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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第1章 災厄の魔女
16/85

第14話 災厄の魔女

――― アリシア ―――


 進む。奥へ。奥へ。

 自殺行為に等しい愚行だ。深部に行くにつれ魔物も強くなる。Sランク冒険者も強者ではいられない。木陰に魔物を幻視しては胃が痛くなる。

 だが、命をかける理由が私にはあった。


「約束を守れず、すまない。ギルドマスター」


 最初から折を見て討伐隊を抜ける気だった。

 討伐隊のリーダーを引き受けたのは、ギルドマスターへの恩義もあるが、冒険者に災厄の魔女を討伐させない為だった。冒険者ギルドが欲したのは討伐隊を出したという実績だが、中には本当に災厄の魔女を討とうという跳ね返りがいないとも限らない。リーダーを務めればそう言う跳ね返りを抑える事が出来ると思ったのだ。

 いや、冒険者に災厄の魔女を討てるはずもないが。

 温厚な災厄の魔女だが、敵対者には容赦をしない。

 出来れば彼女の手を汚させたくなかった。


「後はアレ……アンヌ……頬傷なら上手くやってくれるだろう」


 黙って出て来てしまったが、彼ならまとめてくれるはず。

 ゴートの暴走は不幸な事件だったが、いい大義名分になった。人格は兎も角として《大鷲の斧》の戦力は得難いものだった。討伐を続行するのは実質的に不可能になった。

 討伐隊はサラスナへ撤退する。


 《大鷲の斧》から受けた傷は全快した。オウリが大量の回復薬を提供してくれた。市場に出回っていない高品質のもので、「私の魔法要りませんね」と神官が笑っていた。

 死にかけていたという事もあるだろうが、全員当たり前のように回復薬を飲んでいた。

 金にがめつい人間なら後で代金を請求されてもおかしくない。

 オウリの型破りに毒され、考える事を止めたらしい。


「来たか」


 剣士クラスの《危機感知》が、背後に迫る敵意を伝える。不意討ちしか感知できないが、《制空圏》よりも感知できる範囲が広い。

 私は鞘から双蛇の短刀を抜く。

 首筋がチリチリした。

 来る!

 半身をズラす。エッジウルフが横目で私を見ていた。獲物を仕留めそこなった牙から涎が垂れていた。エッジウルフの腹に双蛇の短刀を突き立てる。強靭な《生命力》を持つ魔物にとっては掠り傷。しかし、エッジウルフは着地に失敗し、地面を転がって行った。

 双蛇の短刀の効果だ。


「悪いが相手する暇は無くてな」


 エッジウルフの憎悪を背中に感じながら走り出す。


「しかし、恐ろしい武器を貰ったものだ」


 本来、魔物に《麻痺》を入れるのは至難の技なのだ。動物系の魔物は状態異常にかかり易いが、それを差し引いても異常と言っていい。今のは殊更上手くいった方だが、それでも二十回も斬れば確実に《麻痺》が入る。

 買おうとすれば幾らするのか。

 

「……オウリ。彼は……何者なのか。ただのプレイヤーとは思えない。ふっ。ただの(・・・)プレイヤーか。それともプレイヤーとはみな彼のようなのだろうか」


 悪い人ではない。貴重な武器もくれた。いや、それは……関係ないな。

 シュシュへの態度を見れば人柄は分かる。

 かといって亜人贔屓というわけでもない。

 ギルドの受付嬢へは誠実に接していた。

 いい意味でハイヒューマンらしいと言えばいいのか。

 彼にとってはヒューマンも亜人も等しく平等なのだ。


 ブレイザールを倒した後、少し話をした。

 災厄の魔女を探していると言っていた。だから、自分も連れて行って欲しい、と。

 私が災厄の魔女の住処を知っていると感づいていたのだ。

 だが、敵かも知れない相手を災厄の魔女の――師匠の住処へ案内する事は出来ない。

 だから、災厄の魔女との関係を問いただした。すると「言っても信じられないと思う」と口を濁していた。結局、オウリが妙な気配がすると言い出し、野営地に戻ってみればゴートが暴挙に出ており、話し合いは結論が出ないまま終わった。


 結果論になるが連れて行くと約束しないでよかったと思う。

 よくよく考えてみれば連れて行く事は出来なかったのだ。

 《大鷲の斧》が消えた今、討伐隊の戦力は心許無い。

 私が抜ければ頼れるのはオウリしかいない。

 かといって討伐隊を引き連れて行くのも無理だ。

 私に付いて来れば大森林の魔物が可愛く思える相手を敵に回す。


 ――神罰騎士団。


 神と敵対する者を神敵という――名目だがそれは定かではない。

 何しろ師匠は神に歯向っていない。兄を探していたら神敵に認定されたらしい。

 意味が分からない。

 だが、神敵に認定された者は漏れなく強者だ。

 災厄の魔女然り。

 魔王然り。

 その神敵を討伐する神罰騎士団が脆弱な筈が無かった。

 

***


 そこは色とりどりの花が咲き乱れる楽園だった。

 高レベルの魔物が跋扈する森の中とは思えない光景だ。昔は魔物の襲撃もあったそうなのだが、何度も撃退しているうちにパタリと止んだらしい。強力な魔物の縄張りには他の魔物も近づかない。それと似た現象が起きたのではないか、と言う事だった。

 こじんまりとした小屋がある。

 蔦が絡み付きいかにも魔女の住処だ。

 

「……懐かしいな。もう五年前になるのか」

 

 五年前。私は災厄の魔女を討伐せんとトトウェル大森林に挑んだ。ギルドマスターには内緒で。

 しかし、結果は惨敗。

 死にかけているところを師匠に保護され、この家へ連れてこられた。サラスナまで送ってくれるという話もあったが、災厄の魔女を討伐するまでは帰らないと私がゴネたからだ。

 師匠はとても気さくな人物ですぐに仲良くなった。

 が、友好的な関係は彼女が災厄の魔女と知れた事で終わった。

 私は戦いを挑み……結果は言わずもがな。

 半強制的に同居生活が始まった。逃げだそうにも魔物が強すぎた。

 私は虜囚だと感じており、かなり反抗的な態度だった。朝はベッドから出て来ない。食事は拒む、という……今から思えば子供か、と言いたくなる反抗だった。

 だが、それが師匠に火をつけた。

 なんでも昔を思い出す、とか。

 甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

 それはもう本当に嬉しそうで……いつしか毒気を抜かれていた。

 その頃になると私も冷静になっており、彼女が巷間で語られるような、極悪非道の魔女ではない事は分かっていた。だが、災厄の魔女という二つ名は伊達ではないのだと、痛感もしていた。私では手も足も出ない魔物を食事だと言って狩って来るのだ。

 私は彼女に師事する事を決めた。クラスは違うが学べる事は山ほどあった。

 弟子となった私はまず生活態度を改め……物凄い師匠から不評を食らった。


 ――え、もう起きてるんですか。あっ、今日はいい天気なんです。二度寝は気持ちいいと思いますよ? 二度寝は……しませんか、そうですか……それは残念です。

 ――部屋の掃除……は必要ないですね。アリシア、ここは貴方の家なんですから。遠慮せずもっと汚してもいいんですよ?


 ……これが師匠の言う事だろうか。騎士として育ってきた私には信じがたかった。

 と、まあ、そういう具合に常識がガラガラと崩されていったのだ。

 ふと、思ったものである。

 昔、師匠が世話をしていたという「兄さん」は……一体、どんな生活破綻者だったのか。

 一目見てみたいものである。


「……師匠。変わってないといいが……」


 五百年も生きて来たのだ。たかだが数年で変わらないか。

 

「――ここがセティの住処か?」


 懐かしんでいると背後から声がした。

 振り返ると灰色のローブを着た二人の人物がいた。フードを被っているので顔は見えないが正体は明らかだった。幼女を肩車した冒険者を私は一人しか知らない。

 

「ふん、お主も感慨深げだのう」


 シュシュがぺしぺし、とオウリの額を叩く。


「……俺が住んでた家にそっくりだったもんでな」

「お主が住んでいたという事は」

「ああ、セティもだ。いるんだな、セティが。ここに」


 私は双蛇の短刀を抜く。


「……どうやってここまで来た」

「ん、つけさせてもらった。気付かなかったからって自分を責める必要はないぜ。このローブには《穏形》の効果があるからな。いきなり姿を消した時は焦ったが、運よく道しるべが転がってた。《麻痺》で弱った魔物は全部片付けて来たから安心してくれ」

「……オウリ、再び問うぞ。災厄の魔女との関係は?」

「そう殺気立つな。悪い様にはしない。それより、アリシアとセティの関係は?」

「……師匠だ」

「へぇ、あのセティが師匠ねぇ。んじゃ、アリシアは師匠の危機に駆けつけた。そういう事でいいのか」

「オウリ、私の問いに答えていないぞ」

「兄妹だ」

「種族が違う」

「いや、義理の」


 師匠にプレイヤーの兄がいたのは事実だ。よく「兄さんがね」と語っていた。

 だが、それは大鎖界の頃の話だったはずだ。

 

「師匠は何度も命を狙われた。その時には姿を現さなかったのに?」

「……だよな。そういう反応になるわな。ん~。以前、セティに命を救われて? んで、加勢に来た……って、分かってる。だから睨むなよ。胡散臭いよな。でも、真実が一番胡散臭い場合、どうすりゃいいんだ、マジで。何かないか、シュシュ」

「説得する事もないのではないのか。災厄の魔女と会えば分かる事であろう」

「………………それしかない、か」

「なんだ、気が乗らぬのか。あれだけ会いたがっておったのに」

「……いや、な。少し怖い。会うのが。知らない人ですって言われたら……泣く自信あるぜ、俺。彼氏とかいたら半殺しにしそうだし……と言うのは冗談で。会わす顔がねぇんだよ。五百年もほったらかしにしてたんだぜ」


 苦渋に満ちた声。飄々としたオウリが見せた初めての本心だった。

 オウリの実力があれば、私を排除するのは簡単である。

 対話を望んでいるのが裏付けと言えなくもない、か?

 いずれにせよ住処は割れてしまったのだ。

 師匠に判断して貰うしかないか。

 と、そうだ。大事な事を忘れていた。

 

「オウリ、討伐隊はどうした?」

「一休みしてからサラスナに帰るとよ。心配するな。全員無事に帰れるさ。俺が適正装備を見繕ってやったからな。昔、この森は中堅プレイヤーの狩り場だったんだぜ。ソロだって出来た。あの人数ならブレイザールでも出ない限り危険はねぇよ」

「…………そうか」

「なんだ、不満か? 渋い顔だな」

「オウリ、お主はアリシアが分かっておらん。あれは自分も残っていれば装備が貰えたのに! と後悔している顔だ」

「シュシュ、それは違う。私は恥知らずではない。師匠を見捨ててまで、武具が欲しいとは思わない。思ったのは……私も言えば貰えるのか、という事だ!」

「…………」

「…………」

「…………」


 チラチラ、とオウリを見る。


「…………やるから。セティ、呼んで来たら。幾らでも」

「そっ、そうか! 言ってみるものだな! 今、師匠を呼んでくる!」


 と、踵を返した瞬間だった。

 バン! とドアが開き、小柄な影が出て来た。


「アリシア! 私の後ろに!」


 その人影は一瞬で私の前へ。

 灰色の髪が目に入った。腰まで伸びる艶やかな髪。肩越しに見える顔は息を飲む程美しい。私も美人だと言われる事があるが、この顔を知っているとお世辞にしか聞こえない。

 肩口の空いた蒼いドレス。ピンクのスカート。

 災厄の魔女、その人だ。

 

「師匠。丁度いい。その人は――」

「分かってるよ。森が教えてくれた!」

 

 ……うん? 森が? 教えてくれた? 何を? いやいや、《森の友人》が教えてくれると言えば危険だ。だが、危険なんて迫って――って、ああ! 神罰騎士団!


「違う、師匠! その人は師匠の――」

「シッ。黙って。魔法使いだと思う。詠唱が聞こえない」

「森の言う危険は騎士団で――」

「うん、彼は冒険者だね。今まで何度も冒険者の討伐隊もあったよ」


 ……森よ。

 危険を教えてくれるのはありがたい。私も恩恵にあずかった事がある。

 だが、よりにもよってこのタイミングで!

 森が危険を告げ。

 飛び出してみれば、短剣を構えた私がいた。

 だが、待って欲しい。

 一種即発の構図だが会話の内容は……物凄い浅ましいものだった。そう、今にして思うと物凄い浅ましいお願いを……と、それはいい。要は人の話を聞け、という話だ。

 なあ、師匠。

 なぜ、そんなにもやる気満々で構えている?

 

「師匠、変わってないな!」


 相変わらずの早合点だ!


「アリシアもね!」


 何故、胸を見てそれを言う。いや、確かに小さいが!

 駄目だ。

 こうなった師匠は止まらない。

 可憐な容姿をしているクセに、取り合えずぶん殴って無力化し、それから考える乱暴なトコがある。

 ああ、なんだろう。

 今なら信じられる気がする。

 オウリが師匠の兄なのだと。


「いくよ」


 師匠が言うとオウリは手で待ったをかける。

 オウリはフードを目深にかぶり直し、シュシュを地面におろした。その際、シュシュに何か耳打ちをしていた。

 シュシュが半眼で言う。


「……災厄の魔女よ。この者は声が出せぬゆえ。妾が代わりに言葉を伝えよう。災厄の魔女などと痛い二つ名を名乗り、調子に乗っている愚か者め。この俺様が伸びた鼻を叩き折り、お尻ぺんぺんしてくれるわ!」


 オウリがあたふたしていた。半分以上、シュシュの創作らしい。大体、言葉を出せぬ、と言っているのに、シュシュが代弁する時点でおかしい。設定が酷過ぎる。


「自分で名乗ったことは一度もないよ!」

 

 え、師匠、突っ込むのそこ?

 

 師匠とオウリの姿が同時に消えた。

 背中を合わせる形で二人が現れた。

 師匠は拳を振り下ろす先を見失っていた。

 《瞬動》はその速度故に移動中は周囲が把握出来ない。師匠の目にはオウリが突如消えたように映っているのだ。だが、そこは死角なしと謳われる拳闘士である。《制空圏》でオウリの気配を感知したようだ。だが、想定していた者と、そうでない者とでは、反応に差が出てしまう。師匠の後頭部にオウリの回し蹴りが迫っていた。《御霊刈り》。


 師匠は身を屈め、それをかわし、《周撃》を放つ。

 オウリは残った一本の足で踏み切る。くるりと回転。無防備な背中。だが、師匠は苦い顔で、それを見送るしかない。《周撃》は全方向への足払いである。一度発動したアーツは自分では止められない。師匠の足はまだ半円を描いたばかりだった。

 オウリの足が輝き始める。

 拳闘士版《バニッシュメント》――《雷声落とし》。

 

「えっ!? 拳闘士!?」


 あたかも落雷のような踵落とし。それを師匠は両腕を交差させ防ぐ。

 膝をつく師匠の前に、オウリが悠々と降り立つ。

 オウリが《震脚》。師匠も《震脚》。

 《雷脚》、《雷脚》――影踏みだ。

 オウリらしくない気がした。《雷脚》まで放つ必要はなかった。

 《震脚》も《雷脚》もクールタイムが長い。

 この戦いではもう使えまい。

 

「オウリめ。試したな」


 気付くとシュシュが傍にいた。


「見よ。口元が笑っておる。合格ということだろう」

「…………馬鹿な。あの師匠を……相手に……」


 オウリとブレイザールとの戦いは凄かった。

 だが、それは物語の英雄に感嘆するようなもので。

 師匠は違う。知っている。実力のほどを。

 だから、受け入れる事は出来ない。いや、受け入れては――


「……というか、アリシアよ。一つ聞きたい。あれが災厄の魔女か?」

「ああ、師匠だ」


 うぬぅ、とシュシュが唸る。

 

「どこが魔女だ」

「師匠のクラスは拳闘士だからな」


 エルフは魔法が使えるのが当たり前だ。

 その中で師匠の拳闘士というクラスは異端だ。

 魔法を使えないと言う事で両親から捨てられたらしい。


「……詐欺だろう」

「シュシュ、君とはいい関係を築けそうだ」

「オウリは魔女が殴って何が悪い、とか言うだろうしなあ」

「オウリ自身、魔法使いだと言う。実際、見事な魔法だった。だが、未だ騙されているような気がしてならない」


 師匠に助けられた時、彼女はセティと名乗った。リオンセティではなく。トトウェル大森林の奥地に住むセティと聞いて、災厄の魔女を想起しない人はいないと思う。

 しかし、私は気付けなかった。

 それもこれも拳闘士としての確かな実力を目の当たりにしていたからだ。

 魔物を撲殺する人物がまさか魔女とは思うまい。


「はぁぁぁぁぁ!」


 雑談を切り裂く気合いの入った声が響く。一瞬、誰が声を発したのか分からなかった。

 師匠のこんな声を聞いたのは初めてだった。師匠は魔物を駆逐する時だって余裕を欠かさない。「え~い」や、「と~う」など、脱力する掛け声で倒して行くのだ。

 その師匠がこんなマトモな声を出すという事は――


「師匠が本気だ!」

「……のう、アリシアよ。段々、お主の思考回路が分かるようになって来た。随分と失礼な道筋でその結論に辿り着いた気がするぞ?」


 師匠が前蹴りのアーツ、《砲天響》を発動させる。

 オウリも同じく《砲天響》で対抗。

 

 ――バァァァンッ!


 足の激突とは思えない轟音が響く。二人の足元に土砂が積み上がる。互いに足で押し合っているのだ。しかし、拮抗は一瞬。師匠が吹き飛ばされ――え? 吹き飛ばされない?

 弾け飛んだのはオウリの方だった。


「ステータスが違うからのう。こうなるのは当然のことだ。むしろ、こうした場面を見なかった事にこそ、オウリの凄まじさがあるのやも知れん」


 シュシュの言葉にハッとする。

 オウリのレベルは100そこそこ。師匠はカンストしている。レベルが一緒だったとしても、クラスの補正だってある。魔法使いは拳闘士に殴り合いで勝てない。

 ブレイザールの時のような轍は踏まない。そう思って目を皿にして見ていたのだ。だが、こんな根本的な事を見落としていたようでは。《砲天響》が互角だった事に疑問を抱くべきだった。あれはオウリが師匠の蹴りに威力が乗る前に迎撃していたのだ。


「オウリは強い。それは確かだ。だが、こう言うのが正確なのかも知れない――」

 

 師匠が《瞬動》でオウリを追う。

 空中のオウリに掌底を――放つ事は出来なかった。

 がく、と師匠が態勢を崩したのだ。

 

「「――オウリは戦いが上手い」」


 オウリは師匠の《瞬動》に合わせ、インベントリから短剣を取り出し、師匠が到達するであろう地点に投げていたのだ。想定と違う段差に躓き、師匠は絶好の好機を失った。

 だが、師匠も流石と言える。

 オウリに小細工をさせたのだから――とそこまで考え、私は自分に驚愕した。

 まるで師匠がオウリに劣ると認めているかのようだ。

 実際、その考えは間違っていないのだ。オウリは全く本気を出していない。刀を使っていない。魔法を使っていない。師匠に合わせたのか、拳闘士として戦っている。

 だが、私は師匠の弟子だ。師匠の勝利を疑うのは……裏切り行為な気がした。

 

 オウリは器用に空中で態勢を整えると、《雷声落とし》。師匠はのけ反りそれをかわす。のけ反るしかなかった。それこそオウリの狙いと分かっていながら、だ。

 オウリは着地するなり、《崩拳》の構え。

 決めに来た。

 師匠もそう思った。

 だから、《鳴叉》を発動させた。受けたダメージに応じて威力が増すカウンター。

 しかし、それすらオウリの掌の上だった。

 私も師匠も狙いを看破しながら、一手先しか読んでいなかった。

 オウリは二手も三手も先を読んでいる。せめて、オウリの拳にアーツ発動の光が宿るまで、どんな状況にも対処できるよう、アーツは控えるべきだったのだ。

 放たれる様子のないアーツに、師匠が身を竦めていた。

 オウリは渋面で、


「悪いクセ、直ってねぇ。アーツに頼り過ぎだ」


 デコピンをした。

 師匠がへろへろした突きを放つ。アーツが見る影もなかった。

 握手するようにオウリが突きを掴む。そして、投げた。力を込めたようには見えない。だが、師匠の身体は宙を舞った。《呼応投げ》に掛けられた者は自ら飛ぶ。

 大の字になった師匠に、オウリはフードを外し、素顔を晒す。

 師匠は驚いていなかった。ただ、仕方無いな、と苦笑していた。

 どこからかは分からない。だが、オウリに気付いていたのだ。

 オウリがこめかみを掻きながら言う。


「……ただ……まァ、強くなったな、セティ」


 オウリが師匠に手を差し出す。師匠は手を取り、オウリを引き寄せる。ステータスの差か。或いは後ろめたさか。オウリはそのまま引き倒された。

 

「…………兄さん!」


 オウリを抱き締め、師匠が涙目で言う。

 オウリは暫くもがいていたが、やがて諦めたのか力を抜く。オウリの頭は師匠に抱きかかえられている。だから、そういう声になってしまったとしても仕方がない事だ。


「…………悪い。待たせた」


 オウリの声は震えていた。

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