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怪談の学校  作者: runa
8/48

信頼と薬味


***



「それで、話というのは?」


 教室に入っている間は弱めていた透明度。

 意識して強めつつ、二人やって来たのは屋上まで伸びる階段の脇。つまり踊り場だ。

 都合よく古びた椅子が積み重なり、転がっているものも幾つかあったので拝借する。

 二つ椅子を並べて向かい合い、尋ねたわけだが。

 彼女はなぜか、目を丸くした。


 いや、どうしてその表情になったのかな。

 戸惑うのはむしろこちらです。



「じゃあ…、どうしてあの時に助けてくれたの?」


 じゃあ、というのは何の前振りに当たるのか。

 思考が噛み合ってないということは分かる。

 さて。何処から聞いていこうかな。



「察するに、私が何らかの思惑を持って君を助けたと?」

「……違うの?」


 いや、そんな不思議そうに問われても。違います。



「申し訳ないけど、君を助けたいと思って動いたというより……見ていられなかったと言う方がしっくりくるかな。うん。…そうそう、君は河童だよね?」


「……?! よく分かったね」


 いやいやいや。分かるよ誰が見ても。

 お皿でしょう。可愛らしい水掻きと、全体的に臼緑。まあ、姿形は限りなく人寄りだから河童イメージとはかけ離れているけれども。

 余程遠目ならばいざ知らず。この距離では見誤る方が無理がある。


「分かるよ。…君が河童なら、きっと頭の皿は大切な体の一部だと思った。いや、実際のところは分からないよ。でも、そうだったなら。あの三人の行為は卑劣だと感じた。だから動いた。それだけ」


 言い終えたところで、予想外の事態だ。

 瞠目していた河童少女が、みるみる内に表情を歪めていく。

 え、まさかと思っている間にポツポツ雨が降りだすように泣き出していた。

 何故に。

 何かまずい発言をしただろうか。

 困ったなぁ…こちらが泣きそうだよ。



「あ、あなたは……変です」


 地味にぐさりときた。

 名前で慣れたと言っても、これは自分自身に対する発言と思われるので全く別物だ。

 変…かぁ。何とも虚しくなる語感。


 その間も、河童少女がしゃくりあげつつ、何かを呟く。

 これ以上抉るのは勘弁です。

 しかし聞いてみると、どうやら意図が違う。



「だって、じゃあ……私、何で返せば良いの?」


 返す?


 その言葉を暫く考えてみた。

 ややあって、思い至る。

 何となく掴めた気がして、その辺りの確信を得るために問い掛けた。


「聞いてもいいかな」

「……何ですか?」

 

 ようやく泣き止みつつある河童少女に内心安堵する。


「君たちの……いや、違うな。君の思う普通なら、こういう時に何を望む?」


 この問いかけで、ようやく河童少女もまた食い違った部分に気づいたみたいだ。

 冷静に立ち返った彼女は、とても柔らかい目をして笑う。


「普通なら、恩を着せて下僕にします」

「……ハードだね」

 

 表情と、出てきた言葉のギャップが凄まじい。

 下僕って。ここは学舎ではなかったかな…

 怖いな、この学園。

 父を見捨てて今からでも現世へ戻ろうかな。



 世を儚むこと暫し。

 気遣わしげに掛けられた言葉に、意識を戻す。



「あなたは、違ったんですね。…変といったのは、私なりの誉め言葉だったんです。あなたはとても優しい怪異です。誤解していたことを謝らせて下さい」


 ぺこり、と音が付きそうな角度で頭を下げようとする河童少女を慌てて制止した。

 謝罪云々でなく。

 お皿の水が溢れてしまうよ、君。


「ふふ、大丈夫です。水は足せばいいので。…でも、ありがとう」


 お辞儀を止めて、微笑んでくれる。

 何だこの可愛い怪異は。

 それと、水は足せばいいんだね。覚えておきます。


 何となくほのぼのした空気に、この学園に来てようやく平穏を感じていた。

 平穏何より。

 家もゴタゴタ。学園も命懸け。

 そんな少女が久方ぶりに抱くそれはかなり深い余韻といって間違いない。

 意識しなくとも、透明度を増していることからもそれは明らかである。因みに少女自身はその変化を自覚していない。周囲がそのあたりを把握するまではもう少し先の話。

 向かい合う河童少女が内心で、うーん。何だか教室にいた時に比べて輪郭が見えないなぁ、と思っているのも無理はないのだ。


 しかし、何やら覚悟を決めた彼女は躊躇いを滲ませながらも口火を切った。


「あの、心太さん?」

「何かな…?」


 どこか思い詰めた様子に、弛緩していた空気が俄に張り詰めていく。

 どうしたのだろうと、続く言葉を待つ。

 待っている。

 待ってみた。

 ……どうやらなかなか言い出しにくいみたいだ。

 助け船を出すにも、見当が付かない。

 どうしたものだろう。思考を巡らせていたが、ここで思いがけない提案があった。


「わたし、あの…、もし良かったら。……っ、心太さんと『手繋ぎ』をお願いしたいです…!!」


 耳を疑うとまではいかないものの、やや唖然としたのは事実だ。

『手繋ぎ』……どこかで最近聞いた言葉だ。

 普通に握手じゃないの、と思うだろう。

 いや、違うんだな。

 手を繋ぐ、という一般的理解ではこれは訳せない。





 記憶を巡らせること、数日前に遡る。

 あれは、母との会話中だった。

 普段、母は殆ど言葉を発さない。だから、唐突といっていい語り出しは娘を戸惑わせることも少なくない。

 その時は、何故かお風呂掃除の最中だった。

 泡だらけのバスタブにいる娘に向けて、母曰く。


「クレハ。信用出来そうな怪異に合ったら、『手繋ぎ』しておけよ。因みに、馬鹿正直に握手をしたら笑い者だから、ちゃんと覚えとけ」


 うん。とても母イメージを崩す口調だね。

 そうなのだ。あの見た目に反して口調がこういった感じである為、周囲の反応が面倒になった母は沈黙を選ぶようになったらしい。

 いや、重要なのはそこではなかったね。


『手繋ぎ』の形式は指切りと変わらない。

 ただ、怪異の世界ではそれなりに珍しいものらしい。

 制約が掛かったりするものではない。それでも、基本的に彼等は他種族を信用しない。

 そもそも同種であっても、名を呼び合わない世界だ。

 それを考えると、生涯を通して『手繋ぎ』しない方が多いかも知れない。

 何故ならば、裏切られた時の代償が人と比べて大きいことが多いからだ。

 別段、冷淡な種族云々でなく。

 彼等もまた、必死なだけなのだろう。

 他人事ではないね。…うん、まだまだ慣れない。


 河童少女が、この短い邂逅のなかで自分を信用してくれた。

 その『信頼の証』。

 自然と、躊躇いなく小指を差し出していた。

 彼女が、それを見て再び泣きそうな顔になる。

 今は、それをとても嬉しく思う。


 二人の怪異が絡めた指が、春の日差しの中で互いに温かく伝わった。



 どうやら、この学園ではじめての怪異の友人を得られたようである。

 これは思いがけず、順風満帆のスタートと言って良いかも知れない。



 その後、一時限目の終了を告げる鐘が鳴るまでの間歓談していた二人は教室に戻るまでの過程で互いの状況を大まかに把握するに至った。


 河童少女は、校内で蛍と呼ばれているらしい。

 今後は名前で呼ぶことを約束した。

 因みに、やはりというか。蛍の名付けはあのクラス担任によるものでは無いとのこと。

 友人が被害に遭っていないのは喜ばしい限り。

 うん。何よりです。

 そもそも蛍は前の学期までは別のクラスに所属しており、それは河組であったが、事情があって壺組への転属を願い出たのだという。

 事情については、やや込み入っているので時間を作ってちゃんと話したいと蛍は言った。

 もちろん、こちらに異存が有る筈もない。

 できる範囲で、力になりたい。そう伝えた。

 彼女はあの柔らかな笑みで頷いてくれた。

 自分には過ぎた友人である。


 あの時、立ち止まって耳を澄ませて良かった。

 今になってしみじみとそう思う。



 二時限目の予鈴が鳴る前に教室の扉を開けると、出ていく前に比べて格段に騒がしくなっていた。

 わいわいとした賑わいは、どこか祭の喧騒に似ている。

 蛍が手で招くので、それに安堵して並んで席につく。教室へ来てようやく着席。

 ここに至るまでが想像以上に長かったことに、何だか遠い目をしていると唐突に周りの喧騒が止んだ。

 何事か。

 しん、と静まり返った教室はむしろ不気味でさえある。い並ぶ面々があれなだけに。怪異なだけに。

 静寂を招いた存在は、戸を開けて入ってきた時点で明らかだった。


 今朝、見送って貰って以来の再会だ。

 理事長がその神々しいまでの優雅な所作で教壇に上がる。

 一同を見渡して、彼女は微笑んだ。


「おはよう、諸君。まず理由を説明します。二時限目の行動学は、担当の雨童先生が体調不良の為、私が代弁して授業を進めます」


 体調不良。

 その理由を聞いた自分は思わず窓の外へ視線を向けていた。

 眩しいほどの快晴だ。

 成る程、と一人頷いている少女を教壇に立つ叔母が密かに見守っていた。



 因みに行動学は、人の行動心理を学ぶ授業である。

 十四年間は人として生きてきた側からすると、若干複雑な気持ちを覚える 授業内容であったとだけ伝えておきたい。

 いや、個人差があるからね。何事もそうだよ。

 時折訳注を付けたくて、うずうずしましたよ。

 けれども、我慢しました。

 何せ、人として生活してきたことがあるなどと、この学園内でとても明かせる筈がない。



 二時限が無事に終了しました。

 軽やかに理事長が教室を後にするなり、元の喧騒が戻ってくる。

 彼等にとっての理事長がどういった存在に当たるのか、言葉がなくとも雄弁に伝わる光景だ。


「心太さん。次の授業が終わったらお昼休みになるから、一緒にご飯食べようね」


 蛍がそう言って誘ってくれる。

 是も非もない。勿論と頷いていると思いがけず背後から掛かる声があった。



「…あのっ、心太さん?」


 聞き慣れない声に、瞬きながら振り返った先にあの少年がいた。

 この教室でも僅かな人寄りの怪異にして、見た目に最も親しみを覚えた彼である。

 机に立て掛けていた朱盆を、今は脇に抱えて立っている。


「あ、四隅君。心太さん、彼は四隅君といって豆腐小僧の末なんです」


 横から蛍がそう言って紹介してくれた彼は、頷いてぺこり、と頭を下げた。

 仕草が可愛らしい。

 何だか芽生える既知感。

 二人を見比べて、思った。

 何だか、似た空気を感じる。


 そんな風に見比べられているとは気づく様子もなく、豆腐小僧の末こと四隅君はこのように切り出してきた。



「心太さんは、豆腐はお好きですか?」


 一瞬間が空いてしまった。

 うん。意外に顔に似合わず際どい質問をしてきた。


 何せ、彼は豆腐小僧であるという。

 ここで嫌いと言ったなら、どれ程空気は凍るのか。

 いや、寧ろここはその反応を見ておくべきなのか。

 …見てみたい気もする。

 けれども、残念なお知らせがある。

 私はどちらかと言えば、豆腐は好きな方だ。

 そもそも豆腐やたら嫌いですという話も聞かない。

 大豆にアレルギーがあるなら、それは別問題だ。

 悩んだよ。

 けれど、結局ここは素直に答えました。



「どちらかと言えば、好きです」


 その返答を聞くや、見ていて清々しいくらい四隅君は嬉しそうに笑った。


 何だろう、これは。

 本当に怪異なのか、君は。

 勿論内心に留めた。


 そんな少女の内心などいざ知らず、四隅君は言う。


「良かった…! 僕ね、普段は購買の隣で豆腐を売ってるんだ。機会があったら宜しくね」


 おお、まさかの切り返しだ。

 営業だよ、これ。でも別段嫌な印象もなくやってのけるところが凄いよ、四隅君。

 これは、第一印象の通りに信用できる怪異であるかもしれないなと思う。


「購買の隣、だね。覚えておきます。わざわざありがとう、四隅君」


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな。……実は、教室に入ってきた時から話し掛けたいと思ってたんだ。勇気を出してみて良かったよ」


 爽やかだ。

 とても眩しい。

 ああ、これはと思う。

 間違いない。四隅君は信用してもいい怪異だ。

 あくまで勘ではある。けれども蛍の表情を見てもよく分かった。

 二人目の友人候補が見付かりました。




 続く授業は、映像学。

 視聴覚教室に移動して、何が始まるかと言えば。



 端的に纏めたい。

 ホラー映像の視聴だった。怪異が揃ってホラーを見ている。

 なんてシュール…

 何のためのホラーだろう。

 色々堪えていたら、時間はあっと言う間に過ぎ去っていた。

 感想を纏めて提出し、いよいよお昼休みである。




「……購買、すごいね」


 蛍に案内してもらい、向かった先で怪異達がごった返す一角に目を瞠る。

 勿論と言っていいのか、購買のおばさんも怪異である。

 具体的には、八つの手が縦横無尽に会計を行い、不足していく商品を補充し、常時休まる気配も見せない盛況ぶりであった。


「…女郎蜘蛛の眷族かな」


 何となく当てを付けて呟いた声に、蛍でない声が驚いた様子で相づちを打った。


「わ、凄いね。心太さん。菊枝さんはあまり知られていない怪異なのに」


 振り向くと、やはり朱盆にお豆腐の四隅君。

 豆腐の横には充実した薬味の並び。流石だ。

 あと、購買のおばさんは菊枝さんというのですね。

 一応覚えておこう。




「ん? ……薬味にキュウリがないよ、四隅君」


 隣から上がった指摘に、思わずやはりと言い掛けた口を閉じる。

 期待を裏切らないね、皆。

 出来れば遮る野暮は無しでいきたい。

 思う存分話を深めてほしい。


「……蛍さんもキュウリ好きは変わらないね。うーん。単品で薬味として出すには乗せにくいんですよね。この朱盆にもスペースの限界がありますし」


「単品でも充分いけると思うんだけどなぁ……残念。キュウリが付くなら毎日買うのに」


 ちらっと付け加えた毎日購入宣言に、やや四隅君の表情が揺らいだ。

 さて、どう出る。

 暫し黙考に入ってしまう四隅君。


 第三者としてキュウリかぁ…と考えていた自分はふと思い出す。

 それが思わず呟きに出たのは、弾みだ。


「夏、カツオ梅と叩きキュウリで和えて乗せると美味しかったな…」


 そんな、何気ない呟きに思いがけない反響が起こる。


「……それです!! 凄いです、心太さん。組み合わせ薬味はいけます!!」


 ぱち、と目を開けるなり興奮した面持ちで駆け去っていく四隅君。

 その背を見送って、とても複雑な心境でいる。

 いいのかな。あれで。

 応援は惜しまないが、寧ろ余計な言葉にならなければいいのだが。

 今更ながら、正直不安になる。


「……良かったのかな」

「良いと思うな、私は。梅とキュウリの相性は悪くないもの」


 そう言って微笑んでくれる蛍に救われる思いだった。


 それはそうと。

 目前に展開する、購買という名の戦場へ向けてとうとう踏み出した。

 今日はお弁当がないのだ。

 何故か。

 それは、母がキッチンを戦場へ変えたからである。朝の惨状には正直声もなかった。

 転がる消火器を前に、どうしてお弁当云々言えよう。



 そろそろ本格的にあの両親の仲を仲裁しなければと思う。















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