五日目~一つ目の竜は苦労性*文殊の開会以前~
次回予告でお伝えした、独白までは含めませんでした(^-^;
全体の流れと、バランスを考えて次回以降に引き継ぎます。
何卒、ご了承頂けたら幸いですm(__)m
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「それにしてもにゃ―――久方ぶりに、あの飛閻魔の冷血が笑うところを見たのにゃ。中々に背筋の寒くなる様な体験だったにゃ」
まるで、空気を和ませるような化け猫君の声を皮切りに。
石化こそしていなかったものの、存在感を限りなく薄めていたモッ君が普段通りの溜息をつきながら物憂げに言う。
「馬鹿猫……言っておくけど、その発言も含めて全部現在進行形で伝わっているからね」
「うんにゃ。今更気にするモノでも無いにゃ、この位。―――……それよりも、もっけ。お前の方が余程に問題だにゃ。痴話げんかも大概にしておけにゃ」
「今の僕にはそれに反論する気力すらないよ―――……」
心なしか、涙目のモッ君。
涙ぐむフクロウの図だけでも、相当なのに―――更に上目遣いが加わるのだ。
何か新たな扉が開けそう。
無論、平穏を望んでやまない自分にその度胸はないものの。
何はともあれ。
そうは言っても。
うん、やり過ぎた。程々に自重しよう。
遅ればせながらもそこに思い至った少女は、心の中で謝罪する。
―――半眼のモッ君は、ややあって嘆息しながらこう言った。
「謝る位なら、初めからしないで。――――……はぁ。ほんと割に合わない」
バサバサと、羽音が耳元に届く。
同時に、のしっと左肩に加わった重みに微笑した少女。
それを知ってか知らずか、諦めを隠さない当のモッ君。
既に、定着化の兆しを見せる二人の常態である。
「風切、あの二人の間に割って入るのはタイミング勝負だにゃ。今にゃ、と思ったら臆さずに飛び込むにゃ。寧ろそれしかないにゃ」
「――――……そうなの?」
いつものペースを取り戻しつつある少女の耳に、何やら紛れ込むものは。
化け猫君による、即席講座らしい。
『臆さずに』と称される辺り、非常に複雑な心境は隠せない。
因みに話題のもう片方、モッ君はと言えば。
―――うん。いっそ清々しいほどの蔑みの眼差しだね。
背後に漂う疲労感が、禍々しいほどの紫オーラに変換されつつある。
視覚化されるあたり、相当だ。
「姫様ー――本日お呼び立てしたのは、他でもありません。本家の当主様から御身の安全を図る様にと、お話がありました。この風切、我が身に代えましてもこの重役、誠心誠意努めさせていただく所存です」
「いや、代えなくていいよ。知恵を貸して頂けるだけでも十分だ」
そのように、正直なところを伝えれば。
なぜだろうね。
対面することとなったのは―――まさに悲壮と呼ぶに相応しいそれ。
いやいやいや、何でそうなる。
「言葉が足りなかったか……?」
「そこは、素直にうむとか頷いておけば良かった場面じゃないの?」
零れ出た困惑に、律儀にモッ君の解説が入る。
それを受けて、なるほどと頷きつつも。
しかし、と内心で待ったが掛かるのは―――……
まあ、要するに。
言葉通りに、その身をガンガン削られても困るな…という一念が根底にあるのだ。
「そもそも。こうして対面する以前から既に力を借りている以上は、必要以上の重荷を背負って欲しいとは思わない。それが飾らぬ本心だよ。早退騒動然り、飛閻魔氏関連然り――…これから先、あなたの力を借りざるを得なくなる。それをおじい様も見越しての今回の要請だろうね……」
「姫様―――父から伺っていた通り、あなた様は大変に聡明で優しい心根を兼ね備えていらっしゃいますね。ただ―――……無礼を承知でお聞き届けください。事、学園内においてはその優しさが、時として徒となりかねません」
その静謐の眼差しは、かの龍の如き深緑を湛えて美しい。
左右で色彩の異なる、オッド・アイ。
それが彼の特徴だと、ここに来るまでの間にモッ君から聞いている。
とは言え、普段は眼帯で隠された左目。
金目だという、それを拝めないこと。
こちらとしては若干残念な気持ちを隠せない。
「姫様―――意識が他に行かれてはいませんか?」
「うん、すまないね。あなたの目が聞いていた通りに綺麗だったものだから。つい、魅入ってしまったよ。――――ありがとう、風切。あなたの忠告は確かに一理ある。ただ、兼ね備えているかは自分では判断が付かないけれど。……そう、称してくれる心は有り難く受け取っておくよ」
やや、腰を落とした姿勢で低く溜息を零した彼の心境が如何様なものかは……正直なところ、推測しか出来ない。
おそらく、呆れられてしまっているのだろうと思いながらも。
それはそれで、結果として悪くない。
彼が言う通り。
それほどの価値が、自分にあるのかと思い馳せれば―――うん、それはきっと誤りだ。
言葉を尽くして語るより、悟ってもらえる方が此方としても楽でいい。
ここに至るまでの帰結に見え隠れする様に、そんなに聡明でも優しくも無いんだな。うん。
「姫様、あなたは色々と御自身を誤解されておいでだ。―――とはいえ、私の口から伝えたところで固辞されて終わりになるのは認識した上でお伝えしたい事があります。願わくば、必要以上に“桜庭”の河童とは懇意にされませんように。あれは姫様にとって、けして良い影響を齎すモノではありません故」
―――……桜庭の、河童。
「まさかと思うけど、それは蛍のことを言っているのかい?」
「学内では、そのように呼ばれています。……御不快を承知で、お伝えするならば。桜庭の一族は過去に海神の一族から“咎”を問われ、自ら山間と河川の狭間へと身を隠したモノたち。当然のことながら…海神の末にあたる五月姫を始めとして、山林から海川に属する多くの怪異達から憎悪や奇異の目を向けられております。言うまでもありませんが、それに関わることが姫様にとって……良い道になると、私には思えないのです」
咎―――。
それを口にした時の、彼の表情から察するに怪異達にとってはそれなりに重い意味合いを含んでいるのだろう。
まだ、蛍自身からは聞けていない現状で。
それをどこまで推察したらいいものか、分からないところではあるにせよ。
安易に、返答してはならない気がした。
信じると告げる事に、迷いなど無い。
蛍は、いつしか自分にとって到底手放すことなど考えられないほどに……大切な友人となっていて。
友人を、守りたい―――大切にしたい―――そう思う心に偽りはないのだから。
ただ、言葉にして伝える事で自分以外を巻き込んでしまうような。
少なくとも、それに準じた現状。
この先の判断を、求められている段階で。
自分だけに限るならまだしも、感情のままに伝える事を躊躇ったのは事実だ。
それがきっと、自分の弱さだろう。
「……色々考えるより、君の思う通りに話す方が幾分かマシだと僕は思うけどね」
こういう場面のモッ君は、どこか試す様な色を湛えている。
けれども、きっと当人は知らずにいるのだろう―――その奥に、ひっそりと感じられるもう一つの色。それは大様にして、優しさと呼べるものに似ている。
はっきりとは言わないでおくけれどね。
きっと、断言しても肯定してはくれないだろうから。
「ありがとう、モッ君。―――……きっとこの先、どんな状況に巻き込まれても君だけは変わらずに傍にいてくれる。それが今は心強いよ」
「―――あのね、前にも言った通りだよ。繰り返しになるよ。それでも敢えて言うよ。……不吉な文言を強要しないで!!」
笑い零せる、そんな状況である限りは―――おそらく何とかなる。
一人よりは、二人。
二人よりは、大勢。
まずは、状況を把握して言葉を交わすところから始めたい。
モッ君の悲鳴じみた叫びを横にしながら、ようやく彼と向き合った。
事情について、この耳で聞いて判断するまでははっきりとした言葉では伝えられない。
それでも、きっともう……とうに手放せる時期は過ぎてしまっている。
その旨を、つらつらと伝えた時の風切の表情は―――仕方がないことだけれども、晴れているとは言い難いものであり。
それでも、返答を待ちますと言ってくれた彼には感謝しなければならない。
お昼休みも、終わりに差し掛かり。
四時限目の授業も差し迫った、ギリギリの時間帯を足早に戻る少女の背。
扉の横で見送った風切は、ややあって苦笑しつつ。
そんな彼の傍に、放送室の戸棚の上からひらりと着地した化け猫―――昏と視線を交わした。
「さて。―――話に聞いていた通り、中々優しいだけの方では無いね。日和の血筋は、確実に姫様の中に継がれている。……それが確認できた以上、今後はたとえ姫様の意図するところでは無くても、動かなくてはならなくなるかも知れないなぁ……」
「うんにゃ。……精々、逆鱗に触れない程度に留めるようにしろにゃ。あのもっけが、ペースを掴み損ねているだけでも、相当な器だからにゃあ……」
そんな風に、言葉を交わした二人の怪異の意図を少女はまだ知らない。
それぞれの怪異の思惑が入り混ざり、混迷を極めていく学園内部。
四時限目の予鈴が鳴り響く校舎内。
これから訪れる、波乱の幕開けはおそらく一度や二度では終わらない。
そんな予感が深まってゆく、五日目の半ばである。
お読み頂いている方々へ、感謝の気持ちを込めてお届けしました33話となります。
なるべく取り零しの出ないよう、日々書き連ねておりますので…投稿までに、ある程度時間を頂いておりますが。
気長にお付き合い頂けている、読者の皆様に少しでも面白いと感じて頂ける怪談を目指して―――今後も邁進して参ります(^-^ゞ




