第2話 デスゲームの終わり
またか。
最後に残った拳闘士を見て思う。拳闘士クラスは自前でバフも回復もこなす。全クラス一の生存能力なのは確か。だからと言って毎回残れる程、優しい攻撃をした覚えはない。
《XFO》では勝手にクラスが決まる。適性を見ているという話だが、案外それは本当の事かも知れない。最後まで諦めない心を持つ者が、拳闘士クラスになるのではないだろうか。
そんな事を考えつつ、拳闘士のアーツをかわす。攻撃に使用するスキルをアーツという。
ふむ。やっぱり、《散打掌》だったか。
《散打掌》は別名ショットガンという。
面で敵を制圧するアーツである。
発動すればまず避けられない。
しかし、アーツは発動の際に光るエフェクトがあった。勿論、何のアーツを発動させるのかまでは分からない。だが、拳闘士は攻撃をことごとく俺に回避されている。
高い確率で《散打掌》を打って来ると思っていた。
タイミングさえ分かれば打つ手はある。
弱点はショットガンと同じ。
発射口は一つなのだ。
懐に潜り込めば面は点として処理出来る。
アーツは確実に当てろ。でないとデカい隙が出来る。
恐怖に引き攣った拳闘士の顔が間近にあった。
そう、脅えるなよ。
すぐ終わらせてやるさ。
最後の一人だ。全力で行ける。
刀の鯉口を切る。抜刀術《絶夢》。威力はピカ一だが対象を選べないのが欠点。敵味方問わず襲い掛かる無差別なアーツなのだ。しかし、一対一なら欠点も消える。
斬撃を受け拳闘士がのけ反る。
よし、体勢が崩れた。
前方に一回転。威力を増した斬撃を叩きこむ。《バニッシュメント》。
《瞬動》で吹き飛ぶ拳闘士の背後に回る。
拳闘士の背中に掌底――《桜花掌》を放つ。
拳闘士が吐血した。血は舞い散る桜のよう。
奇麗な名前とは裏腹なえげつないアーツだ。吐血させる事までがセットなのである。バックアタックでしか発動しないので、滅多に使えるアーツではないのだが。
「…………」
「…………」
俺は掌底の体勢のまま止まっていた。
手を離せば拳闘士は倒れるだろうから。
吐血する拳闘士は何かを言いたそうにしていた。
「…………この……裏切り者……」
「ああ、そうかい。言われ慣れてるよ」
「……………………人殺し」
「それもな」
拳闘士が俺の胸倉を掴む。振り払うまでもない。やがて拳闘士が崩れ落ちた。
辺りには無数の死体が転がっている。全員、俺が仕留めた。こうした光景を見るのは初めてではない。今更、人殺しと罵られて傷つく繊細な心は持ち合わせてない。
「…………なぜ……だ?」
「ん? ああ、驚いたな。生きてたのか」
掠れる声を発したのは白銀の外套を羽織る剣士だった。地面に倒れ伏し、顔だけ上げている。
中性的な顔立ちは美しく……なんていうか、主人公ヅラだな。
俺は悪の手先になるのかね。いや、実際、そう言う立ち位置だし。
それらしく振る舞ってやるか。
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
ん? これ、王様のセリフだったか?
「…………ふざ……けるな」
「はいはい。それで?」
俺は彼の生存に気付いていなかった。黙っていれば生き残れたのだ。
「…………君は……強い。たった一人で……レイドパーティが……壊滅だ……何故だ。何故その力を……人の為に使わない。デスゲームを終わらせる為に」
「答えは出てんじゃねぇか。デスゲームを続けるためだろ」
剣士がギリと歯嚙みする。
「……君は違うと思っていたが……みんなのいうように……血に飢えた獣だったか……」
「あれ? まさか、PKと一緒にされてる? おいおい、止めてくれよ」
地球では平凡な学生であろうとも、《XFO》では圧倒的な強者でいられる。地球への帰還を拒むプレイヤーがいたのは当然である。大勢はクリアに手を貸さないという消極的な敵対だったが、一部のバカは力を失う事を恐れ積極的な敵対を開始した。
つまり、PKだ。
デスゲームなのだ。殺せば本当に死ぬ。
殺人犯が地球に戻れば処罰されるのは分かり切っている。
PKとPKKの戦いは熾烈を極めた。
PKを狩る筈のPKKが血に酔ってPKに堕ちる程である。
今やPKはプレイヤーだけの敵ではない。この地に住むゼノス人の敵でもある。連中は人を殺せれば何でもいいのだ。プレイヤーもゼノス人も区別しない。
剣士の問いかけを誤魔化すのは簡単だった。
ただ……な。命を賭して投げかけられた問いかけを、無碍に出来る程俺も人間やめちゃいない。
「俺は家族と一緒にいるため、この世界を守りたいのさ」
「……家族? それなら、ログアウトすれば…………まさか、NPCか?」
人死が出ているのだ。プレイヤーがログアウトしてしまえば、《XFO》がサービス停止に追い込まれるのは目に見えている。妹と――NPCと一緒にいたければ、デスゲームを維持するしかないのだ。
「……プレイヤーを……同胞を殺してまで……する事じゃないだろう……」
「善悪を語るのは無意味だぜ。デスゲームにした張本人であるトコのスニヤな。話してみりゃいいヤツだったぜ。お前らは自分達の目的のためにスニヤを殺そうとしてるし、俺は俺で自分の目的のためにプレイヤーを殺してる。そこに一体、どういう違いがあるっていうんだ」
「…………馬鹿な。NPCは……作られた……存在だ。プレイヤーと……同列には語れない」
「本当にそう思うのか?」
《XFO》には人の営みがある。親しい人が亡くなれば葬式で悼む。良質な鉱石を持ちこめば鍛冶屋は泣いて喜ぶ。盗賊を討伐すれば騎士から褒め称えられる。スラムの子供は今を生き抜くために必死だし、王は国を栄えさせるため苦渋の決断を下す。
《XFO》がゲームの世界と言うのは嘘で。
異世界にログインしているのではないのか。
そう語るプレイヤーだっている。
だが、剣士は言いきった。
「…………当たり前だ」
そうか。
なら、俺の考えは理解出来ないだろう。
「ところで回復薬飲まないのか」
いや、飲もうとしたら今すぐに殺すんだが。
剣士だってLV200のカンストプレイヤーだ。俺を殺せるだけの力は有しているのである。一度勝ったからと言って決してナメてかかっていい相手ではない。
剣士は酷く《出血》している。遠からず死ぬだろうし、剣士も分かっているはず。
回復薬を飲むのが敵対行為に当たる……と理解しているにしても、だ。
微塵も試そうとする素振りが無いのが解せない。生への執着はそうそう断ち切れるものではないのだ。
「……ははは、構わない……僕は君とは違う……礎になれれば本望さ」
「……そりゃ、どういう」
ハッとする。
「……時間稼ぎか!」
「……僕らの勝ちだ」
……ウィンドウが勝手に開いていた。
これが意味する事は……システムメッセージ。
「……おいおい、マジかよ」
デスゲーム開始のアナウンス以降、システムメッセージは沈黙していた。
それが現れたという事は……恐る恐る文字に目を通す。
――堕神スニヤが討伐されました。Chapter5《世界の理》がクリアされました。
――封じられていた《ログアウト》が使用可能になりました。
呆然とすること暫し、俺は我に返り剣士を睨む。剣士は勝ち誇った笑みを浮かべ事切れていた。
「……くそったれ! してやられた!」
ここはボスエリアの手前にあるセイフティーエリアだ。
奥の階段を上がればボスのスニヤが待っている。
スニヤはその座を追われたとはいえ神だ。その気になれば破壊不可というチートも可能であった。しかし、スニヤは公正である事を自分に課していた。
レイドパーティー、つまり二十四人で挑めばスニヤに勝てるのだ。
だから、俺はここでスニヤの代わりに戦っていた。
プレイヤーがダンジョンに入ったら、スニヤから連絡がくるようになっていた。
俺の目を搔い潜ってボスエリアにレイドパーティーを送り込むのは難しい。俺を無視してスニヤに挑むことは可能だが、その時は俺がスニヤに加勢するだけだ。
だが、クリアされたという事は……レイドパーティーがスニヤに挑んだのだ。
でも、どうやって?
剣士のレイドパーティーは俺が全滅させた。
他にレイドパーティーは……………………いた。
一週間前、ダンジョンに入った狂戦士のレイドパーティーがいた。だが、いつまで経ってもやってこないので全滅したのだと思っていた。俺はスニヤの助力もあり一気にセイフティーエリアまでこれるが、普通はここにたどり着くだけでも快挙なのだ。カンストプレイヤーのレイドパーティーですら、気を抜けば一気に全滅する難易度なのである。
……あのパーティーが生きていたとしたら。
一週間もダンジョンの中で息を潜めていたというのか。銃弾が飛び交う戦場のど真ん中で、平然と寝れる豪胆さが無ければ不可能だ。
剣士のパーティーは開幕、派手な魔法を多用していた。
……あれは目くらまし。狂戦士のパーティーをボスエリアに送り込む事が目的だったのか。
「……スニヤ。チッ。悪いな」
デスゲームと化し二年。一緒に戦ってきた戦友だ。
看取りたい気持ちはある。
が、今は一刻を争う。
未練を断ち切り窓から飛び降りる。黒い外套が風を孕む。
俺の背後には天地を貫く巨大な構造物がある。
一見するとただの塔だが、遠景から見ると槍である事が分かる。
世界槍ホルン。Chapter5のボス、堕神スニヤのダンジョンだ。
「――ヤーズヴァル!」
グルゥゥウゥ、と唸り声が頭上から聞こえて来る。翼を畳んだ黒竜が降下して来ていた。
黒竜の背に降り立つと、労りをこめて黒竜の頭を撫でてやる。黒竜が嬉しそうに吠える。俺からすると巨大な体躯だが、黒竜は子供であり甘えたい盛りなのだ。
「悪いな、ヤーズヴァル。家へ。急いでくれ」
空を行く俺の周囲を無数の白い光が昇って行く。
「…………プレイヤーの魂か」
身も蓋もない言い方をすればログアウトの光景だ。彼らの行く先には現実がある。
だが、この世界を現実と思い定めた俺には、輪廻を司る神のスニヤが滅んだ事で、プレイヤーの魂を留めておく事が出来なくなったのだと――そう思えた。
世界が軋んだ。
肩越しに振り替えると、異変が起きていた。世界槍ホルンが白く塗り潰されていた。出来損ないの絵画を白く塗り潰すが如く。この世界は虚構なのだと思い知らせるかのように。
「……急げ、急げ」
白の侵食は続いている。
世界が白に呑まれるまで時間がない。
見えてきた。
森だ。
勢いよく森から少女が飛び出して来た。転んだ。泣きべそをかいていた少女だったが、ヤーズヴァルを見付けると顔を綻ばせた。俺に向け手を振り、何かを叫んでいた。
妹だ。
「ヤーズヴァル!」
分かっている、と言いたげに黒竜が降下を始める。
「兄さん、これは一体!?」
「…………」
一体、何を言えばいいと言うのか。
この世界は虚構で。ゲームがクリアされ。電子の海へと消える。
……………………言えるかよ。
この世界がゲームであるという発言は、ブロックされるという事を抜きにしても。
「……んなっ?」
不意に力が入らなくなる。
この症状には覚えがある。初心者の頃、良くなった。
魔力切れ。
凄まじい勢いで魔力が吸い上げられている。なんだ、《ログアウト》か? 設定では《ログアウト》はハイヒューマンのみに許された世界を渡る魔法なのだ。
地面に衝突。
ヤーズヴァルの背から投げだされる。
チカチカする視界の中……ヤーズヴァルが悶えていた。
「…………にい、さん」
妹も苦悶の表情を浮かべていた。
……プレイヤーだけじゃない? まさか、全世界の人が?
何が起きてる? くそ、頭が回らない。
いや、そんな事より。妹が不安がってる。
俺は立ち上がり、一歩を踏み出す。はは、足が震えてるぜ。《チャクラ》を発動。《生命力》を削り、ステータスを強化するスキル。《生命力》を湯水のように使えば歩くぐらい出来るだろ。ああ、それで手を取って、心配はいらないと言う。いつものように。
が、世界は残酷だった。
妹との間に亀裂が走り、俺の足場が陥没したのだ。
「兄さん!」
妹が手を伸ばしていた。見る見る妹が遠ざかる。
俺も手を伸ばす。届かない。それでも。
「セティ! 会いに行く! なにがあっても! 必ずだ!」
《XFO》は終わった? 何もかもが手遅れ?
知った事か。
決めた。
どんな手を使っても。
セティともう一度会う。
だから、セティ。その日まで――
「――死ぬな!」
――僕に出来るのはここまで。後は頼むよ、オウリ。
混濁する意識の中、スニヤの声を聞いた気がした。
***
――Chapterのクリアにより、ジャーナルが変更されます。
+――――――――――――――――――――――――――――+
【クエスト】Chapter5《世界の理》
【聖暦】436年
【詳細】死した魂は生前の業を浄化され、別人として新たな生を受ける。それが世界の理だった。しかし、ある時を境に理は乱れ始める。生前の記憶を有したまま転生する魂や、輪廻の輪に戻る事が出来ず、アンデッドと化す魂が出て来たのだ。輪廻の神スニヤは異物の影響であると断じた。異物。ハイヒューマンだ。異なる世界の魂は輪廻の輪に乗らず、死しても復活するのである。スニヤはハイヒューマンを世界の理に組み込もうとするが、他の七大神の反感を買うことになり神の座を追われる。堕神となったスニヤだったが、神の権能の一部を有していた。ハイヒューマンの復活を禁じ、新たなハイヒューマンが増えないよう、異世界アースとの繋がりを断ち切った。俗に言う大鎖界である。ハイヒューマンに討たれたスニヤだったが、今際の際に原初魔法《世界創生》を発動させる。それは異世界アースとの決別を意味していた。
【ボス】堕神スニヤ
【報酬】世界槍ホルン
+――――――――――――――――――――――――――――+
――Chapter6《新たなる世界》を開始します。
――世界を維持する魔力を魔法の発動に回します。世界の消滅に巻き込まれないよう、プレイヤーはログアウトを急いでください。正常にログアウトが行われない場合、後遺症が残る可能性があります。
――魔力充填率87%。
――生命体から魔力を徴収します。
――魔力充填率91%。
――魔力充填率95%。
――魔力充填率100%。
――魔法の発動を承認しますか?
――闘争の神ノェンデッド――承認。
――輪廻の神スニヤ――反応がありません。
――空間の神パストロイ――承認。
――暗月の神リディオン――否認。
――供犠の神クァルラ――反応がありません。
――火輪の神ウドュリ――承認。
――時間の神クガ――承認。
――過半数の承認を得ました。
――原初魔法《世界創生》を発動します。
――異世界《ゼノスフィード》へようこそ。