表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第1章 災厄の魔女
10/85

第8話 トトウェル大森林

 ――― オウリ ―――


 トトウェル大森林。

 かつてはトトウェルの森と呼ばれ、中堅プレイヤーの狩り場だった。しかし、大鎖界後、踏み入る冒険者が激減。ハイヒューマンは建国にかかりきりで、また、ゼノス人には荷が重かったのである。かくして外敵が存在しなくなった森は、植物系の魔物を橋頭保に版図を広げ、現在の巨大な姿となった。


***

 

 《千の道》の狩人を先頭に森を進む。

 《忍び足》、《穏形》のスキルを持つ狩人は斥候に向く。しかし、アリシアが買ったのは彼の経験である。植生や足跡から分かる事もある。それは経験でしか判断できない。

 意外な事に大半の冒険者がトトウェル大森林に不慣れだった。

 大森林が拡大しないよう魔物の駆除に駆り出される事はあっても、自ら探索しようという物好きはBランクパーティー《千の道》だけという話だった。

 意外だった。

 植物系の魔物は秘薬の材料になる。錬金術師にとってここは宝の山だ。

 だが、理由を聞いて納得した。

 大森林の素材を扱える職人がいないのだ。売れない物を取って来ても仕方がない。

 正直、この程度の素材も扱えないのかよ、と思う。思った以上に職人のレベルの低下は深刻らしい。プレイヤーがいるのにこの凋落とは何か裏がある気がする。

 シュシュは何か知っている様子だったが、意味深に微笑むだけで教えてくれなかった。


 《極北の風》七名。

 《千の道》六名。

 《大鷲の斧》五名。

 それにアリシアと俺達。

 都合二十一名という大所帯である。


「よし、進むぞ。俺の後に続け」


 狩人の進路を見て、やるな、と感心する。上手く魔物を避けるルートを通っている。

 冒険者のレベルは下がったのかも知れない。だが、質はむしろ上がっているように思えた。まあ、復活のあったプレイヤーと比べるのは、命を賭けている彼に失礼な話か。

 だが、討伐隊の中では低ランクという事で彼を侮る者がいた。

 だから、それは遅かれ早かれ起こる事態だった。


「うおおおおおおおおおお」


 生き物のように蠢く枝が拳闘士を逆さ吊りにしていた。

 樹木に擬態するトレント種の魔物で、イビルトレント。

 救いようのないバカだな。素直に狩人の後に続いとけ。

 大方、《制空圏》を過信していたのだろう。気配を察知するスキルの一つで、自分を中心に円状に気配を察知する。イビルトレントの擬態は生態でもあるがスキルでもある。拳闘士の拙い《制空圏》では、《擬態》を看破出来なかったのだろう。


「全く。世話の焼けるっ」


 アリシアが剣を一閃させ枝を斬る。落ちて来た拳闘士を後ろに放り投げる。僅かな間で拳闘士の四肢は縛り上げられており、仲間の狂戦士が慌てて戒めを解いていく。

 

「いやいや、野郎の緊縛プレイなんて誰得だよ」


 俺がぼやいていると、イビルトレントが咆哮を上げた。

 ギシギシと音を立てて、周囲の木々に人面が浮かび上がる。擬態を解いたのだ。

 

「クッ。仲間を呼んだぞ! 手分けして当たれ!」


 アリシアの号令でパーティーに分かれる。

 親しくもない冒険者同士で連携を取るのは難しい。それならパーティー単位で戦わせた方がいいという判断だ。


 まず前に出たのは《極北の風》だ。三人の剣士が手近な一体を抑えにかかる。囲まれていると言うのに動きに迷いがない。トレントの弱点は機動力に欠ける事だ。敵の多さに惑わされず着実に倒していけば勝利は固いと分かっているのだ。

 不意に剣士が散会。

 空隙に三本の炎の槍が吸い込まれる。

 火魔法の第三階梯《フレイムジャベリン》。

 前衛が詠唱の時間を稼ぎ、後衛が一気に殲滅する。理想的な戦い方である。

 特にリーダーの動きがいい。何度言ってもアリシアに名前を覚えて貰えず、涙目になっていた男と同一人物とは思えない。

 

「《極北の風》は討伐専門のパーティーだって言ってたが看板に偽りなしだな。シュシュ、気付いたか? 散開に合図が無かった。魔法が来るタイミングが分かってるんだ」

「詠唱の時間は魔法で違うだろう」

「この魔物にはコレって決めてあるんだろ。突出して強いやつはいないが上手い」


 《千の道》はやや苦戦している。

 メンバーは剣士、魔法使い、狩人、神官、騎士、暗殺者と多様性に富む。反面、《極北の風》のような一撃の火力に欠ける。とはいえ、これは《千の道》が悪いのではなく、遭遇戦を演出してくれた、《大鷲の斧》の拳闘士が悪いと言える。本来は狩人や暗殺者が斥候を務め、奇襲を仕掛けて倒すスタイルなのだろう。

 

「手助けはせんのか?」

「……危なけりゃアリシアが助けるだろ」

「一人、図抜けておるの」

「…………」

 

 アリシアの戦い方は全く危なげない。

 散歩でもしているかのように、優雅に一歩ずつ距離を詰める。そして、接近するや否や、大振りな一撃でイビルトレントを斬り伏せる。隙の大きな一撃だが反撃の恐れはない。全ての枝を斬り落としてしまっているからである。

 Sランクは別格と言われるのもよく分かる光景だ。

 Aランクが六人がかりで倒す相手を、ただの一人で圧倒しているのだから。


「見惚れておるのか、オウリ? アリシアは美人だからのう」


 アリシアは凛々しさと可憐さを兼ね備えた美人だ。大きな目は意思の強さを感じさせ、黒い髪のポニーテールは愛らしい。緋色のケープから覗く腕は冒険者とは思えない程に華奢だ。ホットパンツとニーソックスの絶対領域が艶めかしい。ただ、胸は無いので妖艶とは口が裂けても言えない。

 

「なんだ、嫉妬か」

「……そ、そんなはずなかろう。じ、自意識過剰もいい加減にせい」

「はいはい。冗談だって。アリシア、大森林に入ったのは一度だけって言ってたよな。ご指導ご鞭撻のほどよろしくって《千の道》に頭を下げて。だが、手慣れてないか。妙に」

「妾と違ってSランクだからな。あれぐらい朝飯前なのだろうよ」

「なんか、刺が無いか」

「ふん、知らぬわ」

 

 上を向くと拳が降ってきた。

 ……なんだ。ご立腹だな。俺、何か言ったか。よく覚えてない。

 トレント自体は珍しい魔物ではない。大森林で戦った事がなくとも、他の場所で戦った事があるのかも知れない。だが、アリシアは森は初心者でござい、と言っていた。アリシアが役に立たないなら、俺が手を貸すしかないかと思っていたのでよく覚えている。

 大森林に入ったのは一度だけ。

 アリシアはこれを何度も口にしていた。

 だが、本当か?

 何度も言ったというのが怪しい。

 だが、隠す事に何の意味があるというのか。

 アリシアには要注意だな。目の保養がてら、監視するとしよう。


 さて、俺に絡んでくれた《大鷲の斧》はと言えば。


「……脳筋だなあ」

「……脳筋だのう」

 

 殴られたら殴り返す。そんな感じなのだ。しかも、パーティー、五人共が、だ。

 殲滅速度は《極北の風》に匹敵する。

 ある意味で合理的なのだろうが……なんだかねぇ、と思ってしまう。神官がいないという話だし、毎回、大量の回復薬を買い込んで、討伐に挑んでいるのだろうか。

 

「……ところでお主、気付いておったろう?」

「イビルトレントに? まさか、まさか。気付いてたら忠告するさ」

「ふん、あれだけ凝視しておいて良く言うわ」


 ははは、くくく、と笑う俺とシュシュを、《千の道》の神官がジト目で見ていた。

 勿論、イビルトレントに気付いていた。実はトレントの人面は擬態中にも見える。パズルのように配置を変え、木肌に同化させている為判別し辛いだけで。

 道中、イビルトレントは何体もいたが、狩人はそれを避けたルートを通っていた。

 恐らく彼も見破り方を知っているのだろう。

 だが、情報を開示しなかった狩人を責める気はない。

 木肌で判断出来ると知れば、脳筋があれもこれもトレントだ、と言い出すのが目に見えている。

 安全なルートを外れた。

 だから、トレントに襲われた。

 脳筋の頭に叩き込むのはコレだけでいい。

 身を以って知ってもらう為に、拳闘士には犠牲になって貰った。

 死んではいないが。


「あのねぇ……貴方達、もう少し真剣になったら?」

「ピクニック気分のシュシュはともかく。俺は集中切らしてないつもりだぜ」

「自分の格好見ても同じこと言える?」


 相も変わらず俺はシュシュを肩車している。

 不真面目に見える、という指摘は至極もっともである。

 だが、俺の目の届く範囲で無意味な人死はさせるつもりはない。


「詠唱しとけ。怪我人が出る」

「私だってBランクなんだから。怪我人がいたら見逃しません」

「出るんだよ。これからな」


 俺がそう言った瞬間だ。

 《千の道》の暗殺者が飛び退った。押さえた脇腹から血が出ていた。


「そんな、嘘でしょ!? なんで分かったの!?」

「驚いてないで《ヒール》かけてやれ」

 

 神官が慌てて《ヒール》の詠唱を始める。

 暗殺者は枝を捌くのに対処に手一杯で、地面が波打っている事に気付いていなかった。イビルトレントの根に足を取られるのは確実だった。だが、俺の予想が当たったのはそこまでで、暗殺者は咄嗟に根を斬り、一撃食らうだけで離脱していた。

 見事な判断だ。

 と、いうか武器さえまともなら、足を取られる前に決着だったしな。

 ホントに装備がネックになって、レベルが上がってないんだな、と思う。

 多少マシなのはアリシアのケープと剣か。それにしたってアリシアには見劣りしてるしな。


「クソガキィィィ! サボってんじゃねぇよ! テメェ、ぶっ殺すぞ!」

 

 大声の主は《大鷲の斧》のリーダー、ゴートだ。

 鼻っ柱を折ってやったのにまだ反抗的なんだよな。こいつもハイヒューマンだっていうし。子爵といい、こいつといい。ハイヒューマンの鼻はどんだけ高いと言うのか。

 

「サボってない。神官の護衛してる」

「チッ。口の減らねぇガキだな。勿体つけてねぇで早く魔法使いやがれ!」

「そんな掠り傷唾付けときゃ治る。ってのは、流石にタチの悪い冗談か。お前の《生命力》は一割も減ってない。そうだな、二割減るまで待て」

「暗殺者は回復させてたじゃねぇか!」

「そういやお前のパーティー、神官いなかったっけ。お前がムカつくからいってるんじゃないんだぜ。掠り傷でいちいち回復してたら魔力が無くなるって言ってんだ」


 これは本当に。

 ゴートのクラスである狂戦士は、被弾前提だけあって打たれ強い。ある程度ダメージを食らってから回復させた方が効率がいいのだ。これが暗殺者のような紙装甲だとまめな回復が必要になって来る。しかし、《大鷲の斧》には神官がいないため、単純に後回しにされている感じたようだ。

 俺様なだけかも知れないが。


「なあ、気になったんだが。魔法使えっていうが。それって神聖魔法か?」

「それ以外に何がある、ああ!?」


 なるほどね。どうも話がかみ合ってないと思った。


「いや、それ、無理。俺、神聖魔法使えないし」

「はァ? なんだそりゃ!? 役立たずじゃねぇか!」

「ああ、憤る気持ちは分かるぜ。神聖魔法の使えない神官。お荷物としか言いようがない。狩人が安全なルートを示してんのに、道外れてトレント呼ぶ拳闘士並みに。ん、そういやあの拳闘士は誰のパーティーだった?」


 ゴートは苦い物を噛み潰したような顔。そう、お前のパーティーメンバーだよ。


「アリシアは俺にこう言った。神官と一緒に援護して欲しい」


 俺は神官を護衛して欲しいと言っているのだと思った。

 だが、アリシアは神官と一緒に神聖魔法を使って欲しいと言っていたのだ。


「どうも認識の違いがあったようだな。俺のクラスは神官じゃない」


 神官のアーツを使ったから勘違いされたのだろう。

 《XFO》では当初、他のクラスのスキルは使えないと思われていた。だが、物好きな人間が他のクラスのスキルも習得出来る事を発見した。これがクラス外スキルだ。

 だが、判明したのは大半がアーツだった。便利なスキルは大抵、習得方法が難しい。


 様々なクラスのアーツが使える。

 無双が出来るように聞こえるかも知れない。

 だが、俺が物好きというのにはワケがある。

 アーツにはそれぞれ対応する武器があり、その武器がなければ発動する事が出来ないからだ。神官クラスのアーツを使う為に、剣士が槌を握るのでは本末転倒でしかない。

 例外は己の肉体そのものが武器である拳闘士クラスだけ。

 当然、その習得方法は難解。俺も知らなければ習得出来なかった。


 だが、神官クラスのアーツは違う。

 《ウェポンブレイク》も《足砕き》も初期に判明していた。習得方法が非常に単純明快だったのである。《足砕き》であれば敵の足を百本折るという具合にだ。

 覚えようと思えば誰でも覚えられたのだ。昔は。

 だから、あの程度で神官と断定されても、というのが本音である。

 クラス外スキルの習得方法は失伝してしまったのか。或いはハイヒューマンが秘匿しているのか。後者な気がする。

 

「サボってると思われるのも心外だ。働いてやるよ」


 俺が護衛を引き受けたのは、冒険者の力量を見る為だ。大体、分かった。

 苦戦している《千の道》の元へ向かう。インベントリから救済の剣を取り出す。


「後ろへ」


 暗殺者の肩を叩き、下がらせる。

 ムチのようにしなる枝を紙一重でかわす。成長を実感して顔に笑みが浮かぶ。

 一時期、イビルトレントと毎日戦っていた事があった。デスゲームが始まった直後だ。枝を避ける事が出来ず何度も死に掛けた。今から思い返せば狂気の沙汰としか言いようがない。レベル上げと新しい戦闘スタイルの確立を同時に行っていたのだから。

 いつデスゲームがクリアされるか分からない。

 今にもセティが消えてしまうかも知れないのだ。

 トップランカーに追いつくため狂ったように戦っていた。

 

「《スラッシュ》」


 剣士が最初に覚えるアーツを放つと、そのままイビルトレントの脇を抜ける。

 背後から暗殺者の悲鳴が聞こえた。だが、すぐに驚愕の声に変わった。

 真っ二つになったイビルトレントが見えたか。

 

 騎士が三体のイビルトレントを引きつけていた。

 盾を巧みに使って枝を弾き返していた。避けられない攻撃はスキルで耐える。流石は鉄壁の防御力を誇るクラスである。回復さえあればまだまだ耐えられそうだ。

 

「御苦労さん。後は休んでな」

「おう、助かるわ。流石にキツい……ってなんだ、オウリ殿……だったか」

「お仲間じゃなくて悪かったな」


 放つは《サークルスラッシュ》。

 《スラッシュ》の範囲版。威力は下がるので、《チャクラ》で火力を上げて。


「…………お、おおぅ……一撃、だと…………」

「見たか。妾の騎獣に掛かれば赤子の手を捻るようなものよ」

「お、オウリ殿は、騎獣なのか。それなのに。こんなにも強い。かの黒竜なのか」

「おい、冗談を真に受けんな」

「そっ、そうだな。何を言っておるのだ、俺は。す、すまん。どうも衝撃が強すぎて、な。アリシア殿の見立てを信じてなかったわけではないが……いや、信じて無かったのだろうな」

「アリシアが? 俺の事なんて?」

「自分よりも強い」

「へぇ、言うね」

「あの姫騎士が言ったのだ。オウリ殿の外見に惑わされ、信じる事が出来なかった。俺は、俺が、情けない」

「いや、幼女を肩車したヤツが強いとか。信じるやつは頭がどうかしてるから」


 イビルトレントは全部片付けた。

 騎士と話をしながら戻ると、度肝を抜かれた様子の面々がいた。

 いやはや、気分がいいね。こういう反応をしてくれると。

 だが、一人だけ反応が違う。

 アリシアだ。


「少年、その剣は……んっ、言い間違えた。クラスは何だ?」

「神官ではない事だけは確か。剣士と同じ働きが出来る。これ以上の説明が必要か?」

「……結構だ。ところで……その剣を……せて……」


 アリシアがボソボソ何か言っていた。

 聞き返すと「忘れてくれ。はしたなかった」と言われた。救済の剣を見詰める目が真剣を通り越して怖い。迂闊に問いただすと酷い目にあいそうな気がした。

 未だショックから立ち直れていないゴートに向きなおる。

 これを言いたいがために頑張ったようなものだ。


「で? 誰が役立たずだって?」


 ゴートの顔は傑作だったとだけ言っておく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ