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怪談の学校  作者: runa
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転校の顛末

 




 話を少し戻してみる。

 まずは、学園前に至るまでの顛末を纏めてみた。



***


 4月某日。

 父の告白に、家が揺れた。

 直前まではいつもと何ら変わらない朝。

 雀が鳴き交わす電線風景を窓から見上げる構図も、雲ひとつ見えない晴天も穏やかだ。

 何一つ危惧するような予兆はなかった。

 けれども、こんな日に限って天候は急変したりする。

 何気ない一言が、食卓を凍りつかせた。


「オカルト界に……転勤することになったよ」


 しん、と静まり返ったダイニングに父の声が木霊する。

 私が黙っていたのは、意味を飲み込めていなかっただけのことだった。けれども、母は違ったらしい。

 表情を変えずに、一拍おいて立ち上がる。

 歩いて向かった先で、何かごそごそやり始めた。

 横目で確認する限り、ごそごそ漁っている手は一般に鈍器と呼ばれそうな道具の間をさ迷っている。

 ひとつに決めかねているようだ。母らしい。


 一方の父はといえば。

 必死に窓辺から退路を探し始めている。

 父はいつも後手に回る。その日も例外ではない。

 当人は日頃から愛情表現だと言って誤魔化してはいるが、娘の考察としては、単純に実力差だ。


 母が向き直り、微笑む。表層だけならまるで天使の慈愛そのものだ。

 父がその慈愛に掛けている。

 そもそも、ここから間違いだ。

 説得で止むなら、嵐は存在しない。


「時雨、待って。落ち着こう。話を聞いてくれ。いや、武器を構えないで。二刀流とか…どこで習得してきたの。ねえ、説明するから。まて、待った、話せばわかる。話そう、冷静に。え、無理?…わ?!危ないよ。下手すると死…え、殺る気?初めから?ちょ、…まて。待った。待って、待ってくださあああいいぃぃー……」


 父の悲痛な叫びから始まったこの朝を、人生の転機と呼ぶことにした。


 ひと悶着が起きて、それが収束するまでに掛かる時間はそれなりにある。

従って、その合間に朝御飯を済ませておくことにした。時は有限なので。節約は、大切だ。


「クレハ……父さん、死にかけているよ。ねぇ……あれ?なんだか無視されてる?」


 合間合間に挟まれる音声を右から左へ聞き流し、黙々と咀嚼する。

 今朝の浅漬けは若干酸っぱい。

 疑問は視線の先で答えになる。

 透明なタッパーの中身。浅漬けと、見慣れたあるもの。

 何故か、梅干しが同居していた。

 母は時折こうした地味な失敗をすることがある。


 …まあ、いいか。

 兎に角、今はご飯だ。

お腹が空いたら、戦は出来ない。






 収束した。

 食後のお茶を飲みながら、視線の先に映るのは。

 全身を鉄線でぐるぐる巻きにされた父とそれを底知れぬ目で見下ろす母の姿。


 何がどうあって、この二人は夫婦という選択をしたのか。

娘がふと疑問を覚える光景だった。


「で、…どうしてそういうことになったの。父さん」

 


 少女が一息ついて問いかける。すると、耳を疑う返答が返ってきた。



「父さんが透明人間だと、職場の上司にバレたんだ」

「………」



 言葉もなかった。

 冗談も程度を過ぎれば笑えない。

 けれども、上げていた視線を下ろしてきたところで予想外に真剣な眼差しに合う。


「ごめんね、クレハ。ずっと隠してきたけれど、父さんは透明人間で母さんは日和一族の娘なんだ」


 まさかのダブルで来ました。

 容赦ないな…身内ながら恐ろしい。

 結果、母にも秘密があったらしい。

 暴かれた真実、か。

 それにしてもこんな爽やかな朝から重い事実か。

 知りたくなかった気がする。

 考えてもご覧。この話の流れは見えている。

 自分は、一体何になる?


 それはそうと、日和一族って何ですか…?


 父に無言で問いかけると、何かしらの奇跡的一致で求める答えが返ってきた。


「日和一族というのはね、日和坊の血筋のことだよ。晴れ間を司る妖怪だ。ほら、母さんの天気予報はよく当たるだろう?」


 ほら、とか言われても。

 いやいや、どうして父さんがそこでドヤ顔するの。おかしいでしょ…

 あ、ほら。母さんがまたごそごそし始めたよ。



 ふむ、妖怪か…。

 そもそも透明人間は何に分類されるの?



***


 後日譚。


 その後に父は語った。

 つまり、娘の分類だ。

 父は透明人間、母は日和の妖怪。そんな掛け合わせは過去に例がないらしい。そうだろうね。

 結論。

 別の種族の掛け合わせ、つまり混血という扱いになるので正式な呼び名はない。

 ただ、両親曰くどちらかというと透明寄り。

 つまり、半透明である。

 やれやれ…。やはりこんな半端な事実は知らない方が幸せでいられたのだ。


 ところで、話は変わる。

 転勤するなら、の問題だ。当初の主題である。

 独りで単身赴任なり。やり様はあると母は冷たく父を突き放したが、それに父は全身全霊で泣きついた。それも無理はない。

 基本的に、父に家事のスペックは備わっていない。

 一切無い。

 恐らく、赴任先で餓死するのがおちだ。

 それは本人が一番よく知っている。


 だからこそ、既に対策は打たれていた。

 家族を道連れに、オカルト界へ引っ越す為の言い訳。


「もう、クレハの転入手続きは済ませたよ」


 …いつの間に。

 というより、娘を人質にしないで欲しい。

 ほら、朝から三度目のごそごそが背後から聞こえてくる。



 およその顛末は以上である。

結果。転居、転入、新生活のスタートとなった。








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