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怪談の学校  作者: runa
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中間考査まであと七日~豆腐屋騒動前日譚~

 *



 見仰げば、夏空。

 今日も頭上には鴉が飛び交う。

 いつも通りと言えばその通りの光景であるが、季節とは日増しに移り変わるものだ。

 ちなみに入道雲と肩を並べる大入道の影に入ると、かなり涼しい。

 鴉天狗が集団で駆け抜けた後には、束の間の涼風も吹く。

 そんな夏の風物詩的なものを、身をもって知る今日この頃。


 クラスマッチもなんとか終わり、今や夏本番である。


「ねぇ、モッ君。かき氷が食べたいねぇ」

「何が楽しくて、あんな氷の塊を突かなきゃいけないのさ……」


 今日も今日とてモッ君は癒しである。

 そこは変わらぬ真理。

 モフモフの羽毛が、心なしかへたって見える残暑厳しい放課後だ。

 けれども怪異達の大半は、やる気に満ち満ちている。

 何故って、そこは察してほしいな。

 夏と言えば、怪談だ。

 流行り廃れは世の常ながら、そこは意外と変わらない。

 ホラー映画が続々と公開され、ヒヤリと心身を凍えさせるお化け屋敷が脚光を浴びる。

 まさに勝負の時であり――それは怪談学園においても変わらぬ不問律らしい。


「中間考査が終わったら、臨海合宿だったかな?」

「そう。その後は文化祭と学内コンクールが控えてる」


 イベントも盛りだくさんである。

 ここぞとばかりに詰め込んで来るなぁ……。

 うーん。何と言おうか、不安とささやかな期待の半々くらいの心持ち。

 しかし以前に比べれば、臨海合宿の四文字に対する忌避感は半減した。

 それというのもクラスマッチに伴うかの騒動を終えて、かの五月姫の態度が心なしか軟化したことが大きな要因である。

 たまに擦れ違えば、相も変わらず意図の読めない微笑みを投げかけられたりもするが、それくらいだ。

『愛しい貴女』呼びは定着してしまったものの、きっと大きな問題ではないのだろう。


「いや、十分大きな問題だから。現実から目を逸らさないで」

「……うーん。相変わらずモッ君がサトリ化の一途を辿ってる。あ、これも愛ゆえに?」

「絶対違うから」


 据わりきった目に、ふふと微笑み返せば机の上でローリング。

 悶える君も素敵だよ、モッ君。


「何はともあれ、当面の間は勉強に集中しないとねぇ。補修とか御免被る」

「……まぁね。でも君の苦手科目は数学と美術くらいのものだろう? 頑張れば何とかなるんじゃないの」

「ちなみにモッ君の得意教科は?」

「僕は古文と、日本史かな。ちなみに数学は得意でも不得意でもないよ」

「それは……文系なの?」

「まぁ、どちらかと言えばそうかな」


 コロリコロリと首を左右に振りながら、モッ君は律儀に答えてくれる。

 しかし文系と文系が頭を付き合わせても、理系教科には勝てぬ。

 従って、まずは理系の怪異を探すところから始めねばなるまい。

 少女はひとまず、頭上を見上げた。


「揚羽、少し聞いても良いかな。得意科目はある?」

「と、唐突ね……うーん。私は物理と数学かしら」

「初っ端から引き当てた……! 揚羽さん、時間のある時で良いから数学を教えてもらってもいいかな?」

「うーん、教えてあげたいのは山々なのだけど……」

「それはお勧めしないよ、透。揚羽はねぇ、人に何かを教えることが壊滅的に下手だから」


 ひょっこりと視界に姿を現したのは、河伯少女である。

 天邪鬼だけに、相変わらず見事な両の角だ。

 お手入れも欠かさないのか、いつ見ても艶々している。

「そんなに見詰められると照れちゃうなぁ」と呟きながら、どうやらまんざらでもないご様子。

 ひらひらと軽く振られた手に、こちらも軽く手を振り返す。


「この子、緊張で頭が真っ白になるタイプなんだよねぇ。困ったら物理に訴えるし、その辺は多分自分でも分かっているんじゃないかな」

「……うぅ。何もそこまで言わなくてもいいじゃない」


 涙目の揚羽と、それを愛でる様子の河伯少女。

 ここまで言われてしまうと、教えを乞うのも考えものである。


「ちなみに僕は、化学が得意。あと、行動学もね」


 ニコニコと付け足される河伯少女の得意科目には、何となく頷けるものがあった。

 うんうんと一人頷いていると、ふと視界に映り込む薄緑色。

 ちゃぷん、と頭の上の水が跳ねた。


「透、何をうんうん悩んでいるの?」

「いや、まぁ……色々あって。そうだ、蛍にはまだ聞いていなかった。実は、得意科目を聞いて回っているところでね」

「得意科目?」


 不思議そうに首を傾げつつも、蛍は「そうだなぁ」と呟き、しばしの沈黙の後にポツリと一言。


「ちょっと思いつかないかも」

「……えーと。それはつまり、蛍さん」

「前回の考査、赤点四つでした。えへへ」


 ふんわりと微笑みながらの返答に、色々と言いたいことはあれど飲み込んだ。

 だって、可愛いは正義。

 良いんだ。勉強が全てじゃない。

 具体的には良識さえあれば、大抵のことは何とかなるさ。


「いや、ならないから。基礎学力は大事だから」


 モッ君の冷静な突っ込みを余所に、暫くの間は蛍さんを愛でる一時とする。

 周囲が癒し系ばかりで嬉しい。ここがオカルト界であることを忘れそうになるよ。

 さて、気を取り直して現実に戻ろう。

 考査まではあと七日だ。

 ちらりと視線を上げれば、蛍のふんわりとした微笑み。胸がほわほわしますよ。

 一緒に勉強しようとお誘いを掛ければ「いいの? 嬉しいな」と微笑み頂きました。

 うむ、眼福だ。

 勉強疲れが若干マシになった気もする。


「……さて。残すところは、やっぱり本命の彼だね」

「彼?」

「あー。そうだね、彼なら教えるの得意かも」


 暈して呟けば、揚羽は頭上で首を捻り、河伯少女は遠回しにお勧めしてくれる。

 よし、と気合を入れて机を立ち、向かった先には朱色の盆が一つ。

 どうやら珍しく何かに集中した様子で、手元の紙に一心不乱に文字を走らせている。


「四隅君、一寸いいかな?」

「……」

「これ、暫く無理じゃない?」

「うーん。まさかの一極集中型。確かに出直した方が良いかも……」


 本命こと、四隅君。

 何を隠そう中等科主席とは、彼のことである。


「また薬味の研究か何か? 飽きないね」

「モッ君、どうやら違うみたい」


 薬味研究、実は自分もそう予想していたとも。

 けれどもチラリと垣間見える数個の文字だけで、薬味研究でないことは明らかだった。


『婚約』『円満』『破棄』


 所々に踊る文字が、何と言おうか話題としては軽くチョイスできないモノばかりのような気がしてならない。

 心なしか普段に比べて顔色が悪いように見えるのも、声の掛けづらさに拍車をかける要因だった。

 モッ君と改めて顔を見合わせ、互いの目の中に一つの帰結を見つける。


 ――ここは、そっとしておこう。


 親しき中にも礼儀あり。

 これはいつの時代、どの世界であれ、共通して大事なことだと思う。


「あー。四隅君、またあの子との婚約騒動で揉めてるんだ?」


 しかし、ここで不意に上がる声。

 蛍のあっけらかんとしたそれに、ピクリと四隅君の肩が揺れる。


「……蛍さん、助けて下さい」


 涙目の四隅君とか、レア中のレアである。

 若干震える声で助けを求められた、当の本人――蛍さんはふんわりと微笑んで一言。


「ちょっと無理かな」


 背後に陽の光すら見えそうな微笑みであるのに、そこに慈悲は無いらしい。

 クシャクシャになった紙の上に崩れ落ちる四隅君と、訳知り顔で眺める河伯少女。気の毒そうな表情を隠しもしない揚羽、そして真横のモッ君の呟き。


「……さすがに気の毒だね」


 モッ君の同情、これも中々レアである。

 さて、どうしたものか。

 少女は束の間の逡巡の後で、斜め前の蛍の背をツンツンと指で突く。

 何はともあれ、まずは情報収集といこうじゃないか。


「ねぇ、蛍。聞いても良いかな?」

「うん? あぁ、そっか。ごめんね。説明しないと訳が分からないよねぇ」

「いやまぁ、そこは良いんだけど。……あの子って?」

「うん、実はね」


 蛍曰く。

 四隅君は、御覧の通り「豆腐小僧」の怪異である。

 その怪異としての特異性から、代々豆腐屋稼業を営んでいるというのはオカルト界では有名な話らしい。

 おー。豆腐屋稼業。何一つ違和感のない五文字である。

 それはさておき、事情があって末の生まれながら、跡取りは四隅君なのだとか。


「四隅君には二人のお兄さんがいるんだけどね、実は双子なの」

「ふーん。なるほど双子のお兄さんがいるんだねぇ」

「改めて言うのもあれだけど、双子の生まれは忌避されやすいから……それで、お兄さんたちも系譜には名を記されていないらしいの。だから、次の代を継ぐのは四隅君ということになっているんだけど」


 現世においても、古くは忌避されることがあったとされる双子。

 不吉だの何だのと言われるのは、現世、オカルト問わずに同じらしいね。

 そしてオカルト界においては、未だにその風潮が根強く残ったままである、と。

 少し言葉を詰まらせた蛍は、もごもごと口の中で言葉を選んでいる様子だった。

 察するに、どうやら中々に込み入った事情があるらしい。


「あの子、というのは『夜雀』の美琴さんという方なの。家同士の縁談で、幼い頃から二人は顔を合わせてきたのだけれど……その美琴さんがね、実は双子のお兄さんの片方と隠れて恋仲になってしまったのよ」


 あー。これは相応の厄介事である。間違いない。

 ひそひそと小声で説明を受けつつ、少女は肩のモッ君とチラリと目を交わす。


「成程ね。それであの文字列……」

「恋だの愛だの、僕は絶対に関わりたくないよ」


 ほんの一瞬、モッ君の目の中に冷ややかな色が過った気がした。


「四隅君がそれに気付いたのは数年前のことで、最近は事あるごとに仲立ちをしようと頭を悩ませているみたいなの。でも、肝心の美琴さんは家同士の事もあって想いを明かそうとはしないし、お兄さんは美琴さんの幸せを思ってか、最近は敢えて突き放した態度を取るようになってきてるらしいわ」

「ふーん。中々いじらしい二人だね」

「まぁ、事情としてはそんなところかな。四隅君一人の手には余ると思うのだけど、流石に事が事なだけにご両親にも相談できなくて、ああして時々思い詰めちゃうのよ」

「……ん、成程ね」


 小さく頷いてから、少女は視線を戻す。

 机に突っ伏したまま動かなくなった四隅君。

 これは中々の惨状である。

 果たして大事な試験を数日後に控えて、この状況を放っておいていいものか。


「ねぇ、モッ君?」

「言わないで。なんか物凄く嫌な予感しかしない」

「放課後、ちょっと寄り道しようと思うんだけど……」

「学校外なら、僕は関係ない」


 きっぱりと言い切るモッ君、これはこれで可愛らしいね。

 モフっと膨らんだ首周りの羽毛が、心なしか綿毛っぽい。


「……それは残念。寄り道がてら、野菜の直売所へ寄ろうかと思ってるんだけどなぁ」

「直売所? なんで?」

「うん、実は片輪車さんに買い出しを頼まれててね。すごく鮮度の良い野菜が並ぶ直売所があるって教えて貰ったんだよ。夏野菜だと……トマトとか、レタスとか」

「!」

「まぁ、モッ君はあんまり興味がないみたいだし、良かったら蛍一緒にどう? たぶん胡瓜とかも良いやつが……」


 チラリと目配せした先で、蛍が隠しきれない苦笑を滲ませている。

 こんな分かりやすい餌で、果たして釣れてくれるものかな。

 視線を戻せば、小刻みに震える灰色のモコモコ。

 内心の葛藤が全身に現れているらしいね。

 そして待つこと数分。


「今回だけなら! ……たまの寄り道くらい付き合ってあげてもいいよ」


 好物は時に、プライドをも超えていく。

 ふるふる涙目のモッ君に、ただひたすら胸が痛い。

 うん、これは確実に打ち抜かれてる。

 何って、心臓を。


「……透、大丈夫?」

「うん、大丈夫じゃないけど大丈夫」

「……」


 半眼の蛍さんと、無言のモッ君。

 少しずつ似通っていく二人には、どちらもさとりの素質があると感じる今日この頃。

 怪談学園は、今日も比較的平和である。


久々に投下致します。

読んで下さった方に、心からの感謝を。

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