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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
プロローグ
2/85

第2話 デスゲームの終わり

 またか。

 最後に残った拳闘士を見て思う。拳闘士クラスは自前でバフも回復もこなす。全クラス一の生存能力なのは確か。だからと言って毎回残れる程、優しい攻撃をした覚えはない。


 《XFO》では勝手にクラスが決まる。適性を見ているという話だが、案外それは本当の事かも知れない。最後まで諦めない心を持つ者が、拳闘士クラスになるのではないだろうか。

 そんな事を考えつつ、拳闘士のアーツをかわす。攻撃に使用するスキルをアーツという。


 ふむ。やっぱり、《散打掌》だったか。

 《散打掌》は別名ショットガンという。

 面で敵を制圧するアーツである。

 発動すればまず避けられない。

 しかし、アーツは発動の際に光るエフェクトがあった。勿論、何のアーツを発動させるのかまでは分からない。だが、拳闘士は攻撃をことごとく俺に回避されている。

 高い確率で《散打掌》を打って来ると思っていた。

 タイミングさえ分かれば打つ手はある。

 弱点はショットガンと同じ。

 発射口は一つなのだ。

 懐に潜り込めば面は点として処理出来る。

 アーツは確実に当てろ。でないとデカい隙が出来る。

 恐怖に引き攣った拳闘士の顔が間近にあった。

 そう、脅えるなよ。

 すぐ終わらせてやるさ。

 最後の一人だ。全力で行ける。


 刀の鯉口を切る。抜刀術《絶夢》。威力はピカ一だが対象を選べないのが欠点。敵味方問わず襲い掛かる無差別なアーツなのだ。しかし、一対一なら欠点も消える。

 斬撃を受け拳闘士がのけ反る。

 よし、体勢が崩れた。

 前方に一回転。威力を増した斬撃を叩きこむ。《バニッシュメント》。

 《瞬動》で吹き飛ぶ拳闘士の背後に回る。

 拳闘士の背中に掌底――《桜花掌》を放つ。

 拳闘士が吐血した。血は舞い散る桜のよう。

 奇麗な名前とは裏腹なえげつないアーツだ。吐血させる事までがセットなのである。バックアタックでしか発動しないので、滅多に使えるアーツではないのだが。

 

「…………」

「…………」


 俺は掌底の体勢のまま止まっていた。

 手を離せば拳闘士は倒れるだろうから。

 吐血する拳闘士は何かを言いたそうにしていた。


「…………この……裏切り者……」

「ああ、そうかい。言われ慣れてるよ」

「……………………人殺し」

「それもな」


 拳闘士が俺の胸倉を掴む。振り払うまでもない。やがて拳闘士が崩れ落ちた。

 辺りには無数の死体が転がっている。全員、俺が仕留めた。こうした光景を見るのは初めてではない。今更、人殺しと罵られて傷つく繊細な心は持ち合わせてない。

 

「…………なぜ……だ?」

「ん? ああ、驚いたな。生きてたのか」


 掠れる声を発したのは白銀の外套を羽織る剣士だった。地面に倒れ伏し、顔だけ上げている。

 中性的な顔立ちは美しく……なんていうか、主人公ヅラだな。

 俺は悪の手先になるのかね。いや、実際、そう言う立ち位置だし。

 それらしく振る舞ってやるか。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」


 ん? これ、王様のセリフだったか?


「…………ふざ……けるな」

「はいはい。それで?」


 俺は彼の生存に気付いていなかった。黙っていれば生き残れたのだ。

 

「…………君は……強い。たった一人で……レイドパーティが……壊滅だ……何故だ。何故その力を……人の為に使わない。デスゲームを終わらせる為に」

「答えは出てんじゃねぇか。デスゲームを続けるためだろ」


 剣士がギリと歯嚙みする。


「……君は違うと思っていたが……みんなのいうように……血に飢えた獣だったか……」

「あれ? まさか、PKと一緒にされてる? おいおい、止めてくれよ」

 

 地球では平凡な学生であろうとも、《XFO》では圧倒的な強者でいられる。地球への帰還を拒むプレイヤーがいたのは当然である。大勢はクリアに手を貸さないという消極的な敵対だったが、一部のバカは力を失う事を恐れ積極的な敵対を開始した。

 つまり、PK(プレイヤーキラー)だ。


 デスゲームなのだ。殺せば本当に死ぬ。

 殺人犯が地球に戻れば処罰されるのは分かり切っている。

 PKとPKKプレイヤーキラーキラーの戦いは熾烈を極めた。

 PKを狩る筈のPKKが血に酔ってPKに堕ちる程である。

 今やPKはプレイヤーだけの敵ではない。この地に住むゼノス人の敵でもある。連中は人を殺せれば何でもいいのだ。プレイヤーもゼノス人も区別しない。


 剣士の問いかけを誤魔化すのは簡単だった。

 ただ……な。命を賭して投げかけられた問いかけを、無碍に出来る程俺も人間やめちゃいない。

 

「俺は家族と一緒にいるため、この世界を守りたいのさ」

「……家族? それなら、ログアウトすれば…………まさか、NPCか?」


 人死が出ているのだ。プレイヤーがログアウトしてしまえば、《XFO》がサービス停止に追い込まれるのは目に見えている。妹と――NPCと一緒にいたければ、デスゲームを維持するしかないのだ。


「……プレイヤーを……同胞を殺してまで……する事じゃないだろう……」

「善悪を語るのは無意味だぜ。デスゲームにした張本人であるトコのスニヤな。話してみりゃいいヤツだったぜ。お前らは自分達の目的のためにスニヤを殺そうとしてるし、俺は俺で自分の目的のためにプレイヤーを殺してる。そこに一体、どういう違いがあるっていうんだ」

「…………馬鹿な。NPCは……作られた……存在だ。プレイヤーと……同列には語れない」

「本当にそう思うのか?」


 《XFO》には人の営みがある。親しい人が亡くなれば葬式で悼む。良質な鉱石を持ちこめば鍛冶屋は泣いて喜ぶ。盗賊を討伐すれば騎士から褒め称えられる。スラムの子供は今を生き抜くために必死だし、王は国を栄えさせるため苦渋の決断を下す。

 《XFO》がゲームの世界と言うのは嘘で。

 異世界にログインしているのではないのか。

 そう語るプレイヤーだっている。

 だが、剣士は言いきった。

 

「…………当たり前だ」


 そうか。

 なら、俺の考えは理解出来ないだろう。

 

「ところで回復薬飲まないのか」


 いや、飲もうとしたら今すぐに殺すんだが。

 剣士だってLV200のカンストプレイヤーだ。俺を殺せるだけの力は有しているのである。一度勝ったからと言って決してナメてかかっていい相手ではない。

 剣士は酷く《出血》している。遠からず死ぬだろうし、剣士も分かっているはず。

 回復薬を飲むのが敵対行為に当たる……と理解しているにしても、だ。

 微塵も試そうとする素振りが無いのが解せない。生への執着はそうそう断ち切れるものではないのだ。


「……ははは、構わない……僕は君とは違う……礎になれれば本望さ」

「……そりゃ、どういう」

 

 ハッとする。


「……時間稼ぎか!」

「……僕らの勝ちだ」


 ……ウィンドウが勝手に開いていた。

 これが意味する事は……システムメッセージ。


「……おいおい、マジかよ」


 デスゲーム開始のアナウンス以降、システムメッセージは沈黙していた。

 それが現れたという事は……恐る恐る文字に目を通す。


 ――堕神スニヤが討伐されました。Chapter5《世界の(ことわり)》がクリアされました。

 ――封じられていた《ログアウト》が使用可能になりました。


 呆然とすること暫し、俺は我に返り剣士を睨む。剣士は勝ち誇った笑みを浮かべ事切れていた。


「……くそったれ! してやられた!」


 ここはボスエリアの手前にあるセイフティーエリアだ。

 奥の階段を上がればボスのスニヤが待っている。

 スニヤはその座を追われたとはいえ神だ。その気になれば破壊不可というチートも可能であった。しかし、スニヤは公正である事を自分に課していた。

 レイドパーティー、つまり二十四人で挑めばスニヤに勝てるのだ。

 だから、俺はここでスニヤの代わりに戦っていた。

 プレイヤーがダンジョンに入ったら、スニヤから連絡がくるようになっていた。


 俺の目を搔い潜ってボスエリアにレイドパーティーを送り込むのは難しい。俺を無視してスニヤに挑むことは可能だが、その時は俺がスニヤに加勢するだけだ。

 だが、クリアされたという事は……レイドパーティーがスニヤに挑んだのだ。

 でも、どうやって?

 剣士のレイドパーティーは俺が全滅させた。

 他にレイドパーティーは……………………いた。


 一週間前、ダンジョンに入った狂戦士のレイドパーティーがいた。だが、いつまで経ってもやってこないので全滅したのだと思っていた。俺はスニヤの助力もあり一気にセイフティーエリアまでこれるが、普通はここにたどり着くだけでも快挙なのだ。カンストプレイヤーのレイドパーティーですら、気を抜けば一気に全滅する難易度なのである。


 ……あのパーティーが生きていたとしたら。

 一週間もダンジョンの中で息を潜めていたというのか。銃弾が飛び交う戦場のど真ん中で、平然と寝れる豪胆さが無ければ不可能だ。

 剣士のパーティーは開幕、派手な魔法を多用していた。

 ……あれは目くらまし。狂戦士のパーティーをボスエリアに送り込む事が目的だったのか。


「……スニヤ。チッ。悪いな」


 デスゲームと化し二年。一緒に戦ってきた戦友だ。

 看取りたい気持ちはある。

 が、今は一刻を争う。

 未練を断ち切り窓から飛び降りる。黒い外套が風を孕む。


 俺の背後には天地を貫く巨大な構造物がある。

 一見するとただの塔だが、遠景から見ると槍である事が分かる。

 世界槍ホルン。Chapter5のボス、堕神スニヤのダンジョンだ。


「――ヤーズヴァル!」


 グルゥゥウゥ、と唸り声が頭上から聞こえて来る。翼を畳んだ黒竜が降下して来ていた。

 黒竜の背に降り立つと、労りをこめて黒竜の頭を撫でてやる。黒竜が嬉しそうに吠える。俺からすると巨大な体躯だが、黒竜は子供であり甘えたい盛りなのだ。


「悪いな、ヤーズヴァル。家へ。急いでくれ」


 空を行く俺の周囲を無数の白い光が昇って行く。


「…………プレイヤーの魂か」

 

 身も蓋もない言い方をすればログアウトの光景だ。彼らの行く先には現実がある。

 だが、この世界を現実と思い定めた俺には、輪廻を司る神のスニヤが滅んだ事で、プレイヤーの魂を留めておく事が出来なくなったのだと――そう思えた。


 世界が軋んだ。

 肩越しに振り替えると、異変が起きていた。世界槍ホルンが白く塗り潰されていた。出来損ないの絵画を白く塗り潰すが如く。この世界は虚構なのだと思い知らせるかのように。


「……急げ、急げ」


 白の侵食は続いている。

 世界が白に呑まれるまで時間がない。

 見えてきた。

 森だ。

 勢いよく森から少女が飛び出して来た。転んだ。泣きべそをかいていた少女だったが、ヤーズヴァルを見付けると顔を綻ばせた。俺に向け手を振り、何かを叫んでいた。

 妹だ。


「ヤーズヴァル!」


 分かっている、と言いたげに黒竜が降下を始める。


「兄さん、これは一体!?」

「…………」


 一体、何を言えばいいと言うのか。

 この世界は虚構で。ゲームがクリアされ。電子の海へと消える。

 ……………………言えるかよ。

 この世界がゲームであるという発言は、ブロックされるという事を抜きにしても。


「……んなっ?」


 不意に力が入らなくなる。

 この症状には覚えがある。初心者の頃、良くなった。

 魔力切れ。

 凄まじい勢いで魔力が吸い上げられている。なんだ、《ログアウト》か? 設定では《ログアウト》はハイヒューマンのみに許された世界を渡る魔法なのだ。


 地面に衝突。

 ヤーズヴァルの背から投げだされる。

 チカチカする視界の中……ヤーズヴァルが悶えていた。

 

「…………にい、さん」


 妹も苦悶の表情を浮かべていた。

 ……プレイヤーだけじゃない? まさか、全世界の人が?

 何が起きてる? くそ、頭が回らない。

 いや、そんな事より。妹が不安がってる。

 俺は立ち上がり、一歩を踏み出す。はは、足が震えてるぜ。《チャクラ》を発動。《生命力》を削り、ステータスを強化するスキル。《生命力》を湯水のように使えば歩くぐらい出来るだろ。ああ、それで手を取って、心配はいらないと言う。いつものように。


 が、世界は残酷だった。

 妹との間に亀裂が走り、俺の足場が陥没したのだ。

 

「兄さん!」


 妹が手を伸ばしていた。見る見る妹が遠ざかる。

 俺も手を伸ばす。届かない。それでも。


「セティ! 会いに行く! なにがあっても! 必ずだ!」


 《XFO》は終わった? 何もかもが手遅れ?

 知った事か。

 決めた。

 どんな手を使っても。

 セティともう一度会う。

 だから、セティ。その日まで――


「――死ぬな!」


 ――僕に出来るのはここまで。後は頼むよ、オウリ。

 

 混濁する意識の中、スニヤの声を聞いた気がした。


***


 ――Chapterのクリアにより、ジャーナルが変更されます。


+――――――――――――――――――――――――――――+

【クエスト】Chapter5《世界の理》

【聖暦】436年

【詳細】死した魂は生前の業を浄化され、別人として新たな生を受ける。それが世界の理だった。しかし、ある時を境に理は乱れ始める。生前の記憶を有したまま転生する魂や、輪廻の輪に戻る事が出来ず、アンデッドと化す魂が出て来たのだ。輪廻の神スニヤは異物の影響であると断じた。異物。ハイヒューマンだ。異なる世界の魂は輪廻の輪に乗らず、死しても復活するのである。スニヤはハイヒューマンを世界の理に組み込もうとするが、他の七大神の反感を買うことになり神の座を追われる。堕神となったスニヤだったが、神の権能の一部を有していた。ハイヒューマンの復活を禁じ、新たなハイヒューマンが増えないよう、異世界アースとの繋がりを断ち切った。俗に言う大鎖界である。ハイヒューマンに討たれたスニヤだったが、今際の際に原初魔法《世界創生》を発動させる。それは異世界アースとの決別を意味していた。

【ボス】堕神スニヤ

【報酬】世界槍ホルン

+――――――――――――――――――――――――――――+


 ――Chapter6《新たなる世界》を開始します。

 ――世界を維持する魔力を魔法の発動に回します。世界の消滅に巻き込まれないよう、プレイヤーはログアウトを急いでください。正常にログアウトが行われない場合、後遺症が残る可能性があります。

 ――魔力充填率87%。

 ――生命体から魔力を徴収します。

 ――魔力充填率91%。

 ――魔力充填率95%。

 ――魔力充填率100%。

 ――魔法の発動を承認しますか?

 ――闘争の神ノェンデッド――承認。

 ――輪廻の神スニヤ――反応がありません。

 ――空間の神パストロイ――承認。

 ――暗月の神リディオン――否認。

 ――供犠の神クァルラ――反応がありません。

 ――火輪の神ウドュリ――承認。

 ――時間の神クガ――承認。

 ――過半数の承認を得ました。

 ――原初魔法《世界創生》を発動します。


















 ――異世界《ゼノスフィード》へようこそ。

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