ。
衛兵は着地するなり、《エアハンマー》を放つ。
風の槌に顔面を殴打され、アリシアが体勢を崩す。そこへ衛兵の《トライエッジ》が急襲する。衛兵はほくそ笑む。命中を確信している。目に見えない風魔法で牽制し、本命のアーツでトドメを刺す。《魔力感知》がない限り、初見で避けるのは難しい。
そう、初見であったのなら。
衛兵の不運は俺と戦闘スタイルが酷似していた事だ。
アリシアは隠れ家で何度となく俺と手合わせを行っている。最初こそ風魔法に翻弄されていたアリシアだったが、今では正体不明の攻撃を受けたら、反射で反撃出来るまでになっていた。
「《ムーンライト》」
アリシアはアーツを宣言し、剣を振るう。衛兵はギョッと目を剥くが、発動したアーツは止められない。衛兵は自ら光の刃に飛び込んで行き――弾き飛ばされた。
「隊長!?」
戦いを見守っていた衛兵が悲鳴を上げる。
吹き飛んだ衛兵のレベルは125だ。他の衛兵のレベルが50程度である。一人だけレベルが高いと思ったら、隊長だったらしい。
緊迫する雰囲気の中、場違いな拍手が響く。
手を叩いているのは……何を隠そう俺である。
「特訓の成果が出たな、アリシア。でも、《ムーンライト》はやり過ぎじゃねぇか。下手してたら死んでたぜ。吹っ飛ばすだけなら《ゲイルセイル》で良かった」
「私も無暗に人を殺めるつもりはない。相手の強さぐらい肌で感じ取れる」
「ああ、それ。俺、苦手」
「《鑑定》に頼り過ぎだ」
「返す言葉がない」
俺も全く強さを感じ取れないワケではないが、ゼノス人と比べると精度が低い。プレイヤー全般に言える事である。アリシアが言うように《鑑定》が一因だと言われている。
どんな技能も使わなければ磨かれないという事だ。
「無詠唱を習得するのはレベル120だと言っていたしな。しかし、魔法とアーツの組み合わせはやはり厄介だ。オウリの言う通りこの国では《魔力感知》は必須か」
「アリシアとセティは要特訓だな」
隊長のクラスは魔法剣士だ。魔法と剣が使えるクラス。
上位クラスのように思えるが、あくまで基本クラスの扱いである。
クラスの基本、上位は希少さで決まるからだ。
神国では魔法剣士は有り触れたクラスなのだ。
クラスには種族固有のものがあり、魔法剣士はエルフの種族固有クラスである。
俺の知る限りエルフの種族固有クラスには他にも魔闘士と魔狩人がある。前者は拳闘士に、後者は狩人に魔法使いクラスを足して割った感じのクラスだ。スキルこそ二つのクラスのものを使えるが、ステータスは魔法使い寄りで、前衛としては近接クラスに及ばず、後衛としては魔法使いに届かず、中途半端なクラスだと言われている。
しかし、それは俺にも言える事で……クラスに優劣は無い。
「落ち着け、アリシア。奴隷商人はいない。俺達を捕らえる為の方便だ」
「なぜ、騎士が私達を捕らえようとする?」
「さぁね。分かったなら《威圧》を解いてやれ。衛兵が死にそうな顔になってるから」
「……ふぅ。自業自得だと思うが」
アリシアが溜息を吐く。
息を吹き返した衛兵は青い顔で詠唱を開始する。
へぇ。凄いな。
《威圧》で《委縮》すると心を折られる。折れた心を立て直すのは気力を要する。
一体、何が彼らを突き動かしているのか。
俺達の罪状は冤罪だと彼らが一番分かっているはず。
ただ、ヒューマン憎しでは、こうも勇敢にはなれまい。
衛兵からは信念を感じる。
「シュシュ、頼む」
「避ければ良かろう」
「あ、避けていいの」
「……妾がやるとしよう。目を回してはかなわん」
トトウェル大森林で魔物の大軍を掃除する際、手荒に扱われた事を思い出したのだろう。シュシュはしぶしぶと影を展開した。
「《フレイムジャベリン!》」
「《アイシクルランス》!」
「《ロックランス》!」
衛兵が放った三種の属性槍が飛んで来る。
が、飛来した槍は俺の手前で霧散した。シュシュの《闇の帳》の効果である。貪欲なる影の領域は魔法を喰らい、《魔力》をシュシュに還元する。先程、《拡声》を切ったのもこの魔法だ。もし魔王がこの魔法を多用していたのなら、俺がMVPを取ることはなかっただろう。好戦的な魔王は自身の魔法も封じられる《闇の帳》を使おうとしなかったのだ。
「ば、馬鹿な!? 魔法が消えた!」
「慌てるな! もう一度だ!」
衛兵が再び魔法を放つが同じ結果に終わる。
「どけ!」
影が魔法を封じていると看破したのだろう。復活した隊長が俺目掛けて突っ込んで来る。
《闇の帳》はシュシュの魔法なのだが……仕方がないか。
肝心のシュシュは俺の上にいる。
俺の影が魔法を食い散らかしているように見える。
「《スラッシュ》!」
「《烈風脚》」
風を纏った俺の蹴りが隊長の剣を弾き返す。
「《御霊刈り》」
棒立ちの隊長へ回し蹴り。隊長はギリギリでかわす。精彩を欠いた動きだった。魔法が封じられているためだ。狂った歯車は歯止めが利かず、隊長は回し蹴りをかわすのに、頭を下げることを選んでしまった。《制空圏》の使えない魔法剣士では致命的である。
死角が生まれた。
アーツを宣言して何が起きるか教えてやる義理もない。
――《雷声落とし》。
無言で放った俺の踵落としは、隊長の脳天に吸い込まれた。
「…………う、ぐぅ……」
隊長は膝を落とすが、辛うじて踏み止まる。しかし、隊長の努力を嘲笑うかのように、シュシュが隊長の首に膝を落とす。シュシュと隊長がもつれ合って倒れた。
「虫の息だったのに。えげつないな、シュシュ」
「…………め、目が回ったわ、阿呆ぅ。しかし、手を上げて良かったのか」
「俺が自重してもね。誰かがトラブル起こす。アホらしくなった。好きなようにやるわ」
自重なんて俺の柄じゃないし。
もうトラブルに巻き込まれてしまった。
こうなれば毒を食らわば皿までだ。
なりふり構わずヒューマンを捕らえようとしている理由も気にかかる。もやもやした気持ちを抱えて過ごすくらいなら、自分から首を突っ込んで白黒ハッキリさせた方がいい。
穏便に済ませようとする俺に対し、先に手を上げて来たのは向こうだ。
目には目を歯には歯をが我が家の家訓だ。
はは、楽しくなって来たな。
トラブルメイカーと言われれば断固として否定する。しかし、トラブルを楽しむ気性である事は否定できない。
まずは情報収集からか。
何が起きているのか知らないと。
衛兵を締め上げるのが一番早いが……簡単には口を割らないだろう。必要とあらば拷問も辞さないが、そこまで切羽詰まった状況でもない。衛兵に限らず、エルフから情報を引き出すのは難しい。かといってエルフ以外の種族は……いや、いるな。いる。
と、にわかに人垣の向こうが騒がしい。
人垣が割れ、青年が現れた。
精緻な刺繍の施されたマントを羽織っている。青年の背後には同じマントを羽織った一団が並ぶ。エルフなので誰も彼も美形である。しかし、行き過ぎた美形は似た顔になるのか。モブキャラが並んでいるようにしか見えなかった。唯一、先頭の青年だけが見分けがついた。エルフは怜悧な美しさだが、青年の美しさはヒューマンに近かった。
青年が一歩前に出た。
転がる隊長を目にし、顔を引きつらせた。しかし、一瞬で動揺を押し殺すと、俺に向かっていった。
「貴殿はオウリで相違ないか」
「あってるぜ、キース」
青年――キースが微動する。
名を呼べるという事はステータスを《鑑定》したという事だ。キースのレベルを知った上で俺は余裕の態度を崩していない。この状況は窮地では無い、と暗に言っているのだ。
「《鑑定》じゃ所属まで分からないんでね。名乗ってくれるとありがたいんだが」
「……杖の騎士団団長、キース」
杖の騎士団――近衛騎士団である。
「……近衛って王を守る騎士だろ。いいのかよ、王を放っておいて」
「陛下に森神様から神託が下った。神国に災いを齎す者が現れた。その者の名はオウリである、と。大人しく縛につけば良し。抵抗するのなら……身命に代えても斬り捨てる」
騎士団が一斉に武器を構える。
身命に代えてもという言葉に嘘は無く、騎士団からは悲壮な決意が感じられる。神託を受けた王から一番近くにいたため、杖の騎士団が出張ってきたという事だろう。
しかし、なんと言うか……温度差が激しい。
森神の神託?
誰だよ、森神って。
俺が災いを齎す?
なんでそうなる。
俺が何をした? 何もしていない。まだ。
ま、いいか。
いい機会だ。
騎士団は俺の一挙手一投足を見守っている。俺が両手を挙げると、ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえた。凶悪犯に投降を促している心境なのだろう。盛り上がっているトコ悪いが……彼らには見えないのだろうか。俺の腰にしがみ付いているセティの姿が。
こんな凶悪犯がいてたまるか。
だから、俺の答えは決まっている。
「分かった。投降しよう」
「………………は?」
キースの目が点になった。