第9話 ざわめく森
夜。
焚き火を中心に八名の男女が車座になっていた。
《大鷲の斧》五人、アリシア、それと俺達。
野営の見張りは三パーティーでローテーションする。ソロである俺とアリシアは人数の少ない《大鷲の斧》と組む。と、言う名目で問題児の俺とゴートを監督するのがアリシア先生だ。
大森林に入り三日経っていた。この世界の野営にも慣れた。アナログだが趣があっていい。
《XFO》ではインベントリを開けば、設営済みのテントだって、出来立ての料理だって出てきた。
では、冒険者はどうするのか。魔法の鞄を使う。大きな物は仕舞えない、鞄内部の時間は止まらない、重量で容量が決まる――とインベントリの劣化版のマジックアイテムだ。
ゴートも魔法の鞄を使っていた。彼はハイヒューマンである。インベントリが使えるはずだ。
不思議に思って尋ねると、アリシアが教えてくれた。
その際、アリシアの口からプレイヤーという言葉が出てきて驚いた。
プレイヤーとはハイヒューマンの始祖を意味する言葉だと言う。特に大鎖界から転生を繰り返して来た者を指していうらしい。
ハイヒューマンは純血を尊ぶ。血が薄れると能力も弱くなるからだ。
ゴートは限りなくヒューマン寄りのハイヒューマン。
インベントリが大したコト無いのがバレるのが怖くて使えないらしい。勿論、アリシアはここまで言わなかった。俺が勝手に想像しただけだ。だが、十中八九、合ってる。だって、無駄にプライド高そうだし。
「エルフは寝顔も美しいな」
アリシアがシュシュを見詰め微笑んでいた。堅苦しさが取れ柔らかい表情だ。
シュシュは俺の膝で眠っている。つい、髪を撫でてしまう。
「差し支えが無ければ教えて欲しい。少年達はどういう関係だ?」
「主人と奴隷か。令嬢と従者か。好きにしてくれ」
「警戒させてしまったか? 忠告をと思ったのだよ。彼女の身の安全を考えるなら首輪をつけさせた方がいい。幼いエルフは人攫いの格好の獲物だ」
アリシアはチラリとゴートを見る。
「弱っちぃ亜人が死なねぇよう飼ってやろうとしただけだろうが」
「と、こういう輩が多いのでね」
シュシュに邪まな目を向けるバカは本当に多い。
バカを片っ端から叩きのめしたらどうなるだろうか?
答え。この国が亡くなる。
「この国にゃ法律は無いのか」
アリシアが難しい顔になるが、すぐ考えるのを諦めたようだ。俺に常識が無いのはここ数日でよく分かったのだろう。
「法律はある。あるさ。下等種族は出来得る限り保護するように、とね。ああ、気に障ったのなら謝罪しよう。王国法に下等種族とそう書いてあるのだよ。ハイヒューマンが記した法律だからな。彼らからすればヒューマンとて下等種族だろう。だが、何故か王国人の大半は亜人の事だと思っている」
「んで、奴隷化するのも保護の一環ってか」
「残念ながら」
隷属の首輪は嵌めた当人を主人と認識し、命令を下せるのは主人だけらしい。首輪付きの奴隷を攫っても、首輪を外さなければ売り払う事も出来ない。だが、首輪を外すには莫大な金がかかり……攫ったとしても元を取るのは難しい。
だから、隷属の首輪を嵌めておいた方がシュシュの身は安全と言う訳である。
「ま、考えておくよ」
首輪を嵌めても命令を下さなければいいワケだしな。
「そうしてくれ。正直、亜人の奴隷は見るに堪えない」
お優しいこって、とゴートが茶化して来たので、睨みつける。
ハッ。この程度でビビるんなら混ぜ返すんじゃねぇよ。
「なあ、アリシア。どうやってセティを……リオンセティを見つける気だ?」
「なんだ、みつける気なのか」
は?
思わず周りを見てしまう。ゴートと目があった。怪訝そうにしていた。
……あのなあ、ゴート。いつもの威勢はどこへ消えた? その目、バカにされるより堪えるぜ。
「冒険者ギルドは災厄の魔女を討伐する気は無い。討伐隊を出したと騎士団に言い訳が立てばそれでいい」
説明を聞くにつれ、俺は渋面になる。
この広い森から無策で人一人を探すのは不可能に近い。だからこそ討伐隊に参加したのだ。
しかし、討伐隊はセティを見付ける気は無かったらしい。
討伐隊は騎士団からも出ている。というか、騎士団が本命だ。
騎士団には数多く転生者が存在し、何より団長はプレイヤーらしい。
掌に滑りを感じた。血が出ていた。拳を強く握りしめていたらしい。痛みは感じなかった。
「……顔合わせの時の話、嘘だったんだな。見つける手段あるって言ってたじゃねぇか」
冒険者ギルドでゴートをボコった後の話だ。
討伐隊の顔合わせがあった。
一度、顔合わせは済ませているのだが、俺が参加した為もう一度という事だった。俺は一刻も早く出発したかったのだが、「肩車をした冒険者が現れ、討伐隊に参加すると言う。私なら帰る」とアリシアに言われれば肩を竦めるしかない。
そこへ小役人っぽい騎士がキチンと依頼を果たせ、と釘を刺しに来た。
今回、冒険者には災厄の魔女の住処を示す地図が与えられていた。しかし、日本地図に赤く丸をつけて、ここ、といっているような酷いものだった。住処を見つけた人物は騎士団が案内人として持って行ってしまった為だ。
今にして思うとアレク……アレスは予防線を張ろうとしたのだろう。
大雑把な地図では災厄の魔女を見付ける事は出来ないかも知れない、といったのだ。
だが、それを非難と取ったか。あるいは怠慢と取ったか。
騎士は災厄の魔女を見つけるまで戻ってくるな、とご立腹だった。
それを収めたのはアリシアだった。
「災厄の魔女を見つける手段がある。もし見つからなければ私が責任を取る」
あの言葉を信じたから、俺は付いてきたのだ。
「ハッ。騎士も騙されただろうよ。演技が上手いじゃねぇか、アリシア」
「そ、そ、そ、その通りだ。ひ、人目があったからな。見つける気はない……とはいえなかった。わ、我ながら見事な機転だ」
「……なあ、アリシア。もう一回聞くぜ。見付ける手段は無いんだよな」
「……あ、ああ、あ……な、ない」
……あるのか。前言撤回だ。演技下手だな。
討伐隊に参加した事を後悔しかけたが、無駄ではなかったようでホッとする。
アリシアはセティを見付ける手段を持っている。
が、討伐隊の総意としてはセティを見付ける気はない、と。
どうにかしてアリシアの口を割らせないといけないワケか。
しかし、どうやって?
王国か、亜人か。
どちらの立場に立っているかで、セティの行為の善悪が変わる。
セティは王国では蛇蝎の如く嫌われているが、亜人領域では英雄と言われているらしい。
アリシアは亜人に好意的だからと言って、亜人寄りと考えてもいいものなのか。
セティが大勢のヒューマンを殺しているのは確からしいのだ。
俺は正当防衛は教えた。
だが、過剰防衛は教えなかった。
地図を変えるのはやり過ぎだ、セティ。
……隷属の首輪を使うか。シュシュの隷属の首輪がある。人道に反しているがセティの安全には代えられない。いや、それも早計か。失敗すれば終わりだ。協力を取り付けられなくなる。
隷属の首輪が外れないのは《呪い》に掛かるからである。
しかし、《呪い》はバッドステータスであり、《精神》でレジスト出来るのだ。
高レベルには隷属の首輪は効かない可能性があった。
昏倒させたり、薬を盛ったりで、《精神》を下げる事は出来る。だが、それでもアリシアに隷属の首輪が嵌るかは賭けだ。レベルの下がった生産職が作っているアイテムなのだ。
隷属の首輪を解析して、俺が作り直せば別だろうが……設備が無い。
武具コレクターだというし。
適当な装備で買収してみるか。
ダメなら拉致という名の説得で。
リスクとリターンを秤にかけ……考えるのが面倒になった。
まずやってみよう。
為せば成る。きっと。
と、シュシュがパチッと目を開けた。
「森が騒がしい。魔物が来るぞ」
「数は?」
「分からん。が、かなり騒いでおる。五月蠅いくらいにな」
《森の友人》――エルフの種族スキル。
森に潜む危険を教えてくれるパッシブスキルだ。教えてくれるかは森の気分次第らしいので確実性に欠けるが、警告があったのなら間違いなく魔物がこちらに向かっている。
それも大量にだ。
「亜人が。寝ぼけてんじゃねぇぞ。魔物がどこから来るってんだ」
ゴートが嗤う。
態度がムカつくのは兎も角として、信じられないのも無理はない。
森は静かで魔物の気配など微塵もないのである。
俺が信じるのはセティと暮らしていたからだ。
「おォ、そうだ、ガキィ。テメェ行ってこいや。俺達はテメェの代わりに戦ってクタクタでよォ」
「なんだ、それなら早く言え。いつでも替わってやったのに。俺もレベル上げたかったしな」
ゴートが一瞬、しまった、という顔をした。
初日以降、俺の出番は無かった。連携を高めるため、という事らしい。奥に行くにつれ魔物は強くなる。言っている事は実にもっともだと思う。発言したのがゴートでなければ。
付近の魔物のレベルは100前後。
俺の肩慣らしに丁度いいレベルだ。
これ以上俺のレベルが上がってしまうと、手に負えなくなるとでも思っているのか。ゴートは。
「駄目だ。全員起こして襲撃に備える」
きっぱりとアリシアが言うので、思わず彼女の顔を見てしまう。
シュシュの言う事を信じるとは。エルフの知り合いでもいるのだろうか。
「くっくっく、Sランクさんよォ。その命令は聞けねぇなァ。起こされた連中も怒るだろうぜ。亜人の戯言を真に受けてってよ! 亜人贔屓もほどほどにするんだな」
「…………」
アリシアが悔しげに口を噤む。
確かに彼女は亜人贔屓と取られかねない発言をしていた。シュシュの言葉を鵜呑みにすれば、彼女は求心力を失い討伐隊が崩壊しかねない。
「どうする、オウリよ」
目をこすりながらシュシュが言う。可愛い。だが、あざとい。
「ん、ああ、行くさ」
騎士団と当たる前にレベルを少しでも上げておきたい。
「駄目だ、少年。彼は君を――」
「アリシア」
強く名を呼び、言葉を遮る。
それ以上は言っては駄目だ。
魔物がいないならいないでいいし、いたなら大量の魔物が俺を始末してくれる。
ゴートがそう考えているのは分かっている。
「エルフのガキ、置いてけや。俺達が守っててやっから」
「シュシュはまだ幼いからな。護衛は確かに必要だろうよ」
「お。物わかりがいいじゃねぇか」
「だから、俺が連れてく。いやなに。お前を信用してないワケじゃないんだぜ。俺に手も足も出ないお前じゃ、シュシュの護衛は負担だろうからな」
ゴートがギリ、と歯嚙みする。
「……そォかよ。なら、その剣置いてけ」
「は?」
「クソガキには勿体ない剣だ。俺様が使ってやる」
「あ、そう。んじゃ、くれてやるよ」
剣をゴートに放り投げる。
ゴートは戸惑っていたが、剣を抜くと輝きに魅了されていた。
得意武器でない得物を使うのは避けるのがセオリーだ。だが、武器に差があり過ぎる場合はその限りではない。俺への嫌がらせが目的だったとしても、救済の剣を使うのは悪い選択ではない。
ヘボい斧で放つアーツ並の火力が、通常攻撃で出せるようになるだろう。
アリシアがチラチラ救済の剣を見ていた。
……欲しいのか? 分かりやすいな。
「いいのか、オウル。あれは救済の剣。滅多にない業物だぞ」
「オウルじゃなくてオウリな」
「…………オウルは私が昔飼っていた猫の名だった。怪我していたのを拾って来て介抱してやったのだ。だが、何故か私には懐かず、妹のセシリアにばかり――」
「あ、それ。長くなる? もう、行きたいんだが」
「……すまなかった」
「法律があったからだ」
「……うん?」
「さっきの答え。下等種族は保護してやらないとさ。なあ、ゴート?」
嫌味ったらしく言ってやると、ゴートは顔を真っ赤にした。
はははは、このツラが見れただけで、一本くれてやった甲斐があった。
「……足りねぇ。一本じゃ足りねぇ。もっと寄こせ」
「お前は亜人がメシをくれって言ったらくれてやるのか。俺なら身の程を弁えねぇクズだと罵るね。だが、お前はくれてやるんだろうなあ。わざわざ亜人を保護しようという好人物だ。そんなお前に免じて、もう一本くれてやろう」
おお、まだ赤くなるか。湯でダコみてぇだな。
しかし、これを皮肉と取れるという事は、ゴートは亜人を迫害しているのだろう。いや、分かり切った事か。殺しておいた方が後々のためなのかも知れない。
俺を狙ってくれるなら一思いに息の根を止めてやるんだけどな。
出すのは口ばかり。手は出して来ない。
こういう小悪党が一番面倒だ。
さて、これでいいか。
「え?」
「は?」
アリシアとゴートが呆けた声を上げる。
俺がナイフをアリシアに投げたからである。
「えっ、いいのか、貰っても」
「ああ。一人を優遇するのはよくないからな」
「か、返せと言われてももう返さないぞ」
「いわねぇよ」
おお、とアリシアは目を輝かせた。ナイフは双蛇の短刀。《麻痺5》と《毒5》が付与されたマジックアイテムだ。アリシアは蛇が二匹の模された柄を舐めんばかりに頬ずりしていた。正直、かなり卑猥な光景で……目が離せなかった。クソ、なんだか負けた気分だ。そんなつもりはなかったのに。セクハラするなら狙ってやりたかった。
……人の名前を堂々と間違える事といい残念な美人である。
「んじゃ、行くわ」
俺も俺もとなる前にシュシュを肩車して立ち上がった。
溜まった欝憤を晴らしに行くとしよう。