8 アイヌの動乱
第2章、スタート。
ここから、ようやく戦記らしくなります。
1560年(永禄3年)9月。
数え年13歳となった俺は元服し、新たに「不破五郎武親」として立派な武士となった。晴れて「珍妙丸」という珍妙にして恥ずかしい名前ともオサラバに。
やった、転生前と同じ「武親」だぜ。これで名前では混乱しなくて済む……とは問屋が卸さなかった。
お気づきだとは思うが、苗字の「不破」と名前の「武親」の間に「五郎」と入っている。
これは輩行名、仮名、通称などと呼ばれ、いわば「あだ名」「ニックネーム」である。武士は通常、この名で呼ばれ下の名前で呼ばれることは少ない。
「武親」や「武治」、「季広」に「師季」と言った名前は「諱」と言い、表向きには公的な場でしか使われない。
目下の人間や親しくない者が呼ぶことは無礼とされている。
だから俺を「武親」と呼べるのは、本来は両親と4人の兄、そして蠣崎家の人達に限られる。
ついでに天才丸も、俺に先立つこと1ヶ月前に元服を済ませ「蠣崎新三郎慶広」となった。
もっとも慶広は今、海の向こう側は陸奥国に出仕してて、会えないんだけどね。
まあ、さすがに8歳を過ぎた頃から、誰もかれも「珍妙丸」という名をすんなり受け入れるようになったけどな。
それにしても1560年か。今年は尾張と三河の国境で、かの有名な「桶狭間の戦い」が行われるんだよな。
間近で見られないのが、残念。
◆◆◆◆◆
茂別館。
俺は外でいつもの厳しい鍛錬を終え館に入った。
周りの評判は上々で、蠣崎家の歴代家臣の中で一番の武辺者という下馬評もあるほど。まだ戦場にも出てないのにね。
どれ、証拠にここで数値を開示してみせよう。
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名前 不破武親
HP 9683/9683
MP 1634/1634
攻撃 715
防御 733
魔攻 466
魔防 531
敏捷性 264
名声 1415
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いやー、随分と数値も上がりましたな。
12歳でこの能力値、チートです。もっとも前世読んでた小説は、比較に全くならないほどぶっ飛んだ数字が出ていたけどね。
俺がそうほくそ笑んでいると、茂別館に1人の伝令兵が到着するや否や、猛スピードでしゃがみこんだ。
息が荒い。よっぽど急を要する事態でも発生したのだろうか?
「申し上げます! 上ノ国、勝山館が陥落致しました!」
「なっ!?」
「かっ、陥落だって? 一体どこの誰が攻撃したのじゃ?」
「え、蝦夷の軍勢にござりまする!」
急報だった。日本海側は蠣崎氏の支配領域の端にある勝山館が、蝦夷すなわちアイヌの手によって落とされたのだ。
報告によれば、勝山館主、下国師季・重季親子は100人足らずの軍勢で籠城したが、兵力差がありすぎてあっさり敗北したという。現在、親子の行方は不明だそうだ。
だがここで、俺は疑問に思った。
史実では季広さんの治世、アイヌとの大きな抗争は無かったはずではないのか?
先にも書いたが、融和政策をとって交易を推進させ、渡島を発展させた人物とされているからだ。
「わかり申した。明日の早朝には、出発しようぞ」
父は大きく頷いて、援軍を出すことを決めた。
マズいな、異世界との融合の影響が徐々に大きくなっていきやがる。
だが四の五の言ってられない。今日は遅いから、早く出発の準備を整えて、まずは季広さんのいる徳山館に向かおう。勝山館を奪還するのは、それからで良い。
途中でアイヌによる襲撃に備えるため、俺達は甲冑を纏い、槍を持ち、馬に跨がって徳山館へ急行した。
◆◆◆◆◆
徳山館。
「皆のもの、出陣の準備は良いか!?」
「オオオオオッ!!!」
俺たち親子が到着する頃には、蠣崎家の家臣の大半が集結していた。
集まった兵力は全部で833騎。少ないように思われるが、致し方ない。
領域の東側にある、志苔館の警護にも兵を割いているからだ。
そもそも蠣崎家の領地は米が穫れず、正確には無高(要は0石)。
江戸時代には松前藩として1万石格となっているが、あくまで形式上のこと。
歴史学界では、「1万石当たり250人の兵力」という公式が存在する。
仮に1万石あったとすると、833騎でも十分過ぎるぐらいに兵力があることになるのだ。
もちろん、交易による莫大な収入がこの兵力を支えている訳だが、それでもアイヌの大規模な武装蜂起には苦慮する。
事実、季広さんの父・義広は、兵力の劣勢を謀略で幾度となく切り抜けている。
伝令によれば、今回のアイヌの軍勢は全部で5000人。果たして、もつのか?
すると俺の心配をよそに、出発の合図を示す法螺貝の音が、徳山館の外に大きく鳴り響いた。
「皆の衆、出陣じゃあ!!」
「オオオオオッ!!」
兵力は劣っているが、士気は高い。皆、目に闘志の炎を燃やしている。
勢い余って、槍を高らかに持ち上げる者すらもいる。
そして道中、軽やかな、それでいてやる気の感じられる重量感のある勇み足で戦場へ向かった。
アイヌとの“戦”が、本格的に始まったのだった。
――そして、俺の「初陣」の始まりでもある。
実際の史実では、勝山館の館主は下国家ではなく、蠣崎一門の人物ですが、話の展開上下国親子に設定しました。