39 2度めの勝山館
翌日。
俺たちは起きてすぐに、山道を歩く準備を始めた。
とは言え、ここから勝山館までは下りの行程。昨日ほど、息を切らしながら進むことは無さそうだ。
そして湯ノ岱温泉から西に向かうこと5時間。
そこに広がったのは妙に見覚えのある景色。
そう、コタンシヤムの乱でも激戦を繰り広げた勝山館である。
「ようやく、たどり着いたか……。長かったな」
だが戦況は芳しくないようだった。
何故なら、勝山館の麓にある上ノ国の町には、既に数多くの王国の旗が立っていたからである。
もうこんなところまで進出してきたのかと、俺は驚嘆した。
「父上、ここもそんなに安全とは言えませんね」
「じゃが、もうワシらの行く宛は御座らん。かくなる上は、味方とともに館で討ち死にも辞さぬ所存」
いやいや、そんなに死に急がないでください父上。最後まで諦めない心が重要だって言ったの、あんたでしょう。
でもこの戦況じゃあ、それも覚悟せねばならないのかな……。
長距離を歩いてきたのと、味方の不利を見て重い足取りで歩く俺たち。
するとリシヌンテが、ハッとした様子で横のほうに目を向けた。
「あれ~? あの人、もしかして~……」
「リシヌンテ?」
そして彼女は勝山館に続く道から外れて、ふと発見した人影の方向に足を進めた。
俺もリシヌンテを連れ戻そうと、一旦みんなの元から離れて追いかける。
「リシヌンテ。寄り道しちゃダメだって……」
そうリシヌンテに注意しようとすると、目の前に大勢の人が並んでいるのを発見した。
蝦夷錦を羽織り、街を眺める1人の老人と、その背後にいる多くの兵士たち。この人たちもアイヌなのか?
するとリシヌンテは、意外な人物の名前を発した。
「――ハシタインさん!」
ハシタイン? もしかして、あの西蝦夷地の代表者とされた首長?
てかリシヌンテ。そんな人物相手に随分と軽い感じで挨拶したな。
「確かに私はハシタインだが、お前は……?」
「覚えてない? リシヌンテだよ~!」
「リシヌンテ? まさかチコモタインのところの……」
「うん! 娘だよ~」
「そうかそうか。忘れてすまぬな。それにしても、大きくなったもんだ。10年以上前は、まだこんなに小さかったもんじゃが」
なんだこの2人、知り合いだったのか。
しかも10年以上前って、和人とアイヌ間の取り決めである「夷狄の商舶往還の法度」が結ばれた時のことじゃないか。
条約は季広さんとハシタイン、チコモタインの3人が集まって結ばれたもの。
ということはその時に一度、2人は2人で顔合わせていたのか。 それならそうと事前に伝えてくれよ、まったく。
「そちらは和人の武士であるか?」
「あ、はい。そうですが」
するとハシタインは俺の前に移動して、いきなり頭を下げた。
「すまぬのう。先の戦いでは、コタンシヤムとヌクリの兄弟を止められなくて」
「へ?」
いや、あれはあの兄弟が勝手に暴走しただけの話じゃ……。なんであんたが謝罪するんだ?
「いやなに、私とあの兄弟とは治めている集落が近くてのう。歳は離れていたが、仲良しこよしだったのじゃ。じゃが、その友情を以てしても阻止できなかったことを謝ろうと思っての」
「こちらこそ……その……すみません」
なんか上手く返しづらい話されちゃったよ。
俺は返す言葉が見つからず、とりあえずこちらも頭を下げた。
「それで、なぜハシタインさんはこちらに?」
「そのお詫びのしるしに、私らも勝山館にて共闘させてもらうことになったのじゃ。よろしくの」
「あ、こちらこそよろしく……」
義理堅い首長さんだな。ま、でもそのほうがこちらとして助かる。戦力不足で常時苦戦中だったから有難い。
「ところでハシタインさん。今って、どんな感じなの~?」
「見ての通りじゃ。町は既に占拠されておる。それにこの状況に対し、和人側が如何なる策を用いるのかもわからぬ。だから勝山館に向かっている最中だったのじゃ」
「奇遇ですね。俺たちもちょうど同じ目的でこちらに」
「そうであるか。では、道案内を頼む」
「わかりました」
こうして俺たちは、西蝦夷地のアイヌの首長・ハシタインとその配下を連れて、皆のところに戻っていった。
ただ今までの流れから考えると、いくら加勢しに来る人がいたところで焼け石に水。
正直、形勢がひっくり返る可能性は極めて低い。打開策なんて本当にあるのか?
拭いきれない不安を抱えたまま、俺たちは勝山館へと入っていったのだった。




