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怪談の学校  作者: runa
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質問と答弁


***



 入室と同時に高まる喧騒のなかを、教壇の横に上がる。

 意気揚々と黒板に『心太』とでかでか書いていく担任を見上げてから、視線を前に戻した。

 まさに目の前は怪異累々といった感じだ。

 流石にいる。やたらと蠢いている。彼等の背後が心なしか薄暗くも感じる。

 大まかに描写しよう。


 中空に浮かぶモノ。天地が逆さになっているモノ。形が定まっていないモノ。頭だけのモノ。九十九神と思わしきモノ。天井に、大きな目。

 まさに坩堝。

 だからかな、壺組。

 字は違いますが。


 窓辺に非常識な長さの手を見つけて、その先を辿っていくと肩車をしている怪異がいた。目が合う。



「おーぃ、翔摩よぉ。それは一体なんだ」

「転入生だー。さて、紹介するぞ。今日からこのクラスに入る心太だ」


 一瞬の間が、確かに存在した。

 そしてその間に各々の表情も、大まかに読み取れた。

 なんだ、それ。

 大半はそんな感じである。無理もない。

 その心情は察するに余りある。

 普通は心太が転入してくるなんて考えない。


 残る少数はと言えば。

 其々に違う反応を見せていた。

 目を瞠るモノ。観察するような視線を向けるモノ。そして、全く無関心であるモノ。

 そんなところである。

 と、そこで目を瞠っていた一人が動く。



「はーい、質問!!」

「なんだ、河伯。言ってみろ」


 坩堝のなかでは、比較的小柄な有角の少女が勢いよく手を伸べる。


「その子は何の怪異?」


 うん。簡潔な問い掛けだ。

 しかし、それに対して担任がした返答は斜め上を行く。


「心太が何かだと? …辞書を引いた方が早い。次!」


 いや、どちらかと言えば実物を見た方が早いですよ。

 思わず付け加えそうになる。

 そんな自分に、やおら落ち込む。

 ああ。徐々にこのペースに慣れつつある自分が怖い。


「そういう答えを期待してたわけじゃなくて…」


 ひっそり呟く有角少女が哀れである。



「はい」

「おー、珍しいな。死神。何だ?」


 死神がいた。


 思わずまじまじと見れば、外見だけでは到底予想がつかない可愛らしさだ。

 おお。小動物系。

 その愛らしい桃色の唇が紡ぐ。



「どんな死因がいいですか?」


 流石である。やはり死神だった。

 見た目はどうあれ、外さない。感心した。


「…今のところは特に決めてないです」


 正直なところを返答する。

 暫く考えてみたが、特別浮かばなかったので。

 結果として、彼女はその返答に満足したらしい。

 可愛らしい双眸が輝いた。

 勢い込むように、お誘いが掛かる。


「じゃあ、私と一緒に首を吊りましょう…!」

「いえ、遠慮しておきます」


 間を挟まず、即答した。

 首吊りは死後が悲惨だと聞くので。

 それと、何故に一緒。良いのか、一緒で。

 聞きたかった。けれども、返答に精神的ダメージを受けて俯く彼女にとても聞ける雰囲気は無かった。

 断念した。



 その後も質問は幾つか続いた。


「人の体で好きな部分はどこ?」

「今まで何人食べた?」

「生食派? それとも火で炙る派?」


 其々にした回答は以下の通りである。


「特別好きな部分はありません」

「0人です」

「人以外なら、ミディアムレアで」


 少女の回答に、クラスメイトたちの反応は二分した。

 人食派は、途端に興味を失ったらしい。各々の世界に戻り始めた。

 一方、それ以外の怪異たちからはそれなりに好感を得られたようである。

 とりあえず無難な流れだ。

 最悪の空気にならずに済んだだけ、これ以上望むものはない。


 質問も一段落し、比較的穏やかな心境で纏めかけていた。

 それを遮るように、教室の戸がガラリと横に引かれた。

 現れた怪異は、教壇の横に立つ自分に目を瞬かせている。

 臼緑色の少女。

 彼女との再会は、それほど経たずして叶った。




 ホームルームを終えて、まず直面した問題。

 それは席のことだった。

 果たして、本当に学園と呼んでいいのかを疑問に覚える程度に、改めて見渡すそこは混沌としている。

 確かに席はある。

 しかし、まともな形で着席している方が少数。

 学級崩壊でもこうはならないだろう。


 そもそも浮かんでいて、着くもなにもないモノに始まり。

 席の下を這い回るモノ。

 天井から吊り下がるモノ。

 その他様々な事情により、着席率は低い。

 まず、一見して人の形に近いものは凡そ十人に満たない。

 その中で、さらに着席しているのは精々四人。

 始めに質問してきた有角少女。

 首吊りを推奨してきた死神少女。

 朱盆を机に立て掛けて、気遣わしげにこちらを窺う少年。

 机に突っ伏して夢の世界に旅立っているらしい少年。

 羅列すると、凄いなこれは。

 どうしたら良いだろう。

 個人的には、三人目であげた少年がとても真っ当に見えて正直好感が持てる。

 しかし、怪異。されど怪異。どれもが人でないことの意味。

 外見だけでは気軽に判断もつかない。

 つまり、安易に声も掛けられない。

 さて。ここはやはり、担任に確認するのが無難だろうと振り返ったところで、…再認識した。

 甘かった。これは自分が悪い。認識不足だ。


 心地好さそうに、すうすうと。

 クラス担任は、教卓に突っ伏していた。


 駄目だ、これは。

 早々に見放して、溜め息をついた。


 と、そこで視線を感じて振り返る。

 やはりというか、何と言えばよいのか。

 そこにいたのは河童少女である。

 なにか言いたげだ。それだけは物凄く伝わる。

 しかし、改めて見ても可愛いな全体的に。

 今までの河童像がガラガラと崩壊していく。けれども、良い意味でである。



「あの…、あなたは心太っていうの?」

「そうだね。心太。半透明だから、心太」


 不可解そうな表情を隠せていない河童少女である。

 無理もないよ。

 今後、名乗る度にこういった表情を目の当たりにするのだと思えば、複雑な気持ちが半分。諦めが半分だ。

 何事も慣れである。そして許容。

 あの父が度々溢していたが、強ち間違いではない。


「あの、少し話しておきたいのだけれど……一緒に抜けて貰っていいかな」


 話の途中に間が入ったのは、そこで彼女が担任を半眼で見下ろしていたからである。

 彼女が溜め息を飲み込んだ様子に、こちらとしては全面的に賛同したい。


「構わないよ。この分なら、一時間分のゆとりはありそうだしね」

 

 担任の起床予測である。

 鼻提灯って、本当にできるものだったか…。

 どうしようもない感想を抱いたまま、彼女に続いて教室を後にした。


 その様子を見ていたのは。


 興味深げに様子を窺っていた有角少女と。

 気遣わしげに様子を見守っていた少年の二人だけだった。






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