第22話 名
岩の上に寝そべり、俺は夜空を眺めていた。
居心地のいい場所を探し、辿り着いたのがここだった。意外と苦労した。辺り一面目を覆う惨状で、場所により寒かったり、暑かったりするのである。
セティが張り切りすぎたせいだ。
これでも自重したほうだというから恐ろしい。
後先考えずにアイテムを使った時は地図が変わったと言う。
地形は変わっていない。変わったのは名前である。
ゼーエル運河はゼーエル凍河に。
名も無き林はリンデ火炎林に。
どちらも数百年前の出来事。だが、運河は今も凍り付き、林は燃え続けているらしい。
シュシュ曰く、《魔力》の属性が偏ると、こういった現象が起こるとの事。この法則がゲーム時代にあったのなら、人の住む場所はなくなっていたに違いない。
「奇麗な星空だ。流石は異世界ってか」
思わず苦笑する。呟いた言葉が空々しく響いたからだ。
「……まさか、俺が殺した連中にまた会うとはな」
彼らを殺した事は後悔していないし、怨み事を言われる筋合いもないと思う。俺は必ず戦士としての意思を問い、挑むという選択をしたのは彼らだ。我を貫こうとするのなら、その決定には責任が伴う。死は彼らの責任であり、俺が背負い込む事ではない。
だが、罪悪感はある。
ないはずがないのだ。
「なにをしてるの、兄さん」
目を上げるとセティが立っていた。セティは俺の横に腰を下ろす。
「んー。たそがれてた」
「あの人のこと考えてたの?」
「そんなとこ」
「昔、あの人を殺したの? 兄さんのこと怨んでた」
「ああ、五百年前にな」
「私のため?」
「まさか。俺のためだよ――わぷっ。おい、セティ。重い。どけ」
「いや」
子供の頃と一緒だった。言葉に困ると抱き付いて来る。セティは俺の胸に顔を埋めていた。満足するまでこのままだろう。手持ち無沙汰になった俺はセティの頭を撫でる。
この温もりを手放さないために、俺はプレイヤーを手に掛けた。
セティのためだったと言えなくもない。
だが、責任転嫁をしたらそれこそ殺した連中に顔向けできない気がした。
「兄さんには好きなことをして欲しい」
暫くしてセティが言った。
ユマとの戦いの前にも同じ事を言っていた。あの言葉が無ければ俺は決闘に応じなかったかも知れない。ユマは《魔力》が見えなかった。魔法を使えば完封は容易かったのだ。
セティが。
昔の彼女なら。
安全策を取ったと思う。
……いや、どうだろうな。ユマは死ぬ気だったし。無視出来たか怪しいが。
確実なのはセティの一言が俺の迷いを払拭してくれたという事だ。
人の手で抱えられる大きさには限りがある。以前はセティを取りこぼさないだけで手一杯だった。だが、セティはこの世界にいて、自衛出来る程度には強くなっていた。
片手が空いた。
ならば、死にゆく男の遺志を汲んでやりたい。
それが出来ずに何が男か。
そう思う。
「兄さんは強いから。どこへだって行ける」
セティの声で我に返った。物思いに耽っていたらしい。
震える声でセティが続けて言う。
「不安だよ。また、いなくなっちゃう」
「……俺の帰る場所はここだ。セティのいる場所だ。不安だっていうんなら精一杯俺を甘やかしてくれ。居心地が良けりゃどっか行こうとも思わないさ」
「うん。甘やかす」
セティは嬉しそうに言うと、俺の首筋に鼻面を擦り付ける。猫が自分の匂いをつけるかのようだった。くすぐったいっての。自分が甘えてるだけじゃないか、セティ。
ま、いいけどな。
「あ、そうだ。兄さんの名字はなんて言うの?」
「なんだよ、藪から棒に」
「シュシュが気にしてた」
「ん、シュシュが?」
シュシュは《刻の魔眼》を二度見ている。ブレイザールの時とユマの時と。
さては感付かれたか。珍しい異能だからな。
とはいえ、隠していたのではなく、確証がなく言えなかっただけ。
シュシュに助言を求めるのもいいか。
俺以上に俺の因縁に詳しい節がある。職人のレベルの低下について訊ねた時、シュシュは意味深に笑っていた。職人は軒並みログアウトし、残っているプレイヤーは、俺が殺した人達と知っていたのだ。言えよ、シュシュ。
「なんで教えてくれなかったの」
セティが口を尖らせていた。
「はは、シュシュは口実か。拗ねてるだけじゃねぇか」
「だって、ずっと一緒に暮らしてたのに」
「深い意味はないんだよ。《アース》の名字は独特で、この世界にそぐわないから。とはいえ、ウチの名字は案外浮かなかった。セティも知ってる名だ。勿論、シュシュも」
この世界には七柱の神がいる。
――闘争の神ノェンデッド。
「シュシュが俺に聞きたい事は分かる。この符号には俺も気付いてた」
――輪廻の神アイラ。
「親父に聞けりゃ手っ取り早かったんだが。ま、あんまり仲が良くなくて、というか、犬猿の仲でさ。先延ばしにしてたら、いつの間にか大鎖界だ。失敗したよ」
――空間の神パストロイ。
「《アース》に魔法は無い。無い、とされている。だが、実際にはある」
――暗月の神リディオン。
「ただ、この世界と違って半ば廃れた技術扱いだな、魔法は」
――供犠の神クァルラ。
「そういや、セティに俺の素性を話したこと無かったか。拗ねるなよ。だから、今話してるだろ」
――火輪の神ウドュリ。そして――
俺は身体を起こす。
寝そべりながら言うのもなんだかな、と思ったからだ。
セティは至福の時間を邪魔されたような、恨みがましい目で俺を見上げていた。俺が急に起き上がったものだから、セティはずるずると滑り落ち、身体を逸らした状態である。
身体が柔らかい。
ホント、猫みたいだな。
「…………」
「…………はぁ」
暫くセティと睨み合うが、根負けしたのは俺の方だった。
こいつ、自分で動く気がねぇ。大人になったかと思えば。
俺はため息をつくと、セティを持ち上げて、膝の上に乗せてやる。
セティはにこっと笑うと、俺の背中に手を回す。
顔がくっ付きそうな距離だ。
……これ、兄妹の距離か?
…………前はこの距離だったな、うん。て、ことはおかしくないのか?
ま、いいや。面倒くせぇ。考えるのが。
何の話だったか。
ああ、俺の素性の話。
――そして最後の一柱は――
「俺は時魔法を継承する一族に生まれた異端児――」
――時間の神クガ。
「――久我桜理」
第1章 災厄の魔女編 -了-
ここまでで評価して頂けると幸いです。