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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第1章 災厄の魔女
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第17話 四大精霊

 一際立派な鎧の騎士が近付いて来る。

 《鑑定》すると名前はオーファン。第三神罰騎士団の団長である。彫りの深い顔立ちはゼノス人のそれ。アリシアから聞いていなければ、プレイヤーとは思わなかっただろう。

 レベルはカンストしている。

 それは当然としてクラスは……チッ。聖騎士かよ。また面倒なのが。

 神聖魔法が使える騎士の上位クラスだ。

 渋面になる俺とは対照的に、オーファンはほくそ笑んでいた。


「《鑑定》結果にご満悦か、オーファン?」

「よくこのステータスで吠えたな、オウリ」


 《鑑定》したぜ、と名を呼んでやれば、名を呼び返された。

 オーファンは続けて言った。


「なあ、オウリ。お前、プレイヤーだろ。魔女を引き渡せば見逃してやってもいい」

「はァ? 妹を売るバカがどこにいる」

「妹? 災厄の魔女が? まあいい。プレイヤーは年々減ってる。お前がまた転生できる確証はない。出来れば仲間を減らしたくはない」

「そうかよ。お前は転生できるといいな」

「勝てる気でいるのか。交渉は決裂だな。俺も役目を果たそう」


 オーファンが手を挙げる。

 それだけで騎士団が静まり返る。

 オーファンの顔つきが変わる。プレイヤーから、騎士団の団長へ。


「お前の発言は王国を――世界を敵に回すって事だ。覚悟があって言ったんだろうな!」


 オーファンの発言はそのまま騎士団の言葉でもある。

 皆殺しにするとまで言ったのに、嘲笑を浮かべる者ばかりだった。

 一人で何が出来る。そういいたいらしい。


「分かって無いのはお前だ。王国を敵に回す? バカ言え。王国が俺を敵に回したんだ」


 《威圧》をオーファン目掛け全力で放つ。


「ぐっ!? クラス外スキルかッ!」


 オーファンの額に脂汗が浮かぶ。混乱しているのが分かった。《委縮》した事が信じられないらしい。俺を《鑑定》し、見切ったつもりだったのだろう。慢心しているからそう言う目にあう。地獄を潜り抜けた俺の殺気はスキルと同等の効果を発揮する。

 《威圧》と併せて放てば格上だって呑むのさ。


 それと、だ。


「お前らが敵に回したのは俺だけじゃねぇ」


 人質さえ取らなければ俺も彼女を呼び出せなかったのに。


「来い、シルフ」

 

 虚空に呼びかけると風が吹き荒ぶ。意味を成さない風音がやがて声となる。

 厳かな声が告げる。


「世界を巡る風に溶けし精霊。呼び出すのは一体何者ぞ?」

「契約者オウリが命ずる。自由を縛る鎖を破れ」

「ご主人様の御心のままに」


 上空を一筋の風が吹き抜ける。木の葉が、花びらが、風の道を走る。道は一つ、二つと増え、やがて天蓋のように空を覆う。陽光が遮られ、辺りが薄暗くなる。


 オーファンが顔に張り付く木の葉を鬱陶しそうに手で払う。

 

「ふん、コケ脅しだな。奥の手があるのかと思えば。こんなので俺達が引くと? ナメられたものだ。魔法使い! 風を散らしてやれ!」


 オーファンが魔法使いに指示を飛ばす。だが、魔法使いは顔面を蒼白にしていた。


「……あの男は《魔力》を使っていません……お、恐らく……本物のシルフです……」

「四大精霊だぞ? シルフが現れたなら、《魔力》が可視化するはずだ」

「…………そ、それはそうですが……シルフ……シルフは風そのもの。だとしたら……ッ!? 団長! 《魔力》は既に可視化しています!」

「馬鹿な!? どこだ!?」

風景(・・)が緑がかっています!」


 風の道は周辺から《魔力》を集める為のモノだ。今回は周囲が森という事もあり、風の道に木の葉が混じった事で、緑色の《魔力》が見え辛くなっていた。


「……おいおい冗談じゃねぇぜ、くそったれ! 辺り一帯《魔力》が可視化するなんて聞いたことねぇぞ!? おかしいだろうが! 四大精霊の契約者はいないはずだ!」


 オーファンが泡を食っていた。

 四大精霊はそれぞれの元素に溶け、あまねく世界に遍在している。

 シルフの召喚は世界の一部を支配していると宣言したに等しい。

 だが、何故、驚くのか。

 確かに俺はデスゲームの戦いでシルフを召喚した事は無い。

 だから、シルフの契約者が現れた事を知らないのは分かる。

 しかし、俺は世界を敵に回すと宣言したばかり。

 世界の一部ぐらい支配していて当然だろう。


「オウリィィ!」

 

 俺を殺せば異変が止まると思ったか。オーファンが盾を構え、槍を突き出し、突っ込んで来る。《チャージングランス》か。助走距離に応じてダメージが上がる。

 《エアハンマー》と同時に刀で《ゲイルセイル》を放つ。二つの突風がオーファンの足を鈍らせる。《瞬動》でオーファンの懐に入り、《呼応投げ》でひっくり返す。

 

「カハッ」


 あえぐオーファンの口にセティ謹製の饅頭を落とす。錬金術で作られた饅頭は様々な状態異常を引き起こす。オーファンの顔面を踏み、強引に饅頭を食わせる。

 効果は劇的だった。

 顔色が悪い。《毒》だろう。

 指先が震えている。《麻痺》だろう。

 鎧から血が滲み出てくる。《出血》だろう。

 こうもあっさりカンストプレイヤーにバッドステータスを入れるとは。

 セティの腕前に慄きながら、オーファンから距離を取る。

 どうせ殺せない。

 必死になって攻撃しても疲れるだけだ。


「やれ、シルフ!」


 俺が叫ぶと可視化した風の《魔力》に濃淡が生まれた。


「痛てぇぇ! なんだァァ!?」

「ぎゃあああァァ! 血がァァァ! 流れていくゥゥ!」

「誰か! 誰か!? 教えてくれ! 何が起きてる!? 目が開けられない!」


 風魔法、第六階梯《ストームケージ》。敵を閉じ込める暴風の檻を生み出す。無色の檻は見る見る間に赤く染まる。《生命力》の源たる血が吸い上げられているのだ。

 俺も無詠唱が出来るのは第五階梯まで。

 それを無詠唱かつ、大量に発動させるのだ。流石は風の四大精霊と言うしかない。しかも、集めた《魔力》が無くなるまで魔法を使いたい放題だ。


 騎士団は混乱の極みにあった。

 この機に乗じて攻撃出来れば、相当数減らせるだろう。

 だが、事態の推移を見守る事しか出来なかった。


「魔法使い! 早く止めろ!」

「馬鹿いえ! 無理だ! 出来る筈がない!」


 魔法使いには《魔力感知》のスキルがある。

 このスキルを使えば可視化していない《魔力》さえ感じ取る事が出来る。可視化された《魔力》ともなれば太陽のように燦然と感じ取れているはずだ。

 太陽を指さされ、あの火を消せ、と言われたら。

 文句の一つも言いたくなるだろう。

 それに。

 気が気でないだろう。太陽の中にいるのだ。今にも自分が溶けてしまうのではないかと。

 よくよく観察すれば《ストームケージ》が閉じ込めているのは、エルフの周囲にいる騎士だけだと気付くのだが。


「《ゲイルセイル》!」


 剣士が突きで突風を生み出す。だが、暴風は突風を飲み込み、更に力強く渦巻くだけ。勢力を広げた風の渦が剣士の頬を傷つけるが、彼は呆然と立ち尽くすだけだった。


「…………もう……やめ……て……くれ…………」

 

 檻に囚われ、全身から血を流す騎士が神官に懇願する。

 神官は必死になって《ハイヒール》をかけていた。だが、回復しては傷つくのだ。騎士にとっては終わりのない拷問だ。

 神官はもごもご口を動かすが、やがて口をへの字に結んだ。


 ふわり、とエルフが浮き、一か所に集められる。

 彼らの前に半透明のメイド服の少女がいた。シルフだ。

 威厳ある声はどこへやら。可愛らしい声でシルフが言う。


「風は何者にも縛れない。それはご主人様でも同じ。だから、これはボクのやりたかったコト。ご主人様には力がある。力は貸せない。でも、彼らの安全はボクが保証する。全力でやって貰って構わない」


 余程亜人の迫害が腹に据えかねていたのだろう。

 珍しくシルフがやる気だ。いつもはすぐ飽きてしまう。

 四大精霊は神により枷がかけられており、自分では僅かな力しか振るう事が出来ない。

 契約者が命じてはじめて十全に力を発揮出来るのだ。

 風の吹かない場所など滅多にない。

 シルフが見逃して来た悲劇の数は如何程か。


「これをエルフに飲ませてやってくれ」


 インベントリから回復薬を取り出す。じゃれつく風が回復薬を回収していく。


 《解毒(アンチドーテ)》と聞こえた。

 オーファンが立ち上がっていた。状態異常は全部解除したようである。


「ペッ、ペッ。土まで食わせやがって」


 オーファンの瞳には憎悪の炎が燃え上がっていた。

 だが、団長としてここにいる事は忘れていなかったらしい。


「おい、てめぇら! 聞いたか! これ以上、シルフの援護は無い! 《ストームケージ》に囚われた者は諦めろ! 悔しい気持ちは分かる! それはオウリにぶつけてやれ!」


 オーファンが騎士団を《鼓舞》する。

 騎士クラスのスキルで《勇気(ブレイブ)》の効果がある。

 シルフが俺の切り札だと思っているのか。

 人質を全員、無傷で救出するのは骨が折れる。

 だから、シルフに登場願っただけで、端から彼女を戦力とは数えていない。

 シルフは俺をご主人様と呼ぶ。だが、あれは冗談であって、俺達は対等な友人だ。

 無理やり従わせようとすれば、シルフは契約者だろうと牙を剥く。


 とはいえ、オーファンは厄介だ。実際問題。守りに特化した騎士のクラス。それを更に固くしたのが聖騎士というクラスだ。ただでさえ《生命力》を削るのは大変だというのに、仕留め切る事が出来なければ神聖魔法で回復される。最終装備で無いのが救いか。

 勝つ方法は何通りも思いつくが、どれも時間がかかってしまう。

 前座(・・)に全力を出すワケにもいかない。

 せめて俺がカンストしてたなら。

 言っても仕方がない事か。

 と、本命のお出ましか。

 

「はははは、頭に血が上り過ぎだ、オーファン」


 白銀の外套を羽織る青年が笑いながら現れた。

 俺の五感がこの男を警戒しろ、と警鐘を鳴らす。シルフの登場で眉一つ動かさなかったのはこの男だけだ。次々と騎士が絶命して行く中、淡々と俺だけを見詰めていた。

 この男がいつ動き出すか分からず、騎士団の混乱につけ込めなかった。

 カリスマか。

 青年の登場で場の空気が一変した。

 いるだけで自然と周囲の注意を引きつける。


「オーファン、君の意見を呑むよ。災厄の魔女は君に譲ろう」

「……いいのかよ。俺としちゃありがたいが。あんなにこだわってたじゃねぇか」

「本命が来たからね」

「…………本命?」

「デスゲームから何年経った?」

「五百年。それがッ?」

「五百!? へええ。そんなに?」

「ジャーナル見りゃ分かるだろッ。おい、だからユマ――」

「五百年か。経ったねぇ。うん、忘れるか、オウリの名も」

「ユマ! 何がいいたいんだ! 無駄話に付き合ってる暇はねぇんだ!」


 ユマ。

 黒衣の死神を倒したという人物だ。その功を以って救世の英雄と呼ばれる……だったか。

 俺はこの男に負けた覚えがないが。

 黒衣の死神は沢山いるようだし、別人を倒したのだろうか。

 見覚えがある気がするが……思い出せねぇな。つい最近、会ったような……

 五百年間、転生を繰り返せば、顔立ちも変わってるか。


「ごめん、ごめん。忠告に来たんだ。騎士団をまとめた方がいい」


 ユマが後ろを指さす。

 そこには右往左往する騎士団の姿。精鋭と名高い神罰騎士団の醜態だった。

 オーファンは苛立ちも忘れ、口をポカンと開けていた。


「……ちょ、待てよ。どういう。隊長は何して……隊長がいない?」

「うん。全員、用事を思い出したんじゃないかな」

「ユマ。お前でもその発言は許さん。取り消せ。部下を見捨てる連中じゃねぇ」

「ははは、すまない。浮かれすぎだね。彼らを侮辱する意図は無かった。本当だよ。オーファンは世界槍ホルンの途中で死んだんだよね。だったら、彼の顔を知らなくても無理はない。隊長にプレイヤーを据えたのは失敗だったね。信じられるかい? プレイヤーが二十四人がかりで、たった一人に手も足も出ないんだ。トラウマにもなるさ。名前は忘れても顔は覚えていた、って事かな」

「チッ。オウリが黒衣の死神。そういいてぇのか」

「そうだよ」


 え、とオーファンが固まった。再起動すると俺とユマを交互に見る。


「…………悪い冗談はよせ、ユマ。この世界にゃ黒衣の死神はいない。そう言ってたのは他でもないお前だぜ」

「だから、最近、復活したんじゃないかな」

「最近、この世界に来たって言うのか。オウリを《鑑定》したか? カンストしてねぇぞ」

「デスペナだと思う」

「……デスペナ? あのデスペナか?」


 死んだ時に経験値が失われる。これをデスペナルティという。

 ユマは頷くと言葉を続ける。


「スニヤは消滅の直前、《誰か》を復活させていた。いや、させようとしていた、かな。間に合わせる事は出来なかったからね。そして《誰か》の復活は後任に引き継がれた」

「なんでそんな事を知ってる」

「アイラが言ってた」

 

 Chapter7《神への(きざはし)》。

 輪廻の神スニヤの消滅により輪廻の理が崩壊した。《ゼノスフィード》では新たな生命が生まれなくなった。時を同じくして世界槍ホルンの隣に、一夜にして見知らぬ塔が建つ。

 塔は《神の階》といい、七大神が用意した人が神になる為のダンジョンだった。

 ダンジョンをクリアし、輪廻の神の座に就いたプレイヤー。

 その名がアイラだったはず。


 ユマは微笑みながら俺に言う。


「アイラはまだ輪廻の神として、システムの全てを掌握していない。復活のシステムに不備があったのかも知れない。だから、復活に五百年かかり、莫大なデスペナになった。僕はそう思うけど、君はどうかな《誰か》さん?」

「さぁね。興味無い。復活したと言われても死んだ覚えが……ああ、後先考えずに《チャクラ》練ってたか。もしお前の言うとおりならスニヤに感謝するだけだ」

「はははは。スニヤに? NPCに感謝か! 変わってないな!」


 ユマが哄笑を上げる。

 珍しい事なのか。

 オーファンが目を点にしていた。

 浮かれるのは構わねぇが。


「で? やたら馴れ馴れしいんだけどさ。お前、誰?」

 

 ユマの笑顔にヒビが入った。

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