第17話 四大精霊
一際立派な鎧の騎士が近付いて来る。
《鑑定》すると名前はオーファン。第三神罰騎士団の団長である。彫りの深い顔立ちはゼノス人のそれ。アリシアから聞いていなければ、プレイヤーとは思わなかっただろう。
レベルはカンストしている。
それは当然としてクラスは……チッ。聖騎士かよ。また面倒なのが。
神聖魔法が使える騎士の上位クラスだ。
渋面になる俺とは対照的に、オーファンはほくそ笑んでいた。
「《鑑定》結果にご満悦か、オーファン?」
「よくこのステータスで吠えたな、オウリ」
《鑑定》したぜ、と名を呼んでやれば、名を呼び返された。
オーファンは続けて言った。
「なあ、オウリ。お前、プレイヤーだろ。魔女を引き渡せば見逃してやってもいい」
「はァ? 妹を売るバカがどこにいる」
「妹? 災厄の魔女が? まあいい。プレイヤーは年々減ってる。お前がまた転生できる確証はない。出来れば仲間を減らしたくはない」
「そうかよ。お前は転生できるといいな」
「勝てる気でいるのか。交渉は決裂だな。俺も役目を果たそう」
オーファンが手を挙げる。
それだけで騎士団が静まり返る。
オーファンの顔つきが変わる。プレイヤーから、騎士団の団長へ。
「お前の発言は王国を――世界を敵に回すって事だ。覚悟があって言ったんだろうな!」
オーファンの発言はそのまま騎士団の言葉でもある。
皆殺しにするとまで言ったのに、嘲笑を浮かべる者ばかりだった。
一人で何が出来る。そういいたいらしい。
「分かって無いのはお前だ。王国を敵に回す? バカ言え。王国が俺を敵に回したんだ」
《威圧》をオーファン目掛け全力で放つ。
「ぐっ!? クラス外スキルかッ!」
オーファンの額に脂汗が浮かぶ。混乱しているのが分かった。《委縮》した事が信じられないらしい。俺を《鑑定》し、見切ったつもりだったのだろう。慢心しているからそう言う目にあう。地獄を潜り抜けた俺の殺気はスキルと同等の効果を発揮する。
《威圧》と併せて放てば格上だって呑むのさ。
それと、だ。
「お前らが敵に回したのは俺だけじゃねぇ」
人質さえ取らなければ俺も彼女を呼び出せなかったのに。
「来い、シルフ」
虚空に呼びかけると風が吹き荒ぶ。意味を成さない風音がやがて声となる。
厳かな声が告げる。
「世界を巡る風に溶けし精霊。呼び出すのは一体何者ぞ?」
「契約者オウリが命ずる。自由を縛る鎖を破れ」
「ご主人様の御心のままに」
上空を一筋の風が吹き抜ける。木の葉が、花びらが、風の道を走る。道は一つ、二つと増え、やがて天蓋のように空を覆う。陽光が遮られ、辺りが薄暗くなる。
オーファンが顔に張り付く木の葉を鬱陶しそうに手で払う。
「ふん、コケ脅しだな。奥の手があるのかと思えば。こんなので俺達が引くと? ナメられたものだ。魔法使い! 風を散らしてやれ!」
オーファンが魔法使いに指示を飛ばす。だが、魔法使いは顔面を蒼白にしていた。
「……あの男は《魔力》を使っていません……お、恐らく……本物のシルフです……」
「四大精霊だぞ? シルフが現れたなら、《魔力》が可視化するはずだ」
「…………そ、それはそうですが……シルフ……シルフは風そのもの。だとしたら……ッ!? 団長! 《魔力》は既に可視化しています!」
「馬鹿な!? どこだ!?」
「風景が緑がかっています!」
風の道は周辺から《魔力》を集める為のモノだ。今回は周囲が森という事もあり、風の道に木の葉が混じった事で、緑色の《魔力》が見え辛くなっていた。
「……おいおい冗談じゃねぇぜ、くそったれ! 辺り一帯《魔力》が可視化するなんて聞いたことねぇぞ!? おかしいだろうが! 四大精霊の契約者はいないはずだ!」
オーファンが泡を食っていた。
四大精霊はそれぞれの元素に溶け、あまねく世界に遍在している。
シルフの召喚は世界の一部を支配していると宣言したに等しい。
だが、何故、驚くのか。
確かに俺はデスゲームの戦いでシルフを召喚した事は無い。
だから、シルフの契約者が現れた事を知らないのは分かる。
しかし、俺は世界を敵に回すと宣言したばかり。
世界の一部ぐらい支配していて当然だろう。
「オウリィィ!」
俺を殺せば異変が止まると思ったか。オーファンが盾を構え、槍を突き出し、突っ込んで来る。《チャージングランス》か。助走距離に応じてダメージが上がる。
《エアハンマー》と同時に刀で《ゲイルセイル》を放つ。二つの突風がオーファンの足を鈍らせる。《瞬動》でオーファンの懐に入り、《呼応投げ》でひっくり返す。
「カハッ」
あえぐオーファンの口にセティ謹製の饅頭を落とす。錬金術で作られた饅頭は様々な状態異常を引き起こす。オーファンの顔面を踏み、強引に饅頭を食わせる。
効果は劇的だった。
顔色が悪い。《毒》だろう。
指先が震えている。《麻痺》だろう。
鎧から血が滲み出てくる。《出血》だろう。
こうもあっさりカンストプレイヤーにバッドステータスを入れるとは。
セティの腕前に慄きながら、オーファンから距離を取る。
どうせ殺せない。
必死になって攻撃しても疲れるだけだ。
「やれ、シルフ!」
俺が叫ぶと可視化した風の《魔力》に濃淡が生まれた。
「痛てぇぇ! なんだァァ!?」
「ぎゃあああァァ! 血がァァァ! 流れていくゥゥ!」
「誰か! 誰か!? 教えてくれ! 何が起きてる!? 目が開けられない!」
風魔法、第六階梯《ストームケージ》。敵を閉じ込める暴風の檻を生み出す。無色の檻は見る見る間に赤く染まる。《生命力》の源たる血が吸い上げられているのだ。
俺も無詠唱が出来るのは第五階梯まで。
それを無詠唱かつ、大量に発動させるのだ。流石は風の四大精霊と言うしかない。しかも、集めた《魔力》が無くなるまで魔法を使いたい放題だ。
騎士団は混乱の極みにあった。
この機に乗じて攻撃出来れば、相当数減らせるだろう。
だが、事態の推移を見守る事しか出来なかった。
「魔法使い! 早く止めろ!」
「馬鹿いえ! 無理だ! 出来る筈がない!」
魔法使いには《魔力感知》のスキルがある。
このスキルを使えば可視化していない《魔力》さえ感じ取る事が出来る。可視化された《魔力》ともなれば太陽のように燦然と感じ取れているはずだ。
太陽を指さされ、あの火を消せ、と言われたら。
文句の一つも言いたくなるだろう。
それに。
気が気でないだろう。太陽の中にいるのだ。今にも自分が溶けてしまうのではないかと。
よくよく観察すれば《ストームケージ》が閉じ込めているのは、エルフの周囲にいる騎士だけだと気付くのだが。
「《ゲイルセイル》!」
剣士が突きで突風を生み出す。だが、暴風は突風を飲み込み、更に力強く渦巻くだけ。勢力を広げた風の渦が剣士の頬を傷つけるが、彼は呆然と立ち尽くすだけだった。
「…………もう……やめ……て……くれ…………」
檻に囚われ、全身から血を流す騎士が神官に懇願する。
神官は必死になって《ハイヒール》をかけていた。だが、回復しては傷つくのだ。騎士にとっては終わりのない拷問だ。
神官はもごもご口を動かすが、やがて口をへの字に結んだ。
ふわり、とエルフが浮き、一か所に集められる。
彼らの前に半透明のメイド服の少女がいた。シルフだ。
威厳ある声はどこへやら。可愛らしい声でシルフが言う。
「風は何者にも縛れない。それはご主人様でも同じ。だから、これはボクのやりたかったコト。ご主人様には力がある。力は貸せない。でも、彼らの安全はボクが保証する。全力でやって貰って構わない」
余程亜人の迫害が腹に据えかねていたのだろう。
珍しくシルフがやる気だ。いつもはすぐ飽きてしまう。
四大精霊は神により枷がかけられており、自分では僅かな力しか振るう事が出来ない。
契約者が命じてはじめて十全に力を発揮出来るのだ。
風の吹かない場所など滅多にない。
シルフが見逃して来た悲劇の数は如何程か。
「これをエルフに飲ませてやってくれ」
インベントリから回復薬を取り出す。じゃれつく風が回復薬を回収していく。
《解毒》と聞こえた。
オーファンが立ち上がっていた。状態異常は全部解除したようである。
「ペッ、ペッ。土まで食わせやがって」
オーファンの瞳には憎悪の炎が燃え上がっていた。
だが、団長としてここにいる事は忘れていなかったらしい。
「おい、てめぇら! 聞いたか! これ以上、シルフの援護は無い! 《ストームケージ》に囚われた者は諦めろ! 悔しい気持ちは分かる! それはオウリにぶつけてやれ!」
オーファンが騎士団を《鼓舞》する。
騎士クラスのスキルで《勇気》の効果がある。
シルフが俺の切り札だと思っているのか。
人質を全員、無傷で救出するのは骨が折れる。
だから、シルフに登場願っただけで、端から彼女を戦力とは数えていない。
シルフは俺をご主人様と呼ぶ。だが、あれは冗談であって、俺達は対等な友人だ。
無理やり従わせようとすれば、シルフは契約者だろうと牙を剥く。
とはいえ、オーファンは厄介だ。実際問題。守りに特化した騎士のクラス。それを更に固くしたのが聖騎士というクラスだ。ただでさえ《生命力》を削るのは大変だというのに、仕留め切る事が出来なければ神聖魔法で回復される。最終装備で無いのが救いか。
勝つ方法は何通りも思いつくが、どれも時間がかかってしまう。
前座に全力を出すワケにもいかない。
せめて俺がカンストしてたなら。
言っても仕方がない事か。
と、本命のお出ましか。
「はははは、頭に血が上り過ぎだ、オーファン」
白銀の外套を羽織る青年が笑いながら現れた。
俺の五感がこの男を警戒しろ、と警鐘を鳴らす。シルフの登場で眉一つ動かさなかったのはこの男だけだ。次々と騎士が絶命して行く中、淡々と俺だけを見詰めていた。
この男がいつ動き出すか分からず、騎士団の混乱につけ込めなかった。
カリスマか。
青年の登場で場の空気が一変した。
いるだけで自然と周囲の注意を引きつける。
「オーファン、君の意見を呑むよ。災厄の魔女は君に譲ろう」
「……いいのかよ。俺としちゃありがたいが。あんなにこだわってたじゃねぇか」
「本命が来たからね」
「…………本命?」
「デスゲームから何年経った?」
「五百年。それがッ?」
「五百!? へええ。そんなに?」
「ジャーナル見りゃ分かるだろッ。おい、だからユマ――」
「五百年か。経ったねぇ。うん、忘れるか、オウリの名も」
「ユマ! 何がいいたいんだ! 無駄話に付き合ってる暇はねぇんだ!」
ユマ。
黒衣の死神を倒したという人物だ。その功を以って救世の英雄と呼ばれる……だったか。
俺はこの男に負けた覚えがないが。
黒衣の死神は沢山いるようだし、別人を倒したのだろうか。
見覚えがある気がするが……思い出せねぇな。つい最近、会ったような……
五百年間、転生を繰り返せば、顔立ちも変わってるか。
「ごめん、ごめん。忠告に来たんだ。騎士団をまとめた方がいい」
ユマが後ろを指さす。
そこには右往左往する騎士団の姿。精鋭と名高い神罰騎士団の醜態だった。
オーファンは苛立ちも忘れ、口をポカンと開けていた。
「……ちょ、待てよ。どういう。隊長は何して……隊長がいない?」
「うん。全員、用事を思い出したんじゃないかな」
「ユマ。お前でもその発言は許さん。取り消せ。部下を見捨てる連中じゃねぇ」
「ははは、すまない。浮かれすぎだね。彼らを侮辱する意図は無かった。本当だよ。オーファンは世界槍ホルンの途中で死んだんだよね。だったら、彼の顔を知らなくても無理はない。隊長にプレイヤーを据えたのは失敗だったね。信じられるかい? プレイヤーが二十四人がかりで、たった一人に手も足も出ないんだ。トラウマにもなるさ。名前は忘れても顔は覚えていた、って事かな」
「チッ。オウリが黒衣の死神。そういいてぇのか」
「そうだよ」
え、とオーファンが固まった。再起動すると俺とユマを交互に見る。
「…………悪い冗談はよせ、ユマ。この世界にゃ黒衣の死神はいない。そう言ってたのは他でもないお前だぜ」
「だから、最近、復活したんじゃないかな」
「最近、この世界に来たって言うのか。オウリを《鑑定》したか? カンストしてねぇぞ」
「デスペナだと思う」
「……デスペナ? あのデスペナか?」
死んだ時に経験値が失われる。これをデスペナルティという。
ユマは頷くと言葉を続ける。
「スニヤは消滅の直前、《誰か》を復活させていた。いや、させようとしていた、かな。間に合わせる事は出来なかったからね。そして《誰か》の復活は後任に引き継がれた」
「なんでそんな事を知ってる」
「アイラが言ってた」
Chapter7《神への階》。
輪廻の神スニヤの消滅により輪廻の理が崩壊した。《ゼノスフィード》では新たな生命が生まれなくなった。時を同じくして世界槍ホルンの隣に、一夜にして見知らぬ塔が建つ。
塔は《神の階》といい、七大神が用意した人が神になる為のダンジョンだった。
ダンジョンをクリアし、輪廻の神の座に就いたプレイヤー。
その名がアイラだったはず。
ユマは微笑みながら俺に言う。
「アイラはまだ輪廻の神として、システムの全てを掌握していない。復活のシステムに不備があったのかも知れない。だから、復活に五百年かかり、莫大なデスペナになった。僕はそう思うけど、君はどうかな《誰か》さん?」
「さぁね。興味無い。復活したと言われても死んだ覚えが……ああ、後先考えずに《チャクラ》練ってたか。もしお前の言うとおりならスニヤに感謝するだけだ」
「はははは。スニヤに? NPCに感謝か! 変わってないな!」
ユマが哄笑を上げる。
珍しい事なのか。
オーファンが目を点にしていた。
浮かれるのは構わねぇが。
「で? やたら馴れ馴れしいんだけどさ。お前、誰?」
ユマの笑顔にヒビが入った。